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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第六章 大中华帝国的衰落
146/405

21. 3LZA-4C2 Стрела света(ストレラスヴェータ)


■ 6.21.1

 

 

「急ぎ500kmラインの外に退避する。」

 

 AWACSからの警告を聞いた達也は、そう言ってすぐに旋回を開始した。

 現在彼等デーテル(3345TFS)A2小隊の三機が居るのはノーラ降下点から約450km、方位13(南東)の地点付近だった。

 ざっと見たところ、周辺には突出しすぎてファラゾアに囲まれ、500kmラインの外に出られなくなっている友軍機はもう居ない様だった。

 むしろ自分達が一番突出していた。

 一番突出している自分達三機を、周囲のファラゾア機が包囲しようと動いているように、戦術マップとHMD表示を見た達也は直感的に感じた。

 味方機の退避をサポートするために500kmラインのすぐ内側まで侵出してきた後、三機で相当な数のファラゾア機を撃墜したので、それを知っているファラゾア機群は、包囲網が殲滅されてしまわないように数をそろえて一斉に達也達を包囲し襲いかかろうとしている様に見えた。

 周辺の空間からより多くの味方機をかき集め、大量の機体で同時に一瞬のうちに自分達を包囲し、避けきれないだけの飽和攻撃を行おうとしている、と敵の動きを眺めながら達也は感覚的に読み取った。

 

 当然、それに付き合ってやる義理など無い。

 有り体に言って、達也達三人はその場から一目散に逃げ出した。

 それを見たファラゾア機がまるで慌てて追いすがるように、包囲網を形成するために少し距離を取って達也達の周りを囲んでいた配置を一気に崩して、達也達の後を追う。

 その数約二百機。

 

 普段であれば、達也達三機が相手に出来ない数では無い。

 むしろ、時間を掛けさえすれば殲滅してみせると、達也なら豪語するであろう数だった。

 しかし今は500kmラインの外側に待避することを優先しなければならない。

 ロストホライズン発生がほぼ確実になった今、達也達がそれを迎え撃つためにも、またカチェーシャと優香里の安全を確保するためにも、AWACSからの指示通り500kmラインを超えて友軍機が集結している空域まで待避しなければならなかった。

 いくらカチェーシャと優香里が腕を上げたといえども、また或いは達也であったとしても、単機或いは僅か数機で万を超える敵に囲まれて無事で居られる訳は無かった。

 

 脱兎の如く逃げ出した達也達であったが、ファラゾアの方が足が速く、当然周りを囲まれる。

 抜き去られ、正面に回り込まれて逃げ出すのを阻止される。

 正面に出てきた間抜けは撃墜してしまえば良い。

 問題は後ろから追撃してくる敵機と、こちらを向いて横を併走するようにして妨害してくる敵だった。

 「アムール突撃兵」などという勇ましいあだ名を与えられることになった達也達とは言え、百以上の敵からの集中砲火をいつまでも避けられる筈も無い。

 かといって、うるさく追いすがる敵を迎撃して脱出経路を確保していたのでは、待避が遅れる。

 

 ロストホライズンから逃れるために、追いすがる敵機と自機への被害を無視して強引に逃げ去るか、目の前にある障害を取り除くために、ある程度の数を迎撃してから逃げるか。

 どちらにするか達也が迷った刹那。

 僅か数百mの距離ですぐ脇を飛んでいたクイッカーが派手に火を噴いて爆散した。

 同じように盛大に爆散する敵機が、回りで幾つも同時に爆炎の花を咲かせる。

 可燃燃料を搭載しないファラゾア機にしては、どれもあり得ないほど大きな爆発だった。

 毎秒数機ずつの敵が、すさまじい勢いで消えていく。

 

 遙か数十km先から味方機が援護してくれているとしても、あり得ない撃墜速度だった。

 対空レーザー砲車輌。

 確か、240mmもの大口径レーザーを二門備え、Zone5の地上の森の中に姿を隠しているという話だった。

 ハバロフスクに来てからこれまで、世話になったことが無かったので完全に忘れていた。

 敵に見つかってしまえば狙い撃ちにされるという弱点を持ちつつも、しかし地上の大口径対空レーザーはこれほどまでに高い威力と精確な狙いを持つのかと達也は驚いた。

 

