26. 淑女と野郎ども
■ 6.26.1
雲の多い空を、三機ずつのデルタ編隊が三角形に五つ集まったダブルデルタ編隊を組んで、3345TFSの十五機がモータージェット巡航速度である500km/hほどの速度でゆっくりと北西の方向に飛ぶ。
モータージェット推進であるので飛行機雲を引く事も無く、高度5000mを編隊を崩さずゆっくりと飛ぶその様は、まるで速度を感じさせず、十五機の航空機が空中に浮かび漂っているかのようにも見える。
時折、飛行高度以上に達する雲のすぐ近くを横切る時、500km/hという速度で後ろに流れていく雲が、この十五機がそれなりの速度で飛行しているのだと思い出させる程に、それは平和な編隊飛行に見えた。
前回、5月の中旬に発生したロストホライズンの後、一度はノーラ降下点に引きこもり、なりを潜めていたファラゾアであったが、ロストホライズンに対して反応弾を用いた地球側の反撃による手痛いしっぺ返しから二月近く経ち、ここ半月ほどはまた徐々にノーラ降下点に駐留する敵戦闘機部隊が活性化している事を、精度の高いGDDを搭載したAWACS機による偵察行動が確認していた。
ロストホライズン阻止後しばらくは武装巡回偵察によるルーチン出撃をするだけの少々のんびりとした日々を過ごせていた達也達であったが、敵の反応が急激に活性化しているここ一週間ほどは再び警戒態勢がロストホライズン発生を見込んだものに引き上げられ、飛行隊毎に出撃して長時間空中で警戒行動を取りつつ、毎日幾度となく発生する敵部隊との接触に対応するというものに変更された。
平和に見えるモータージェットによる編隊飛行は、実はその後間を置かずして発生することが予想される敵との交戦を見越して、必要以上にパイロット達に疲労を蓄積させないための対策であり、当日の内にも敵との交戦が予想されていること、またそしてごく近いうちに再びロストホライズンが発生することが見込まれているという意味においても、実は平和とはまるでかけ離れた状態での飛行であるという事実は、皮肉であるというしかなかった。
「こちらソヴァ04。デーテルは速度M1.0にてZone5-10に移動せよ。カザドイがZone4-10から離脱してくる。送り狼を始末した上で、カザドイと交替してZone4-10へ移動。」
「こちらデーテルリーダー。Zone5-10へ移動してカザドイと交替。カザドイを無事逃がした後にZone4-10へ進出する。」
「よろしく頼む。今日はいつもより敵がしつこいようだ。カザドイがケツに噛み付かれないように面倒見てやってくれ。」
「デーテルリーダー、諒解。」
日本空軍から国連軍へ出向中の高崎少佐に率いられた3345TFSの十五機は、AWACS指示によってフュエルジェットに点火してスーパークルーズモードまで一気に加速した。
速度が倍以上になった事で、キャノピー越しに見える雲の動きが変わる。
3345TFSが指定のZone5-10に到達するまで約十分。
戦況は刻々と変わり続ける。
「こちらソヴァ04。ウードット、Zone5-12へ前進せよ。」
「こちらソヴァ01。ヴィードリー、Zone4-08に前進。敵防衛ラインに気をつけろ。」
「ソヴァ01、ヴィードリー01。Zone4-08へ前進。諒解。」
「こちらソヴァ01、リサ、交代の時間だ。敵の追撃を振り切りつつ、Zone5-08へ後退せよ。Zone4-08にヴィードリーが前進中。スイッチせよ。離脱時に追跡してくる敵機はヴィードリーが対応する。」
「ソヴァ05! こちらズィマロードク01。三機やられた! 大至急スイッチか、或いは救援を寄越してくれ! こちらズィマロードク! 三機やられた! スイッチか救援求む!」
「ズィマロードク01。こちらソヴァ05。諒解。三分持ちこたえろ。スイッチする。」
「ありがてえ! ソヴァ05、恩に着る!」
「ゴンチェ、こちらソヴァ05。緊急要請。Zone5-09へ至急移動せよ。速度M2.0。ズィマロードクがやられた。スイッチだ。Zone5-09到着後、ズィマロードクの後退を支援し、戦線を維持。」
「ソヴァ05、こちらゴンチェ01。諒解。ズィマロードクの奴等、何やってんだ。気合が足りねえな。速度M2.0、Zone5-09、急行する。」
