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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第五章 LOSTHORIZON
122/405

20. Restaurant 'Debit de la Bruche'


■ 5.20.1

 

 

 夕暮れ時。

 達也は再び武藤と共に車に乗り、ストラスブール旧市街へと向かっていた。

 

 今夜の宿は国連軍の宿泊施設では無く、旧市街の外れに建つ民間のホテルが予約されていたことと、フィラレンシア大尉の微妙に肩が凝り、また別の意味でも消耗するプレゼンテーションを午後いっぱい聞かされて疲れた頭を充分癒やすために、武藤と相談して郊外にある田舎風のレストランで食事をしようと云うことになったのだ。

 どうやら達也達第666戦術航空団のメンバーを一般の将兵と同じ宿に宿泊させることは宜しくないと判断された様だった。

 司令部から少し離れた宿に向かうついでに、途中で美味いフランス料理を楽しんでいこうじゃないか、というのは武藤の発案だった。

 武藤は再び持ち前の性格を遺憾なく発揮し、666th TFWの航空団事務所(WHQ)で働くまた別の女性兵士から、この地方の田舎料理を出す良いレストランの場所を聞き出していた。

 

 夕暮れの田園風景の中、国連軍司令部から続く国道を十五分ほど車で走った所にあるこんもりとした小さな森の畔にそのレストランは建っていた。

 レストランの名前であろう、Debit de la Bruche(ブリュシュの流れ)と書かれたアーチをくぐると、建物の前に確保された駐車場には既に二十台ほどの車が駐まっていた。

 達也はアーチを抜けた入口のすぐ脇にスペースを見つけて車を駐めた。

 黄色みがかった漆喰の外壁を、木材を組み合わせて細かく区切り強度を上げた構造のこの地方独特の外観の建物に近付き、木製の開き戸を開けると、中から食事時の食器や話し声の音と共に空腹を直撃する料理の良い匂いが漂い出してきた。

 

 入り口を入ってすぐ左手にコンシェルジュデスクがあり、黒服を着たコンシェルジュがようこそと二人に微笑む。

 武藤が予約の名前を告げコートを預けると、人懐こそうな笑顔を浮かべたコンシェルジュが二人を先導してレストランの中に向けて歩き始めた。

 コンシェルジュが背中を向けた後、達也は思わず自分の服装を確認した。

 武藤の事だからカジュアルなレストランだと思い込んでおり、まさかコンシェルジュがいるような所とは思わなかった。

 大丈夫だ。勲章をズラズラと並べて着けておらずとも、軍服は礼装として認められている。ドレスコードに問題は無いはずだった。

 

 人々が談笑しながら食事を楽しんでいるフロアは、ほとんどのテーブルがすでに埋まっているようだった。

 見たところ、男女を問わず軍服が全体の四割、残りの六割の約半分がビジネススーツで、残る半分がディナーの格好をした男女のグループと云ったところか。

 コンシェルジュはフロアの奥に向かって歩いて行く。

 武藤と男二人だ。多分奥の壁際のテーブルに案内されるのだろうと達也は見当をつけた。

 女連れの略礼装では無くとも、軍服を着ている分にはそれほど悪い扱いでは無いだろう。少なくともビジネススーツよりはましな筈だ。

 

「よう。お前らもここで晩飯か?」

 

 コンシェルジュの後ろに付いてフロアの奥に向かって歩いていく途中、武藤が立ち止まり軍服の女四人のテーブルに声をかけた。

 見れば、昼間見かけた顔だった。

 例の車庫で騒いでいた女三人組と、あと一人はプレゼンテーションの途中何度か質問をしていた、アジア系の黒髪丸眼鏡の女だ。

 

「ここ、ミレイユに聞いたんでしょ? 彼女のイチオシだからね。叔父さんがオーナーなんだって。」

 

「当たりだ。飯は? まだか?」

 

「ワインを待ってるところ。まだよ。」

 

「ここ、良いか? もう一人いるんだが。」

 

「構わないわよ。昼間見かけた顔ね?」

 

 武藤が立ち止まったことに気づき、足を止めこちらに向き直って笑顔で待機しているコンシェルジュに、このテーブルに合流することを告げて席に座る。

 コンシェルジュは畏まりましたと一礼し、去って行った。

 六人掛けのテーブルは、達也と武藤が座ったことで全ての席が埋まった。

 