 機体振動によって左右されず、地上にアンカーを打ち込んだ上に除震機能を持つ光学240mm X 2 回転砲塔は大気圏内200kmの直線射程を持ち、大気の条件が良ければ実際に200km先のファラゾア機を0.5秒以内に撃破する能力を持つ。

 レーザー発振器と、その膨大な消費電力を供給するための核融合炉から発生する熱は高熱容量熱媒を用いた外部ラジエータを車体から数百mも離れた水中等に設置することが出来、さらに車両本体にはファラゾアの赤外線探知能力から身を隠すための対光学探知迷彩シートを被せることで、被発見率を下げて空中からの狙い撃ちを防ぐ。

 レーダーによる索敵が出来ない為、目標の探知特定は主にGDDと光学シーカーによるが、搭載された目標選択システムと自動照準システムと組み合わせることで、二門の240mmレーザーにより天候条件が良ければ最大4目標/秒の撃破能力を持つ。

 ロシア陸軍が自信を持って開発投入し、国連軍にも採用されたこの対空車輌の名をウラルヴァゴンザヴォート製 3LZA-4C2 ストレラスヴェータ(Стрела света;光の矢)と云った。

 

 二門の大口径レーザー砲と核融合炉、そしてそれらを冷却するための機構を搭載するため、ストレラスヴェータの車体重量は100tにも達し、まさに今回投入された様な地形、即ち雪解け直後の悪路を走破することを想定して幅の広い履帯を前後二組装備している。

 それでも泥濘化した地形でのこの超重量級且つ大型の車輌の運用は困難を極めるのであるが、そのような環境下での重戦車の運用に慣れているロシア陸軍は、指定された数量の車輌を指定された場所に、指定された期日通りに配備しきった。

 そこには、ファラゾア来襲以来全くと言って良いほど活躍の場所が存在しなかった、そしてこのストレラスヴェータによってやっと活躍の場を与えられ、この十年ほどの間に鬱憤が溜まりに溜まりきった陸軍将兵達の意地と執念の様なものが含まれていたことも否定できない。

 

 ファラゾアに探知されてしまえば、地上を移動する戦闘車両などただの動かない射的の的にしかならない。

 そのためこの対空機械化部隊には、部隊が最も有効に力を発揮できる状況、即ちロストホライズン発生まで一切の砲撃を行うことを禁じられていた。

 最初の車輌がこの森の中に配備されてから早三ヶ月。

 ロストホライズンの本体はまだ到達しておらず少々フライング気味ではあったものの、やっと巡ってきた活躍の場に部隊全員の士気と、そして血圧は非常に高かった。

 500kmラインの外に待避しようとする達也達を囲むファラゾア機が、尋常では無い速度で次々と撃墜されていくのは、その様な理由も関係していた。

 

 周りでファラゾア機がバタバタと墜とされていく中、達也達は正面に回った敵のみを撃破しながら、さらに増速し、友軍機が多数待機する500kmのラインを越えた。

 500機を超える地球人類側の戦闘機がまるで獲物を狙う鮫のように空中を遊弋し、近付けば寄って集って殲滅せんと待ち構えているのに加え、信じられない程に効率良くファラゾア機を撃墜する対空砲が多数森の中に潜んで居るであろう事までは看破した約百機のファラゾア機は、敵わないと見るや一瞬でその向きを変えてノーラ降下点方向に向けて飛び去った。

 

 その光景は、地球人類の軍勢とは思えなかった。

 国連軍の特徴である五つのデルタ編隊で形作られる一回り大きな、戦術飛行隊十五機による大きな三角形。

 ロシア空軍機に特徴的な、淡い水色の機体、鋭角的な直線で描かれた航空迷彩、或いは機体全体がぼやけて見える灰色のデジタル迷彩が施された機体によって形成された、山なりに折れ曲がった伝統的なV字編隊。