「ベルクート03、こちらソヴァ05。グループBから一部隊Zone6-09へ送れ。Zone5から一部隊撤退すr・・・」
「ベルクート03、こちらソヴァ03。ソヴァ05が墜とされた。代わりのダムセルが出るまで、ソヴァ03がカバーする。グループBからの部隊移動要請は継続。」
「ソヴァ03、こちらベルクート03。諒解した。グループBからクニツァがZone6-09へ移動する。所要15分。ソヴァ05に『マヌケ野郎』と伝えておいてくれ。」
「ベルクート03、こちらソヴァ03。支援感謝する。『マヌケ』と確かに伝えた。『テメエ、覚えてろよ』と言って頭から湯気吹いてる。近くの席の奴が迷惑するから、余り煽らないでやってくれ。」
「ソヴァ03、こちらベルクート03。クニツァをよろしく頼む。05の件、済まねえな。昔やられた恨みがあってな。」
「ソヴァ05、こちらクラーチカ01。敵の圧力がすごい。近くにいるだけで五百機はいる。もう少し部隊を押し上げられないか? 結構厳しいぞ。」
「クラーチカ01、こちらソヴァ03。今一時的にZone6が手薄になってる。少し待て。ソヴァ05は今昼寝中だ。」
「ソヴァ03。クラーチカ01、諒解。早くしてくれ。あまり保たんぞ。」
「ソヴァ04、こちらデーテル01。Zone4-10に到着。戦線を維持する。今日は客が多いな。」
「デーテル01、Zone4-10到着を確認した。頑張って押し返してくれ。敵防衛ラインに気をつけろ。」
「デーテル01、諒解。現エリアを確保し、押し返す。」
「ソヴァ05、こちらズィマロードク01。Zone6-09に撤退した。クソ、結局四機やられた。RTB。」
「ズィマロードク01、こちらソヴァ03。気をつけて帰ってくれ。墜とされた奴の冥福を祈る。」
「ああ、ありがとう。ズィマロードク、RTB。」
「ソヴァ03、こちらゴンチェ01。12番機が墜とされた。クソ、なんで今日はこんなに敵が多いんだ。」
「ゴンチェ01、こちらソヴァ03。増援必要か?」
「ソヴァ03、ゴンチェ01。まだ大丈夫だが、用意しておいてくれ。あまり保たんかも知れん。」
「ベルクート03、こちらソヴァ03。グループBから三部隊ほどZone6に上げてくれ。どうも今日は客が多くて、損耗が激しい。」
「ソヴァ03、こちらベルクート03。ティーグル、レオパルト、ブイクの三隊をZone6に上げる。グループB全体をZone8まで前進させる。グループBはあと五隊。」
「ベルクート03、助かる。」
「ソヴァ03、こちらクニツァ01。Zone6-09に到着。このままZone5まで出るか?」
「クニツァ01、こちらソヴァ03。出てくれ。今日はZone4が随分厳しい。」
「クニツァ、諒解。Zone5-09まで前進する。」
「ソヴァ05、復帰した。クラーチカA2、突出しすぎだ。Zone3境界線が近い。後退しろ。」
「ソヴァ03、こちらデーテル01。今日は客の動きが何かおかしいぞ。ウチのBOMB KIDどもがそう言ってる。俺もそう思う。」
「ソヴァ03、こちらクニツァ01。Zone5に到着。先行してるのは、ゴンチェか? かなりヤバそうだが。カバーする。」
「クニツァ01、こちらソヴァ05。頼む。方位09を抜かれる訳には行かない。」
「ゴンチェ01、こちらソヴァ05。大丈夫か? 二機撃墜されたようだが。」
「ソヴァ05、こちらゴンチェ。厳しい。Zone4に押し返せない。」
「ゴンチェ、無理をするな。すぐにクニツァが増援に入る。」
「ありがてえ。それなら何とか。」
「デーテル01、こちらソヴァ05。さっき気になる事を言ってたな。敵の動きが変? 具体的に。」
「上手く言えないんだが。何か誘導されてる感じがする。Zone5に居ると、妙に回り込まれるというか・・・」
「緊急、緊急、緊急。空域の全機に告ぐ。ノーラ降下点上空300kmに、有力な敵艦隊が出現した。戦艦二、空母三、護衛艦五。敵戦闘機隊の軌道降下の可能性大。各隊はロストホライズン発生に備えよ。繰り返す。空域全機に告ぐ。ノーラ降下地点上空300kmに・・・」
「クソッタレ! ソヴァ05、こちらゴンチェ。Zone06境界まで後退する。クニツァ、何やってる! お前達も下がれ!」
「クラーチカ、突出しすぎている。Zone5まで下がれ。軌道降下が始まったら、Zone4に突出していると一瞬で飲まれるぞ。」
