18. 重力推進器
■ 6.18.1
視野の中、空と大地が反転する。
操縦桿を引くと、視野の上半分を占めていた大地がまるで頭上に覆い被さる様に回る。
低高度に回り込もうとした敵が正面からこちらを見上げる。
こちらが一瞬早い。
トリガーを引くと、180mm口径のレーザーが敵を正確に射貫く。
トリガーを一瞬放すと同時に左手のターゲットセレクタを1クリック回す。
ターゲットフォーカスが隣のターゲットマーカに移る。
一瞬後再びトリガーを引く。
コクピット両脇に設置された180mmレーザーが眼に見えない強烈な光弾を放つ。
レーザーが敵を灼く。
爆発。
トリガーを放す。
セレクタを1クリック。
フォーカスが移る。
トリガーを引く。
クイッカーの左半分が吹き飛ぶ。
左右に大きくガンサイトを外れている敵はカチェーシャと優香里に任せる。
操縦桿を引き、スロットルを開ける。
カナードが仰角になり、エレベータが俯角を向く。
同時に推力偏向パドルによって、増大したフュエルジェット噴射が上方を向く。
急激に機首を上げ、さらに機首上げ方向に大推力を掛けられた機体から、空気の流れが一瞬で剥がれて失速する。
エンジンはお構いなしに機首上げしようとし、機体が回転する。
回転する機体の機首方向に敵。
ラダーを踏み込み、推力偏向パドルの向きを僅かに変えて、失速状態でも機体の向きを変えた。
ターゲットマーカがガンサイト内に入る。
トリガーを引く。
陽光を受けて純白に輝く雪雲の雲海を背景に、赤い炎の小さな爆発が起こり、クイッカーの部品が空中に吹き飛ぶ。
機体が水平になったところで操縦桿を戻す。
カナードとエレベータ、推力偏向パドルがゼロ位置に戻る。
大推力のジェット噴射によって前に押し出され続ける機体は、一瞬で空気の流れを掴む。
シートに押し付けられる大加速。
右に敵機の集団。
機体をロールさせ、機首を上げて旋回。
後方に敵が付いて攻撃されるものとして、機体を上方に横滑りさせる。
同時に敵集団の端がガンサイトに入る。
後は作業だ。
トリガーを引く。
爆発。
トリガーを放し、ターゲットセレクタを1クリック。
引き続き右旋回。
トリガーを引き、放す。
セレクタを1クリック。
再びトリガーを引き、そして放す。
またセレクタを1クリック。
トリガーを引き、放す。
それらの動作を一秒間の間に複数回繰り返す様な速さで行う。
同時に旋回を続け、さらには敵に狙いを定めさせないためのランダム機動も併せて行う。
旋回中、一瞬後ろを振り返りカチェーシャと優香里の位置を確かめる。
無事であることは分かっている。
通信で悲鳴も聞こえていなければ、リンクリストの中に「Dyatel 12」と「Dyatel 13」の表示が、リンク中を示す明るい文字で表示されている。
ただ追従できているかどうかを確認した。
追従できていなければ、至近弾が増える危険を冒してでも機動を少し緩めてやらねばならない。
辺り全周敵だらけのこの状態で、隊長機に追従できなくて一機取り残されてしまえば、格好の的となってしまう。
カチェーシャは元々ある程度高い技術を持っていた。
達也がアエロポルト・ハバロフスキーに配属されてから短期間の内に達也の機動に付いて来られる様になった。
戦闘中に達也が行う機動は、教本やセオリーと云ったものを半ば無視した上に、機体性能か或いは搭乗するパイロットの身体的強靱さの限界を試すような、非常識極まりない動きであることは、他のパイロットから指摘もされていたし、達也自身自覚もある。
しかしそれで良いと思っている。
皆がセオリー通り教本通りの動きをしたのでは、すぐに敵にパターンを読まれてしまう。
機体や身体の限界を引きずり出すような動きは、反面それだけ生き延びるチャンスを手繰り寄せることが出来る。
死にたくなければ、文字通り死力を尽くして抗うしか無い。
それを体現した戦い方なのだと、自分自身思っていた。
カチェーシャは比較的短時間でそれを習得した。
しかし優香里の方は、海外派遣兵士にみっちりと訓練を行ってから送り出すという手厚い教育課程を有する日本空軍の教育の弊害か、セオリー通りの機動が染みついてしまっており、ワイルド過ぎる達也の戦闘機動になかなか慣れることが出来なかった。
運動エネルギーを大きく失い、同時に機動力を大きく損なうことになる失速機動(Post Stall Maneuver )を戦闘中に行うなど、絶対に行うべきでは無いと教本には明記されており、訓練中にそんなマネをすれば指導教官からこっぴどく叱り飛ばされるだろう。
しかし最前線で実際に敵と鍔迫り合いを繰り返せば、教本の記述や指導教官の厳命などはあくまで基礎的基本的なセオリーであり、極限状態の戦場ではそのようなセオリーをひっくり返すような事態がいくらでも起こりうると云うことを知る。
