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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第一章 始まりの十日間
12/405

11. 反政府ゲリラ


■ 1.11.1

 

 

 駅前の広場には女達の悲鳴が響いていた。

 見れば、トイレの列に並んでいたのであろう女達の内五人ほどが、銃を持った男達に引きずられて行くところだった。

 

 引きずられて行く女の内の一人が、シヴァンシカだった。

 軍用と思われるフィールドグリーンの上着の前をはだけて引っかけ、タイガーストライプの迷彩ズボンをはいた男が、シヴァンシカの左手を掴んで引きずるように歩いて行く。

 その光景が眼に入った途端、頭に血が上るのを達也は感じた。

 

 だが、どうしようも無い。

 相手は全員ライフルを持っており、自分は当然何も武器を持っていなかった。

 今闇雲に突っ込んでいっても、シヴァンシカを助けられないばかりか、自分も殺されるだけだと判断するほどにはまだ冷静さが残っていた。

 しかし達也の思考は、どうやってシヴァンシカを救い出すか、その一色に染まった。

 男達は皆バラバラの格好をしていた。手に持っている銃も統一されていなかった。

 軍のジャケットを引っかけている者、黒いベストを着ている者、薄汚れたTシャツと半ズボンの者。

 軍人ではあり得なかった。

 窃盗団か、或いは人身売買組織か。

 シンガポール難民の列車が止まると聞いて、売り物になる女を攫いに来たのだろうと思った。

 

 その時、達也の脇を茶色のピックアップトラックが通り過ぎる。

 この駅前の騒ぎを知らず入り込んできてしまった、そんな動きの車だった。

 

 だが、その車を見た誘拐犯達の反応は顕著だった。

 女を連れ去ろうとしていた五人の男のうち三人が女から手を離し、女を突き飛ばして銃を構えた。

 男達が構えた銃が火を噴く。

 連続した破裂音と、銃弾がピックアップのボディを叩く軽い音が響く。

 シヴァンシカを引きずっている男ともう一人、二人の男は女から未だ手を離さず、反対の手で銃を構えると同様に発砲し始めた。

 ピックアップトラックが急ブレーキを掛け、ドアが開いて、中からトラックの車体の色に似た制服を着た男が二人転げ落ちるように飛び出した。

 茶色い服を着た二人の男は、ピックアップの後ろに隠れると腰のホルスタから銃を抜き、誘拐犯の男達に向けて応戦し始めた。

 どうやらこの茶色い制服に身を包んだ二人の男は、軍人か警察官か、それに類した職業に就いている者の様だった。

 多分、難民を大量に乗せた列車が駅に止まったので、面倒事が起こらないようにと遅ればせながら押っ取り刀で駅までやってきた警察官だったのだろう、と達也は思った。

 それが偶々、丁度その面倒事が起こった瞬間に駅に到着した、という事なのだろう。

 

 シヴァンシカを掴んだ男と、もう一人の女を掴んで放さない男が、警官の銃撃から逃れるために駅前の広場に面した建物に駆け込んだ。

 それに倣う様に、残りの三人も同じ建物の手近な場所に駆け込む。

 それを追う様にして警官達もその建物に近付こうとしたが、人攫い達からの銃撃を受けて慌てて下がる。

 建物を遮蔽物とした人攫い達と、警官の間で断続的な銃撃戦が始まった。

 

 達也は辺りを見回す。

 良くあるショップハウス型の建物だが、廃屋と言って良いほどボロボロになったその建物には、警官達が居る反対側からも中に入れる筈だ。

 達也は持っていた鞄を警察のピックアップの近くに投げ、目立たないように植え込みの間を伝って建物に近付いた。

 伸び放題になっている下生えとパパイヤの木の間を通って、建物の裏庭に出た。

 果たしてそこには、扉が外れてしまった裏口が草木に囲まれて黒々と口を開けているのが見えた。

 

