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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第六章 大中华帝国的衰落
140/405

15. Operation `Драйв охота`


■ 6.15.1

 

 

 その部屋はもともと国内線ターミナルの中でも、サテライト至近に駐機した旅客機に建物からボーディングゲートを使って直接乗り込むのでは無く、ターミナル脇に横付けしたバスに旅客を詰め込み、建物から離れたエプロンの中程に駐機した旅客機にバスで旅客を輸送するための、そのバスを待つ為の待合室であった。

 旅客がバスを待つ間座っていられるように設えられた大量のベンチシートに加え、さらに追加で持ち込まれたパイプ椅子や、古くて壊れかけたような椅子がベンチシートの間の通路に所狭しと大量に置かれ、全体で数百人の人間が座る事が出来るだけの場所が確保してあった。

 今はもう本来の目的で使われることの無くなったバスの停留所に面した窓は、壁全面がガラス窓となっており、雪の降る曇天模様の薄暗い空からの明かりであっても最大限室内に室内に取り込める構造で、閉塞的な印象を受ける室内に僅かばかりの開放感を与えていた。

 

 今その大部屋の中には数百人を超える人間が一方向を向いて椅子に座っており、昼間といえ薄暗く雪の降る外の寒々しい景色に対して、人々の発する熱気と水分の篭もったムッとするような空気が室内に充満していた。

 本来であれば、セキュリティチェックを終え旅立ちの期待に胸を膨らませた旅客が次々と降りてきたのであろう幅の広い階段を、五人の男が確かな足取りで足音を響かせながら降りてくる。

 二人は階段を降りたところで左右に分かれて立ち止まり、残る三人は不規則に置かれた椅子に座る人々の間をかき分けるようにして進んでいく。

 

 いかにも階級の高い将官であると主張する様な、身体の線にピタリと合った皺ひとつ染み一つ無い国連空軍の青い制服を着て、老年にさしかかった印象を受けるその顔立ちに似合わずまるで背中に鉄棒でも入っているかのように背筋を伸ばして歩く男は、やはり皺一つ無い制服を着た二人の男を従えて部屋の反対側を目指して真っ直ぐに歩いて行く。

 階級章など見なくとも、その態度だけで自分達よりも上の階級の者だと一発で分かるその歩き方を見て、部屋の中に適当に置かれた椅子に座るフライトスーツ姿のパイロットと思しき者達が、座ったまま椅子を動かして、歩く男の進行方向に通路を作るようにして左右に分かれていく。

 

「注目!」

 

 やがて反対側の壁際に到達した三人は、一番偉そうに見える男を中央にして三人並んで壁に背を向け皆の方を向いて立ち、向かって右側の男が一歩踏み出して部屋の隅まで届くほどの号令を発した。

 

「明日から実施されるOperation `Драйв охота (ドライフオホータ;追い込み漁)`について、極東方面統合参謀本部のマトヴィエンコ少将からご説明戴く。全員傾聴せよ。」

 

 大きな部屋の隅から隅まで届いた上に壁を破壊して建物の反対側まで貫通しそうな声で言うと、右側の男は数歩下がって壁際に張り付いた。

 替わって真ん中に立って部屋を見回していた男が一歩前に出て口を開いた。

 

「マトヴィエンコだ。ザドルノフ中佐から紹介があったとおり、ドライフオホータ作戦について説明する。」

 

 そう言うと、マトヴィエンコ少将と名乗ったその男は一旦言葉を切り、全員が自分を見ているか確認するかのようにもう一度部屋全体を見回した。

 その間にザドルノフ中佐ともう一人の左側に立っていた男が二人がかりでシベリア極東地域の地図を広げ、マトヴィエンコの後ろのスチールの壁に磁石で貼り付けた。

 

「本作戦は、まずは三週間の期限を切って実施する。三週間後に状況の評価を行い、作戦の目標を十分に達していると判断された後に終了する。目標未達であると判断された場合、一週間延長され、延長期間が終了する毎に再評価し、目標を達成したと判断されるまでこれを繰り返す。諸君らの奮闘により短期間で目標が達成されて完了することを切に望む。」

 

 マトヴィエンコが前置きも置かず内容も説明しないままにいきなり作戦実施期間と、泥沼化しそうな匂いが漂う作戦完了判断について話している間に、二人は壁に貼り付けた地図の人類側の航空基地がある場所に青色の磁石を貼り付け、ノーラ降下点に赤い円を貼り付けた。

 

「地図に示したとおり、この極東地域には当基地ハバロフスク航空基地の他、ツェントラリニ・アエロドロム、ペレヤースラフカ、フルバ、ニコラエフスク各基地が最前線を形成し、そのバックアップとして沿海地方に七基地がが存在する。ネリマ空軍基地は先週から一部機能が稼働開始しており、順次機能拡大される。これら一群の極東地域の航空基地は、ノーラ降下点のファラゾアを抑え込み、奴らがオホーツク海へ抜けることを阻止することが最大の目的であった。連中のオホーツク海への進出を許してしまえば、その先にあるのは太平洋だ。空母機動艦隊が完全に無力化されてしまった今、太平洋上に奴らの動きを抑えられる基地は全く無く、奴らは太平洋を抜けて東半球の何処へでも好きなように移動できるようになってしまう。これは絶対に阻止せねばならない。」

