9. Su-117 Белка-летяга
■ 6.9.1
白一色に染まる森の中、立ち上る赤い煙に向けて冬季迷彩を施されたSu-117ベルカリチヤーガが突進する。
その動きはまるで地上目標を発見し、その目標に向けてまっしぐらに突入していく攻撃機のようでもあるが、目標を破壊するか確保するかの違いはあれども一秒を争い目的を達しようと全力で突入するという行動自体は、確かに攻撃機の行動と同様と言うことも出来る。
「北に300mほど行ったところに少し開けた場所がある。そこに着陸して収容する。急げ。走れ!」
戦闘機よりもふた回りほど大型の機体が十分に収まるだけの空き地に向けて徐々に高度を落とすSu-117は、その途中で赤くたなびく発煙筒の煙の上を突っ切りながら外部拡声器を用いて地上で救助を待っているであろうパイロットに向けて呼びかける。
ファラゾアの降下点に近すぎ、絶対に電波を発信してはならない状況の中、用いられる連絡手段は案外と原始的なものであるが、しかしイジェクションシート下に備えられたサバイバルキットの他は碌な装備も持てずに地上に投げ出された墜落機のパイロットには最も確実な意思伝達方法だった。
Su-117が高度僅か100mほどで機首を上げつつ可変エンジンの向きを変えて機体下方にジェット噴射を行い、降下しながらの突入で増速してしまった機体にまるで戦闘ヘリのような体勢で急制動を掛ける。
とても輸送機とは思えない動きを見せて広場の上空50mほどで静止した大柄の機体は、盛大に雪煙を巻き上げながら高度を落として雪で覆われた地面の上に着地した。
さすがにモータージェットに切り替えたとは言え、すぐに飛び立てるようにエンジンを回転させたままの機体の周りには延々と雪煙が巻き上がり、まだ冷え切っていないエンジンからの排気熱が地上の雪を溶かしてノズル直下の地面を剥き出しにする。
Su-117が目の覚めるような動きで着陸してから数分も経ったであろうか、強いジェット排気と雪煙に揺れる針葉樹林の中から、明るいフィールドグリーンのロシア軍パイロットスーツの上に黒いフライトジャケットを羽織った男が、背中に背嚢を担ぎ手に小型のサブマシンガンを持って森の中から駈け出してきた。
雪に足を取られながらのその歩みはとても走っているとは思えないスピードではあったが、それでも打ち付ける強風に逆らい必死で救難機の後部に開いたハッチにたどり着いた男は、転がり込むように斜路に飛び込み、救難機のクルー二人の手を借りて機内に引っ張り込まれた。
それと同時にエンジンの回転数が上がり再び辺りに猛烈な雪煙をまき散らし、まだ機体後部ハッチを閉じきらないまま上昇を開始したSu-117が雪煙の中から姿を現す。
「オーケイ、一人収容。あと二人だ。とりあえずその向こうの奴を拾う。」
「デーテル04、諒解。引き続き上空で警戒を続ける。」
「よろしく頼む。一旦高度を上げて、次の奴の近くに着陸できそうな地形を探す。」
そう言うとSu-117はジェットエンジンの向きを変えず上昇し続け、高度500mに到達した。
エンジンの向きを僅かに変えつつ、10kmほど先で徐々に薄れつつある赤い発煙筒の煙めがけて増速する。
同じく高度500m程度で旋回している達也達は、すれ違いながらSu-117を見送り、ゆっくりと旋回してその後方を追従しようとした。
「敵機探知。方位30。針路不明、機数不明。GDD反応増大中。」
パイロットを一人救出し、僅かながらもほっとした雰囲気の中、優香里の声が冷たく硬く響いた。
「フィエルヴィエルク03、ノーラ降下点方向に敵機を探知した。機数不明だが、反応増大中。次の奴を救出したら、離陸せずそのまま着陸して身を潜めろ。安全を確保したらこちらから指示する。」
「クソッタレ、見つかったか。諒解。指示に従う。頼むぜ、これ以上要救出者を増やしてくれるなよ。」
「分かってる。そんなヘマをする気はない。デーテルA2、敵をフィエルヴィエルクから引き離す。一旦針路00にて現場から距離をとってこっちに引きつける。敵が来ても安易に突撃するなよ。敵の最終防衛ライン踏み越えたら酷いことになるぞ。」
「12、コピー。」
「13。」
「フュエルジェット。遅れるな。」
そう言って達也は北に機首を向けた。
そのすぐ目の前で、新たな赤い発煙筒の煙が森の中から立ち上るのが見えた。
「フィエルヴィエルク03、三人目を見つけた。二人目の煙から方位02、距離15km。森の中に赤い煙だ。俺たちが敵を片付けてから、三人目に取りかかってくれ。」
「フィエルヴィエルク03、諒解。とりあえずまず目の前の二人目を救出する。」
「ちょっと待ってよ。逃げるんじゃないの!?」
優香里が会話に割り込む。
