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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第六章 大中华帝国的衰落
137/405

12. 胴体着陸


■ 6.12.1

 

 

 戦場にただ一機残った達也は、被弾した優香里と回収したパイロット達を乗せたフィエルヴィエルク03を逃がすため、その場にしばらく踏み止まる覚悟を決めた。

 当初二百五十機ほどいたファラゾア機も、カチェーシャと優香里と共に戦った結果残り八十機ほどにまで数を減らしていた。

 この程度の数の敵を相手にするのは、達也にとって日常茶飯事とも言えた。

 

 もちろん八十機という数は一般のパイロットにとっては十分に脅威となる数、正確に言うならば、八十機のファラゾアの中にたった一機で放り出されて生還する見込みがあるのは、所謂エースパイロット級、即ち各航空基地において撃墜数が多く被撃墜数の少ない上位パイロット数名、といったところだ。

 そのようなエースパイロットでさえ、八十機もの敵に囲まれて単機で戦う事になれば、普通であれば逃げ回るので精一杯、上手くいっても十機も落とす事が出来れば良い方で、達也のように「五月蠅い奴は全部墜としてしまえば良い」などと云う大層な台詞を吐いて、そしてそれをそのまま実行してしまうのは明らかに異常であり、かの666TFWの中でもそれほどの芸当が出来るのは達也を含めて僅か数名しか居ない。

 

 一人になった達也は、八十もの敵に囲まれて追い詰められるどころか、僚機の動きを気にする必要が無い、或いは僚機の面倒を見る必要がなくなった為、その能力を遺憾なく最大限に発揮して先ほどまでよりもさらに効率よく早いペースで敵を撃ち落としていく。

 結局残機数が五十機を割ったところで、増援を送り込んでくるようなことも無くファラゾアは引き上げていった。

 もちろん達也もただ単に的撃ちをやっていただけであるわけも無く、敵を翻弄し撃ち落とす機動の中で少しずつノーラ降下点とは反対方向に動いて遠ざかることで、逃げようとしている相手に増援を送り込む必要無し、とファラゾアが判断する様に仕向けてもいた。

 

 まるでSF映画で宇宙船が超光速航行を始めたときの映像効果のような、今までそこに居たファラゾア機が次々と目の覚めるような加速で一瞬後には遙か彼方を遠ざかっていく姿を眼で追いながら、達也は辺りを見回して自分の周りにもう一機のファラゾアも残っていないことを確認した。

 おもむろに旋回し、優香里とフィエルヴィエルクが離脱した方位06に機首を向けた。

 ユカリの機体は右主翼を失い、安定性を大きく損なっていた。

 残燃料の問題もあり、そういつまでもリヒート全開で飛び続けることは出来ないだろうとの判断だった。

 

「ソヴァ05、こちらデーテル04。客は全て追い返した。任務完了。RTB、と言いたいところだが、デーテル13はどこだ? 連れて帰る。」

 

「デーテル04、デーテル13は方位09、距離100を針路17で飛行中。早く行ってやってくれ。燃料が無いらしい。」

 

 優香里機は思ったより近くに居た。

 戦闘が終わったところですぐさまレーダーを切っていたので気付かなかったものと思われた。

 しかし、燃料不足という意味が分からない。

 核融合燃料なら、まだ数十時間分は余っているはずだった。

 

「燃料が無い? ジェット燃料か? 何でそんなものが・・・分かった。急行する。」

 

 優香里の燃料不足について一つ思い当たることがあった。

 自機の残燃料もかなり寂しい状態にはなっているのだが、達也はリヒートをONにして優香里の後を追った。

 十分も飛ばないうちに優香里機に追い付く。

 

「ユカリ、大丈夫か?」

 

 主翼が片方失われたものの、二枚のカナード翼と四枚ある尾翼とで姿勢制御が最適化されたらしく、戦闘空域から離脱したときのような不安定さはもう見られなかった。

 

「大丈夫じゃ、無い。ヤバい。もうジェット燃料が無い。モータージェットじゃ高度を保てないの。基地まで辿り着けない。」

 

 泣きそう、と言うほどでは無いが、しかし力の無い声で返答が帰ってきた。

 

 右主翼が根元から脱落し、十分な揚力が得られなくなったのをフュエルジェットの推進力で補ってギリギリ飛んでいる状態なのだろう。

 

「ジェット燃料はあとどれくらい保つ?」

 

「クルーズで十五分弱。MAXリヒートなら四分。」

 

 成る程、確かにそれでは基地までたどり着くことは出来ない、と達也は理解した。

 この位置からだと、フュエルジェットのクルーズで基地まで三十分以上はかかる。基地よりも200kmも手前で墜落することになる。

 達也は自分のジェット燃料を確認した。クルーズで三十分飛ぶだけの量はあった。

 そして位置エネルギーを速度に変換出来る着陸にジェット燃料は必要無い。

 最悪、機体を捨てなければならなくなったとしても、空戦中でも無く、機体コントロールを失った訳でも無い機体からの脱出(ベイルアウト)であれば、さほど危険でも無いだろう。

