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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第六章 大中华帝国的衰落
141/405

16. 出撃


■ 6.16.1

 

 

 高度3000mで飛ぶ機体のすぐ下に、雪雲で出来た雲海が見渡す限り広がっている。

 前方数十m、数m高い所で左右に二機の蒼雷のテールがゆらゆらと揺れている。

 その少し向こう、ちょうど正面にもう一機。

 A中隊長のアレクセエヴィチ・ソロヴィヤノフ大尉の操る蒼雷だった。

 3345TFSはロシア人と日本人の混成部隊となっているが、使用している機体はB2小隊長である武藤のワイヴァーンMk-2以外全て、高島重工業の蒼雷で統一されていた。

 

 ロシア人達はもしかすると、蒼雷と同世代機であり、ロシア航空宇宙軍が使用しているSu-113パリヤーニゼイエツ(Полярный заяц;北極狐)に乗りたがっているのかも知れなかったが、最近の主流である光学砲に加えて、追加で装備されている20mm電磁機関砲(レールガン)が国連軍の上の方にあまり好評では無く、Su-113よりも蒼雷の方が優位であると判断され、シベリア極東地域であるにも関わらず国連軍部隊はほぼ全員が蒼雷を使用していた。

 

 右を見ると、B2小隊長である武藤の機体が見える。

 自分の機体と速度差の無い武藤の機体は、横から見るとふわふわと揺れながら達也と同高度を漂っているかの様にも見える。

 もちろん実際はモータージェット巡航速度である対気速度500km/h程度の速度で飛んでいる。

 新しい機体を受領して数日でスクラップにしてしまった達也とは違って、武藤は今もブレーメンから運んできたワイヴァーンmk-2に乗っている。

 高島の蒼雷ばかりの3345TFSの中で唯一異なる機体が武藤のワイヴァーンmk-2だった。

 

 武藤の機体の向こうには、同じハバロフスク基地から出撃してきた3346TFSの黒い機体が十五機、達也達3345TFSよりも少し低い高度を五つのデルタ編隊を組んで同じ方向に進んでいるのが見える。

 そのまま後ろを振り返れば、3343TFSが右後方上空に同じような五つのデルタ編隊を組んで浮かんでいる。

 その脇には3366TFSの十五機。

 今現在、達也が辺りを見回して見える範囲内で四飛行隊の六十機がこの空域に存在し、いずれも同じ方向、ノーラ降下点を目指して飛行している。

 普段三機編隊のRAR任務ばかりで、希に他の航空基地から発進した小隊が視界を横切るのを遠目に見るだけだったこれまでと比べると、四飛行隊六十機が一斉に出撃している今の状態の眺めは壮観でさえある。

 

「こちらソヴァ01。KHV所属の各飛行隊、針路そのまま。あと五分で500kmラインを通過する。針路上に敵影無し。」

 

 馴染みの最前線領域(Front Line Zone)空中管制(FLZ-AWACS)からの声が聞こえる。

 

 元々地上司令室から無線操作される一対の無人機によって構成されていた探知管制分離式(Separated Sensing and Operation; SSO-AWACS)管制システムは、曇りの日が多く、また無人機を離着陸させるための滑走路を確保しにくいこの地方での運用が非常に難しいことが問題となっていた。

 問題を力業で解決させれば、今は少し元気をなくしている大雑把な国(アメリカ)に負けず劣らずのロシアが、まさに自国が死活問題として直面しているこの問題に解決策を示した。

 Tu-486Аист(アイスト;コウノトリ)と名を付けられた大型機は、六発のモータージェットを主翼上に持ち、翼下パイロンに四機のメイフライを懸架することが可能である。胴体内には六機のダムセルフライと、管制司令室、そして核融合反応炉を格納する。

 要するに、これまで地上を走っていたAWACSチームのトレーラー二台分の機材を全てひとつの大型機に詰め込んで空を飛ばしたものと理解すれば正しい。

 

 余りにストレートかつ強引な力業での解決法に、初めてそれを聞かされた者達は皆開いた口が塞がらないという反応を示したほどであったが、前評判の悪さに対して、実戦に投入された後に当システムは早期警戒および作戦管制の両面で多くの予想を裏切って思いの外大きな改善効果を現した。