「さて、そちらのお嬢さんは俺も初めましてだな。トヨナリ・ムトウ(武藤豊成)だ。日本人だ。この間までカザフスタンに居た。」

 

「タツヤ・ミズサワ(水沢達也)だ。一応、日本人だ。クリスマスはホルムズ海峡だった。」

 

「ジェイン・マクグリン。ニューヨーク出身よ。二日前までアルハンゲリスクに居たわ。ここは暖かくて良いわね。」

 

 ジェインと名乗ったのは、昼間車庫で大騒ぎし、プレゼンテーションの最中に椅子のサイドテーブルを殴りつけていたあの金髪だった。

 

「サミ・イルマ(入間沙美)。日本人よ。私もアルハンゲリスク。」

 

 昼間車庫でジェインを後席に蹴り込み、発車して加速する車から非常識な挨拶を寄越したのが彼女だった。

 

「アナスタシア・ヤストレムスカ。ナーシャで良いわ。ポーランド。この二人と同じ。」

 

 同じく車庫で、運転席に乗り込んだのが彼女だ。

 

「マリニー・トンダンプラスート。タイ人。サイゴンに比べるとずいぶん寒いわ。」

 

 最後に、黒髪の丸眼鏡。

 

「日本人率高いわね。」

 

 とジェインが笑う。

 

「日本は今や物資人員共に軍事輸出国家だからな。世界中どこに行っても大概日本人のパイロットを見かける。戦争が始まってすぐ極東地域で大量の支援部隊を出したのが始まりだ。今じゃ殆ど傭兵国家だ。」

 

 メニュー越しに武藤が答えた。

 

「逆にアメリカ人は全然見かけないもんね。戦争前はあれだけ世界中に蔓延ってたのに。」

 

「仕方ないさ。国内があの状態で、南北と西の三方を降下地点に挟まれてちゃな。他人ん家の世話を焼いてる暇など無かろうさ。

「ところでお前達何頼んだ?」

 

「皆一緒。シェフの本日のお勧めコース。ワインは・・・なんだっけ? ナーシャがなんか選んでたけど。」

 

「シャトー・オー・ブリオンの2032年。追加する?」

 

「張り込んだな。いや、ブルゴーニュにしよう。シャルドネで良いか? ピエール・グルベール。2040年だが。」

 

「良いんじゃない? あっさりめの好きよ。」

 

 ナーシャと武藤が達也の知らない言葉を喋っている。

 武藤がそれ程ワインに詳しいことに達也は驚き、武藤を見た。

 色々と見かけによらない奴だ、と思った。

 

「なんだよ? 俺がワインを頼むのがそんなに意外か? 気に入った娘を夕食に誘うのに最低限の知識は必要だろう? 格好付かないぜ。」

 

 入間とジェインがそれを聞いて肩を竦めて笑っている。

 どうやらアメリカ文化圏の女達はそうでもないらしい。

 

「ねえ、タツヤ。クリスマスはホルムズ海峡って、アレあんたなの?」

 

 料理とワインの追加オーダーが終わった後、ジェインが興味津々という風に達也に聞いてきた。

 このテーブルに居るのは全員が666TFWのパイロット達だ。

 隣のテーブルに聞き耳を立てられることを注意すれば、大概の話題は喋ることが出来る。

 

「ああ。俺だ。イレギュラーだらけでね。参ったよ。」

 

 ジェインが言っている「アレ」とは、ファラゾアの侵攻を食い止めた四発の反応弾のことだろう。

 達也は苦笑しながら肯定した。

 

「あんたなのね。何でも単機で敵五百機と大立ち回りを演じた挙げ句、最後には敵一万機の中に真っ直ぐ突っ込んでって生きて帰ってきた、って噂になってるわよ。ホントなの?」

 

 酷い尾鰭背鰭の付いた話だった。

 達也は苦笑いを続けたまま否定した。

 

「それは話を盛りすぎだ。実際は一万機の大群に向けて撃ち込んだ後すぐに尻尾を巻いて逃げ出して、送り狼で出てきた敵五百機に追い立てられて逃げ回ってただけだ。対岸からカバーに出てきてくれた味方百機がいなかったらヤバかった。」

 

「あ、やっぱりかなり誇張されてるのね。幾ら666TFWのパイロットでも一万機を相手にするとか無理でしょ、って思ったのよ。五百機だって異常だわ。」

 