セオリーや教本は、初心者が「素人より多少マシ」な腕になるために存在するものであり、自分なりの生き延びる術を身に付けた後はそんなもの忘れ去ってしまって一向に構わないのだ。
達也の呼びかけに対してひねた言葉を返してきたり、上官を上官と思わないような言動を繰り返したりと、頭のネジが何本か飛んでいるのではないかと思わせる優香里の性格であったが、こういうところはいかにも日本人らしくルールやセオリーに縛られ捉えられてしまって物事の本質が見えなくなっている様だった。
しかしそれでも、達也を編隊長として飛ぶこと数週間、近頃優香里もやっと色々吹っ切れてきたらしく、戦闘中達也に遅れることなく追従することが出来るようになってきていた。
右手後方にカチェーシャ、反対の左側に優香里の機体がちらりと見えた。
思ったより離れているが、それでも一応付いて来ているようだった。
達也は僅か一瞬視線を向けただけで二人との距離と動きを読み取ると、前に向き直りガンサイトに入った敵機を墜とす作業に戻る。
瞬く間に七機のクイッカーを始末した達也は、旋回しながら機体を左ロールさせる。
旋回の方向が水平から垂直に滑らかに変わり、その過程でまた三機のクイッカーがガンサイトに入ってきたところを撃墜した。
ループの頂点でインメルマンの要領で上下反転。
ちらりと戦術マップに目を走らせる。
敵は戦闘空域中に満遍なく散っている。
そして自分達はその敵の存在する領域の中に深く入り込んでいる。
普通であれば、回り中敵だらけで一瞬でも気を抜くと敵の集中砲火を受け撃墜される場所。
達也に取ってみれば、どっちを向いても標的だらけで、入れ食いのように敵を落とせる場所。
左旋回に入った達也は、まとめてガンサイトに入ってきた敵マーカに照準を合わせ、再びトリガーとターゲットセレクタを交互に押す作業に移る。
■ 6.18.2
12 February 2045, Aerocraft Design Division, MONEC Corporation Ltd., Bremen, Germany
2045年02月12日、ドイツ、ブレーメン、MONEC社航空設計部
その男はこの大陸の反対側の端からやってきた。
自宅を出て、日本陸軍が仕立てた送迎車に乗り鹿島港に到着、埠頭で待っていた日本海軍の潜輸「あさなぎ」に乗艦するとすぐに艦は港を離れて太平洋を北上、ベーリング海峡を抜け、北極海を横断した後にノルウェー海、北海を抜けて潜輸はヴィルヘルムスハーフェン港に到着した。
今度は国連軍が仕立てた迎えの車に乗り換えて陸路を移動して約一時間。逆井はMONEC社の設計部が詰める建物の応接室に居た。
一連の挨拶や企業紹介、見学を経て今に至る。
「ドクター・サカサイ、お疲れならホテルにお送りしますが、もしよろしければこのまま夕食までの時間、フリーディスカッションという形で設計部の重力推進器担当者とお話しになる時間を確保することも出来ます。どちらになさいますか?」
この滞在の間逆井の面倒を見てくれるという、MONEC社が付けてくれたアシスタント、ヴィオレーヌ・ポワリエが言った。
いかにもフランス人と云った、少し濃いめの金髪にすっきりとした目鼻立ちにすらりとした立ち姿の彼女は、まさに逆井の好みストライクど真ん中であったが、唯一最大の問題が、ヒールを履かずとも逆井よりも明らかに5cm以上背が高いことだった。
迎えに来た彼女を一目見て少々心ときめいてしまったものの、正面に立たれて彼女を見上げながら挨拶をした途端に微妙な劣等感を味わうこととなり、逆井は彼女を対象にした色気のある妄想を行う事を断念した。
「時間が勿体ないので、フリーディスカッションでお願いします。あと、堅苦しいので『ドクター』は抜きで。」
ソファの脇に立つヴィオーヌを見上げながら逆井は言った。
「承知しました。担当者に伝えます・・・サカサイサン、とお呼びすれば?」
「よろしく。ええ、それでお願いします。」
ヴィオーヌはにっこりと笑い、担当者に連絡を取る為であろう、部屋から出て行った。
その笑顔はまるで女優か何かの画像を見ているようで、思わず一瞬見惚れる。
しばらくして彼女は、男と女を一人ずつ伴って戻って来た。
「ドクター・サカサイ。重力推進器開発課マネージャのパイヴィオ・コレフマイネンです。重力学の第一人者である先生にお目にかかることが出来て、大変光栄です。」
「重力推進器開発課開発主担のユスティーナ・シルハノヴァです。開発チームリーダです。」
「日本の国立重力研の逆井です。堅苦しいのは抜きでいきましょう。逆井でいいです。」
挨拶を交わしながら、逆井は二人と握手する。
フリーディスカッションという事でもあり、またお互い研究者と技術者でもある為、長々とした余計な挨拶は抜きにして単刀直入に技術的な話題に突入した。