 10000mもの高空では地表からの塵や靄と云った通信阻害物質からの影響を受けにくく、従来地上に管制室を置いていた時に比べて数倍から数十倍の無人機管制距離を確保することが可能となった。

 当然、低層雲、中層雲といった主にこの地域に雪雲として発生する雲からの影響も無くなり、天候に大きく左右されていたAWACS運用状況をも大きく改善した。

 戦線を大きくカバーするために、有機的に連携したAWACS網を構築するために必要とされていた、多数のAWACSチームの数を数分の一に激減させ、さらに各AWACSチームから司令部への通信状態を改善することで、状況の限定はあるもののリアルタイムでの集中管制を復活させた。

 

 見た目の不格好さがロシア国内でさえも不評であったTu-486は、実戦にてその有用性を示した事で急遽増産されることとなり、AWACS子機の制御システムと複数並列型レーザー通信機能を搭載した同様の管制母機がMONEC社、BOEING社でも開発されることが決定した。

 これ以降AWACS(Airborne Warning And Control System)とは、管制母機とそれに操られる子機(センサー&ラジオドローン)という組み合わせが一般的な構成として定着することとなり、MNACS(Multipe Networked Airbone Control System)という形に発展していくのであるが、これはまた別の話である。

 

「ソヴァ01、こちらデーテル01。コピー。針路そのまま。作戦開始時刻に変更はないか?」

 

 デーテル01、即ち高崎少佐がOperation `Драйв охота`の開始時刻をAWACSに問い合わせているのが達也にも聞こえた。

 このレーザー通信システムというのは、編隊内の各機が全て受け手であり中継器でもあると云う、一種のネットワークを形成している。

 

「デーテル01、ショーの開始に変更は無い。共演者もすでに舞台の袖まで来ている。心配すんな。」

 

「デーテル01、諒解した。こちらのマップにも敵影無し。」

 

 達也は通信のチャンネルを小隊内に切り替えた。

 

「カチェーシャ、ユカリ、問題無いか?」

 

 送信側で小隊内通話を選択すると、受け手側も小隊内のみに自動的に切り替わる。

 

「問題無し。」

 

「無いわ。」

 

「オーケイ。大規模作戦は久しぶりか?」

 

「そうね。極東地域は基本的に敵を刺激しない様、とにかく守りを固めていたからね。」

 

 達也の問いにカチェーシャが答えた。

 レシーバを通した声には、特に不安や恐怖と云った感情の色は感じられない。

 

「そうか。初めてでは無いんだろう?」

 

「初めてでは無いわ。でもそれ程経験があるわけでもない。」

 

「あまり気負うな。最初がちょっと違うだけで、乱戦になってしまえば結局やることは同じだ。」

 

「そうね。」

 

「ユカリはどうだ?」

 

「それより質問があるんだけど?」

 

 優香里は達也の問いに答えること無く、また少し棘を感じる様な声で言った。

 

「質問? 何だ?」

 

「なんでアンタだけミサイル積んでるの? 八発も。」

 

 達也は今日の出撃に反応弾ミサイルを四発以上携行することを666TFWから直接指示されていた。

 翼下パイロンに装備されているミサイル八発の内、四発はダミーで残る四発は実弾の反応弾頭が組み込まれている。

 反応弾頭ミサイル自体は達也達がハバロフスク空港に到着した二日後には3345TFSのハンガーに届けられた。

 つまりは、今回極東地域で展開される大規模作戦はともするとファラゾアを刺激し、最悪の場合はロストホライズンを誘発する危険性がある、と666TFWが、延いては国連軍参謀本部が理解した上で実施されていると云うことだった。

 それを知って達也は、益々この作戦の意味が分からなくなったのだが。

 

「ちょっと用事があってな。」

 

「・・・用事、ねえ。」

 

 少しの間の後、優香里が胡散臭いものを見る様な声で呟くのが聞こえる。

 

「それを、アタシの故郷の上で使わないでよ。」

 

 カチェーシャが固い声で言った。

 自分が何者なのか、何の使命を帯びているのか、これはばれているな、と達也は思った。

 この、ミサイルが全く当てにならない戦いの中で、そしてロストホライズンが発生した時に反応弾を使って敵の洪水とも言える大攻勢を止めたという噂が一般兵士達の間でも半ば公然の秘密の様に囁かれている中、大作戦の直前になって配属されてきた男が怪しげなミサイルを多数装備して作戦に参加しているのだ。

