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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第六章 大中华帝国的衰落
145/405

20. Амурский штурмовик


■ 6.20.1

 

 

 天地が反転し、回転し、また再び反転する。

 地球の引力により常に下方に加わる1Gの加速度の他に、戦闘機動によりめまぐるしく方向を変える加速度が、時に身体をシートに押し付けて潰し、ヘルメットを脇から殴りつけ、血液を顔面に集めてレッドアウトさせ、次に血液を足元に向けて逆流させながら全ての内臓を腹の下に集める。

 訓練を受けていない者であれば、急激な血流の変化による脳内の酸素欠乏と過飽和の繰り返しに加え、内臓を激しく揺さぶられることで、一瞬で胃の内容物を吐き戻すところだが、何年もこの商売に命を掛けてきた身体は流石に今更その様な素人臭い反応をすることは無い。

 

 達也の所属する国連空軍3345TFSは、ノーラ降下点に対して方位13、500kmのライン、即ちZone5-13で、より降下点に近い空域での交戦から離脱してくる同じ国連空軍の3346TFSを中心に、ロシア航空宇宙軍機、日本空軍機も併せて、もうすぐ眼の前で発生するものと予想されているロストホライズンに備えて降下点から距離を取ろうとしている友軍機を追撃するファラゾア機を叩き墜とし、追い払う役割を担っていた。

 

 数機まとめてファラゾア機を屠った達也は、ノーラ降下点の方向に顔を向ける。

 HMDスクリーンに投影されるマーカは、緑色と紫色が混ざる。

 緑色は、レーダー波で探知された目標。紫色はGDDで探知された目標。

 ステルス性の強いファラゾア機はレーダー波の反応よりも、重力波によるGDDでの探知反応の方が強い。

 逆に地球人類側の戦闘機は重力推進を使っておらず、ステルス性に乏しいため、レーダー波でしか探知されない。

 つまり、緑色で表示されるレーダー波反応は味方機で、紫色で表示されるGDD探知目標は敵、と判断してまず間違いない。

 同時に、戦闘空域内で戦闘中の味方機は、ラジオアクティブであるためIFFに反応がある。

 緑色のマーカ脇に青色のIFF情報が表示されるのが味方、紫色のマーカ脇に希に黄色の光学探知情報が表示されるのが敵、と云う事になる。

 

「次。方位28。遅れるな。」

 

「12コピー。」

 

「13。」

 

 今しがた敵を撃ち墜としたばかりだが、次の獲物を求めて旋回する。

 すぐ後にカチェーシャと優香里の機体。

 

 この数ヶ月での二人の格闘戦技術の向上は目覚ましく、今ではどれ程激しい戦闘機動を行おうとも、達也の後方両脇を固め、進行方向に対してそれぞれが占位する方向の敵を片付けながら、達也の機体を頂点としたデルタ編隊を崩すこと無く、涼しい顔をして敵機で溢れた戦闘空域を飛び回る事が出来る様になっていた。

 それは勿論、達也を小隊長として常にその戦闘機動に追従していくことで訓練され叩き上げられた結果でもあったが、二人の生来のセンスの良さによるところが大きい。

 

 文字通り血の滲む様な努力をしてどれ程戦闘技術を磨こうとも、戦闘機動に関して突出した才能を持たない者は、ある程度の所で頭打ちになる。

 生まれながらの才能を持つ者は、鍛えれば鍛えるだけその才能を伸ばす。

 そもそも、手取り足取り教えずとも見ただけで理解して短時間で吸収し、反復訓練などせずとも吸収した技術をいきなり実行してみせる。

 「才能に勝る努力無し」。

 それが、まるで百年も前の空中戦スタイルに退化したかのように、パイロットの能力と機体の性能を振り絞って敵機と直接殴り合う事に依ってのみ勝敗が決し、生き延びることが出来るこの戦いの中で達也が到達した答えだった。

 天賦の格闘戦センスがある者は、新兵の時からひと味違う。その後も急速に力を伸ばし、そして皆を置き去りにしてどこまでも伸び続ける。

 その様な天才的なパイロットを、達也自身これまで何人も見てきた、その結果辿り着いた結論だった。

 もっとも、それを一番端的に体現しているのが達也自身なのであるが。

 

 ランダム機動を織り交ぜながら旋回する達也の機体を、カチェーシャと優香里の機体が追う。

 ただ追いかけるだけでは無く、旋回中にも関わらず機首を上下左右に振って周囲の敵機を撃墜する。

 達也が旋回中の機体軸線上から左右に僅かに振った幅の中に入ってくる敵機を担当して攻撃する。

 達也の左後方、小隊内の二番機の位置を占めるカチェーシャが、そのさらに外側の範囲に存在する敵機を攻撃する。

 反対側、達也の右後方に遷移する優香里が、カチェーシャとは逆に、達也の攻撃範囲よりも右側の敵を攻撃する。


 旋回を終えても、目標とした敵機の集団に直線的に突っ込んで行くようなことはせず、僅かに外した方角から回り込むようにして目標に接近する。

 そうすることで敵機に対して角速度を付け、直線的に突っ込むよりも僅かではあっても狙いを付けにくくしている。

 今の場合は、Zone4から離脱してくる味方機を左右後方から挟むように追撃する敵十六機の下方から、捻り突き上げるような進路を取って敵の側面を急襲しようとしている。

 

