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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第六章 大中华帝国的衰落
127/405

2. North Pole (北極)


■ 6.2.1

 

 

 達也達666TFWのメンバーは、ブレーメンでのMONEC社の航空宇宙ラボでの新型機試乗会の後、一部の者が再びストラスブールに呼び戻されていた。

 呼び戻されたメンバーは偶然にも、説明会の日の夕食でテーブルを共に囲んだ面子と一致していた。

 

 説明会の時とは別の、もう少し小ぶりの会議室に指定された時間までに三々五々集合した六人は、集合時間までの間にお互い情報交換を行い、この場に集められたメンバーはどうやら皆ちょうど直前の配属先で一仕事を終えたばかりで、次の指令待ちの状態にある事を知った。

 旧知の間柄であれ、先日知り合ったばかりであれ、一度食事を共にしてそれなりに打ち解けていた六名は、取り留めのない事柄を話して時間を潰していたが、ノックの音と共にフィラレンシア大尉が姿を現したことで皆口を噤んで会議テーブルの端に着席する彼女に注目した。

 

「お疲れ様です。本日は再び集まって戴きありがとうございます。本日は皆さんに次の任地と任務をお伝えします。」

 

 椅子に腰を落ち着け、プロジェクタを起動しながら大尉が話し始めた。

 この場に集まっているパイロット達は皆、彼女よりも階級が下になるのだが、彼女はいかにも秘書的な丁寧な口調を崩すことはなかった。

 感情のこもっていないその口調は、仕事を終えた後のプライベートの時間でも同じ喋り方をしているのではないかと想像してしまうほどに冷たく、そして落ち着いていた。

 プロジェクタが起動し、ウラル山脈辺りを中心にロシア全土を上空から見た地図が表示された。

 極東地域、バイカル湖近傍、中央アジアにそれぞれ赤い点が記してあるのが判った。

 

「ムトウ中尉、ミズサワ中尉。シベリア・ハバロフスクのハバロフスク航空基地にて3345戦術飛行隊(TFS)に配属。飛行隊長はトシヒコ・タカサキ少佐。こちらの基地は元民間空港で、ロシア航空宇宙軍との共同使用になります。666TFWとしての任務は、ノーラ降下点から極東方面にロストホライズンが発生した場合に、敵部隊がハバロフスクに到達するまでにこれを阻止すること。武器使用制限は、都市部周辺での反応弾使用禁止。日常任務については現地飛行隊指示。」

 

 またロシアか、と達也は天井を見上げた。

 南国生まれ南国育ちである達也は、寒い気候が少々苦手だった。

 しかも今、北半球は冬だ。ハバロフスクがどれほど殺人的な低温で、雪と氷に閉ざされた世界かなど想像するのも嫌だ。

 

 大尉は達也と武藤から視線を外し、ジェインと沙美を見ながら再び口を開く。

 

「イルマ中尉、マクグリン少尉。シベリア・イルクーツク、イルクーツク航空基地にて3419TFSに配属。飛行隊長はアレーシャ・ノヴォセリツォヴァ少佐。こちらの空港も元民間空港です。ロシア航空宇宙軍との共同使用となります。666TFWとしての任務は、ノーラ降下点から西方、中央ロシア方面にロストホライズンが発生した場合、敵の進撃をバイカル湖以東以南で阻止すること。武器使用制限は、同じく都市部周辺での反応弾使用禁止。日常任務については、現地飛行隊指示です。」

 

 そこで大尉は一度振り返ってプロジェクタ画像を確認すると、今度はナーシャとマリニーを見た。

 

「トンダンプラスート少尉、ヤムトレムスカ少尉。カザフスタン・セメイ、セメイ航空基地にて2127TFSに配属。飛行隊長はブラート・アフマディエフ少佐。この空港も元々民間のものです。ロシア空軍、カザフスタン空軍との共同使用となります。666TFWとしての任務は、ハミ降下地点から北方カザフスタン方面へのロストホライズンが発生した場合、敵の進撃を中国国境以南に抑えること。武器使用制限は、都市部および中国国境近傍での反応弾使用を禁止。日常任務については、現地飛行隊指示。」