 足音を忍ばせて建物に近付いた。

 確か男達が飛び込んだのは、二軒目か三軒目の家だった筈だ。

 裏口から姿を晒さないように、壁に張り付いて中の音を聞く。

 三軒目の家の中から発砲音が反響して聞こえてくる。

 音を立てないように足下に注意しながら、ガラクタだらけの家の中に侵入する。

 発砲音は二階から聞こえてくるようだった。

 裏口を入ってすぐ左側にある階段を忍び足で上る。

 断続的な発砲音が大きくなる。

 階段の最上段から眼だけ出して窺うと、男は駅側の部屋の窓の近くに陣取って警官を狙っているようだった。

 ゆっくりと立ち上がり、階段を上りきる。

 警官の銃撃に応戦する男は、そちらに気を取られていて後ろを見ることも無い。

 辺りを見回す。

 男のいる部屋と階段を繋ぐ短い廊下に、石で出来た重そうな料理用の突き鉢が転がっている。

 突き鉢に手をかけ、男が発砲する音に合わせて持ち上げる。

 僅かに音がしたが、警官の撃った弾が時々室内に飛び込んできて撥ね回るので、男は気にもしていないようだった。

 絶対に音を立てないように足下を良く見ながら、石の突き鉢を胸元に構えて男に近付いていく。

 警官が撃った弾が飛び込んできて、室内で跳弾した。

 右頬に熱い感触が残った。

 無視する。

 男が警官に応戦するためにトリガーを引いた瞬間を狙った。

 突き鉢を力一杯降り降ろした。

 重く鈍い音がして、やかましい発砲音が止んだ。

 割れた頭からドクドクと大量の血が床に流れる。

 なんの感動も無い、見慣れた光景だった。

 もっと悲惨な状態の死体を沢山見てきた。

 自分が作った死体か、他人(ひと)が作った死体か、の差でしか無かった。

 

 達也は男の手からライフルをもぎ取った。

 M16A2ライフル。

 既に旧式化して久しいが、AK47と同レベルでポピュラーな銃だった。

 現実で本物に触ったのはもちろんこれが始めてだが、扱い方は良く知っている。

 最近のゲームは再現性が高い。

 セレクタレバーもセーフティレバーも、どちらもゲームの中と同じ良く知った位置にある。

 右脚で蹴って死体を裏返し、腰に付けたマガジンパウチから30連マガジンを抜く。

 三つあるパウチの内、二つは既に空だった。

 銃からマガジンを抜き、残弾を確認する。

 残り二十発程度。

 合わせて五十発。十分だ。

 

 新しい方のマガジンをジーンズの尻ポケットに捻り込み、右手にM16を構えてやって来た道を戻る。

 裏口から一旦外に出て、隣の家に入り直す。

 室内からやはり激しく発砲音がする。

 今度は一階に居るようだった。

 ドアの無い裏口から中を窺う。

 男は、一階の店舗部分に置いてある朽ちたソファの陰から警官を狙っているようだった。

 

 落ち着け、俺。

 FPSのインドアオペレーションと同じだ。

 いろんな状況で何百回もやってきたじゃないか。

 そう達也は自分に言い聞かせた。

 セレクタセミオート。セーフティオフを確認。

 銃口を下に下げ、裏口から室内に入って脇の壁に張り付き、すぐにしゃがみ込む。

 ちょうど階段の陰になって男は見えない。

 階段の錆びた鉄製の手すりの間から銃口を突き出し、トリガーにかけた指に力を入れた。

 大きな乾いた音が室内に反響し、マズルフラッシャーから六本に分かれた炎が一瞬煌めく。

 反動は、思ったほど大きくなかった。所詮5.56ミリ弾か、と思った。

 六発発射し、三発は男に当たった筈だ。

 いずれにしても、ソファの肘掛けに仰け反るように身体を預けた男はもう動いていなかった。

 

 見上げると、二階の壁が大きく崩れているのが見えた。

 音を立てないように慎重に階段を上る。

 壁が破壊された開口部から、抜けた隣の家の二階の床を通して一階が見えた。

 逃げようともがくシヴァンシカを無理に押さえ付け、柱の陰から警官に応戦する男が見えた。

 距離は7mあるかないか。

 その斜め前に、女を連れていないもう一人の男がいる。

 どっちが先か。達也は一瞬悩んだ。

 

 シヴァンシカを押さえ付けている男が先だ。

 後にすると、慌ててしまって彼女に当ててしまう危険がある。

 明かりの無い薄暗い室内でストック底部を肩に当て、トリガーを引いた。

 男が身体を痙攣させて仰け反った。

 もう一人の男が、自分の後ろで上がった声で異常に気がついて振り返った。

 後ろを振り返ってはダメだろう。

 見るなら発砲音がしたこっちだ。

 そして辺りを見回した男と眼が合った気がした。

 トリガーを引く。

 五発の弾丸が撃ち出され、内一発が男の顔面を捕らえた。

 中腰になった姿勢から、殴り倒されたように顔を仰け反らせて男が後ろに倒れた。

 