「何を言っている。救難機の任務はパイロットの救助で、俺たちの任務は救難機の護衛だ。逃げることじゃない。」
「敵が来るのよ? 何百機来るかも分からないのに、三人目もなんて無茶よ!」
「逃げたければ逃げて構わん。逃げ腰の奴は足手纏いだ。どうせ墜とされる。」
「勝てないのに突っ込むのは無謀すぎる! バカじゃないの!?」
「だから逃げたければ逃げろと言っている。今決めろ。」
「くっ・・・! やってやろうじゃないのよ、クソッタレ! 最悪!」
「決断が早くて何よりだ。フィエルヴィエルク03、救助作業を継続してくれ。」
「よろしくな。頼りにしてるぜ。
「こちらフィエルヴィエルク03、助けに来たぞ。東に500mほどのところに開けた場所がある。着陸して待つ。急げ。敵が来た!」
Su-117が再び地上のパイロットに呼びかけながら、先ほどよりもさらに手荒い操縦で森の木をかすめるようにして、見つけたばかりの着陸可能地形に突入する。
ジェット排気に森の木々が大きく揺さぶられ、大量の雪煙が巻き上げられる。
その雪煙を巻くようにSu-117は森の中の広場に突入し、高度50mで機体をほとんど横向きにして芸術的とも言える操縦で急制動をかけて突入の速度を殺し、そのまま地上に向けて落下するように降下していき、接地直前で大推力を掛けて軟着陸した。
舞い上がる雪煙の中、無事着陸してハッチを開き始めたSu-117が姿を現す。
達也はその操縦を見て思わず口笛を吹く。
「良い腕だ。救難隊にしておくのは勿体ないな。戦闘機隊に来ないか?」
「悪いな。アンタが万が一墜ちた時に、こういう腕の奴が必要だろう?」
「違いねえ。せいぜい世話にならん様にしよう。敵はこちらで引きつける。飛ばずにそこで待っていてくれ。」
「諒解。」
「ユカリ、敵の詳細は?」
「依然不明。最低でも百機以上。現在距離約200。速度M4.0以上。」
「もう少し気付かない振りをしてこっちに引きつける。接敵まで一分以下でラジオイネーブル。高度30まで上げる。」
そう言って達也は北に向かう針路をそのまま、高度を上げる。
「敵詳細判明。数約200。距離180、方位30、針路12、速度M6.5。接触まで80秒。」
「敵有効射程内に入った。各機ランダム機動。パワーミリタリー。針路このまま00、高度30。」
達也が自分のコンソールを見ると、西の方向にファラゾアが存在するといいう紫色のマーカーのみが表示されており、詳細な情報についてはまだとても取得できるような距離では無かった。
やはり蒼雷の探知能力はワイヴァーンのそれよりも一歩二歩勝っているらしい。
「距離140。接触まで1分。」
やがて優香里の冷たい声が敵の接近を報告する。
「全機ラジオイネーブル。レーダー波をぶち当ててやれ。パワーMAX。針路このまま00。引きつけるぞ。」
この頃になると達也の機体の戦術マップやHMDにも敵の存在を示すマーカーが表示されるようになっていた。
しかしまだ個体の分離は出来ず、漠然と敵の集団が居るという事が分かるだけだった。
敵が自分達を目掛けて急速に接近してくる事が明確に判っているにも関わらずまともな迎撃行動を取れない、永遠にも感じる一分間が過ぎていく。
その間達也達は、接近してくる敵を感知しつつ北に逃げようとしても逃げ切れないと傍目には見える行動をとる。
「敵距離30。急減速中!」
異常なほどの高速で接近していた敵が、まるでCG画像が切り替わったかのように突然ゆっくりと動き始める様に見えた。
実際はそれでもM2.0近い速度が出ているのだが、それまでのM6.0にも達する高速に比べれば突然止まったかのように見える。
「タリホー。やるぞ。付いて来い。遅れるな。」
北に向け高度3000mで、追ってくるファラゾア群から一目散に逃げるような動きをしていた三機が突然反転し、リヒートの青い炎を引いて敵に向かって突進する。
反転した達也達の前方の空間に、敵の白銀の機体が続々と到着する。
この距離であれば、機載のレーダーでも敵を捕らえることが出来る。
HMDを通した視野の中に緑色のターゲットマーカが大量に表示されている。
反転直後からレーザーを乱射する。
白い大地の遙か上、紺碧の空に舞う白銀の機体から赤い炎が散り、薄い黒煙を引いて次々に墜落していく。
「注意しろ。280kmラインを絶対に踏み越えるな。死ぬぞ。」
地上に線が引いてある訳でも無い、HMDに線が表示される訳でも無い。
そもそもどこが正確にノーラ降下点から280kmなのかはっきりしている訳でも無い。
それでも敵の攻撃を避け、敵に狙いを付けて叩き墜としながら、一方では常にボーダーラインを意識しつつ絶対に踏み越えるな、と相当高度な要求をしている。