「ヴィードリー、Zone5へ後退しろ。多分ロストホライズンになる。」
「ウードット、お前達も少し下がれ。他が下がると、突出するぞ。」
「ヴィードリー、諒解。」
「ウードット、諒解。」
「クソ! ダメだ、送り狼が離れねえ! 回り込まれる! クソまた墜とされた!」
「ゴンチェ、こちらデーテルA2。方位16に逃げろ。カバーする。」
「助かる! ゴンチェ、諒解。野郎ども、方位16だ!」
「デーテルA2、こちらソヴァ05。あまり突出するな。」
「ソヴァ05、デーテル04。大丈夫だ。デーテルB2がケツを持つ。」
「諒解。無理はするなよ。」
「ゴンチェ、それでいい。タリホー。針路維持しろ。」
「ゴンチェ08、広がるな。できるだけまとまって迎撃してくれ。広がられると、敵も広がる。」
「ゴンチェ08、諒k、うお! マジかお前等。誰か俺のすぐ上通ってったぞ。」
「ゴンチェ、躱しながら針路維持しろ。リアタック掛ける。」
「ゴンチェ01、諒解。早めに頼む。結構キビシイ。」
「ゴンチェ、もう大丈夫だ。残った奴等は逃げた。」
「え? マジか!? 五十機はいたよな?」
「ゴンチェ、Zone5-09に戻った方が良い。俺達も戻る。グッドラック。」
「デーテルA2、助かった、恩に着る。」
「マジかあいつら。初撃で1/3消えてたぞ。スゲエな、流石アムルスキー・シュトルマヴィク。」
「緊急、緊急、緊急。空域の全機に告ぐ。ノーラ降下点上空の敵艦隊が、戦闘機の軌道降下を開始した。推定降下敵機数は一万五千。ノーラ降下点に駐留する一万五千機と共に大規模攻勢となる可能性大。極東オホーツク方面へのロストホライズンを警戒せよ。繰り返す。空域の全機に告ぐ。ノーラ降下点上空の・・・・」
「ノーラ降下点東側Zone5近傍の全機。ロストホライズン推定敵機数は一万五千から二万。Zone5地上の対空砲と連携してZone5前縁でこれを迎撃する。全機Zone5にて待機。」
「ヴィードリー、準備完了。」
「ゴンチェ、準備完了。」
「ウードット、オーケイ。」
「デーテル、スタンディング・バイ。」
「クラーチカ、スタンディング・バイ。」
「クニツァ、スタンディング・バイ。」
「ティーグル、レオパルト、ブイク、Zone6にて待機中。」
「ベルクート03、こちらソヴァ03。グループBをZone7に前進させてくれ。グループCをZone8へ。」
「ベルクート03、諒解。グループBをZone7へ、グループCをZone8へ前進。注意しろ。グループBは残り五隊。」
「ソヴァ03、諒解。スパシーバ、ベルクート03。」
「空域の全機へ。ノーラ降下点周辺での敵重力反応増加中。ロストホライズン準備段階と思われる。各隊注意せよ。なお、上空300kmの敵艦隊からの軌道降下は継続中。現在敵戦闘機八千がノーラ降下点周辺に軌道降下した。継続増加中。」
「ソヴァ03、こちらベルクート03。グループB五隊はZone7に到着。グループCはZone8に到着。現位置を維持、待機に入る。以後、ソヴァ03から直接の指示を出してくれ。必要に応じて、こっちで交通整理する。」
「ソヴァ03、諒解。気遣い感謝する。」
「空域の全機へ。ノーラ降下点上空300kmの敵艦隊が、戦闘機の軌道降下を終えた。推定一万五千機がノーラ降下点に加わり、現在の推定敵勢力三万。重力反応なおも増大。来るぞ。」
「Zone5にて警戒中の全機へ。ロストホライズン発生後はZone5前縁から前に出すぎるな。今日は雲が出ている。対空砲座からの援護が受けられなくなる。Zone5-10以南は雲の密度が高いため、特に注意すr・・・」
「緊急、緊急、緊急。ノーラ降下点にてロストホライズン発生を確認した。ロストホライズン。コードL。リマ。重力反応より、侵攻部隊は一万八千機より構成されているものと推定。Zone5各隊は迎撃用意。繰り返す。ノーラ降下点にてロストホライズン発生。コードL。リマ。重力反応より・・・」
「お出でなすったぞ。今日はいつもより客が多めだ。野郎ども、気合い入れてけよ。」
「いつも思うんだけどさあ。女もいるのよね。」
「おう、済まねえ。淑女とクソ野郎ども、気合い入れてくぞ。」
「余裕ぶっこいてんじゃねえ。来たぞ!」
「空域の全機。ロストホライズン侵攻方向は針路15。コムソモリスク・ナ・アムーレだ。全体タクティカル・コントロールをソヴァからラスカに移管する。ラスカ、管制移管する。エリア・コントロールは引き続きソヴァが行う。」
