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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第五章 LOSTHORIZON
123/405

21. ファーヴニル


■ 5.21.1

 

 

 12 January 2045, MONEC Aerospace Laboratory, Sruhr, Germany, EU

 A.D.2045年01月12日、EU、ドイツ、シュトゥーア、MONEC社航空宇宙ラボ

 

 

 ブレーメン空港にほど近い田園地帯を潰して作られたその研究所兼試験場は、一言で言って圧巻の規模だった。

 広大な敷地には幾つもの大型の建物が大きく間隔を置かれて並び、航空機の部品であろう様々な物を満載したトレーラーやケージを牽引したリフトがその建物の間を走り抜けていく。

 ラボとブレーメン空港は数百mある誘導路で直接繋がっており、必要に応じて試作機はブレーメン空港から空に上がって試験飛行が出来る様になっている。

 そのブレーメン空港も、往時の地方空港から大きく拡張されており、現在は3000m近い滑走路を二本有するそれなりの大型空港へと変貌を遂げていた。

 

 今回国連軍司令部に集められた達也達666TFWの面々は、ほぼ全員がブレーメン郊外にあるMONEC社の開発ラボに陸路で送り込まれた。

 ただ単に社会見学を行う事が目的では無く、近々実戦に投入される予定の新しい形式のエンジンを備えた新型機に触れる機会を得るためと、逆にMONEC社の開発陣に前線で戦うエース達の経験に基づいた情報をもたらす事が目的だと説明された。

 

「燃料が固体?」

 

 新型のエンジン試作機を調整していると説明のあった部屋に入り、白い作業着を着た技術者の説明が始まってしばらくして、666TFWの面々から意味がよく理解出来ないものに対する訝しげな感情の声色を帯びた声が上がった。

 

「はい。そこに積んである白いのが、新たに開発された熱可塑性ポリマー燃料棒(TPFR: ThermoPlastic Fuel Rod)です。」

 

 達也が技術者の指し示す方に視線を移すと、部屋の隅に長さ1mほどの僅かに透明感のある白色の棒が積み上げられているのが見えた。

 

「細かい化学組成や分子構造は省きますが、単位体積当たりの発生熱量で従来のジェット燃料に対して約1.8倍、体積膨張率で2.5倍を達成しています。有り体に言って、燃料搭載量60%で従来と同じ時間飛べ、パワーは約二倍になっています。

「ざっくり言って、例えばF16ヴァイパーの胴体内燃料4000LをこのTPFR六本で賄えます。で、出力は大体倍、と。」

 

 4000Lの燃料がどれ程のものか、全員が感覚で知っていた。

 5KLの小型タンク車が一発でほぼ空になるのがヴァイパーの胴体内タンクだ。

 それがこの1mほどの長さの白い塊たった六つで賄えるとは。

 

「それは凄いな。」

 

「ま、もちろんエンジン性能に左右される訳ですが。なので今、このTPFRに最適化されたエンジンを調整しているという訳です。

「それに、燃料を固体化したことで燃料供給の機構が少々複雑化してしまいましてね。新機構の信頼性を上げるのに、まあちょっと苦労してる、ってトコです。」

 

「それだけ苦労しても、燃料搭載量の問題が解決できるなら充分に価値はある、って事なのかな?」

 

「そうですね。他にも利点があるんですよ。

「コイツ(TPFR)、ポリマー化したことで融点も発火点も上がってますから、幾ら火を点けようとしても簡単には燃えません。プラスチックと同じです。ジェット燃料が可燃性危険物でなくなる恩恵は、相当デカイと思いますよ?

