22. 敵の敵は味方
■ 5.22.1
12 January 2045, UNFGHQ (United Nations Forces General HeadQuaers), Strasbourg, France, EU
AD.2045年01月12日、EU連合フランス、ストラスブール、国連軍司令部
奇しくも達也がストラスブールを発ったと同日、昨日まで達也達が詰めていた国連軍司令部の片隅で一つの会議がひっそりと開かれていた。
「・・・以上、これまでのファラゾアの侵攻パターンです。まとめると侵攻の方向性を決定づける最大の要因は、その延長線上に存在する大都市あるいは人口密集地域の数と、現在そこに暮らす人口。これには、難民キャンプ等の非都市圏人口密集地域が含まれます。そして二次的要因は、地球人類側の兵力。もちろん、兵力が多い基地を避ける方向で。三次的要因は他の降下点の勢力圏。他の降下点の勢力圏が近隣に存在する場合、そこに接近し勢力圏を融合させて、地球人類側の勢力圏を分断する方向になります。
「加えてロストホライズン発生のトリガーは、これはあくまで推定ですが、それぞれの拠点における地球人類の在庫数。在庫が無くなったところで、次の素材の獲得に動くものと考えられます。ただし、ロストホライズン発生トリガーはそれだけでは無く、周辺の地球人類側の兵力分布状況と、一定期間内における当該拠点の勢力圏拡張速度も絡んでいるものと推測されていますが、サンプル数、つまりロストホライズン発生件数がそれほど多くない現状ではこれらの二次的要因と思われるキーについて影響度はまだ評価仕切れていないというのが現状です。」
薄暗い部屋の中で、次々と切り替わるプロジェクタ投影図を用いてファラゾアの侵攻パターンの傾向について分析結果を報告しているのは、EUの情報活動センター(EU IntCEN)から、統括している組織ごと国連安全保障理事会付属の国連情報センターに異動し、新たに立ち上げられた対ファラゾア情報局長となったヘンドリック・ケッセルリングであった。
EU IntCENに所属していた頃には、ファラゾア関連情報の中でも特に一般公開できない極秘情報を中心に取り扱う第3班を担当していたヘンドリックであったが、国連の情報センター(UN IntCEN)に移動してから担当することになった対ファラゾア情報局は、EUで担当していた機密情報だけで無くファラゾア関連の情報全てを取り扱う組織であった。
同様のファラゾア関連情報を収集分析する組織は国連軍内部にも情報部という形で存在しており、同業者同士で争うのでは無く、密接に連携してファラゾア関連情報の収集と分析に当たっていた。
国連安全保障理事会と国連軍は、同様の任務を持つ組織がそれぞれに存在することを無駄とは考えず、人類の命運を左右する極めて重要な情報を取り扱う組織を二重化して冗長性を持たせ、それぞれの分析結果を突き合わせることでより高い確度での情報を得ようとしていた。
そしてまさに今、ヘンドリックは国連軍司令部までやってきて、国連軍情報部、および参謀本部からの出席者と共に互いの情報の共有と検討を行っている最中であった。
彼がまだEU IntCENに所属している頃、次々と持ち込まれる墜落したファラゾア戦闘機と、そこから取り出されたヤバいブツの保管に広いスペースが必要となり、彼の担当していたファラゾア対策第3班だけここストラスブールに移転してきた。
その後何を思ったか、国連本部や国連軍司令部などの国連組織が同じくストラスブールに移転してくることとなり、それを機に彼は組織ごと国連へと異動することになったのだった。
敵に関する極めて重要な情報を取り扱う部署をその保持する情報と共に組織ごと国連に転籍させたことで、多くの有用な情報とその情報を収集解析する専門部隊を国連へ提供することとなり、EUは国連への貢献度を大いに稼いだ。
その実本当のところは、ヤバい情報を山の様に抱え、火が付けば甚大な被害をもたらす在庫過剰の火薬庫のようになった彼の組織をさっさと切り離して巧く口車に乗せられた国連に高値で売りつけ、自分たちは危険物から身を遠ざけつつ且つ国連に恩を売ることにも成功したEU首脳部の鮮やかなファインプレイというのが真実だろうと、ヘンドリックは内心皮肉に笑ったものだった。
ヨーロッパという狭い地域の中で数多くの小国に分かれ、ある時は実力をもって、またある時は相手が逃れることの出来ない悪辣な謀略をもって千年以上も脅し合いと化かし合いを続けてきたこの地域の支配階級は、一筋縄でいくものでは無い事を元ドイツ外務省官吏であるヘンドリックはよく理解していた。
