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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第一章 始まりの十日間
14/405

13. 始まりの十日間


■ 1.13.1

 

 

 2035年07月15日、地球上の十の地点に対するほぼ同時の軌道降下侵攻から始まり、各降下拠点を国内に持つ、或いは拠点に隣接した地域或いは国家が、ファラゾアという地球外知性体からの侵攻を受けている事を認識し、全ての降下拠点で具体的な防御あるいは反攻が実施されるまでの、ごく初期の時期について「始まりの十日間(The first 10 days)」あるいは単に「十日間(The 10 days)」という呼称が一般的である。

 殆どの拠点に於いてこの十日間は、降下侵攻を受け大混乱が発生した一日目、状況が判らないものの持てる戦力を投入して闇雲に戦い続けたその後の数日間、その後寸断された通信網を使って最大限の情報収集を行い、徐々に補給体制と他の軍事拠点との連携を構築して安定的な戦闘態勢を整えた残りの数日間、という三つの段階に区分することが可能である。

 

 ファラゾアが初日に行ったのは、所謂物理的な打撃力による降下侵攻だけでは無かった。

 クイッカー、ヘッジホッグと云った物理的攻撃機と同時に降下した、ヒドラ、ゴーストと云った電子戦型の攻撃機による電子機器への攻撃も同時に行われた。

 ファラゾアと地球との間に存在する大きな技術力の差の割には良く善戦した物理的攻撃に対する反攻に比べて、電子的手段による攻撃に対しては技術力の差がほぼそのまま実力差となって現れ、当時地球上に存在した全球ネットワーク網はごく短時間の間に壊滅状態に陥った。

 

 後の解析から、この時ファラゾアが用いたのは所謂ワーム型に類似した侵入型のプログラムと、電子戦機を中継器とした母艦からの直接的な攻撃であったことが判明している。

 全球ネットワークが構築されて数十年しか経っていなかった初歩的で単純且つ脆弱な当時の地球のネットワークは一瞬でファラゾアの侵入を許してしまい、ネットワーク構造とシステムはファラゾアによって瞬時に解析され、全球ネットワークに接続されているあらゆるフラグメントの隅々にまでごく短時間でファラゾアの攻撃が行われた。

 

 当時の全球ネットワークの基礎技術を開発したアメリカ合衆国が、当時の地球最大の軍事力を有する惑星上国家であり、また自国で開発した技術であったために全球ネットワークと自国の軍事的ネットワークの分離が明確に行われていなかった事から、全球ネットワークがファラゾアによる電子的攻撃を受けると同時に政府ネットワークも軍事ネットワークもシステムダウンを起こし、その最大の軍事力を全く有効に発揮できなかったと云う事実はただの皮肉でしかない。

 

 いずれにしてもファラゾア侵攻ごく初期に全球ネットワークが壊滅したことで、当時の地球上での情報ネットワークは約100年後退したと言われている。

 もちろん、全球ネットワークに接続していなかったもの、あるいは接続していても運良くファラゾアの攻撃の目標とならなかったものなど、幾らかのネットワークは依然生き残っては居たが、それはごく小規模であり、地球、あるいは人類全体に攻撃を加えているファラゾアという外敵に対抗するには全くお話にならないほどの規模で非力なものであった。

 

 撃墜したファラゾア戦闘機械のハードウエアが手元に残り、敵技術の解析が順調に進行した物理的打撃とは異なり、余りの技術力の差に敵の姿すらまともに捉えることが出来なかった電子的攻撃は、敵に対する解析がなかなか進まず、対抗手段の開発に大きく手間取った。

 結局ファラゾアの電子的手段による攻撃に対して、ハードウエア的対抗手段は比較的早期に開発されたのに比べて、ソフトウエア的手段については結局対ファラゾア地球防衛戦(いわゆる「接触戦争」)が終結するまで有効な手段が生み出されることはなかった。