 

 また面倒なところに皆配属されたものだ、と達也は溜息を吐いた。

 自分達が配属されるハバロフスク基地は、ノーラ降下点から溢れようとする敵に対して、戦闘機の供給国である日本を守る為の絶対防衛線とも言えるところだと聞いていた。

 中国が非協力的である以上、防衛ラインをウラジオストクまで下げることは出来ない為、ノーラ降下点から僅か800kmしかないハバロフスクが最前線かつ最終防衛ラインとなっているのだ。

 激戦区中の激戦区、と言って良い。

 

 ハミ降下点はというと、中国国内にある為、国連軍が対応出来るのはモンゴル領あるいはカザフスタン領のある北方からのみ、という「痒いところに手が届かない」敵拠点とその防衛線だった。

 いずれにしても、他の拠点とは異なる色々な制約が多い所だった。

 

「行ったり来たりで恐縮ですが、使用する機体はブレーメンで受け取ってください。昨日見学したMONEC社の航空宇宙ラボに対して南側のMONEC社工廠にて受け取りです。兵装とシステムが改良されたワイヴァーンMk-2を用意してあります。明後日の朝には引き渡しできる予定です。ブレーメンまでは明日輸送車を仕立てますのでご利用ください。」

 

 発した言葉とは異なりまったく恐縮していない相変わらず冷たい口調で、フィラレンシア大尉が手元の紙に書いてある情報を読み上げる。

 

「配属先までのルートですが、皆さん北極ルートにて移動願います。ブレーメンから北に向かい、北極点を過ぎたところで中央アジア方面と極東方面に分かれます。敵の制圧圏を避けながら内陸を移動するよりも、666TFWのパイロット六機であれば、北極ルートの方が安全であると思われます。ルート詳細はブレーメンにて空港管制に尋ねてください。」

 

 フィラレンシア大尉が紙から顔を上げて皆を見回す。

 

「以上ですが、何か質問はありますか?」

 

 誰も口を開かなかった。

 皆、自分がやるべき事は理解し承知していた。

 細かなところまで指示がなければ動けない様な、兵卒や新兵ではないのだ。

 

「無い様でしたら、以上です。」

 

 そう言ってフィラレンシア大尉は会議机の上の書類を片付け始めた。

 皆が席を立ち、会議室から出て行く。

 達也は同じ様に立ち上がって大尉に近付いていく。

 

「フィラレンシア大尉。」

 

「何ですか?」

 

 整理している手元の書類の上に落としていた彼女の視線が、達也が呼びかけると同時にこちらを向き、達也よりも少し背の低い大尉の眼がピンクゴールドのフレームの眼鏡の向こうから達也を僅かに見上げる。

 

「あの手紙は何だ。何かの嫌がらせか?」

 

「何のことでしょう?」

 

 彼女はやはり、下官である達也に対してもその丁寧な口調を崩すことは無かった。

 口から発している言葉の字面は酷く丁寧なのだが、言葉という音を伴ったそれは丁寧な口調というよりも、感情を一切捨て去った冷酷なただの音声情報という風に聞こえる。

 

「あんたがイスファハンに送りつけてきた手紙だよ。中にメモリ入れて。」

 

 それに対して、達也の口調は上官を上官と思っていないような粗暴なものだった。

 最前線を渡り歩いている兵士の特徴とも言える。

 上官に丁寧な言葉を使えば生き延びられる、というなら幾らでも丁寧に喋ってやる、とは地上空中問わず最前線基地で働く多くの兵士達の言だ。

 

「はい。追加指示内容を記録したメモリカードを送りましたね。それが何か?」

 

「なんで俺の母親の名前を使った? なんでノースアイランド基地のコテージの住所を使った? わざとか? 俺に喧嘩売ってるのか?」

 