 一応周りには「敵地上施設に接近できた場合に使用する空対地ミサイルだ」と説明がされてはいるが、一体どれだけの者がそのあからさまな嘘を信じたものか。

 少なくともカチェーシャと優香里は、達也の正体とそのミサイルの用途に気付いている様だった。

 当たり前だろう、と思った。誰でも少し考えれば分かることだった。

 

「こちらソヴァ01。空域内を飛行する全部隊に告げる。各部隊とも所定の位置に到達した。オペレーション・ドライフオホータ、開始10秒前。5、4、3、2、1、オペレーション・ドライフオホータを開始する。攻撃隊α群各隊は高度を維持、パワーミリタリーにてノーラ降下点へ向けて突入せよ。針路上に敵影無し。予想会敵地点は400kmライン。攻撃隊β群は現在の航路、速度を維持。500kmライン手前まで進出せよ。地上対空陣地は自動照準システム起動を確認せよ。」

 

「こちらデーテル01より各機。フュエルジェットモード。パワーミリタリー。遅れるな。寝坊助の奴等が出てくるまでに中まで食い込むぞ。」

 

 そう言って高崎少佐の機体がぐんと加速する。

 そのすぐ後をL1小隊の二機が追いかけ、続いてA1、B1小隊の六機が追いかける。

 

「行くぞ。」

 

 スロットルをフュエルジェット最大に押し込むと、背中をシートに押し付けられる加速が始まる。

 カチェーシャと優香里の機体が同様に達也の後を追っていく。

 

 

■ 6.16.2

 

 

 ストラスブールの中心である旧市街から少し外れた場所にある、国連軍参謀本部の建物の中。

 参謀総長のオフィスに来客が一人。

 来客は、部屋の最奥に置かれた参謀本部長が座るデスクの前にある、いかにも高価そうな革張りのソファにゆったりと背中を預けて座っている。

 

「例の作戦が始まりましたな。」

 

「ああ。そうだな。」

 

 そう言ってデスクに座るフェリシアン・デルヴァンクールは窓の外を見た。

 七階にあるこの部屋の眺望は思いの外良く、正面から僅かに左側にストラスブール大聖堂の尖塔が見える。

 まだ春と云うには少し早い曇り空の中、ゴシック様式の尖塔はまるで天に向けて突き刺さろうとするかの様に、その鋭い先端を真っ直ぐに空に向けて今日も静かに佇んでいた。

 

「上手く行けば良いですな。」

 

「ああ。そうだな。」

 

 同じ返事を再び返して、フェリシアンはデスクの上に置かれたマグカップを持ち上げ、冷め始めたコーヒーを一口啜った。

 

「上手く行けば、中国が手に入る。失敗すれば、連中が日本に雪崩れ込む。兵器の生産拠点を失わないまでも、今生産量が落ちるのは痛い。逆に成功すれば、多くの生産拠点と資源を手に入れる事が出来る。」

 

「大丈夫ですよ。例の直轄部隊を送り込んだのでしょう?」

 

「ああ。だが、万全では無い。直轄の部隊もまだまだ人手が足りん。満足いくだけの人数を送り込むことは出来なかったよ。」

 

「戦いとは、そうしたものでしょう。万全な準備をしたくとも、状況がそれを許さない。いつも不十分な準備で不安に駆られながら部隊を送り出す。」

 

「その通りなんだがね。今回の作戦は、そもそもファラゾアがこちらの思惑通り動いてくれるかどうか、というところから未確定要素がある。」

 

「一般兵士の数は充分揃いましたよ。極東地域には千二百機もの戦闘機が集結している。対空砲座に至っては、予定よりも多く配備できた。」

 

「例の浸透工作はどうかね。予定通りとは聞いているが。」

 

「そちらは首尾上々と云ったところですな。内モンゴル自治区北部では既に恐怖に駆られた住民の移動が発生しています。ニュースに載ることは絶対に無いでしょうが、フルンボイル市など、警官隊と住民の小競り合いが頻発しております。黒竜江省中部ジャムス市、チチハル市などでも、南に移動しようとする住人が銀行に詰めかけ、銀行店舗のロックアウトが発生し始めて居ります。