 基地やハバロフスクの街から数十kmの位置であれば、自分の足で歩いて帰ることさえ可能だ。

 

「ユカリ、モータージェット最大にして、姿勢を保って直進しろ。ビビって操縦桿動かすなよ。」

 

「何する気?」

 

「良いから黙って真っ直ぐ飛んでろ。絶対動くな。」

 

 優香里の機体がモータージェットに切り替え、速度を落とす。達也もそれに合わせて減速する。

 途端に優香里機は安定性を失い、ゆらゆらと上下左右に動き、少しずつ高度を落とし始める。

 高度を下げまいとすると揚力が足りず不安定になり、機体の動揺を抑えようとすると高度が下がる、という動きを繰り返している様に見えた。

 

「だから言ったでしょ。モータージェットじゃ高度を保てない。」

 

「分かってる。高度は下げても良い。機体の安定性を保て。」

 

 優香里は達也に指示に従って、ゆらゆら揺れ動く機体の挙動を押さえた。

 沈下速度が少し増す。

 達也はさらに高度を下げ、優香里機の下に回る。

 優香里の機体の腹を見ながらゆっくりと接近し、機体を接触させた。

 機体同士のぶつかる音が伝わってくる

 

「え? 何やってんの? え? まさか?」

 

「黙って機体を安定させてろ。」

 

 そして持ち上げる様に僅かに機首を上げる。

 機体のあちこちから破壊音の様な軋みが伝わってきて、優香里の機体の重量が載ったのが分かる。

 キャノピーにヒビが入り大きく歪む。

 

 ワイヴァーンのコクピットは、格闘戦能力の向上を追求するが為に機体形状と一体化した様な形になっており、機体上方に丸いグラッシーキャノピーが突き出た従来の戦闘機のものとは大きく異なる。

 HMDに画像とインジケータが投映されるのだから、パイロットが半ばむき出しになり、空気抵抗を上げる従来型の突き出たコクピットは要らないだろう、という考えであった。

 ヴァイパーに乗ってた頃じゃ、これは絶対できなかったな、と思いながら達也はさらに機首を上げ、かなり下がってしまった高度を稼ぎにかかる。

 

 無理に高度を稼ごうとすると機体振動が激しくなる。

 スロットルを少しずつ開けてフュエルジェットモードにまで押し込み、推力をを掛けて速度を上げると機体振動も収まり、高度も上がり始めた。

 優香里の機体が後ろに滑り落ちないのが不思議だが、どうやら垂直尾翼で引っかかっている様だった。

 

「このまま少しずつ高度を上げる。基地手前100kmくらいで降ろしてやる。それなら燃料は充分だろう。」

 

「・・・分かった。・・・ありがとう。」

 

 優香里にはモータージェットでの最大の出力を維持させる。

 二機の重量を支える達也の機体は、モータージェット最大では推力が足りず、少しずつ高度を下げてしまうため、フュエルジェット最低の出力で速度を稼ぐ。

 

 ハバロフスク航空基地は、北側からの進入である場合、方位05から針路23で滑走路に進入する。

 空港のちょうど50km手前でアムール川上空を斜めに横切るのが良い目印となっていた。

 無理をしないよう大きく旋回してアムール川の流れに沿い、針路を合わせた後、達也はフュエルジェットをカットし、急降下した。

 同時に優香里はフュエルジェットまで出力を上げる。

 

 優香里の機体は、フュエルジェットの推力を得ることで安定を保って真っ直ぐハバロフスクに向かっているようだ。

 それに対して達也の機体は、上に乗っていた「重し」が急に無くなった所為か、安定性を失い何度か錐揉み状態になりそうになるのを、達也が直感的な操縦でどうにか抑えている状態だった。

 どうにも安定が悪過ぎると達也が後を振り向くと、あちこちがささくれ立ち、さらに優香里の機体を乗せたことで酷く凹凸に歪んだ機体の先に、半ば折れ曲がって正常に動作しなくなった二枚の垂直尾翼が見えた。

 どうやら優香里の機体を支えていたことで壊れたようだった。

 ワイヴァーンMk-2には、一対のカナード翼と四枚の尾翼がある。

 四枚の尾翼は自由に角度を変える事が出来、どれが垂直尾翼でどれが水平尾翼だという区別が無い程だ。

 そのうち二枚が壊れた程度なら、激しい戦闘機動は無理でも着陸には支障は無いだろうとコクピットの中で達也は肩を竦める。

 しばらく経つとコントロールシステムの学習機能によって、機体の挙動が落ち着いてくる。

 

着陸(ランディング)(ギヤ)が出ない。」

 

 機体の挙動が落ち着いてほっと息を吐いたのも束の間、今度は優香里からなかなか衝撃的な通信が入る。

 

「全部出ないのか?」

 

「左主脚が出ない。他は出てる。」

 

 優香里の機体を上に乗せたことで、想定外の力がかかって格納扉が歪み開かないのかも知れない。

 そこまでは考えていなかったな、と達也は苦笑いする。

 まあ、それならそれでやり様はある。

 

「空港からの距離は? 燃料はあるか?」

 