「あと、規格で決まった形状してますんで、補給も早くなるはずです。マガジン型にすれば燃料補給なんて一瞬です。空中給油も楽になりますよ。そもそも空中給油機に燃えやすいヤバい燃料満載で飛ばなくて良いんですから。今まで余り実施されてこなかった、最前線後方での空中給油が出来る様になるかも知れませんね。ま、その辺の運用については、軍の決めることでしょうけど。」

 

 そう言いながら技術者はエンジンの方にまた戻っていく。

 

「エンジン構造の説明をしましょうかね。

「TPFRは、機体内の燃料室に格納されます。一本ずつ燃料供給用チャンバーに送り込まれます。燃料供給用チャンバーには、末端にTPFR分解用のユニット、通称フュエルデコンポーザアンドインジェクタがあって、ここでTPFRは赤外線レーザーで加熱されつつ、紫外線レーザーでポリマーが分解されて低分子量の液体燃料に戻されます。あとは従来のジェットエンジンと同じですね。液体に戻った燃料は燃焼室、つまりジェットエンジンに導入されて、燃焼されます。」

 

 技術者は素人向けに簡単に解説してくれているのだろうが、はっきり言って良く判らない。

 達也達兵士にとっては、途中の工程や機構などはどうでも良く、行動と結果がはっきりしていればそれで良いのだ。

 

 要するに、燃料が固体化した。その結果航続距離が倍近く伸び、パワーも倍になった、ということだ。

 良い事ずくめじゃないか、と達也は思った。

 それを達成するまでのゴチャゴチャとした開発や調整は技術者達の仕事であって、自分達のものではない。

 自分達の仕事は、その性能の良い武器を使って敵を殴りつけ、今まで以上の戦果を得ること。それだけだ。

 

「ジェットエンジンの構造は従来と殆ど一緒です。熱量が高くなった燃料に耐えられる様に、チョイとファラゾアのオーバーテクノロジーを拝借した高耐熱合金を使った程度ですね。

「面倒だったのはTPFRを液体に戻す所の機構ですが、こちらも開発完了しました。試作機での性能確認とトラブルの洗い出しが終わったところです。後は量産するだけ、ですね。」

 

 そう言って技術者は台上に乗せられたむき出しのエンジンを軽く叩いた。

 

「パワーも上がって航続距離も増えて、使う俺達としちゃ願ったり叶ったりてなトコだが、燃料の供給態勢はどうなんだ? どんなに高性能のエンジンでも燃料を入れなけりゃただのハリボテだし、こんな従来の物とは全く違った形の燃料の供給がそんなにすんなりいくとは思えないんだが?」

 

 例の長髪の男が質問した。レイモンドと云う名前らしい、というのは他のメンバーとの会話の中で知った。

 技術者は少し驚いた様に眉を上げた。

 

「良い質問です。前線パイロットにしておくのは惜しいですね。ウチに来てもらって、プロジェクトマネージャでもやって欲しいくらいだ。

「まずはTPFRの量産ですが、原油を精製クラッキングしてC4程度にした炭化水素のアルコールを使用しますが、原料としてジェット燃料も使えます。正確には、ジェット燃料をクラッキングして低級アルコールに戻さなければならないのですが、それはプロセスの問題であって、原料供給に今以上の不安はありません。

「最近はほぼ無尽蔵に電力を使えますからね。問題ありません。」

 

 技術者は再びTPFRが積み上げてある部屋の隅に近付く。

 

「また、TPFRは可燃性ではありますが、ポリプロピレンなどのポリマーよりも発火点は遥かに高いです。通常のプラスチックと同じ様に扱えます。つまり、特別な対策を打たずとも、輸送機でも潜輸でも輸送トラックでも、何を使っても運べるということです。従来のジェット燃料の様に専用のタンクや発火対策、消火設備といった特殊設備など必要無いのです。

「どうです? かなり先行き明るいでしょう?」

 

 積み上げてあるTPFRを指先でコンコンと叩きながら技術者は笑った。

 

「さて。こんな理屈ばっかり聞かされてても面白くないでしょう? パイロットの皆さんには、『飛ばしてナンボ』ってトコだと思いますので。実際に飛ばしてもらいます。試作機は空港の方に用意してあります。こっちです。」

 

 そう言って技術者はエンジンの試験を行っているのであろうその部屋のドアを開け、外に出た。

 外には小型のバスが駐まっており、666TFWの全員が乗り込むとすぐに発車した。

 バスは研究施設の間の広い通路を抜け、誘導路と思しき場所に出る。そのまま誘導路に沿って走り続ける。

 誘導路上はほぼ完全に除雪されているが、その周りには20cmほどの雪が残っていた。

 雪の積もった野原、とでも言うべき風景の中をゆっくりとバスで走っていると、余りののどかさにここがどこであるかを忘れてしまいそうになる。

 達也は久しぶりの雪景色に見蕩れ、ずっと窓から外を眺めていた。

 