「SNSや携帯電話が無いこのご時世でも、噂というのは恐ろしいものですな。ほんの数日で市内に広がり、噂が噂を呼び、恐怖がさらに大きな恐怖を掻き立て、住民の行動はどんどん過激になっていく。そして他の住民の過激な行動を見て、さらに恐怖を掻き立てられる。

「それら地域ではすでに城市警察から武装警察までが出動していますが、恐怖に駆られた住民を押し留めるのに相当苦慮しておる様ですな。中央政府は北部に軍の部隊を展開させようとしていますが、ノーラ降下点から1000kmライン内になる為、ファラゾアを刺激して自国内に向けて侵攻圧力が高まるのを恐れて、思う様に部隊を動かせていない模様です。同時になぜか香港、雲南、新疆各方面の民族運動と民主化運動が活発になってきており、妙に武装度の高い過激派が一部テロ化して武装警察と衝突している地域もありますな。

「加えて、中央政府の影響力と実行力に疑問と不満を持ち始めた地方政府や、穏健派の民族運動団体もちらほらと現れ始めた模様ですな。

「ま、こちらは概ね想定通り、と云ったところで。」

 

「想定通り? 随分前倒しされていないかね?」

 

「いろいろと不満や軋轢が澱の様に淀み溜まっておる事は予想しておりましたが、どうやらその程度は我々が予想しておったものよりも遥かに酷かった模様で。蝋燭に火を点けるつもりが、燃やしてみたらガソリンだった、と言う様な状態ですな。」

 

「大丈夫かね? 燃え上がらせすぎて、我々までが火傷をするようなことになってはいかんのだぞ?」

 

「勿論、心得ております。ガソリンか或いは火薬のように、火を点けて一斉に大きく激しく燃え上がり、我々が手を出す頃には燃えるものも尽きて火勢が充分に弱くなっておれば良いのです。淀み溜まった燃料が充分に燃え尽きれば、後は消火するのは造作もないこと。」

 

「彼の共産党独裁政府は消火に随分難儀しておる様だが?」

 

「燃料があるままに、燃え上がろうとする火を消そうとするからそうなるのですよ。燃えたければ充分燃やしてやれば宜しい。燃料が無くなれば自然と火勢は収まります。我らが直接手を出すのはその後に行えば、火傷することも無く、じんわりと温い良い状態で手に入れることが出来ましょう。」

 

「成る程。まあ、そちらの火勢のコントロールに関しては情報部長、プロフェッショナルであるあなたにお任せするよ。」

 

「ご期待を裏切らぬ様努力致しましょう。」

 

 情報部長と呼ばれたソファにゆったりと腰掛ける男は、ソーサーから外してサイドテーブルに置いたコーヒーカップを手に取り、最早冷め切ってしまったコーヒーを一口飲んでその冷たさに顔を顰めた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 電磁加速砲レールガンとか、レーザー対空車輌とか、地味に新兵器がチョロチョロ出てきてます。

 航空機搭載の電磁加速機関砲ですが、威力は悪くないのですが、まだまだ連射性能に難有りで、1000発/分以下の連射速度という設定です。


 本作では、主人公が国連軍に所属していますが、ここのところ出てくる描写からお判り戴けるように、国連を善意の組織や、正義の味方として書くつもりは全くありません。

 国連とは、所詮は第二次大戦時の連合国のことであり、ヤルタ会談や東京裁判を受け入れた組織です。最近では、某国からたんまり補助金をもらっている某々国出身の職員が、某国に配慮してパンデミック認定を故意に遅らせたり、責任をうやむやにしたりという様な事がまかり通る、カネと利権と権謀術数渦巻くどうしようも無い組織です。

 ・・・という設定で書いています。

 ので、自分達の目的を達するために謀略を巡らし、国を一つ潰す位のことは平気でやってのけます。

 

 重ねて明記しますが、本作品はフィクションであり、実在の個人団体とは何の関係もありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 夜空では他の国の話は色々出てくるけど、中国とか中国人勢力の存在感が無に等しかったので、こうしてその理由?がちゃんと描かれるのは嬉しいですね。 夜空を読みながら少し気になっていたので。 現実…
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