 ジェインが少し肩の力が抜けた風な笑顔で言った。

 職業柄最大の関心事でもあり、また自分達も同じ内容の戦いを求められている為、そのテーブルに座った皆がジェインと達也の間で交わされる会話を聞いていた。

 

「いやそれがな。あながち誇張じゃねえんだわ、コイツの化け物具合。」

 

 ソムリエから渡されたテイスティンググラスをテーブルに置き、武藤が言う。

 軽く微笑んだソムリエが、ブルゴーニュ産の白ワインをグラスに注いでいく。

 

「誇張じゃ無い? 一万機と戦える?」

 

 ナーシャが隣り合って座る武藤と達也を見比べながら言った。

 

「一万機は知らねえがな。『サンディエゴ湾の戦い』って知ってるだろ? あれやらかしたのコイツだからな。」

 

「サンディエゴ・・・サンディエゴ湾にラパスから千機のファラゾアが攻め込んできて、ノースアイランド基地が攻撃された件ね。航空隊の八割近くが撃破されつつ、かろうじて敵を押し戻したんでしょ? その生き残り、ってこと? やるわね。」

 

「正確には少し違う。八百機以上のファラゾアに攻め込まれて、二百機以上居た航空隊の八割がやられた。その後で上がって、独りで二百機もの敵を叩き墜として敵を追い返したのが、コイツだ。」

 

「お前も居ただろ?」

 

「うっそ。話盛りすぎなんじゃないの?」

 

「盛り過ぎなもんか。俺もその場に居たんだ。」

 

「だからお前も一緒だっただろ。それに二百も墜としてない。百八十だ。」

 

「二百も百八十も変わるかよ。ちなみのその時の俺のスコアは八十五だ。俺の方が全然先に上がってたのにな。」

 

「いや、千機に囲まれて八十五機も墜とせるのも充分おかしいのよ? 普通は生き延びることなんて出来ないし、私達でさえ何とか生き延びて、何機か墜とせればラッキーって感じよ?」

 

 沙美が話の脇から、あまりに非常識な数字が連続する事が堪らないとばかりに口を出した。

 

「そういうヤツなんだよ、コイツは。一緒に飛んでたら、前後左右上下全方向に眼が付いてるんじゃねえか、って動きをしやがる。そもそもファラゾアに後ろをとられる前に避けるしな。生まれつき内蔵GDDでも持ってんのか、エスパーかニュータイプかって位に。」

 

「この部隊、非常識なスコアのエース揃いって聞いてるけど、それがホントなら群を抜いてるわね。」

 

「そもそもコイツ、イスパニョーラの生き残りだし。」

 

「なにそれ? あの作戦の生存率は10%切ってたでしょ? 全力出撃したところにファラゾアの艦砲射撃と、やけっぱちになったサム叔父さん秘蔵の辛口クラッカー(Hot Cracker = 熱核融合弾)をご馳走されて、部隊は全滅したって聞いたけど? たまたま補給に帰ってたとか?」

 

 ジェインが眉を顰め、武藤から達也に視線を移す。

 補給に帰っていたのは父親だった。

 あれから随分時間も経ち、精神的な障害も克服し自分の中でも完全に割り切れているので、今更もう誰が何を言おうと気にもならないが、それでもその名は達也の中に苦い記憶を呼び起こす。

 目の前で爆散するヴァイパー、手の届かない核の炎の中に消えていく父親。

 そして死体安置所で白い布を掛けられた、頬に擦過傷の痕が残る白く血の気の無いパトリシアの顔。

 触れると、まるで人形のように冷たく硬い、血の気を失った唇。

 いつも明るく笑っていたあの唇は冷たく乾いてもう二度と開くことは無く、よく動く悪戯っぽい光を湛えたあの瞳がこちらを見ることももう無い。

 もう手が届かないもの。触れることさえ出来ないもの。ただの記憶。

 そう、すでにただの記憶。の筈だ。

 

 気付くとテーブルの全員が口を閉じ自分を見ていることに、記憶の世界から意識を戻した達也は少し驚いた。

 

「どうした?」

 

 少し怪訝な表情を浮かべ、達也は全員を見回した。

 一人黙って記憶の海に潜ってしまうのは場にそぐわなかったかと、少し気まずく感じる。

 

「いえ。ごめんなさい。誰しも思い出したくない事の一つや二つ、あるわよね。」

 