「質問宜しいか? ロストホライズンだが。連中の在庫が空になるとロストホライズンに繰り出すというならば、そのロストホライズンを阻止した場合はどうなる? 方針を転換して他方面に突出しようとするのか、あくまで成功するまで繰り返すのか?」
その質問を発したのは、国連軍参謀本部作戦部長のエドゥアルト・クルピチュカだった。ロストホライズン阻止に反応弾を使用する事を強力に推し進めたグループの中心的人物の一人だった。
「ケースバイケースです。他方面に侵出することもあれば、再度同方面に侵出した事もあります。ロストホライズン発生の後、彼等の侵攻を阻止できた事例は現在までに四度しかありませんので、どういう場合にどの様な行動を彼等が採るのか、まだまだ情報不足かとは思います。いずれにしても比較的短期間の内に再度のロストホライズンが実施される傾向にあると言えます。」
「ふむ。まあ、連中も倉庫が空のままじゃ気に入らんだろうからな。再度同じ調達先を当たるか、別の調達先を探すか、という所か。予測精度を上げるためには、もう少し事例が必要、ということだな。」
その通りだが、その為に何人の兵士が死んで、何人の民間人が連れ去られるか判ってるのかこのブタ野郎、とヘンドリックは腹の中で毒づく。
そもそも敵の大規模侵出を阻止するために使用するのは反応弾で、幾ら一昔前のものに較べて「綺麗」になったとは言え、放射性物質が全く出ない訳ではないのだ。
反応弾の放射能に汚染された土地は当然、地球人類にとってしばらくは生存に適さない場所となるのだ。
とは言え、エドゥアルトが言っている事も間違いではない。
従来の人類対人類の戦いのセオリーでは敵の行動を読むことが出来ない、何を考えているのか理解できない敵との戦いでは、敵の動きの予測精度を上げるためには実際に何度も攻撃を仕掛けて敵の反応を見ていくしか手が無いというのもまた事実だった。
その後、出席している面々から幾つかの質問を受けてヘンドリックのパートは終了する。
「ありがとう、ヘンドリック。非常に興味深く、また今からの話題に有用な情報だった。
「さて諸君。ファラゾアの侵攻の方向性を決定づけるファクターに関する今の話を踏まえた上で、本日の話題に移ろう。中国の問題だ。」
国連軍参謀総長のフェリシアン・デルヴァンクールが、ヘンドリックも内容を知らされていないこの会議の議長だった。
議長役を務める者の役職で、その会議の重要性と話題の規模が判る。
国連軍参謀総長が中国に関する話題を話し合おうと云うならば、それは戦略級の話題となるのだろうとヘンドリックは予想する。
対ファラゾア情報局長等といういかにも偉そうな役職に就いてから、この手の会議に引っ張り出されることが多くなった。
「諸君らは良く認識しておられると思うが、一応おさらいしておこうか。
「ファラゾアに対抗する為の軍事行動について、現在は各国軍に指示を出す各国政府と、国連軍に指示を出す国連参謀本部の二つの指示系統が存在する。国連軍から各国軍に直接の指示を出す事が出来ず、有機的な連携の欠如、現場での作戦行動の混乱、場合によっては作戦行動中にお互いがお互いの邪魔になる、などの憂慮すべき事態が度々発生している。
「この問題を解決するため、各国軍の主要部隊は国連軍への派遣部隊として再編成し、各国軍に残された部隊も国連軍からの直接指揮を受ける様に、全地球規模での指示系統統一化に向けて調整中である。
「当然色々な意見や、各国それぞれの都合が数多く出てきておるが、概ね意思統一が出来ている。しかし本指揮権統一に対して根本的に賛同せぬ大国がある。ご存じの通り、中国だ。
「中国共産党政府は指揮権統一も然る事ながら、その先にある連邦政府の樹立と、全軍統合に対して強い警戒心を抱いている。彼等曰く『ヨーロッパ連合の一部国家とロシアによって独裁的かつ利己的に運用されている現在の国連の運営は信用できず、人民解放軍の指揮権を委譲するなど、中国の主権と国益を損なう事に直結する恐れがある』とのことだ。」
そう言ってフェリシアンは会議室の面々を見渡した。
「ユーラシア大陸東部に巨大な領土を持つ中国の存在は、同地域にあるノーラとハミ両降下点の攻略に大きな影響力を持つ。現在中国軍と国連軍および他の各国軍との間の連携は殆ど無く、ハミ降下点への対応は、モンゴル領内に展開した国連軍とロシア軍が対応しているものの、中国との国境が越えられないため有効な手を打つことが出来ない状態にある。