「15km。燃料はもう無い。」

 

 空港から15kmであれば、もう高度は500m程度まで落ちているはずだ。

 燃料が欠乏した状態のあの不安定な機体で旋回させたりするよりは、まっすぐ突っ込ませた方が良いだろう、と思った。

 

「そのままアプローチしろ。下手に回避しようとするとハバロフスク市街地に落下する。着陸脚を全部畳んで胴体着陸だ。」

 

「だって、アンタだって燃料無いでしょ? どうするのよ?」

 

 胴体着陸をすると滑走路は一時的に閉鎖される。

 機体が炎上することもあれば、滑走路面が痛んだり、滑走路上に多数の部品が撒き散らされたりするためだ。

 昔の民間空港のように、たかだか一機の胴着で滑走路が一日閉鎖されるような事は無いが、とりあえず掃除が終わるまで最低でも20分程度は着陸できなくなる。

 優香里は達也が着陸できなくなることを気にしているようだが、達也の機体はモータジェットでもまだ何とか飛んでいられる。

 最悪、ツェントラリニ・エアロドロムに退避する手もあるし、そもそもハバロフスク航空基地にはもう一本滑走路がある。

 管制官がなんと言おうが、滑走路が空いているなら着陸は可能だ。

 

「ジェット燃料はあまり余裕は無いが、主翼はある。どうとでもする。まずは自分が生き延びることを考えろ。全ての着陸脚を確実に畳み込め。グライドスロープをいつもより浅い角度に取れ。滑走路の真ん中辺りで接地させてエアブレーキ全開、ドラグシュートオン。機首は必ず進行方向を向かせろ。機体がコントロール不能になったら、迷わず脱出(ベイルアウト)だ。一瞬でも迷ったら死ぬぞ。」

 

「わ、分かったわよ。」

 

 達也はモータージェットのまま高度を下げつつ増速し、優香里のあとを追った。

 達也の視界に優香里の機体が入る頃、彼女はちょうど胴体着陸を試みようと最終アプローチに入っていた。

 高度を500mに保ったまま、モータージェットで空港上空を旋回する。

 

 優香里の機体は達也の指示通りかなり浅めの角度で滑走路に進入し、地面(グランド)効果(イフェクト)でしばらく滑走路上を漂った後に、滑走路のちょうど真ん中で羽毛が舞い降りるようなスムースさで滑走路面に接地した。

 機体は火花を散らしつつ滑走路上を滑り、機体がスピンしそうになったところでドラグシュートが開き、再び機首を正面に向けて正した。

 ドラグシュートの効果により急速に速度を落とした優香里の機体は、ちょうど滑走路の端まで滑り、僅かにオーバーランして雪に覆われた草地の上で止まった。

 ほぼ理想的な胴体着陸だった。

 

「KHVコントロール。こちらデーテル04。着陸許(リクエスト)可を(フォー)求む。(ランディング)

 

 優香里の機体に消防車やその他数台の車が駆け寄っていくのを眺めながら、達也はハバロフスク空港管制に着陸許可を求めた。

 

「はあ? デーテル04、お前真上を飛んでるんだろう? この状態で着陸許可が出せると思うか?」

 

 言外に馬鹿じゃ無いのかという響きを持たせて、ハバロフスク空港の管制官が呆れた声を上げる。

 

「ああ、だから滑走路23Rを使用する。そっちには事故機は居ないだろう。」

 

「許可できるか馬鹿野郎。せめて事故処理が終わるまで二十分待て。」

 

「それがそうも言ってられないんだ。こっちもかなり機体がズタズタでな。尾翼は取れかかってるし、ジェット燃料も無い。ちょっと早めに降りたいんだ。」

 

「・・・分かった。緊急事態だ。デーテル04、着陸を許可する。滑走路は23R。転倒(コケ)るんじゃねえぞ。滑走路塞ぎやがったら、今日の晩飯はヌキだ。」

 

「そいつは大変だ。頑張って着地を決めなくちゃな。」

 

 流石ファラゾアが侵攻してきてから常にずっと最前線だった基地だ、と達也は思った。

 ルールがどうだとガタガタ言うことなく、管制官はちゃんと現実が見えているようだった。

 

 基地の回りを周回し、優香里の無事を確かめた後に達也は方位05から針路23を採り、ハバロフスク航空基地への侵入を開始した。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 戦闘機でおんぶするのは・・・かなり無理があるとは思いますが、形状とかが今の戦闘機とはかなり違いますので、ご容赦という事で。


 このところ花粉で集中力が全然ダメダメになってきてます。

 矛盾等お気づきになった場合、ビシバシご指摘下さい。

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― 新着の感想 ―
むしろ666には達也並の腕を持った奴が数名いるって方が恐怖なんだが。ファラゾア涙目でしょ()
[一言] おんぶ…出力さえあれば大体どうにでもなる(白目)
[良い点] すごいすごい!達也天才! [気になる点] 戦闘機おんぶは、でっぱりはともかく空力的にはどうなんでしょう? [一言] グラスキャノピーが無いということは、前方モニタが今のインチキVRと違う、…
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