 米国系のライトグレーに塗装された日本軍と台湾軍の戦闘機が形作る、三つのダイアモンド編隊からなる大きなデルタ編隊。

 数え切れないほどのそれらの幾何学模様が、様々な高度を取ってそれぞれの針路を採り辺りをゆっくりと遊弋する。

 それはまるで数にものを言わせて侵攻してくるファラゾア機の集団のように、達也達三人が飛ぶ空間の回りを見渡す限り無数の戦闘機が空間を埋めていた。

 

 すでに確実に敵側に存在を知られている為、ラジオアクティブとなっているIFF信号をたどり、達也達三機は3345TFSに合流する。

 数十m向こうを飛ぶ武藤のワイヴァーンmk-2が見える。

 特徴的な形状のキャノピーの中、武藤が軽く手を挙げて無言で互いの無事を報告する。

 しかし一息つく間もなく。

 

「空域内の全機に告ぐ。コードL本体がZone3に到達。数一万五千。速度M1.5。針路15で確定。全機迎撃準備。指示あるまで現在位置で待機。」

 

 AWACSからの通信が、国連軍、ロシア軍、日本軍、台湾軍の分け隔て無く、全ての機に届く。

 そしてさらに。

 

「X01、02。聞こえるか。こちらソヴァ03。」

 

 達也と武藤にのみ追加の通信が入る。X01とは達也、X02とは武藤の事である。ロストホライズン時の特殊任務に赴くときにのみ使われるコードであった。

 

「ソヴァ03、聞こえる。こちらX01。出番か?」

 

「X01、そうだ。その前に反応弾頭ミサイルのシーケンスローディングを行う。こちらで操作する。そのまま待機しろ。」

 

「シーケンスダウンロード。諒解。」

 

 そのやり方に達也は違和感を感じて、妙だな、と思った。

 これまで二度ほど、ロストホライズンでの始末屋役を行ったことがあるが、直前になってミサイルの行動パターンのローディングをAWACSから行ったことなど無かった。

 とは言え、ロストホライズン時の対応の何もかもを全て知っているわけでも無く、また戦場ではありとあらゆる種類の例外的処置が行われるということも理解している。

 今回は、皆が逃げ出した無人の基地を囮にして、とにかく盛大に爆発を起こして一機でも多くの敵を撃破するといういつもの乱暴なやり方では無く、侵攻してくる敵を基地や市街地に到達する遙か前に抑えなければならないという、デリケートな使用方法なのだ。

 いつもと違うのも当たり前かと納得した。

 

「少佐。出る。」

 

「諒解。」

 

 AWACSからデータがダウンロードされている間に、飛行隊長である高崎少佐に、今から特殊任務に入ることを伝えた。

 帰ってきたのはごく短い、何の装飾も無い一言。

 それで充分だ。

 

「カチェーシャ、優香里。俺は少し隊を離れる。以後高崎少佐の指示に従え。」

 

「諒解。」

 

「・・・諒解。」

 

 カチェーシャの返答に一瞬の間がある。

 ミサイルを搭載した時点で彼女たちにはばれている。

 言いたいことは分かっている。

 仕方が無い。

 そういう、損な役回りなのだ。

 願わくば、彼女たちが信じている内容と異なり、この突撃がハバロフスクの街と基地の終わりにならない様に。

 達也は無感情にではあったが、それでも慣れ親しんだ場所と人々の無事を願いつつ、遙か彼方に黒雲が沸き立つように見え始めたファラゾアの大群を見る。

 

「X01、02、こちらソヴァ03。データロード完了した。目標データはこちらでリモートしている。発射タイミングもこちらで指示する。作戦(Launch )(the )始だ(Mission)

 

「X01、諒解。」

 

「X02、諒解。」

 

 達也は僅かに機首を上げてスロットルをMAXリヒートに押し込んだ。

 達也の蒼雷が3345TFSの編隊を上方に離れると同時に、B2小隊長の位置に居た武藤のワイヴァーンMk-2も同じ様にして上方に編隊を外れた。

 

 無数の地球側戦闘機が飛行する空間を、青い炎を引いて二機の異なるシルエットの機体が加速する。

 二機は500kmのラインを越えてさらに内側へ。

 易々と音速を超えた機体は、今や肉眼でもはっきりと分かるほどに近づいて来た侵略者の戦闘機の大群に向け、怯むこと無く一直線に突っ込んで行く。

 点滅するミサイル発射目標が、明滅と共に発する電子音だけが耳に響く。

 

