表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第六章 大中华帝国的衰落
144/405

19. All out attack


■ 6.19.1

 

 

 達也がアエロポルト・ハバロフスキーに配属されて早四ヶ月が経った。

 暦は五月になりこの北の内陸の街にも遅い春が訪れ、家の軒下や道路の脇に寄せられいつまでも黒ずんだ醜い姿をさらしていた残雪も全て溶け、落葉してまるで箒のようだった落葉広葉樹も芽吹き、足下には名も知らない小さな花があちこちに咲き乱れている。

 最低気温が氷点を下回る日はほとんどなくなり、最高気温が20℃を超えて、半袖のTシャツを着て基地内を歩き回る兵士達の姿もちらほらと見かけるようになってきた。

 もっとも、南国生まれで、そしてやはり南の暖かい地域に配属されることの多かった達也にしてみれば、20℃以下の気温はまだ「寒い」と感じる気温であり、地元生まれの兵士達に倣ってTシャツ姿になろうなどとはとても思えなかったが。

 

 滑走路も除雪作業が不要となり、二本ある滑走路の内片方を一時的に使用禁止にして、冬の間に雪と氷と除雪作業で痛めつけられた路面を補修する作業が毎日のように行われていた。

 冬の間は縮こまるようにして格納庫の全ての扉を固く閉ざし、それでもなお寒い広々とした格納庫の中で指先を凍えさせながら行っていた帰還後の点検修理作業だったのが、ともすると照りつける午後の日差しに格納庫の屋根が焼け、暑くなる格納庫内の気温を下げるために大扉を開け放して作業を行う日もあった。

 

 Program 'TREASURE HUNT'と銘打って始まった一連の作戦は、今も継続している。

 ただ達也にとってどうにも納得できないのは、この作戦の目的とするところが相変わらず漠然としたまま進められているという事だった。

 勿論、掲げられている目的ははっきりしている。主目的は「ノーラ降下地点のファラゾア勢力の東進を防ぐ」事だった。

 その為にこの極東地域の地球人類側の守りが厚いことを示し、ファラゾアの東進を断念させる、というのが目的達成の手段なのだが、そもそも守りが厚いことを示すとファラゾアが進行を断念するのかどうかがはっきりしていない。

 

 達也の経験だけで考えても、ファラゾアがその気になれば上空に戦艦を数隻停泊させ、各航空基地を艦砲射撃すればものの半日で極東地域の地球人類側の軍事力を完全に沈黙させることが出来るだろう事は明白だった。

 敵は平面的に展開するだけではないのだ。必要とあれば、地球の外から直接攻撃してくる。達也はそれを身をもって経験している。

 ファラゾアがそれをしないのは、そんな事をすれば幾千幾万という人類の脳が一瞬で失われてしまうからだろう。

 連中も、手に入るはずの資源を自分の手で焼き払ってしまうようなことをしたくは無い筈だ。

 

 そして、自分が少し考えただけで辿り着くこの推察に、国連軍参謀本部が気付いていないはずなど絶対に無い、と達也は思っていた。

 だからこの、朧気で正体の掴めない、焦点の定まらない作戦目標の裏には何かがあると感じていた。

 それが何か分からなかった。

 前線の一兵士が気にするようなことでは無いのは分かっていたが、ロストホライズンを止めることも出来る決戦兵器を預かる身としては、その効率的な使い方を考える上で、作戦目標をはっきりさせて欲しいと思っていた。

 

 ちなみにその決戦兵器である反応弾頭長距離空対空ミサイルは、達也達が配属された後にさらに追加が送り込まれており、現在ハバロフスク基地に24発がひっそりと保管されている。

 今のところ使ったことは無く、またイルクーツクに配属された沙美とジェインもまだ反応弾を使った様子は無かった。

 

緊急(PAN)緊急(PAN)緊急(PAN)。有力な敵艦隊がノーラ降下点上空300kmに出現した。内訳は、戦艦一、空母三、護衛艦六。ノーラ降下点に戦闘機の大量増援を行うものと推察される。周辺空域の各戦闘機隊は、突発的なロストホライズン発生を警戒せよ。繰り返す。緊急、緊急、緊急。有力な敵艦隊が・・・」

 

 叫び声のような突然の緊急通信が、編隊内で特に会話をする者もいなかった静寂を破り、レシーバから聞こえてきた。

 前を飛ぶA1小隊のテールを眺めながら、とりとめのないことを考えていた達也の意識は一瞬で現実に叩き戻された。

 

 反射的に上を見上げる。

 高空から見上げる暗く青い空に、敵艦隊の姿を認めることは出来なかった。

 敵艦隊まで水平方向に500km、垂直方向に300km離れている。つまり、直線で600km近く離れている事になる。肉眼で敵艦隊を視認するのは流石に無理だった。

 

「デーテルリーダーより各機。聞いての通りだ。本隊はロストホライズン発生の連絡あるまでは、予定通りに行動する。針路、速度、高度を維持。400kmライン近傍で敵と交戦している3346TFSと交代し、戦線を維持する。」