この度、旅客機を使う事が出来ないこの地球上での困難を伴う長距離移動を行ってまで、逆井がブレーメンにあるMONEC社の航空機設計部を訪れたのには、勿論理由がある。
例えばMONEC社であれば、NFA-13-BF2Rスコーピオンや、NFA-16-DBR5Eワイヴァーン、NFA-16-DGF16A5ワイヴァーンMk-2など、対ファラゾア戦に特化した戦闘機をここ数年で矢継ぎ早に発表し、実戦に投入してきた。
これらの戦闘機に搭載された航空機搭載型核融合炉や、主兵装のレーザー砲など、いずれも2036年のG7+2会議で取り決められ、立ち上げられた、Project 'Lolium Multiflorum'にて進められてきた、ファラゾアの先進的技術の解析・取り込みを行った結果がふんだんに用いられている。
これに対してやはり同プロジェクトで解析が決定された重力推進技術であるが、逆井の研究チームによって基礎理論の構築と学術的な研究が行われた成果として、実用段階にまで漕ぎ着ける事に既に成功している。
実際、実用レベルの重力推進器自体は自称「宇宙船」に取り付けられて、「軌道空母」「軌道戦艦」という名で地球人類初の宇宙艦隊を組み、L1ポイントに集結していたファラゾア艦隊に強襲を掛けるという作戦行動を実施した実績がある。
もっとも、ボロ負けして殆ど何の成果も得られなかったこの作戦「Operation 'MOONBREAK'」の大失敗のお陰で、作戦自体はおろか、作戦に参加した宇宙船たちの存在も強制的に記憶の彼方に忘れ去られるように仕向けられ、殆ど存在しなかったような扱いになってはいるのだが。
いずれにしても、重力推進器の開発は既に成功しており、それを搭載した宇宙船は実用化されているものの、複雑な形状を持ち、戦闘中は常に高機動で動き回っている戦闘機に搭載される重力推進器の開発が大きく滞っていた。
戦闘機に搭載できるサイズへの小型化はもとより、搭載された戦闘機をパイロットの要求通りに高機動させることも出来ておらず、またこれらの問題点に対する所謂技術的ブレークスルーに目途も付かない為、今逆井の眼の前に座っている二人が率いる開発チームは、徹夜続き泊まり込み続きの生活でチーム全員がゾンビのような姿になりながらも一向に成果を出す事が出来ないという、閉塞感と焦燥感に心を蝕まれながら崖っぷちに立ち続けるような、色々と酷い状態となっていた。
技術者と研究者、基礎研究と実用化研究というそれぞれの分野の差はあれども、重力学の第一人者との討議検討で何らかのブレークスルーが生まれれば、と、藁にも縋るような思いでMONEC社の航空機設計部は逆井を招聘したのであった。
重力研究の第一人者という全世界的、全人類的な財産とも言うべき頭脳を、襲撃例の殆ど無い海中の移動とは言え、ファラゾアに攻撃される危険を冒してまで1万kmを超える距離を移動させたのには、その様なやむにやまれぬ、というよりも絶体絶命の深刻な理由が存在したのだった。
「シルハノヴァさん、先ほどからあなたのお話しを伺っていて思ったのだが。失礼だがあなた方は一つ決定的な誤解をしておられる様に思う。」
互いの初対面の挨拶もそこそこに、自分達が現在直面している様々な問題や、解決できない困難に関して、主に開発主担であるユスティーナが逆井に説明した。
一通りの説明を聞いた後、逆井は言葉を選びながら指摘を開始した。
「重力発生器とは、色々なものを引き寄せる重力焦点を形成する為の機械だと思っておられないだろうか? 正位相では重力焦点を発生して物を引き寄せる、逆位相では斥点を発生して物を押しのける、そんな力を発生する機械だ、と。」
逆井の視線は指摘している内容を確信している様な力強さを持って、ユステイーナの眼を真正面から捉えた。
「え・・・違うの、ですか? 重力とは、基本的に他の物体を引き寄せる力では・・・?」
ユスティーナが「この男突然何言ってるんだ?」という表情になっている。
眼の前に座っている男が、この地球上で、そして人類史上でもっとも重力の扱いに長けた者であると知っている為、その強気の態度から少々力が抜けてしまってはいるが。
「重力とは空間の歪みだ。人工重力発生器とはつまり、空間を歪ませる装置なのですよ。引力が発生するのは、空間が歪んだことの副次効果でしかないのです。」
逆井の眼はユスティーナを真っ直ぐに捉えていた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
遅くなりました。済みません。
相変わらずリアルの方で仕事が面倒なことになってます。
しばらく投稿のタイミングが不安定になると思いますが、ご容赦下さい。