 このため全地球的に、軍事拠点を繋ぎ、指示の伝達或いは情報の共有と云った軍事行動のごく基礎的な部分について、地球軍(当時は小さな領域に区切られた惑星上国家それぞれに所属する軍隊であった)は半ば手動の原始的な手段に頼らざるを得なかった。

 

 全球ネットワークから独立したハードウエアによって形成されていたごく一部の国家間通信、あるいは軍事ネットワークには生き残ったものが多かった。

 これは高い秘匿性を要求される通信を行う事を目的として、外部からの攻撃や電磁的干渉による盗聴或いは攪乱に対抗するために元々強固なシールド性と充分な冗長性を確保して敷設されたものであったため、ヒドラ等からによる強力な電磁干渉を受け付けなかった為である。

 各国の技術者達はこの事実に気付き、徹底的に光媒体を利用し、電気を使用する部分には過剰なほどの電磁シールドを施す事によって、新たな通信ネットワークを敷設していった。

 しかしながら強大な敵との戦時下でもあり、この敷設作業、特に国家間を結ぶ長距離のものの敷設を進める事は大変に困難な作業であった。ファラゾアとの戦いの間を通して、以前と同じ規模での全球ネットワークが復活する事は無かった。

 

 

 降下侵攻してきたファラゾア戦闘機械は、その侵攻初日から地球側の軍隊によって多数が撃墜された。

 特に北極海に面したロシア領内ナリヤンマル近郊に降下した約15,000機に対しては、ロシアが対米警戒として北極海方面に展開していた即応迎撃部隊、およびヨーロッパ方面へ展開していた航空戦力を集中投入した為、他の九拠点に較べても極めて熾烈な航空防衛戦が行われた事は一般に有名な事実である。

 

 戦闘が行われたという事は即ち敵味方ともに撃墜された機体が辺り一面に散らばっているという事であり、地球外から襲来した高度科学技術を持った敵戦闘機械からその高度な技術を得ようとする動きが、ファラゾア侵攻当初から当時のいわゆる先進国を中心として見られた。

 

 ファラゾアとは明らかに太陽系外からの侵略者である為、その科学技術には未知のエネルギー源や推進機構、果ては恒星間航行技術まで、これまでSF映画あるいは空想小説の中でしか存在を語られる事のなかった技術が、ある意味ではわざわざ向こうから自分の元に転がり込んできたわけだった。

 ファラゾア降下拠点を国内、あるいは隣接する国地域に持つロシアや中国、米国だけでなく、降下拠点からかなりの距離があるヨーロッパ各国や日本も当然同様の動きを見せた。

 いずれの国地域も、最も近い降下拠点に対して援軍を派遣する交換条件の一つとして、墜落したファラゾア戦闘機械サンプルの回収あるいは引き渡しを求めたとみられている。

 

 回収したファラゾア戦闘機械を解析する事によって得られるものと期待された技術で、当時の開発優先順位が最も高かったものは、熱核融合炉制御技術と、重力制御技術である。

 いずれの技術も当時の地球上に存在した全ての惑星上国家が未達成、未到達のものであった。

 そしてこれらの技術は、ファラゾアとの戦闘を継続し、地球をファラゾアの侵略から守る為には色々な理由と用途で必ず必要だとされていたものであった。

 

 これらの墜落したファラゾア戦闘機械の回収任務には、地球人類の存亡を賭けたこの戦いの主戦場が空中である為に、殆ど出る幕のない各国の陸軍が中心となってあたる事となった。

 

 

  <<< 中略 >>>

 

 

 当時の地球は、二百もの小さな惑星上国家に分裂しており、それぞれの国家が独立した政府や軍を有していた。

 その様はまさに文字通り、統一した行動を取る事の出来ない状態であったため、特に情報網が壊滅的な状態であったファラゾア侵攻初期の間、そもそも数的にも技術的にも当初から劣勢であった地球人類は、さらに不利な状況においての戦いを余儀なくされた。

 