 

 達也は、コミュニケーションウィンドウに表示されている「DYATEL 05」の表示を押した。

 

「武藤、今の内に反応弾のリンクをしておこう。」

 

「・・・そうだな。」

 

 武藤の返答を聞き終わる前にシステムメニューからLOSTHORIZON MODEを呼び出し、「MISSILE LINKAGE; DYATEL 05」を選択する。

 これで武藤の乗るデーテル05のコンソール上にリンクリクエストが表示されたはずだ。

 しばらくして「LOSTHORIZON; MISSILE; LINKED」と表示され、達也の機体と武藤の機体がそれぞれ搭載しているミサイルが、一群として連動するようになった。

 即ち、両機体に搭載されているダミー四発、反応弾四発ずつ、計十六発のミサイルがリンクし連動して行動することで、効果範囲が重複したり離れすぎたりせずに、反応弾八発が互いの位置を調整して最も効果的と思われる位置で点火するようになった、ということだ。

 

「使わなくて良いに越したことはないんだがな。」

 

 武藤がつぶやくように言った。

 今達也達が搭載している反応弾は、起爆にウランを使用しないため、一昔前の水素爆弾に比べれば放射性生成物が極めて少ない「クリーンな」反応弾であった。

 それでも、核爆発による衝撃波が大気圏、成層圏に与える影響を考えると、短期的にはファラゾアの大群を撃退することが出来たとしても、みだりに多用することは長期的に見ると地球という星の人類が生存可能(ハビタフル)な環境を削り、自分で自分の首を絞めていることには変わりは無かった。

 

「空母が三隻。最大一万五千機の降下か。無理だろ。奴らやる気だ。多分。」

 

 元々ノーラ降下点に存在した五千機弱の戦闘機群と足して二万機もの勢力となる。

 ロストホライズン状況になるには十分な機数であったし、そのためにわざわざ空母を三隻も投入してきたのだろうと、達也は思った。

 目の前に横たわるノーラ降下点とその周辺のファラゾア勢力圏の向こう側、バイカル湖の手前辺りで、沙美とジェインも同じように反応弾使用の準備をしているに違いなかった。

 

「空域全機に告ぐ。ノーラ降下点上空の敵艦隊は、戦闘機の降下を開始した。敵降下戦闘機部隊の先頭は高度50km、成層圏上端に到達した。三隻の空母全てから敵戦闘機の降下が認められる。予想される敵戦闘機降下総数は一万五千。ロストホライズンの恐れ大。Zone3、Zone4にて交戦中の全ての戦闘機隊は、Zone5まで退避し、ロストホライズンに備えよ。繰り返す。ロストホライズンの恐れ大。Zone3、Zone4にて交戦中の全ての戦闘機隊は・・・」

 

 Zone3、Zone4とは、最近AWACSがよく使う戦闘空域の識別名称で、Zone3がファラゾア降下点から300~400kmの同心円上エリアを指す。Zone4が400~500kmとなる。

 一般的にファラゾアは、降下点からの距離約500km以内に侵入した敵を迎撃してくる。

 その迎撃は降下点に近付くにつれて熾烈さを増すわけだが、降下点から約300kmのラインを越えて内側に入った辺りで、その迎撃の熾烈さが段違いに跳ね上がる事が知られている。

 降下点から250kmの内側に入り込むことは、凄まじい量のファラゾア戦闘機の迎撃に遭う為、不可能と言われている。

 即ち、ファラゾアの迎撃行動の熾烈さ、つまり戦闘空域の危険度は、中心であるファラゾア降下点から同心円で段階的に広がっているという事になる。

 

 この同心円状に設定されていると思われるファラゾア側の防空パターンに基づき、降下点からの距離を100km毎に区切り、0~100kmをZone0、100~200kmをZone1、として内側から順番に番号を振ってZone10までが設定されている。

 またZone4-09の様に方位と組み合わせることで、ファラゾアの降下点を原点としたいわゆる円座標の一種として場所を特定することが出来る。

 ファラゾア降下点に対しては基本的に攻撃側である地球人類側の全ての戦闘機が、多くの場合降下点目掛けて攻め込んでいく現在の戦術スタイルにおいて、このファラゾア降下点からの距離で区分けられた「Zone」と方位で位置を特定する方法は、管制側としても制御しやすく、また指示を受けるパイロット側も直感的に自機の位置を掴みやすいということで、ここ数ヶ月でAWACS管制に急速に取り入れられていっている。

 

「デーテルリーダーより各機。状況が変わった。デーテルは500kmライン近傍外側に占位して、脱出してくるウードット(3346TFS)達味方機を援護する。全機火器管制レッド。パワーミリタリー。空域到着まで8分。指示あるまで発砲は控えろ。」

 

 再び飛行隊長である高崎少佐からの指示が飛ぶ。

 先頭を行く高崎少佐の蒼雷が、フュエルジェットに点火して増速する。

 残る十四機もそれを追って、同様に加速していく。

 達也達3345TFSの十五機は、リヒートを点火せず音速を突破した所謂スーパークルーズモードで、味方が脱出してくる戦域に向け急ぐ。

 