 

 そう言ってマトヴィエンコは後ろの壁に貼られた地図を振り返った。

 マトヴィエンコの視線の先には、今彼が挙げた六つの航空基地の上に置いてある青色の磁石がある。

 そして誰かからわざわざ指摘される必要など無く、ノーラ降下点のファラゾアが太平洋或いは日本に向けて進出することを阻止する、自分達が最後の砦であるという意識はこれらの基地にいる全てのパイロットがとうの昔に自覚し共有している事であった。

 

「これまでその重大かつ過酷な任務を勇敢にも全うし、ファラゾアのオホーツク進出を完璧に抑え込んできた諸君らの働きは見事と言うほかない。もちろんそのために支払った痛ましい犠牲を忘れることは出来ない。諸君らの戦友にも、今この場に居ない顔が少なからずあることだろう。彼らは友を、恋人を、そして家族を守るために散っていった真の英雄である。我々はその尊い犠牲を忘れてはならない。彼らの死を無駄にしてはならない。彼らが命をかけて守ろうとしたこの戦線を、そして友人を、家族を、地球人類を、絶対に守り抜かねばならないのだ。」

 

 マトヴィエンコの話はその言葉に徐々に力を加え、身振りと音量も大きくなっていき、その場で話を聞いている者達の心を引き込んでいった。

 達也が周りを見回すと、熱っぽい眼をしてマトヴィエンコを見つめ、その言葉に高揚している者が少なからず存在した。

 成る程、前線兵士の戦意高揚、或いは扇動というのは、こうやってやるものなのか、と、部屋の正面でこちらを向いて熱く語りかける少将に注がれる熱気の篭もった視線を眺めながら、逆に達也の思考の温度は下がり、不安と胡散臭さを感じ始めていた。

 友の貴い犠牲を語り、前線兵士の勇敢さを誉めそやす奴に碌な奴はいない。

 少なくとも語る本人の回りに犠牲者などおらず、兵士の勇気を鼓舞する本人は敵に向かって突っ込んでいく勇敢さなど微塵も持ち合わせていないだろう。

 自分の部下達がこの伝染性のある妙な熱病に感染していないよう祈るばかりだった。

 

「明日から開始されるドライフオホータ作戦で、そんな彼等の無念を少しでも晴らすことが出来ると、私は信じている。

「作戦の説明に入るが、難しい事では無い。作戦の目的は、この極東地域を我々地球人類が本気で守っていること、奴等を絶対に抜かせる積もりは無いと云う固い決意を持っている事をファラゾアに知らしめる事にある。」

 

 先ほどまでの兵士達を鼓舞していた勢いのまま作戦説明に突入したマトヴィエンコが話す内容を聞いて、随分漠然とした作戦目的だと達也は思った。

 普通作戦と云えば、何々を落とす、何々を破壊する、何々を奪還する、と具体的な目標があるものだった。

 

「我々国連軍を始め、ロシア航空宇宙軍、日本空軍および海軍、台湾空軍などの協力により現在この極東地域には一千機を超える戦闘機が集結している。この一千機を大きく3つに分け、ノーラ降下点への継続的な反復攻撃を仕掛ける。当然敵は迎撃に出るものと思われるが、これを可能な限り撃破し、ノーラ降下点に駐留する敵機を叩けるだけ叩く。」

 

 マトヴィエンコの話に達也は強い違和感を覚えた。

 降下点に大攻勢を掛ける?

 そんな事をすれば、ファラゾアもそれなりの戦力を投入してきて手酷いしっぺ返しを食らうことになるし、最悪ロストホライズンを誘発することにもなりかねない。

 大戦力で攻勢に出れば、より大きな戦力で殴り返される。ファラゾアの占領地を強引に奪還すれば、より強引な方法で再び奪い返される。

 シンガポールが良い例だった。それと、カリマンタン島に攻撃を掛けようとしたアイランド・タイトロープと。

 同様の作戦が何度も繰り返され、そして同じだけ手痛いしっぺ返しを食らってきたはずだ。

 国連軍参謀本部がそれを知らない等と云う事は無い筈だった。

 

 どうやら達也と同じ様に受け止めたパイロット達が多かった様だ。部屋の中にざわめきが広がる。

 しかしマトヴィエンコは自分の言葉で戸惑いざわつく兵士達を見ても落ち着きを失わなかった。

 

「諸君らの戸惑いはもっともな事と思う。これまで我々は同様の作戦を立案し、ことごとく失敗してきた。諸君らの中には、それらの作戦に参加した経験のある者も居るだろう。

「今回、このドライフオホータ作戦では強力なサポートを用意した。もしかすると諸君らの中でも既にそれに気付いた者がいるかも知れない。アムール川以西、ノーラ降下点まで広がる森林山岳地帯に、ノーラ降下点から500kmラインを中心にして多数の対空陣地を設置した。対空陣地は森と雪の中に巧妙に隠されているので、上を飛んだくらいではレーダー波や赤外線でそう簡単には見つからないようになっている。