 高度4500m周辺にて味方機を半ば包囲するようにして後方左右に占位し、戦闘空間から離脱しようと藻掻くその3346TFSの二機に執拗な追撃を行っている敵機。

 十六機の敵が頻繁に入れ替わるように攻撃を加えているため、3346TFSの二機は狙いを定める事が出来ない。

 狙いを定めた途端に目標の機体は遙か彼方に一瞬で離脱するので目標を見失う。

 それと同時に別方向から急接近する別の機体を脅威と認識し、そちらに狙いを変えようとする。

 機体の向きが変わり、照準を合わせた途端に逃げ出される。

 そしてまた別の敵機が、別の方向から急接近する。

 その繰り返しを行っている。


 傍から見れば滑稽にも見える繰り返しだが、追撃されている二機は当然至って真面目で、且つ必死だろう。

 しかしそのうち、操作ミスをするか或いは疲れて動きが鈍くなり、その僅かな隙を突かれて墜とされる未来が見えている。

 

 まるで曲がりながら飛行するブーメランであるかの様に、斜め下方高度2000m辺りまで大きく降下しつつ斜めに弧を描いて旋回した達也達のデルタ編隊が、ナイフが突き刺さるかの如くその十六機の敵と二機の味方がもつれるようにして戦い続ける空間を切り裂く。

 予想もしていない方向から、三機によるレーザーの集中砲火を受けて、五機のファラゾア機が火を噴きながら吹き飛ばされる。

 味方機と半ば激突コースに入っていた三機は、航路が重なる僅か手前で編隊を解いて散り、それぞれに敵機を撃墜して、3346TFSの二機の脇を通り過ぎてから再び集合する。

 その過程でさらに二機の敵を墜とした。

 一瞬の間に十機のファラゾアが撃墜され、煙を引きながら戦闘空域から退場していく。

 それは本当に瞬く間のことで、あわや激突かという距離ですれ違い飛び去った三機の黒い影を僅かに視野の端に捕らえた3346TFSの二機は、何が起こったのかまだ理解が追い付いていない。

 上空で再びデルタ編隊を組んだ達也達が、ロールしながら非常識な急旋回を行い、今度は上方から再突入する。

 残った六機のファラゾア機は、当然達也達を迎え撃とうとするが、そこを我に返った3346TFSの二機に横から攻撃され、さらに二機が撃破された。

 追い打ちを掛けるように上空から増速しながら全速で突入してくる達也達に瞬く間に三機墜とされる。

 生き残った最後の一機は、再び達也に狙いを付けられる寸前、全速で離脱して消えた。

 目標を見失った達也達三機は、3346TFSの二機の後方を上から下に向けて通り過ぎ、高度2500mからゆっくりと減速しながら上昇に移る。

 

「た、助かった・・・恩に着る。Амурский(アムルスキー) штурмовик(シュトルマヴィク)の名前は伊達じゃねえな。ウードット06だ。今度一杯奢らせてくれ。」

 

「楽しみにしている。もう敵に掴まるなよ。」

 

「おう。とっとと逃げるさ。」

 

 達也達三機はすでに肉眼で追うのが難しいほど遠く離れている。

 辺りで眼に付いた敵を墜としながら、ゆっくりと高度4000mまで上昇した達也が次の目標を発見する。

 

「2時の方向、距離05、高度10。Su-113ゼイエツ、三機。ロシア軍か? 敵が三十機近く居る。まずいな。真上から逆落としを掛ける。初撃でできるだけ墜とせ。」

 

「諒解。」

 

 達也は右に機体を傾け、緩く旋回しながら高度を上げつつ増速する。

 その後方両脇にピタリと張り付いたカチェーシャと優香里が後を追う。

 

「行くぞ。」

 

 ひらりと機体を翻した達也は急旋回で機首を真下に向け、リヒートの炎を引いて垂直のパワーダイブを行う。

 一瞬遅れて、カチェーシャと優香里の二機がそれに続く。

 まだまばらに雪が残る地表に向かって真っ直ぐ突っ込んで行く。

 その手前、高度1000m付近に、グレイのロシア航空宇宙軍機航空迷彩色に塗られたSu-113パリヤーニゼイエツが三機、十倍もの数の敵に群がられるように囲まれながら、必死の迎撃を続けている。

 