「ソヴァ01、こちらラスカ01。全体戦術管制を引き継ぐ。Zone5各隊は迎撃態勢を取れ。Zone7のグループB、Zone8のグループCは現在位置を維持。敵前線はZone4へ進出。各機遠距離狙撃に注意。敵侵攻部隊は高度30から200に分布。方位15。速度M4.3。侵攻部隊前面に・・・」
「おい、なんだこれは?」
「止まっ・・・た?」
「何考えてる? ッと・・・敵侵攻部隊はZone4に進入したところで停止した。全機敵の狙撃に注意しつt・・・」
「動いた・・・って、え?」
「向こうにも出てるぞ!」
「敵の一部が突出した。方位09、10、11、12、13に各約五百機ずつの敵が突出している。方位11は2部隊居る。突出した敵は450kmラインに到達。速度M3.2、高度60。各隊は迎撃せよ。敵はZone5のエリア09から13まで、各エリアに五百機ずつ、エリア11は2部隊千機の突撃部隊を形成している。」
「クソこいつら! お構いなしに突っ込んで来るぞ! 敵密度が異常に高い。衝突に注意しろ!」
「ヤベエ、後ろが巻き込まれた!」
「クラーチカ! 避けろ!」
「クソ! クラーチカ09がやられた!」
「突っ込むな! 正面は集中攻撃を受ける! 横に回れ!」
「クソ! こいつら横向きやがる!」
「ゴンチェ、突っ込むな! 正面はヤバい!」
「落ち着け。Zone5の対空砲座が対処している。」
「やられた! 避けられねえ! イジェクト、イj・・・」
「ゴンチェ08、ダウン!」
「敵は五百機の紡錘形の塊になって、各ゾーンに一隊を突っ込ませて来ている。正面から迎撃するな。脇に回り込め。」
「こいつら、とにかく真っ直ぐ進むぞ。ヤバいぞ、突破される!」
「抑えきれねえ! ちょっかい出しても目もくれずに真っ直ぐ突き進みやがる!」
「グループB各隊。敵が突撃部隊を形成し、Zone5各エリアへ侵攻中。Zone5は突破される可能性が高い。迎撃用意。グループCも前方警戒。」
「敵部隊が防衛ラインを突破し、後方へ抜ける可能性大。ネリマ、サヴェチェイ・イリイチャ、チュグエフカ、ヴァルフォロメエフカ各基地へ救援要請。Zone10にてグループDを形成し、防衛ラインを突破した敵部隊へ対処を要請。」
「ソヴァ03、こちらデーテル01。エリア10の突撃部隊は対処した。残敵は対空砲座が始末中・・・っと、残敵は逃走。エリア10クリア。隣のエリアも掃除するか?」
「デーテル、よくやった。ちょっと待て。」
「X02、こちらラスカ01。カミカゼの時間だ。出られるか?」
「ラスカ01、こちらX02。大丈夫だ。01はどうする?」
「いや、01は別の仕事がある。X02単機でZone04で停止中の敵前線内部に全弾撃ち込め。」
「X02、諒解。Zone4-10まで進出、Zone4-09から11までの空間に全弾撃ち込む。それで良いか?」
「X02、ちょっと待て・・・OKだ。それで良い。」
「X02諒解。前進する。」
「デーテル、Zone5-11の北側に居る敵突撃部隊に対処できるか?」
「今すぐ全速で行けばどうにか、かな。一度離されたら追いつけない。」
「OK。Zone5-11北側の敵部隊を掃除してくれ。出来るところまでで良い。」
「デーテル01、諒解。一人敵に挨拶に行った奴がいる。そいつを除いて十四機で対処する。」
「よろしく頼む。」
地上の対空砲と共に五百機もの敵機を損害無く撃破するという離れ業をやってのけた3345TFSは、Zone5-10(ノーラ降下地点から約550km、方位10(ほぼ真東))の空域で僅かな間待機状態にあったが、なぜか100kmほど前方で不気味に足踏みをする敵ロストホライズン侵攻部隊約一万五千機に向けて突っ込んで行った05番機を除いて、残る十四機が陽光に翼を煌めかせて南へと進路を取った。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
今回は少し毛色を変えて、AWACSとの交信を中心に書いてみました。
随分前に一度使った手ですが、余計な説明が入らず会話だけで状況を想像するしか無いという難点がある反面、余計な説明が入らないのでテンポ良くスピーディーに状況が進んでいきますね。