19. 戦略的物資調達
■ 5.19.1
本日二つ目、かつ特大の爆弾投下に部屋の中の空気が凍る。
フィラレンシア大尉が口にした言葉は単純明快だったが、あまりに衝撃的で、皆瞬時には理解できていなかった。
否。
理解はしたが、衝撃的事実に思考が凍り付いた、あるいは飲み込むのを拒否したと云う方が正しいかもしれない。
「どういうこと? 奴らに捕まって、生きたまま解剖されるってこと? 脳だけ抜いてくっての? そんなの、なんで知ってるのよ? イヤよそんなの! 何とかならないの?」
先ほども発言していた金髪の女が、半ば叫ぶようにして大尉に噛みつく。
達也は何も言葉を発さなかったが、冷たく剣呑な眼で大尉を見ていた。
他の隊員たちも似たようなものだった。
「順にお答えしましょう。生きたまま解剖される、その通りです。彼らは死んだ脳には用は無いでしょう。脳だけ抜いていく、という点について、『抜いていく』という表現が正確かどうかはともかく、脳だけを持ち去っているのはほぼ確実と思われます。必要なのは脳であり、それ以外の器官は不用である為廃棄されているものと推察されています。
「なぜ知っているか? それを今からお話しします。」
そう言って大尉はプロジェクタの画像を再び切り替えた。
新しいページには、この場に居合わせる誰もがよく知っているファラゾアの戦闘機、通称クイッカーが大写しになっている。
どこかの研究室か何かで撮影された画像らしく、清潔で片付いた大部屋の中に、撃墜されたものを回収してきたのであろう、あちこちが凹み破壊されたクイッカーが一機静置されていた。
「これが何かは説明するまでも無いと思います。ファラゾア戦闘機の約70%を占める、最もポピュラーな機体、クイッカーです。すでに理解しておられると思いますが、彼らが保有している高度な科学技術を模倣し獲得するためにファラゾア来襲当初から、撃墜され地上に墜ちた彼らの機体は各国の陸軍部隊によって回収され、国連あるいは各国政府の指導の下分解解析されてきました。」
プロジェクタ画像がさらに切り替わり、外装を取り外されたクイッカー、内部がむき出しになったクイッカーに何人もの人間がとりついて分解作業を行っているところ、ほぼすべての内部部品を取り外されて床に並べられ、本体はフレームだけとなった状態の写真へと次々と切り替わる。
「我々が特に注目していたのは、彼らの動力と推進機構です。これらについて集中的に解析を行った結果、地球人類は数十年から数百年分の技術的飛躍を遂げ、小型の熱核融合炉や、重力制御技術を手に入れるに至りました。皆さんが敵を攻撃する際に主に使用するレーザー砲も、我々地球人類が独自に開発したものに対してさらにファラゾアの技術を導入して、威力やエネルギー効率を大きく向上したものです。」
先ほど発言した金髪の女が、プロジェクタ画像を睨み付けるように見ている。
その表情は、知りたい事の説明がなかなか始まらないために焦れているようにも見える。
「そのような分解解析作業の中、ファラゾアの戦闘機には動力や推進装置の他に重要なユニットが二つ搭載されていることが判明しました。
「一つは、機体を制御するための演算装置。我々地球人類の戦闘機で云うところのアビオニクスに相当するものです。
「そしてもう一つは、生体演算装置。球に近い形状をしているそのユニットの中には有機物が、具体的には生物の脳が格納されていることが明らかとなりました。」
プロジェクタ画像が切り替わった。
クイッカーの中から取り出される、幾つもの配管が接続された鈍い銀色の歪な球状のユニット。
機体から完全に引き出され、作業台のようなものの上に置かれたそのユニット。
次の写真には、まるでココナツかあるいは茹でた卵のように上部が切り取られたそのユニットが写っており、切断部からユニットの中を覗き込むとそこには明灰色をした動物の脳とおぼしき物体が、わずかに白濁した液体の中に顔を覗かせているのが見て取れた。
さらに次の写真では取り出されたその明灰色の脳が、また別の透明な容器の中に入れられ、生体標本のように液の中に浮いていた。
同じような透明の容器の中に浮かんだ脳が、整理棚のような所に何十個も並べられているのがその次の写真だった。
その一連の画像を見せられ、さすがに吐き戻すような者はいなかったが、部屋の中にいる全員が眉を顰め眉間に皺を寄せ、明らかな嫌悪の表情を強く浮かべて生理的な拒絶感を与える画像が次々と表示されるスクリーンを睨み付けていた。