 敵と味方が混在する空間に向けて垂直に真っ直ぐ突っ込んで行きながら、僅かに機首を動かし、ガンサイトに入る敵を次々に撃破していく。

 達也達三機は、示し合わせた訳でも無くデルタ編隊を解き、ロシア軍機を囲むファラゾア機の群れを大凡三分割して、それぞれ自分が担当する領域の敵を攻撃する。

 それまでほぼ同高度のロシア軍機を突き回し翻弄していたファラゾア機群は、突然の真上からの攻撃にすぐには反応できない。

 上方から攻撃されている事を認識した後も、反応速度の遅いファラゾアはそれに対応するまでにさらに僅かな時間差を発生する。

 真上から次々と敵機を撃破しながら垂直パワーダイブを行った三機は、降下中に合わせて十三機の敵を撃破し、ロシア軍機を包囲するファラゾアの集団を掠めるようにして機首上げ旋回して対地高度僅か300mで水平飛行に移った。

 三機はそのままループしてインメルマンターンの後、今度は水平方向から再びファラゾアの群れに向けて三方から突っ込む。

 その間ロシア軍機も負けじと、今まで自分達をいたぶり続けてきた周囲のファラゾア機に対して猛烈な反撃を加え、四機を撃墜した。

 三方から加速しながら突っ込んできた達也達三機が次々とファラゾアを撃破しながら、音速を超える速度で、それぞれ僅かな高度差を維持してロシア軍機を囲み交錯するような航路でファラゾアの群れの中を再び切り裂き、飛び去った。

 二度目の突撃で撃墜されたファラゾア機は八機。

 残るファラゾア機は九機となり、完全に劣勢に追い込まれた事を自覚したファラゾア機群は、まるで出来損ないの花火が弾けたかのように、同時に別々の方向に遁走した。

 達也達三機は、曲技飛行団の変形ナイフエッジのような交錯の後は、友軍機を攻撃していたファラゾア機群が消えたことを確認しつつ再び上昇に転じて上空4000mで合流し、瞬時にもとのデルタ編隊を形成する。

 

Спасибо(スパシーバ), Дятел(デーテル) A2。助かった。恩に着る。マジヤバかった。」

 

「無事で何よりだ。幸運を(グッド・ラック)。」

 

 ロシア軍機からの感謝の声に返答した達也達三機は、すでに上空を次のターゲットを探して移動している。

 

 ざっと見回したところ、殆どの機体は500kmラインの外側まで退避を終えており、もう窮地に陥っている友軍機は殆どおらず、居たとしてもすでに他の友軍機が支援に入っている様だった。

 達也は軽く息を吐き、そこでふと思い出した。

 

「そう言えばさっき、ウードット06が妙なことを言っていたな。ロシア語か?」

 

「アムルスキー・シュトルマヴィク?」

 

 カチェーシャが応えた。

 

「ああ、確かそうだった。どういう意味だ?」

 

「『アムール突撃兵』。渾名付けられたみたいね。ここのところ、随分暴れ回ったから。」

 

「それは、名誉な意味なのか?」

 

 多分良い意味の言葉だとは思われたが、もしかすると「何も考えずに突っ込んで行く阿呆」という意味の可能性もある。

 達也は苦笑いしながらカチェーシャに訊いた。

 あだ名を付けられるのはこれで何度目だろう。

 

「普通良い意味ね。『恐れを知らず突撃する勇敢な兵士』ってところじゃないかしらね。」

 

「成る程な。」

 

 カチェーシャと優香里の腕が上がってきたことで、最近は達也も遠慮なく戦闘中に限界に近い過激な機動をする事が多くなってきていた。

 中尉に昇進し、小隊長を任されて部下が出来た当初は、まるで手枷足枷を付けられたかのようにも感じていたが、最近ではそうやって自分と共に編隊を組む部下達の格闘戦技術が向上し、知った顔がこれ以上死ななくて良くなるならばそれもまた悪くない、と思えるようになっていた。

 

「さて、じゃあ俺達もそろそろ500kmラインの外側に・・・」

 

 辺りを見回す達也がそこまで言ったところで、空域の全ての機体に通信が入った。

 

「緊急、緊急、緊急。ノーラ降下点駐留の敵六千機および、降下した敵一万五千機、計約二万一千機の重力反応が動いた。ロストホライズン。繰り返す、ロストホライズン。コードL。リマ。敵推定侵攻方向は方位15、ハバロフスク方面と推定される。全機Zone5-15を中心に迎撃態勢を整えよ。繰り返す。ノーラ降下点の二万一千機が動いた。ロストホライズン・・・」

 

 それを聞いた達也は、とうとう来たかと思いながら、何も見える筈の無いノーラ降下点が存在する方角を睨み付けた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 なんとかこの話の中でロストホライズン発生まで漕ぎ着けました。


 「才能に勝る努力無し」「天才とは99%のヒラメキと1%の努力」

 大仰に「天才」などと呼ばれる存在とは、そうあるべきだと思ってます。

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