「一方のノーラ降下点については、西方および北方から国連軍とロシア軍が、東方からはロシア軍と日本軍連合部隊が対応し良く抑え込んでいるが、降下点南方は最短わずか150kmほどで中国との国境であり、この空域を使用する作戦行動が殆ど取れない状態にある。」
フェリシアンが手元の端末を操作し、ユーラシア大陸東部の地図と勢力分布図がプロジェクタに表示された。
ハミ(哈密)降下点とは、中国内陸、新疆ウイグル自治区にあるタクラマカン砂漠東端とゴビ砂漠の境界付近にある哈密市から南西方向に約300kmほどの場所を中心に数十のファラゾア地上構造物が展開された地域である。
ハミ降下点周辺に展開する地上構造物の数は、周辺のノーラ降下点、ルードバール降下点などと比べて明らかに多く、巨大な建造物が設置されたアフリカのキブ湖降下点ほどでは無いにしても、重要な機能を持った施設が設置されているものと推測されていた。
ユーラシア大陸のアジア側地域のちょうどど真ん中に形成された降下点であり、西方にはカザフスタン、キルギスなどの中央アジアの国々、また東方には中国の人口密集地域が広がるため、十分な戦力をもって押さえ込まねばならない降下点とされているが、降下点そのものが中国国内にある上、中国が国連軍を含む他国軍の領土内への展開を認めていないため、国連軍として満足のいく対応が全くとれていない頭痛の種のような降下点であった。
一方ノーラ降下点は、シベリアのハバロフスク北東800kmほどの山岳森林地帯にある。
ファラゾア来襲初日に形成された降下点であるが、極東地域を中心にシベリアに展開していたロシア航空宇宙軍および、ロシアに送り出された日本軍の特別支援部隊、また首都北京の北方1000kmしか離れていない場所に降下点が発生したことで危機感を抱いた中国共産党政府が内モンゴル自治区に大量に展開した人民解放軍と、元宗主国からの指示により半ば強制的に派遣させられた統一朝鮮軍によって、結果的にたまたま多国籍軍が形成され、東西と南側に展開したそれらの大部隊により拡張侵攻がよく抑え込まれている降下点である。
いずれの降下点も、中国国内にある、あるいは中国との国境に隣接した地域に存在するため、他国の軍隊が自国領内に入り込むことを嫌う中国の領空に進入することが出来ず、国連軍としては思い切った作戦が展開できない、あるいはほとんど干渉することが出来ない降下点と、その周囲に広がるファラゾア勢力圏となっていた。
また先ほどフェリシアンが触れたように、今後全地球的包括的な戦略立案を目指す国連軍にとって、思い通りの作戦指示が出来ない中国とその周辺に存在するファラゾア降下点二箇所は、手の届かないもどかしい地域であり、また統合的な作戦の展開と遂行に不安を抱える原因となる要素でもあった。
さらに云うならば、軍事力の統合を足掛かりとして、人類の危機に対抗するための全地球的な意思決定機関、従来の国連よりもより力強い統率力を持つ世界政府、即ち地球連邦政府(Earth Federation Government)構想を持つ国連としては、国連の直接的な影響力を拒み続ける中国と統一朝鮮は、すでに根回しが始まっており米国やロシアを始め多くの国々から好感触を得ているこの連邦政府構想の実現に対する最大の障害であるとみなしていた。
中国の軍事的独立性を崩し、国連からの政治的、あるいは国連軍からの軍事的なコントロールを受け付けるように彼らの意識を「改革」していくことが、短期的にも長期的に考えても必要なことであるというのが国連あるいは国連軍内部での共通した認識であった。
「敵の敵は味方、とは中国の諺だったかな。共産党政府にはその意味を再認識する良い機会となるだろう。」
鋭い目つきで皆を見回すフェリシアンの眼が光ったような気がした。
ほらみろ。
こいつらは碌でもないことを考えつきやがるし、えげつない手でも平気で使ってくるような連中なんだ。
俺たちの敵は一体誰だ?
ヘンドリックは変わらず感情のこもらない眼でフェリシアンを見ながら、心の内で舌打ちした。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
この時点ではまだ地球の呼び名が定まっていませんので、構想段階の地球連邦政府は「Earth Federation」です。
この場合の「敵」は誰を指すのか、は、解説しませんが。