「今ご覧に入れた画像は全て、ファラゾア戦闘機から取り出されたものです。戦闘機一機につき必ず一個、このように脳が組み込まれています。これまでに分解された敵戦闘機には我々人類の脳が組み込まれたものは見つかっていませんが、この地球上のものでは無い数十の異なる生物種の脳が使用されていることが確認されています。」
誰もが嫌悪感を抱くであろう画像をバックに、フィラレンシア大尉は話し続ける。
「数十の異なる生物種が確認されていると云うことは、即ち、ファラゾアは数十の星でここ地球で行っていると同じようにそれぞれの星の原住生物の脳を取り出し、その脳を利用して彼らの戦闘機を製造しているものと推察されます。そして同じように、彼らに捕獲された我々人類の脳は摘出され、彼らの戦闘機に組み込まれ、彼らの戦いに投入されて消費されているものと考えられます。」
部屋の中の空気は、凍り付くような冷たく重いものから、暗く激しい怒りが放電するかのような、あきらかに険悪で物騒な雰囲気に完全に置き換わっていた。
「以上が、ファラゾアが地球にやってきた目的が我々地球人類の脳を採取する為であると結論した事の理由、そしてファラゾアが我々人類を殺さず優しく扱っている様に見えるとした事の理由です。
「早い話が、彼らにとって我々地球人類は家畜、あるいは戦闘機の部品を調達するための生物資源という事であり、そして地球という星は彼らが戦闘機の部品を取り出すためのヒトという家畜を飼っておくための牧場である、ということです。」
凶悪なプロジェクタ映像の光をその眼鏡に冷たく反射させながら、フィラレンシア大尉は居合わす全員の怒りの炎に油を注ぎ込むような情報を無感情に言い切って、そして皆の反応を確かめるかのようにその冷たい視線で部屋を見回した。
ブラウンの髪の長髪で、この暗い室内でなおティアドロップ型のサングラスを外さない男が皮肉に嗤いながら口を開いた。
「優しい侵略者が俺達の身の安全に気を遣ってくれるという心温まる話に嬉し涙が溢れんばかりなんだが、脳ミソ採った後の身体の方はどうしてるんだ? 連中の拠点の周りに頭の無い死体が山になっているとかだと、色々気が滅入る話なんだが?」
「ファラゾアは物質転換器を持っていると推察されています。それがあれば幾らでも処分は可能でしょう。ただ、脳を取り去った後の人間の身体ですので、物質転換するよりも構成有機物程度のレベルにまで分解し、クローニングの素材に用いる、或いは採取した脳を生かしておくための栄養分として用いる方が効率的でしょう。」
「つまり、脳ミソだけにされた上に、自分や友人の身体を食わされて生きながらえさせられる、ってことか。廃棄物を出さない地球に優しい技術も、こうなるとなかなかホラーな話だな。」
長髪サングラスが歯を見せて唇を歪めて嗤う。
椅子に備え付けの小さなサイドテーブルを力任せに殴った破裂音が、言葉の止まった静かな室内に響く。
「フザケル・・・ナ。」
歯が砕けるのではないかとばかりに食い縛り、怒りが吹き出してくる様な鋭く凶悪な目つきでスクリーンの画像を睨み付け、叩き付けた拳を怒りに震わせながら先ほどの金髪の女が、きつく食い縛った歯の隙間から吐き出す様に低く強く呟くのが聞こえた。
フィラレンシア大尉が、わざとこちらの怒りを煽る様な言葉を選び、苛立ちを掻き立てる様に感情を込めず話したのは明らかだった。
達也は冷たく皮肉な嗤いを口許に貼り付け、しかしやはり怒りのこもった鋭い目つきで、スクリーンに投影された、どこか知らない遙か彼方の異星に住んでいたのであろう、異星人の脳が詰まった大量の容器を睨み付ける。
明確に怒りを露わにするか、冷たく切り裂く様な目つきで睨み付けるか、その差はあれども部屋の中に居る全員が皆、同様の反応を示していた。
大尉の話し方は、こちらの怒りを煽り戦いに対する強い動機付けをするために仕組まれたものだろう。
しかしそんな事はどうでも良かった。
どの様な伝え方をされようとも、家族友人恋人を殺され、故郷を破壊され追われた者にとって、その内容は未来永劫静めることなど出来ない強烈な怒りを引き起こすに充分なものだった。
「戦いに投入される、と言ったな? それは地球人の脳を使ったクイッカーが俺達を攻撃してくる、って事か?」
先に口を開いていた金髪のロン毛が再び大尉に質問する。
「可能性として充分に考えられます。が、現在までの所地球人の脳を使用したファラゾア戦闘機は地球上で確認できていません。」
「否定できる根拠は? もう二十億も収穫して持ってったんだろ? 倉庫に積んどく数じゃないぜ?」
「一つには、今までに撃墜された敵機から地球人の脳が回収されたことが無い事です。もう一つは、地球人の脳を使ったと思われる反応速度の速い敵戦闘機個体が確認されていないことです。」