 達也は火器(アーマメント)管制(コントロール)システムボタンを押し、(SAFETY)から(ARMED)に変更した。

 火器管制システムのセーフティが外され攻撃可能の状態になった為、HMDにガンサイトが表示される。

 

「水沢、武藤。使うのか?」

 

 突然、高崎少佐からの通信が二人に入った。

 高崎少佐は、達也と武藤という二人の666TFWからの出向者を抱える3345TFSの飛行隊長として、一般的には伏せられている二人の出自についてそれなりに情報を与えられていた。

 少なくとも二人が666TFW所属で、どういう目的でここに居るのか、程度の事は知っている。

 勿論、彼等が「長距離空対地ミサイル」だと偽って装備して出撃しているミサイルの本当の中身についても。

 

「まだ指示は出ていない。が、ロストホライズンなら、多分使う事になる。」

 

 達也が感情のこもらない声で答えた。

 ロストホライズンという危機的状況下であっても、その地方出身の地元兵士達や、唯一の被爆国を自認し、核アレルギーを罹患している日本の兵士達が、反応弾頭の使用に様々な反応をすることを達也は経験で知っていた。

 居住人口がゼロであると完全に確認されたわけでは無いエリアに向けて反応弾頭を撃ち込む事の是非について詰問されたことや、殴り掛かられたこともある。

 反応弾頭の使用について何か質問を受けた時には、努めて感情を殺した受け答えをすることにしていた。

 

「そうか。分かった。隊を離れる時は遠慮無く行ってくれ。部下を置いていくのを忘れんなよ。」

 

「諒解。」

 

 それきり高崎少佐からの通信は切れた。

 少佐は特に何も感情的な言葉を差し挟まなかった。

 そうあるべきだ、と達也は思った。

 

 どの様な名で呼ばれようともどの様な感情を持たれていようとも、核融合反応とはあくまで科学技術であり、反応弾ミサイルはただの兵器、即ち道具でしかない。

 技術の進歩の結果ダイナマイトが開発され、人を生かしも殺しもするように、刃物を使って人を殺すことも出来れば、料理をして人を生かし楽しませることも出来る様に、反応弾ミサイルを使って人を殺すも生かすも、それはあくまで人間の判断と、道具の使い方でしかない。

 自分達を殺そうと向かってくる敵の、横っ面を張り倒して押し返すことが出来る最適な武器が手元にある。

 人類の生存環境を考慮して、データとシミュレーションの結果によって使用の可否を判断するのは当然であるが、ただ単に感情に左右されただけの結果で盲目的に使用を拒否するのは愚かすぎる、と達也は考えていた。

 

 フュエルジェットが立てる轟音が機体を伝わってくる音と、その機体が時速1200kmを超える速度で大気を切り裂き進む風の音、機体管制システムが注意喚起の為に時々立てる僅かな電子音のみが聞こえてくる沈黙の時間が過ぎる。

 前方を睨み付ける達也の眼前に置かれたHMDスクリーンに、重力推進器を使用するファラゾア機を示す、紫色のマーカーが電子音と共にぽつりぽつりと表示され始めた。

 その動きから、追撃されている味方機が近くに存在するものと考えられるが、レーダーを動かしていない現状では味方機を探知する事は出来ない。

 

「こちらデーテル01。助けに来た。ウードット、手伝うか?」

 

「こちらウードット02。頼む。ありがてえ。隊長がやられた。」

 

 高崎少佐の呼びかけに対して、すぐに3346TFSからの返答が聞こえた。

 

「デーテルリーダーより各機。前方を離脱してくるウードットを援護する。ラジオアクティブ。火器使用制限無し。全機(All )各個(Out )攻撃開始(Attack)。」

 

 先頭を行く高崎少佐の機体が、後方にリヒートの青い炎を吹き出して弾かれたように加速する。

 レーダーをONにした索敵システムから味方機の情報が伝えられ、HMD上に緑色のマーカと青色の表示を追加した。

 眼の前のA1小隊が、隊長機が率いるL1小隊の後に続いてリヒートに点火し、左上方に向けて加速上昇していく。

 

 小隊内通信をONにした。

 

「A2小隊はセオリー通り下から突き上げる。行くぞ。遅れるな。」

 

 スロットルをMAXリヒートに叩き込み、操縦桿を左に倒す。

 青いリヒートの炎を吹いて急激に加速していく機体は、ゆっくりと左ロールしながら背面降下していく。

 カチェーシャの12番機と、優香里の13番機がそれに続いた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 戦闘空域に突入していくところのやりとりを書いてみました。


 相変わらず仕事が立て込んでいて、投稿が不安定になっていて申し訳ないです。

 数週間で元に戻る・・・はず・・・ (T-T)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 作戦の目的はロストホライズンで降下してくる敵艦隊だったのかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