「この対空陣地は、240mmレーザー砲を二門備えた対空車輌で構成されている。自動照準システムを備えたこの対空砲は、諸君らが想像しているよりも遥かに頼りになるものだ。この対空砲による対空陣地が五十箇所以上、500km線からこちら側に存在する。万が一諸君らの機体が被弾し、緊急的に戦闘空間を離脱せねばならなくなったときにも、これらの対空砲は心強い援護射撃を行ってくれるものと確信している。」

 

 あまり詳細を語らないが、その対空陣地とやらに余程自信があるのだろう。

 それを話すマトヴィエンコの顔が、満足げな、或いは少々自慢げな表情を浮かべていることに気付いた。

 240mmレーザーと言えばかなり強力なものだ。上の方が自信を持つのも分からないでもない。

 しかしとは言え、戦闘機のような機動力を持つわけでもない、場所を特定されてしまえばただの的撃ちにされてしまう地上の対空砲が、幾ら破壊力の高いレーザーを備えているとは言えどもそれ程頼りになるものなのかについては、達也は少々懐疑的だった。

 

「随分冷めた表情で聞いていたじゃないか。」

 

 作戦の説明会が終わり、飛行隊のハンガーに戻る途中で高崎少佐が話しかけてきた。

 

「作戦の意図が分からない。この時期に打って出る意味が分からない。目的がはっきりしない。ついでに言うと、死んだ兵士を祭り上げて美談にして、兵士の感情を煽ってその気にさせるやり方は、好きじゃ無い。」

 

 結局今日の作戦説明では、「突っ込んで行ってとにかく沢山殺して帰って来い」以上の事が分からなかった。

 それ自体は理解できるのだが、それが今後何に繋がっていくのかがさっぱり分からなかった。

 勿論、前線の戦術飛行隊の小隊長が、明日から始まる作戦の長期的戦略中の位置づけなど理解する必要は無い。

 本来小隊長が求められている役割は、マトヴィエンコが何度も繰り返した如く、とにかく突っ込んで行って墜とせるだけ敵を墜とし、そして自分の小隊を無事に基地まで連れ帰ってくること、だ。

 そういう意味で、マトヴィエンコの行った説明会は何も間違っていない。

 しかし気に入らなかった。

 

「ま、戦友や家族の死を思い出させて兵士達を奮い立たせる、ってのは古来常に使われてきた常套手段だからな。それに、俺達にはもっとデカい目標があるじゃないか。地球を防衛し、地球人類を救う、ってのが。」

 

 少佐が務めて明るく言う。

 しかし達也の違和感はまだ拭い去れない。

 

「・・・地球防衛、ね。」

 

「なんだお前、究極の長期的戦略的大目標だぞ。何か不満でもあるのか?」

 

「いいや。不満は無いさ。興味も無いが。」

 

 少佐が妙な顔をする。

 分かっている。

 地球防衛や、人類の生存に興味が無い等と言えば、このご時世に変人扱いされるだろう。

 軍人であれば、上官に呼びつけられてこっぴどく叱り飛ばされても文句の言えない軽率な発言だ。

 しかしそれは達也の本音だった。

 

「お前ほどのエースがそんな事を言うとは、な。お前、何のために戦ってる? 山ほど死者を出しても全く成果の上がらないこの悲惨な戦争で、それでよく心が折れないもんだな。」

 

「何のために戦っているか? 個人的な怨恨に決まってる。奴等は俺の周りの人間を殺し過ぎた。奴等が俺の見える範囲に居る限り、死ぬまで俺は奴等を殺し続ける。」

 

 そう言った達也の眼を少佐は横目で覗いた。

 感情の読み取れない黒い瞳はまるで、顔の中央に空いた二つの穴のようだった。

 背筋に薄ら寒さが走るような、長時間見ていたくないその無感情の眼から少佐は視線を逸らし、達也と並んでハンガーに向けて無言で歩き続けた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 作戦説明だけで終わってしまった。

 民間空港のターミナルを基地に使うと、会議室だけは山ほどありそうですねえ。

 サテライトとか、ジョギングコースにぴったり?


 話の流れから、現在のロシア極東地域の空港の配置や部隊の配備について調べました。

 随分偏った配置になっている様で。

 ま、敵国のポチが近くに居るのだから、当然と言えば当然なのでしょうが。


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― 新着の感想 ―
[一言] 出会う人がみんなしんで 新たに一緒に飛ぶ仲間も自分より先に落ちるんだろうなと思わされる 無心に敵を落とす方が楽でいいわな
[一言] ロシアさんは例の無謀で失敗に終わった宇宙突撃を 今度は大気圏内でやる気なんですね。 そりゃ論理的には意味が解らんでしょう、でもあの国は 昔から物量揃えたら勝つまでとにかく突撃する国だからな …
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