 達也は崩れた壁を跨いで越え、隣の部屋のまだ崩れていない階段をゆっくりと踏みしめ、一階に降りた。

 そして、放心したように床にへたり込んでいるシヴァンシカに声を掛けた。

 

「シヴァンシカ。大丈夫か。」

 

「タツヤ? タツヤ、タツヤ! うわああああああ!!」

 

 シヴァンシカが達也に抱きつき、大声を上げて泣き始める。

 その身体を空いている左手で抱き止めてやるが、しかしもう一人残っているはずだった。

 左手でシヴァンシカの背中をさすりながらも、達也は部屋の表と裏の出入り口の様子を窺い続ける。

 だがそこで達也は、辺りから発砲音がしない事に気付いた。

 表の入口側から、慎重に近付いてくる足音が聞こえることにも。

 

 表の入口側から何かを叫ぶ声が室内に反響した。

 逆光の中、入口の壁に半ば身を隠して、警官の腕が拳銃を自分達に向けているのが見えた。

 タイ語なので何を言っているのか分からないが、こういう状況の時に警官が言う台詞は大体万国共通だろう。

 

「オーケイ、オーケイ。落ち着け。武器は捨てる。」

 

 英語が喋れなくとも、「OK」という台詞は理解出来るはずだ。

 達也はオーケイという言葉をことさら大きくゆっくりと発音した。

 そして、抵抗する意志がないことを示すために、バレルのカバーを右手で持って、銃口をこちらに向けて銃を投げた。

 警官が一人、へっぴり腰で銃を構えながら室内に入ってくる。

 何か喚いているのだが、タイ語なので達也には全く分からない。

 パイソン8インチバレルという立派な拳銃を持っている割には、そのへっぴり腰はどうなんだ、と場の雰囲気に合わないことを達也は考えていた。

 

 しゃくり上げながら達也に抱きついて泣き続けているシヴァンシカと、彼女を守るように背中に左手を回して、抵抗する意志がないことを示して右手を挙げて手のひらを見せる達也を見て、そして床に倒れて血の海の中に溺れている小汚い格好をした二人の男の死体を確認したところで、警官は大体状況が飲み込めたようだった。

 警官が何かを言っているが、タイ語なので相変わらず理解出来ない。

 

「タイ語は分からないんだ。マレー語は分かるか? 英語は?」

 

 警官はやはりマレー語が少し分かる様だった。

 

「連行する。ついて来い。」

 

「もう一人居ただろう。女ももう一人捕まっていたはずだ。」

 

 多分そちらは警官達が始末したのだろうと思いつつ、一応聞いてみた。

 

「死んだ。」

 

 どうやら、狙いの定まらない拳銃で銃撃戦をやらかした事で、暴漢と共に女まで撃ち殺してしまった様だった。

 

「その女はお前の連れか?」

 

「そうだ。事情聴取には彼女も連れて行く。あんたもその方が好都合だろう?」

 

「それで良い。」

 

 警官は達也が暴漢の仲間では無いと完全に理解したらしく、銃の狙いを達也から外した。

 それでもまだ警戒を解かず、銃を手に持ったまま廃屋を出て行く。

 泣きじゃくり抱きついたまま離れようとしないシヴァンシカを左手で抱え、達也は警官の後に続いて廃屋から外に出た。

 正面の駅舎には、突然始まった銃撃戦が終わり、物見高い野次馬が集まっていた。

 

 パトカーのものらしいサイレンが急速に近づいて来て、赤い土煙を上げながら駅前の広場に突っ込んできて、茶色のピックアップトラックのすぐ脇に止まった。

 止まると同時にドアが開き、慌てた様子の警官が四人、中から飛び出してきた。

 四人の警官は、同僚が近付いてくるのを見て緊張を解いた様だった。

 

 五人は達也の方を見ながら何事かをタイ語で話し、一人がピックアップトラックの向こう側に走り込んで姿が見えなくなった。

 そう言えば、警官は最初二人居たな、と達也は思い出した。

 ピックアップの向こう側に消えていった警官の慌て具合から、片割れのもう一人は銃撃戦で負傷したか死亡したかしたのだろう。

 運が悪かったな、と達也は思った。

 