 パラパラと駐機中の機体の姿が確認できるブレーメン空港のエプロンには、達也達のために二機の試作機が用意されていた。

 先ほどの技術者とは異なり、ツナギの作業着を着た男が機体の脇で達也達が乗ったバスが停まるのを待っていた。

 その男と同じツナギを着た整備員が何人も、試作機の周りで作業している。

 

「この機体が最終試作機です。ハードウェア的にはほぼ量産機と同じと思って戴いてOKです。NFAS-21-SHY3N ペガサス(PEGASUS)です。」

 

 いかにも試作機と云った無塗装の外装を持ちつつ、戦線に投入される量産機とは異なり機体のあちこちに沢山のマーキングを塗られたその機体は、高翼型の構造を持ち、主翼先端の1/4程が下に折れ曲がる特徴的な外観を持っていた。

 ほぼ同じ形状の四枚の尾翼は、機体からX字を成す様に突き出している。

 コクピットのすぐ後ろ両側に大きく開いた空気導入口の脇に設けられた、少し仰角を付けられたカナード翼が目を引く。

 

「まず簡単に機体全体の説明をします。

「この機体が従来の機体と大きく異なる点は、固体燃料ジェットエンジン(Solid-Jet:S-Jet)を使用している点です。燃料の形態が異なるだけで、他は足回りに大きな変更はありません。核融合リアクタによるパワー供給があり、モータージェット、フュエルジェット、リヒートの三モードを持っています。

「燃料補給は機体下部からです。現在はTPFRを一本ずつ手作業でロードしていますが、将来的にはオートローダー化、或いはマガジン化して燃料補給の迅速化と省力化を考えています。

「尾翼は四枚あります。形式上、上二枚を垂直尾翼、下二枚を水平尾翼と呼んでいますが、実際は四枚一組でエレベータとラダーの役割をこなします。」

 

 その後も、機体の周りを回りながら新型機の説明が続いた。

 説明している男は、整備員と同じツナギを着てはいるもののどうやら技術者の様だった。

 

「さて。説明はこの辺りにして、実際に飛ばして戴きましょう。機体の準備は完了しています。そこのトレーラーの中に更衣室もありますので、そちらでフライトスーツに着替えて下さい。待っている間寒いので、トレーラーの後ろ側のドアから中に入ると、簡単な控え室になっていて暖が取れる様になっています。必要に応じてご利用下さい。

「ああそれと。今回の試験飛行は『機種転換習熟飛行』の名目で許可を得ています。くれぐれも、無茶な飛ばし方はしないで下さいね。」

 

 技術者が一通りの説明を終え、実際に機体を飛ばすという流れになったところで達也は技術者に訊いた。

 

「エプロンの反対に止まってるあの機体は何だ? さらに新型機か?」

 

 その機体は、いかにも開発途中という雰囲気と形状をしており、よく目立った。

 バスに揺られ、ブレーメン空港のエプロンに到着したときから、エプロンの端に駐機しているその機体が達也は気になって仕方が無かった。

 明るいグレイに塗装されたボディに、機首と主翼や尾翼の先端1/3ほどが赤く塗られている。

 そしてなによりも、二機のジェットエンジンの間に挟まれた、機体尾部の赤く塗られた巨大なユニットがよく目立った。

 航空機用の核融合リアクタはすでに開発され実用化されている。

 となると、その目立つユニットはさらに新たに開発されている最中の何か、ということになる。

 

「なかなか目敏いですね。さすがパイロットというべきかな。ファーヴニル。人工重力発生器を搭載した試験機ですよ。」

 

「人工重力? ファラゾアの戦闘機が使ってる推進か?」

 

「ええ、まあそうなんですけれどね。実際の所まだまだ全然です。まだちゃんと飛ぶことさえ出来ない。」

 

 達也は数名の整備員が機体の周りを走り回っているその機体を眺めた。

 あの機体がいつか飛ぶ日が来れば、ファラゾアとの戦いをより有利に進めることが出来るようになるのだろうか。

 達也がファーヴニルと呼ばれたその試作機を注視している間に、技術者は達也の側を離れて試験飛行の順番争いの交通整理へと戻っていった。

 