 地平線から沸き立つ巨大な黒雲が、実は無数の白銀色に光る異星人の戦闘機で構成されていると判別がつく頃には、その黒雲は見上げるほどに頭上にのし掛かり、まだ幾らか距離はあると頭では理解していても、何か根源的な恐怖を覚える。

 

 僅かに旋回し、微妙に動き続けるミサイル発射目標を中央に捉えた。

 距離60。

 まだ遠い。目標がミサイルの射程内に入っていない。

 ランダム機動で、目標が再びHMD中央から外れる。

 

 地上で小規模な爆発が断続的に発生している。

 すでに上空のファラゾアの大軍から攻撃を受けている。

 これだけの大群からの集中砲火だ。一瞬でも気を抜けば、待っているのは死だ。

 

 10km。

 たかだか15秒が永遠に感じる。

 ミサイル発射目標が、視野を掠める。

 表示は距離51。

 

「武藤。」

 

「おうよ。」

 

 再び目標が正面に来た。

 距離50。

 目標をロック。断続的な電子音と共にターゲットマーカが赤に変わった。

 操縦桿上部のリリースボタンを押す。

 兵装ウインドウに表示された、八本のミサイルの表示に重なるようにして「全弾発(LAUNCH )(ALL)」と表示され、次の瞬間翼下パイロンからミサイルが次々と投下され始める。

 

 機体を離れたミサイルはロケットモータに点火し、立ち上る巨大な黒雲に向かって白い煙を引きながら次々と加速していく。

 

 達也の機体が大Gの掛かる急旋回で反転する。

 同じ様に武藤の機体も反転する。

 

 極力敵のレーザーが減衰するよう高度を下げ、反撃などは一切行わずとにかく全力で逃げる。

 

 達也達が発射したミサイルの総数は十六本。

 そのうち八本がダミーミサイルで、八本が反応弾頭ミサイルだった。

 ミサイルは事前に設定された目標に向かって真っ直ぐに突き進む。

 発車前にAWACSから送られたデータによって上書きされたプログラムパラメータは、敵を探知して欺瞞行動などすること無く、発射時点で設定された目標に向かって真っ直ぐ飛ぶように設定されていた。

 

 十六本のミサイルの内、四本が撃墜された。

 五本のダミーミサイルと、七本の反応弾頭ミサイルが生き残り、そしてその七本が所定の位置に達した後、核融合の炎を点火した。

 

 真っ白く眩しく光る七つの火球が、極東方面海岸線に向けて侵攻してくるファラゾア群一万五千機の前面に、横一列に並ぶように現れた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 相変わらず投稿が不安定で申し訳ありません。もうしばらくこの状態が続きます。


 作品内で使用している反応弾頭は、どこかでも表記しましたが、起爆に原子爆弾を使用しません。ので、使用後の放射性降下物も相当少ないことを想定しています。

 例えば、使用後温度が下がりさえすれば爆心10km地点で簡易防護服のみで長時間滞在可能、とか。


 予告通り自走対空砲を出してみました。

 地上の対空車輌の方が、大型の融合炉と砲身を搭載でき、機体振動も無いため、射程と威力は飛躍的に伸びるものとしました。

 とは言え、大気圏内なので200km程度ですが。

 威力はありますが、何よりも移動が遅い(戦闘中はほぼ不可能)ので、位置を特定されてしまえば後はただの静止標的になってしまいます。

 ラジエータを本体から離したり、防赤外線探知シートを被せたり、潜伏位置を特定されないため色々涙ぐましい努力をしています。


 以前作中に出てきた、日本海沿岸の防衛システムも同様の大型レーザー対空砲ですが、こちらは自走式では無く、設置式で考えています。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 血圧は非常に高かった そういう表現って日本語にありましたっけ?なんかやる気がある感じは伝わったのですが。そういう意味で良いですか?
[一言] 横一列。普通に考えれば「ここから先は通さない」でしょうが、この場合は「こっちには通さない」かな? 意図が明かされるのは次回ですかね。 引き続き楽しみにしています!
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