 新たにパトカーで到着した警官の内二人がこちらに近づいて来た。

 向かって左側の警官が、腰に手を当てる振りをして、ホルスタに差した銃のグリップに軽く手を当てながら口を開いた。

 

「署に同行願おう。君が反政府ゲリラの仲間では無く、その列車で到着したシンガポール難民だと云うのは分かっているが、事件の関係者だ。済まないが事情聴取が必要だ。そっちの女の子も同行してもらって大丈夫か?」

 

 警官は流暢なマレー語を話した。言葉が通じるのは有り難かった。

 しかし、反政府ゲリラなどと云う予想外の言葉が飛び出してきた事に達也は驚いていた。

 いずれにしても、駅舎の向こうに止まっている難民列車に戻る事は出来そうにはなかった。

 

「シヴァンシカ、怪我は無いか? 痛いところは?」

 

 未だしゃくり上げつつ、しかし流石に声を上げて泣くのは止めたシヴァンシカを身体から少し離し、全身を見回した。

 特に血の跡は付いてない様だった。ここまで普通に歩いてきたという事は、多分骨折などもしていないだろう。

 ただでさえ薄汚れていた服が、泥や埃などでさらに汚れて悲惨な状態になっていた。

 多分それは自分も同じだろう、と達也は思った。

 

「大丈、夫。怪、我は、無い。」

 

「良かった。無事で良かった。」

 

 彼女と会話した事が切っ掛けになったのか、ここに来て本当に彼女が助かったのだという実感が湧いてくるのを感じつつ、達也は警官の方に振り向いた。

 

「大丈夫みたいだ。彼女と俺の荷物を回収して良いか?」

 

「勿論だ。もう大丈夫だと思うが、私も一緒に行こう。念のためだ。」

 

 俺達の安全確保と云うよりは、俺達が逃げ出さない様に見張るためだろうな、と達也は思いつつ、警官の提案に頷いた。

 

 達也のボストンバッグは、投げたままの場所、ピックアップトラックの後輪の脇にあった。

 シヴァンシカのバッグは、トイレ待ち行列に並んでいた女の一人が確保してくれていた。

 

 自分の荷物を拾うときに、ピックアップの前輪にもたれかかって浅い息を繰り返している警官に気付いた。

 腹を撃たれた様だったが、まだ生きていた。

 警官の尻の下に広がる赤黒い染みが妙に目に焼き付いた。

 

 自分達のバッグを回収した達也とシヴァンシカは、パトカーの後部座席に座る様指示された。

 前の座席に二人の警官が乗り込んでパトカーが走り出した。

 何日ぶりかの冷たいエアコンの風が心地よかった。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 タイ深南部(マレー半島、マレーシアとの国境近く)で反政府ゲリラが活動しているのは本当の話です。数代前のバカな首相が、イスラム教徒に対して弾圧を行い、その結果反政府ゲリラが組織されました。

 軍からの横流しの装備を持っていたりして、案外充実した装備を持っていたりもするのですが、活動自体がグダグダになっているところがあり、ゲリラと云うより山賊と呼んだ方がしっくりくることもあります。


 そんな事よりも。

 いくらゲームのFPSでやり慣れているとは云っても、14歳の子供がナニ平然とお一人様で屋内突入戦こなしてんだオマエ、どこのプチゴルゴだおめーわよ!? しかも初めて手にしたアサルトライフルで大人の反政府ゲリラ4人血祭りとか有り得ねえだろコラ!?

 ・・・とかいうツッコミは無しの方向でお願いします。いやムリだろ。

 作者的には、17歳の高校生がいきなり勇者の自覚に目覚めて、国政に口出して内製無双で国力立て直し、よりは余程現実味があるとは思ってますが。


 ちなみに。

 初めて銃を触る人間が一発目を的に当てるのはまず不可能です。思いの外反動が大きく、大概的から大きく外れたところに着弾します。

 2発目以降は、どれだけ銃を扱い慣れているか、即ちモデルガンやゲームで「銃を構えて撃つ」という動作に慣れているか、によって大きく変わってきます。

 正確には、正しい持ち方と体勢で銃を撃てるか、その動きをどれだけ自分のものにできているか、で変わります。

 モデルガン(エアソフトガンではない)で重い銃を扱い慣れている者であれば、2発目から命中を出すことも可能です。

 実話です。

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