 当然の事ではあるが、政治家や軍事アナリスト、あるいは学者と云った職業に就く者達が、早くからその様な不利な状況からの脱却を強く求め、声高に主張していた。

 当時の地球人類の殆どがそのような意見に賛成する方向で一致していたが、ではどの様に、という議論になったところで、一致していた筈の意見が見事にバラバラになった。

 強大な敵に対して、統一され組織だった軍事力で対抗することの必要性を誰もが認めつつも、しかしそれはあくまで自国に有利な、或いは自国の強い影響力下における統一であって、決して誰も他人の下になろうとはしなかったからだった。

 

 中でも中国は、その広大な領土の割にはファラゾアの降下地点を一つしか持たず、しかもその降下地点がウイグル自治区内のタクラマカン砂漠であったため、国民も政府もファラゾアに大きな脅威を感じては居なかった。

 元々最後の帝国主義国家と呼ばれ、周辺のアジア地域に影響力を強めようと恫喝と懐柔を繰り返していた中国であったが、ファラゾアの脅威に直面しつつも不十分な軍事力に喘ぐ中央アジアや東南アジアの国家に対して、様々な条件を付けた軍事的、或いは物質的な援助を行うことでその影響力を強めつつ、反面緊急時に足下を見るような支援を受けたそれらの国々から深く静かに反感を買っていた。

 

 ナリヤンマル、ノーラの二点を国内に抱えつつも、ロシアは比較的良好にファラゾアを抑え込む事に成功していた。

 しかしながらロシアはその広大な国土を三分割されてしまった形となり、モスクワ或いはヨーロッパロシアとの連絡や物資の輸送が極めて困難となったノーラ以東のシベリア地域は、極東ロシア、アジアロシア或いは単にシベリアと呼ばれ、ほぼ独立国のように振る舞うこととなった。

 そのシベリアの暫定的な首都機能は、ファラゾア降下地点から最も遠く、かつ有力な軍事力を抱えるウラジオストクとなった。

 その暫定政府の長となったニコライ・フレミーニンがいわゆる知日派であったため、この後シベリアは日本との関係を強めていくこととなる。

 

 ファラゾアの降下侵攻を探知しつつもこれに対処できなかったという大きな失態を初めから犯してしまった米国は、状況が落ち着くにつれて本来の力を取り戻しつつあった。

 とは言え、工業、経済、人口、そして政治の中心的地域である五大湖から東部沿岸、そしてメキシコ湾に至る地域を二つのファラゾア拠点に挟まれる形となっており、かつ周辺国からの有力な支援を望めない状況から、その圧倒的工業力と軍事力の殆どは自国での戦いに振り分けられることとなった。

 とは言え、南米や中央アジアなど、充分な航空戦力を持たない国々が多い地域のファラゾア降下点については、世界最大の軍事大国として、国連からの要請に基づいてある程度の戦力を提供する事となった。

 

 EU(ヨーロッパ連合)は、運良く地域内にファラゾア降下点が存在せず、いわゆる最初の十日間の間、前述の大国に較べて落ち着いた行動をとる事が出来た。

 大国達が派遣を求めつつ、しかし抱え込んでしまった敵の拠点への対処に追われる中で、上手く立ち回って百年も前に失ってしまった栄光と主導権を再び取り戻そうという動きを見せていた。

 

 国連本部のある米国が、その国連本部が設置してあるニューヨークを含めて、ファラゾアの降下点に挟まれた形となった為、戦時下、特に航空・海上移動がファラゾアに大きく脅かされる様になった現在、各国は自国の国連大使をニューヨークに送る事を控える様になっていた。

 EU連合として多くの国が集まる立地条件、ファラゾアによく対抗している大国であるロシアが地続きで比較的近い距離にある事などから、EU連合の中心地であるストラスブールが国際的会議等の集合地点として急速にその地位を浮上させ、EU連合とロシアはその動きを加速させる様に各国に働きかけていた。

 

 しかしながら、ファラゾアの降下点がEU連合の近くに無いと云う事は、裏を返せば直接的な情報を得られないという事でもあり、そのファラゾアの攻撃によって通信網がまるで使い物にならなくなったこの時、EUがその目的のために正しく行動できたかと言えば、必ずしもそうとは言い切れない部分があった。