 そう言ってジェインが心の底から申し訳なさそうな顔をする。

 もう気にしていないのだがな、と達也が曖昧な笑みを浮かべたところで、隣に座っているマリニーが口を開いた。

 

「ねえ。一つだけ。貴方、ブルーなの? ロイヤルガードの青い方(Blue Royal Guard)って、貴方のことじゃないの?」

 

 そう言ってまっすぐに達也を見る。

 そういえばあの女もこんな黒く艶やかな瞳の色をしていたっけな、と、距離が近いため余計に大きく見える眼鏡の向こう側のマリニーの眼を見た。

 そう言えばこの女は最近までサイゴンにいたと言っていたか。

 

「懐かしい名前を聞いたな。バクリウはまだ健在か?」

 

「やっぱりそうなのね。バクリウ基地は今も最前線で、貴方たちデルタサーカスの残した記録は、今も抜かれずずっと歴代一位を保ったままよ。」

 

「デルタサーカス?」

 

 少しばかり興奮したマリニーの言葉に、珍しくナーシャが反応した。

 

「ベトナム、バクリウ基地所属の4287TFSのB1小隊。通称デルタサーカス。当時まだ誰もやっていなかった、デルタ編隊での格闘戦を一番最初にやり始めて、未だ誰も抜くことの出来ない撃墜成績を残した、ほぼ伝説の小隊。まるで舞い踊るように次から次へと敵を撃墜していく姿に、付いた小隊コードネームがデルタサーカス。アイランドタイトロープ作戦で4287TFSは全滅したけれど、デルタサーカスの一機だけはかろうじて生き残ったって聞いてた。タツヤって名前の日本人だって聞いてたけれど、やっぱり貴方なのね。」

 

 一気にまくし立てるマリニーの説明に、少し照れたように笑う達也。

 まるで物語のヒーローのように祭り上げられるのはどうにも居心地の悪い思いだった。

 

「皆の憧れなのよ。私も、生きているなら一度会ってみたいと思ってた。」

 

「お前、他にも似たようなことやってたのかよ。いつの話だよそれ。」

 

 と、半ばあきれ顔の武藤。

 

「一小隊が一日で二百四十三機の記録が打ち立てられたのは、2039年7月。」

 

 マリニーが相変わらず熱のこもった口調で言う。

 どうやら彼女が「憧れていた」と言ったのは本当のようだった。その記録が打ち立てられたのがいつだったか、達也自身でさえもう覚えていなかった。

 

「六年前? レーザー砲なんて無い頃だよな。三機で二百四十三機なんてどうやって落とすんだ? そもそも達也、お前今何歳だ?」

 

 横に座る武藤が、驚いた様な呆れ果てた様な顔で達也を見る。

 

「カリマンタン島から海を越えてすぐの、本当の最前線基地でな。一日二回出撃なんてザラだった。あの日は確か、夜が明ける前に出撃して、一度補給に戻ってまた出撃して。もう無いだろうと思ってたら、昼からまた行けと言われたんだ。三回も交戦すれば、それくらいの撃墜数にはなる。」

 

「しかも新兵で初めての配属先だったって聞いているけど?」

 

「新兵? で、その記録? マジか。やっぱコイツイカレてるわ。」

 

「あそこじゃ初日から酷い目に遭った。」

 

 前菜が運ばれてきて、食事が始まってもまだ次々に質問が飛んできて、達也が話を終えることは出来なかった。

 

 ファラゾアが攻めてきて、この戦争が始まってから誰もが不幸を山ほど抱え込んで、自分の身の上に起こった不幸など、どこにでも転がっているありふれた話だと思っていた。

 誰もが色々な過去を抱えて、文字通り命を掛けて戦っているのだと思っていた。

 だから自分の境遇と、他人を較べたこともなかった。較べようとも思わなかった。

 

 だがどうやらこれまで自分が辿ってきた道は、世界中他に幾らでも居るだろう不幸な過去を持った奴等と、同じく幾らでも居るだろう命を含めて自分の全てを掛けてファラゾアと戦っている連中と較べても、随分ハードモードだったらしいと、この日達也は初めて気付いた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 珍しく会話だらけの回を作ってみました。

 軍服(制服)は略礼装扱いだったと思いますが、違ったかな。

 同じ降下地点のない国でも、極東の島国である日本と、他と地続きのヨーロッパでは、生活の余裕が違います。

 それが、日本が潜輸を大増産している理由であり、国連や国連軍の本部がヨーロッパにある理由でもあります。

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