「ミズサワ中尉の記憶に強く残っているであろう氏名と住所の組み合わせは、中尉の興味を強く引くであろうと考えられました。万が一にも見落とされると拙いものでしたので、最もインパクトが強いと思われる組み合わせを使用しました。予想通り手紙は無事中尉の元に届き開封されたようで安心しています。」

 

 達也は口を閉じ、正面からこちらを見返してくるフィラレンシア大尉の眼を睨み付ける。

 十三歳で初の殺人を躊躇わず、長く最前線を渡り歩いて命のやりとりを続けた達也の視線は、それなりの感覚を持った者であれば、殺気と呼ぶであろう威圧感を含んでいた。

 それに負けていないのか、或いは全く感じ取っていないのか、大尉は達也の鋭い視線を正面から受け止め、平然と視線を返してくる。

 

 しばらくフィラレンシア大尉の瞳を覗き込み、そこに全くと言って良いほど何の感情の動きも読み取れなかった達也は、一瞬眼を閉じ、視線を下げて溜息を吐いた。

 

「とにかく、あの住所と、母親の名前は止めろ。もう一度やりやがったら、次は開封せずにゴミ箱に捨てることにする。」

 

 もう一度大尉の眼を睨み付けた達也は、低く静かな声で言った。

 

「それは困りますね。諒解しました。」

 

 やはり全く感情の動きを感じさせない表情と声音で彼女は答えた。

 

 

■ 6.2.1

 

 

 僅か数日離れている内に本格的な雪景色へと変わったブレーメン空港のタクシーウェイを、六機のワイヴァーンが縦一列に並んで滑走している。

 前回訪れた時は、周囲の緑地帯に残雪はあったものの、滑走路やエプロンは綺麗に除雪され乾いていた。

 今日は除雪こそされているものの、鈍い色の空の下、本格的に降りしきる雪に視界を邪魔されながら、少し憂鬱な気分で達也は操縦桿を握っていた。

 これから向かおうとしている場所は、ここよりももっと寒いのだ。

 北極海を通り目的地に向かう途中で運悪く敵に出会い、さらに運悪く撃墜されてしまえば、下は雪と氷に閉ざされた人の住まない世界。

 緊急脱出したとしても、その後相当に運が良くなければ生き延びることは出来ないのだ。

 

 複雑にファラゾア勢力圏の入り組んだロシアとシベリアの内陸部を、敵の勢力圏を避けながらジグザグに複雑な航路を飛び抜けていくよりも、直線的な航路が取れる北極海の方が危険が少ないという一般論は理解できる。

 しかし、万が一機体を失う様なことがあればほぼ生き延びることが出来ない極寒の世界を飛び越えていくというのは、南の国で生まれ育ち未だに寒さが苦手な達也にとって、それはまるで落ちれば命の無い地獄か魔界の上を渡された一本の綱を渡っていくような、嫌悪感と不安感を掻き立てるに充分な状況だった。

 

 地上を飛び立った六機は、市街地と田園風景がまだら模様を織りなす風景の上3000mを、空港の周りを旋回しながら編隊を整えた。

 

「BREコントロール。こちらブルーシー(青い盾)ルド01。針路を00に変更する。世話になった。」

 

 いつぞやの食事中にマリニーがバクリウ基地の頃の話を持ち出したので、達也以外の全員一致で、半分冷やかしと悪乗りで付けられた仮コードだった。

 やはり達也以外の全員一致で達也はこの仮編成の中隊のリーダーにされてしまい、ハバロフスク航空基地までこの仮コードを使い続けねばならないのだった。

 その仮編成コードを拒絶する達也をニヤニヤしながら眺めるシベリア派遣組の中で、唯一マリニーだけが憧れのロイヤルガードの青い方と編隊を組めると目を輝かせていた。

 ちなみのそのマリニーは、達也を先頭とする小隊ブルーシールドA1小隊の三番機の位置にいる。二番機は、達也と共にハバロフスクに向かう武藤だ。

 

「ブルーシールド01、針路00。諒解。寒いから厚着して行けよ。グッドラック。」

 