 

 オーストラリア大陸およびニュージーランドは、カリマンタン島に降下し勢力を広げたファラゾアによって、東南アジア方面および東南アジアを経由した世界各地との繋がりを絶たれた。

 四方を海に囲まれたオーストラリアであるので、海を使う事を誰もが考えたが、米第七、第三、第四艦隊壊滅の報を受けたところで、その誰もが海に出て行く事に及び腰となった。

 幸い巨大な大陸には、食料を含めて多くの資源があり、分断された事ですぐに飢え干上がるという事は無かったが、物資の行き来を絶たれ、情報の流通も制限されてしまった状態では、まるで大航海時代のオーストラリア大陸に逆戻りしてしまった様だと言ってもさほど過言では無い状況であった。

 

 もう一つの極東の大国である日本は、この時他の国々の予想と異なる行動を取った。

 世界的にも最新鋭の世代の戦闘機を含む、数百機の戦闘機や攻撃機を擁する強力な空軍力を抱えていた日本は、その力を積極的に周辺各国へと貸し出し派遣した。

 その軍事的支援と引き換えに、相手先国から有利な条件で多くの資源を手に入れ、その資源を用いて戦闘機を含む多くの軍事物資や日常生活品を製造しては周辺の困窮する国々に供給する、という方針にて周辺諸国との関係を更に深めていった。

 他人の危機につけ込んだ商売と揶揄されることもあったが、多くの国は日本のこの人的物質的軍事支援に感謝しており、資源の少ない国家が、先の世界大戦の教訓と、その後の同国が歩んできた歴史から、他国と共存する方向に舵を切ったのだと他の国々からは認識されていた。

 

 

  <<< 中略 >>>

 

 

 同時期、突然の「来訪者」であるファラゾアと意思の疎通を図ろうとする試みも多く行われた。

 それは民間団体を中心として行われた活動で、特にいわゆる反戦団体、平和主義団体が中心となった。

 殆どの政府機関は、なんの前触れもなくファラゾアが軌道降下侵攻という手段を取ったことで、彼らの意思は明らかであるものとして、ファラゾアとの交渉については可能性を除外していた。

 

 だが、民間の組織は異なっていた。

 彼等は、電磁波、レーザー、地上絵から果ては人文字、プラカードまで、考えつく限りのあらゆる手段を使って、ファラゾアと通信を行おうと試みた。

 結論から云うと、あらゆる手段に対してファラゾアから言語的な回答を得る事は出来なかった。

 しかしながら、ファラゾアの意思を確認することは出来た、と言って良い。

 

 彼らの心からの平和のメッセージを込めた電波を発信した電波局は、電波を発信した後短時間の内にファラゾアの襲撃によって破壊され、レーザー発信設備も同様の末路を辿った。

 その様にしてファラゾアの明確な意思表示を物理的に受け取った彼らであったが、「あらゆる戦いは話し合いによって回避することが出来る」と信じて止まない彼らの手によって、その後も意思疎通の試みは続けられる事となり、試した数だけの無線局が破壊されるという結果を伴った。

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 今回にて、年内最後の更新と致します。


 戦争とは外交の最終手段であるので、開戦の時点で話し合いの段階はとっくに過ぎています。

 これを「話し合いで回避できる」等と言うのは、「お花畑」と言われても仕方が無いと思ってます。

 ただし、落とし所や止め時を考えずに開戦するのは、もっとバカな奴の所業だと思います。


 移動手段の話が出ましたが、航空機はどんな小さなものでも狙われる可能性があります。

 海上の船だと、小型船は案外ファラゾアが相手にせず、見逃されたりします。

 地上の乗り物ですが、大体問題ありません。電車走ってても、ファラゾアに狙われることはありません。

 ので、モスクワからストラスブールまで地上を移動しなければならないというハメに陥ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 地上戦力など脅威ではない、と言うことでしょうか。
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