「ファラゾアにいじくられた途端、みんなのんびりした性格になるのかも知れないぜ?」
「それは否定は出来ません。」
「ふん。いずれにしても今俺達が戦っているのは、宇宙のどこかにいる哀れなご同輩って事か。ムカつくな。」
「ファラゾア人は? ファラゾア人もそうやって脳だけになっているの? それとも時々衛星軌道に現れるあの巨大な戦艦の中からこちらを見下ろしてるの? 世間一般に言われている様に、自分達は母星でぬくぬく暮らしていて、全ての殺戮を下僕やロボットにやらせてるの? 本人達はどこに居るの?」
東洋人らしい艶やかな黒髪に丸眼鏡の女が言った。
「ファラゾア人の脳が戦闘機に格納されているかどうか、ファラゾア人が太陽系に居るかどうか、その点については未確認です。」
「単純に考えるなら、地球から攫っていった二十億の脳ミソは火星に送られて、奴等の新工場で戦闘機に組み込まれた上で、地球上での戦いに投入される、ってトコだろう? 古来地球人同士で戦ってきたとは言え、ゾッとしねえ里帰りだな。まるで、悪魔に攫われて、悪魔の手先になって襲ってくる様な話だ。」
再びロンゲが笑いながら言った。
フィラレンシア大尉の説明した内容は非常にショッキングな内容ではあったものの、ここにいる666th TFWの面々は比較的冷静にそれを受け止めていた。
恐慌に陥ったり、怒りの余り暴れ始めたりする者は皆無だった。
エースパイロットだから落ち着きを手に入れられるというものでも無いだろうに、よくぞ冷静な者ばかりが集まったものだと達也は感心する。
もしかすると、そういう妙に冷めた兵士ばかり寄せ集めたのかも知れないという事に気付いた。
そうでなければ、まだ人が居るかも知れない場所に向けて平気で反応弾を撃ち込む様なことは出来ないだろう、と思った。
要は、味方の犠牲があろうとも、大量の敵を破壊することが出来るなら躊躇いなく反応弾を発射出来る奴等の集まりという事だ・・・俺を含めて。
このプレゼンテーションが始まった後何回目かの皮肉な嗤いを達也は口許に浮かべた。
「そもそも奴等はどこから来たんだ? どうやって? 判ってないのか?」
「彼等の母星がどこにあるのか未だ不明です。少なくとも太陽系の中では無いものと考えられています。また彼等がどうやって恒星間航行を行っているかも不明です。超光速航行技術があるものと推測されていますが、確認されていません。」
そのフィラレンシア大尉の回答は、まるでハリウッドで作られる新作のSF映画について、ファンの期待を煽るためにクランクイン前に行った監督へのインタビューの様な内容だった。
太陽系外、恒星間航行、超光速航行技術と、聞き慣れない単語が並ぶ。
しかしそれが今現在現実に自分達が相手をし、死力を尽くして戦い、毎日の様に戦死者を出している激しい戦いの相手ファラゾアなのだと、達也は半ば現実感の無い言葉を聞く。
「ご理解戴いていると思いますが、以上の内容について一般兵士へ積極的に拡散することの無い様にして下さい。ファラゾア機は日々撃墜されており、地上に墜落し破壊されたファラゾア戦闘機の残骸から、生体ユニットの存在はいずれ広く知られる様になるものと予測していますが、彼等をこの地球上から一掃する方法の目途がまだ立っていない現在、残り短い人類の命運と、捕獲された人々の末路について、今のタイミングで情報が急速に拡散する事は徒らに不安を煽り、社会恐慌或いは暴動の発生を助長します。」
大尉の視線が今一度部屋の中を見回し、全員の顔に納得の色が浮かんでいることを確認した。
「では次に、第666戦術航空団の今後の動きについて説明致します。」
プロジェクタのページが再び切り替わり、そしてフィラレンシア大尉からの説明はなおも続く。
いつも拙作お読みいただきありがとうございます。
前回に引き続き説明回で済みません。
「どうせそのうちバレるんだから」とは言いつつも、全てを明かしたわけではありません。
撃墜されたファラゾア戦闘機は、今やほとんど無用の長物と成り果てた陸軍が回収して回っています。がしかし、毎日800機も墜とされる全てを回収しきれるわけなど無く、またファラゾア機はいまだ民間人が居住しているエリアにも墜落します。
民間とはいえ、いろいろな工場などがあるわけで、もちろんファラゾア機を解体する技術と手段を持っている技術者もいます。
そんな技術者が、こっそり持って帰ってきたファラゾア戦闘機を自分でシコシコと分解して楽しんでいると、「おっと、こんな夜中に誰か来たようだ」となるわけですね。