 試験飛行には、ジェインと、レイモンドと名乗った長髪の男が最初に乗ることとなって共に更衣室に消えていった。

 残された達也達は、言われたとおりトレーラーの後部に設えられた人が出入りするための大きさのドアを開け、控え室に入った。

 中は案外に居心地の良い作りで、椅子やソファが置いてあり、ドリンクサーバまで据え付けられていた。

 壁に窓も設けてあり、外の空港の様子がよく見えた。

 

「乗るか?」

 

 達也が一人がけのソファの一つに腰を下ろすと、隣に座った武藤が訊いてきた。

 

「いや、必要ないだろ。従来機との違いが無いことを確認しろとの話だった。違いが無いなら乗る必要も無い。技術者たちの口ぶりから、従来機と操作性に違いが無いことについてはかなり自信がありそうだった。なら問題無いだろう。」

 

 朝一番から見学を行っているが、もう昼前の時間だった。実質あと四時間と云ったところだろう。たった二機の試作機では三人ずつ六人乗れれば良いところだ。

 

「お前は何でもいきなり乗りこなしちまう奴だしな。」

 

 サンディエゴで、ろくなレクチャーも受けずにいきなり凄風に乗ったことを武藤が指して言っているのだろう事は想像が付いた。

 

「フライトシムをやってるとな。それくらいの芸当は出来るようになる。」

 

「フライトシム? 訓練兵の時に散々やらされるやつか? あれにそんなメニューあったか?」

 

「違う。ゲームだよ。ステージが進むと乗ったことも無い機体を選ばなきゃならん様な設定が必ずある。」

 

「ゲームかよ。ゲームとマジな戦闘機は全然違うぜ。無茶言うな。」

 

「異なる操作性に素早く慣れなきゃならん、ってトコは同じさ。操作が少々複雑で、旋回すると本当にGがかかるって位の差しか無い。」

 

「そんなわきゃねえだろ。その程度の差なら、ゲーマーはみんなエースパイロットだ。絶対違う。やっぱお前、おかしいわ。」

 

 武藤は呆れ顔で達也を見ている。達也はそれに苦笑いで返す。

 

「そうかな。そう馬鹿にしたもんでも無いんだがな。ゲームの知識と経験は、思ったより案外役に立つ。というより、戦争前のその手のゲームは、それくらいリアルだった。」

 

 実物を触ったことも無いアサルトライフルをいきなり撃った時もそうだった。

 そのアサルトライフルを持って反政府ゲリラが立てこもる廃屋に突入したのも、今まで何度もやったことがある、セオリーをよく知っている行動だと思っていたからこそ実際に行動に移す勇気を持つことが出来た。

 

 そのセオリーを知っているから、訓練兵の時に教官が目を丸くするスコアを叩き出した。

 新兵で配属された後も、基本的にはその延長だった。

 そして今に至るのだ。

 

 その後も武藤や、知り合ったばかりの他の部隊員と情報交換などで談笑しながら過ごす。

 次々と皆が試作機の試乗を行う中、結局達也は試乗しなかった。

 試乗から戻って来た者は皆口を揃えて「操作性に差は無い」と言った。

 操作性に差が無いことが分かっているなら試乗などする必要は無い、と達也は改めて思った。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ブレーメンにしてしまったからこのままブレーメンで行こうと思いますが、シュツットガルトの方が良かったかなー、とか思ってます。

 なんか、ヴェーザー川流域ばっか出ててスミマセン。


 航空関係のラボって、某F15のエンジンを作ってるトコのしか見たことが無くて、今ひとつ想像が追い付きません。

 下手に現代に近いのでリアリティーを気にしなくちゃならなくて、もう少し時代が進むとやりたい放題になるんですけどねえ。(笑)

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― 新着の感想 ―
[良い点] もう、面白くて、夜空、無能な軍師、接触、と暇を見つけながら1か月程で一気に読んでしまいました。  投稿小説では貴重なハードSF寄り本格SFありがとうございます。 [気になる点] 「接触」で…
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