 戦線から遠く離れたこのヨーロッパでは、空港周辺のみに届く程度の微弱な出力ではあるが、空港管制がちゃんと仕事をしている。

 今日のような、厚い雪雲が低く垂れ込めているような天気では、通信用の微弱なレーザーは雲を突き抜けることが出来ない。

 

 進路を北に採った六機は斜めに並んだ二つのデルタ編隊を組み、進路変更後すぐに北海上空に出てユトランド半島の西岸に沿って北極を目指す。

 もっとも北海からユトランド半島に掛けての空は、ここもまた分厚い雪雲に覆われており、地上の様子は肉眼では一切確認することは出来ないのだが。

 六機は、雪雲の上端である高度5000mを維持して、青空の下に広がる雲海の表面をさながら時々白い波を被りながら走破する船団のように、モータージェット巡航速度である500km/h前後の対気速度でゆっくりと北上していく。

 

 ファラゾアの勢力圏からは遠く離れており、前方にGDDの反応は無い。

 針路と高度はオートパイロットに設定してあり、煩雑な操作からは解放されている。

 それでも油断すること無く、達也の視線は前方視野とコンソール上のレンジを最大に広げた戦術マッピングの上を頻繁に往復する。

 GDDが重力推進を探知すれば当然電子音によって警告が鳴るのだが、達也はそれに任せっきりにするつもりは無かった。

 

 ブレーメンを離れて一時間ほどでスカンジナビア半島に到達し、さらに一時間経つとノルウェー海に出た。

 勿論眼下は一面の雲海が夕陽に照らされた茜色一色に染まっており、陸地や海が見える訳では無い。

 夕陽に見えるが実は時刻はちょうど真昼で、太陽が徐々に沈んでいくように見えるのは、達也達六機が北上して徐々に極夜の領域へと進入していっている為であった。

 ノルウェー海に出たところで針路を02へと変更して一路スバールバル諸島を目指す。

 さらに二時間経ち、スバールバル諸島に到達する頃には地上を覆っていた雲も晴れて周囲は完全に暗闇へと変わった。

 薄くたなびく緑色のオーロラのカーテンが舞い踊る闇の下、六機はスバールバル諸島を越えて針路を45に変更した。

 

 北極点近くでは自機の進行によって針路方位がめまぐるしく変わるのだが、流石にその辺りはオートパイロットが巧く処理する。

 南国生まれの達也は、あれだけ嫌悪感を覚えていた足元遙か下方に広がる極低温の氷の世界のことなど忘れて、頭上に広がる緑色のオーロラが明滅しながらゆるりゆるりと形を変えていく(さま)に見蕩れていた。

 

 暗闇の中、眼の前に表示されるHMDのインジケータと、輝度を落としたコンソールや手元のスイッチ類がぼんやりと光り、そこに上空から降り注ぐ刻々と輝度を変え渦巻く緑色の光がコクピットの中に得も言われぬ幻想的な空間を創り出す。

 それは今まさに人類の命運を賭けた熾烈な戦いが行われている事などどこか別の世界の物語で、柔らかな緑色の光と全天に淡く広がる光のカーテンに覆われて、まるで地球と宇宙という優しく暖かい大きな二つの存在に挟まれ包まれて大切に保護されているかのような錯覚と、これまで感じたことの無い心の安寧を達也にもたらしていた。

 

 その安寧を鋭い電子警告音が切り裂いた。

 前方に紫色の円が表示される。

 

「全機アーマメントモードレッド確認。敵だ。ラジオネガティブまま。雲が無い。対地高度1500まで降下する。遅れるな。」

 

 達也はスロットルをフュエルジェットの領域に叩き込み、操縦桿を左に倒して瞬時に左ロールすると闇の中に向けて急激な背面急降下に移った。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 なんかしばらくぶりに飛行機に乗ってます、達也君。

 

 万が一墜ちたらほぼ救助不可能な北極海と、敵味方入り交じって接敵する可能性が高い内陸部と、どっちが安全なのだろう、と今更ながらに。

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[一言] この大尉って地球人じゃないんかね
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