三機はデルタ編隊を組んだまま、自分達を包囲しようと広がったファラゾア機群の包囲網のど真ん中に向けて突っ込む。
達也はHMDに表示された敵のブロックマーカーが二重線の正方形に変わり、レーザー砲の照準が合ったことを示す度にトリガーを引く。
包囲網を突き抜けようとする三機を押しとどめようとするかのように、前方に敵が集結する。
左旋回しながら敵の即席の縦深陣を避け、旋回している間もレーザーの照準が合う度にトリガーを引く。
昔、ガトリングガンがファラゾアに対抗できる唯一の武器であった頃に比べれば随分と甘くいい加減な狙いでしかないが、可動砲身を備えたレーザー砲とその照準システムは、ガンサイト近くの敵に一瞬で狙いを付けて、達也がトリガーを引くと同時に敵を灼く。
単調な旋回にならないように突然機体を九十度捻り上昇に転じる。
そのままバレルロールの要領で進行方向を元に戻す。
元々機動性を売りにしていたMONEC社のワイヴァーンであったが、mk-2となって翼面積や尾翼形状などを見直した結果、さらに機動性は向上し、ブラックアウトしそうな小半径旋回を苦も無くやってのけるようになった。
達也は文字通り血の気が引けて思考能力の低下する頭に鞭打って戦術マップを頻繁に確認し、フィエルヴィエルクが身を隠す方角に進もうとする敵を見つけては優先的に叩き墜とす。
「ちょ・・・と、待って。なん、て、機動、してる・・・の。」
速度を落として機動力を失わないようにリヒートを全開にしたまま大Gのかかる小半径旋回を終えた後、レシーバから荒い息づかいの優香里の声が聞こえた。
それを聞きながらも達也は次から次に機体の向きを変え、旋回し上昇或いは降下する激しい動きをやめない。
後ろを見ると、すぐ左後ろにカチェーシャ機が、僅かに遅れて右後ろに優香里の機体が、何のかんのと言いながらしっかり付いて来ているのが見えた。
この機動にこの程度付いて来られるなら問題無いと、達也は前を向き次の獲物に狙いを定める。
右前方の集団に狙いを定め、スティックを左に倒し右ラダーを強く踏み込む。
機体が滑るように左旋回したところでスロットルをMAXリヒートに叩き込む。
ラダーを踏み換え、スティックを手前右に強く引くと、機体は半ば空気の流れから剥がれつつ、右に捻りながらあり得ない小半径でループする。
カチェーシャと優香里は、突然行われた曲芸じみたこの動きに付いて行くことが出来ない。
冷たく濃密な低空の空気を吸い込み、ジェット燃料と混合されて燃焼し、その排気に再び燃料が混合されてリヒートとして燃焼し、青い炎となってノズルから噴き出す。
機体の表面を流れる空気は剥がれ、ほぼ完全に失速状態であった達也の機体ではあるが、高いエンジン推力にものをいわせて推進力だけで空中を進み、やがて翼が空気を掴む。
達也はHMDスクリーンに投影されるインジケータ画像を睨み付け、失速しエンジン出力だけで空中を突き進む愛機の異常な状態に反して、表情を動かすことさえ無く、レーザー砲の自動照準機能と左手のターゲットセレクタを駆使しながら、敵が濃密に密集している空間とは言え数秒に一機というあり得ない速度で敵を屠り続ける。
大気を掴んだ翼が揚力を産み、充分な空気を吸い込んだジェットエンジンが最大の効率で推力を産む。
本来の飛行状態を取り戻した機体は、高く澄み渡る蒼空を背に浮かぶ白銀の敵に向かって突進する。
達也は操縦桿を左手前に引き右ラダーを押す。
その操作に従った機体はバレルロールに似た動きで敵機群に向けて突っ込んで行き、その途中でまた何機もの敵を撃ち墜とす。
振り向いて確認はしていないが、カチェーシャと優香里の二機が、達也が辿った軌跡とはかなり異なる動きではあったものの、最終的には達也の機体に追い付き、その後方に付き従っているのを感覚的に理解している。
暗灰色に塗られた機体が三機、陽光を受けて白く光る敵を目指し、獲物を追い求めて青い空と白い大地の狭間を駆け抜ける。
達也達の後方に回り込もうとする敵数十機とすれ違い、次の瞬間には幾つもの小爆発が空中に散らばり、錐揉みしながら地上に向けて落下していく。
「きゃああ!!」
レシーバからカチェーシャの悲鳴が聞こえてきたのは次の瞬間だった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
いつもテキストエディタを使って執筆作業を行っているのですが、英語以外は全部全角になってしまいます。
全角だと見栄えが悪いんですよね・・・
ブラウザは多国語対応なので、ブラウザから訳を直接コピペすると半角になっている様なのですが。
・・・そもそも理解できない言葉を使用するな?
いやあ、その方がなんとなく「それっぽい」雰囲気でるし。