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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第五章 LOSTHORIZON
116/405

14. ホルムズ海峡


■ 5.14.1

 

 

 紺色の海の表面が細かく三角に波立ち、太陽の光を反射して海面が銀色に輝く。

 その無数の波が高度50mで音速を超える機体速度に応じて、遙か彼方から一瞬で眼の前に迫ってきて、そして足元を抜けて後方に流れていく。

 今は陸に向かって飛ぶ達也の眼の前にまで陸地が迫って来ており、その遙か向こうにクーヘ・ポシュトクの山並が見える。

 

 そのもう少し右、西南西の方角の地平線から黒い雲が沸き立っているのが、例えどれ程現実から目を背けようとしても、否が応でも視野に入ってくる。

 地平線から天に向けて筋状に伸びるその雲は、見る間に長く太く姿を変えて、超低空で海面近くを飛行する達也の上に覆い被さらんとばかりに急速にこちらに近付いてくる。

 考え得る限りにあらゆる怨みや憤りの対象である敵に接触し、腹の底で熱く煮えたぎるような怒りを感じて恐怖心がほぼ麻痺している今でも、遠方から黒い雲に見える様な敵の集団が一体どれ程の数の敵で構成されているのか、その敵の群れに突っ込んで行くことがどれ程面倒である事かを考えるとうんざりするほどだった。

 

「こちらエウユン・カビーラ01。ムサンダム半島防衛ラインに集結中の全機に告ぐ。敵侵攻部隊の先端がホルムズ海峡に達した。敵はミーナーブ上空に集結中。停滞は一時的なものと考えられる。防衛ライングループAは海峡上空に進出し、敵侵攻部隊を迎撃せよ。Bグループは半島先端のラインで待機、Cグループはアル・ジャジラ-アル・フジャイララインでバックアップ待機。」

 

 ホルムズ海峡のアラビア半島側、ムサンダム半島を中心にして展開するAWACS部隊からの指示が飛ぶ。

 

 ホルムズ海峡およびペルシャ湾、オマーン湾の両岸にある十近い基地から飛行隊にして約三十、機数にして四百機を超える数の人類側戦闘機が迎撃に上がっていた。

 ファラゾアの侵攻を食い止めるため防衛ライン近くを遊弋していた全ての迎撃機は、飛行隊毎に大きく三つのグループに分けられ、それぞれドバイから進出してきたAWACS部隊であるエウユン・カビーラ隊の指示によって実際の迎撃行動を開始した。

 

 勿論達也はこのAWACSからの指示の範囲内に居ない。

 ロストホライズンが発生した時、666th TFWに所属する機体は完全な独自裁量権を与えられ、現地の指示系統から外れる事となっている。

 むしろ現地の指揮系統に割り込み、部隊を自分の都合の良い様に動かすことをAWACS或いは地域司令官に対して要請する権限が与えられていた。

 これは一般兵士には知らされない秘匿事項として、各AWACS隊長や各方面司令部のみに通達されている。

 その様な特別な権限はまさに今、達也が実行中である極めて特殊な任務に関連する。

 

 海面が飛沫を上げて沸き立ち爆発する。

 その間を縫うようにして達也は敵弾を回避する。

 数十kmまでに迫っている敵からの攻撃は既に始まっている。

 達也が駆るワイヴァーンは海面近くを蛇行し、敵の攻撃を避けつつタイミングを計っている。

 

 目測で幅10km弱、高さ数kmの断面を持つ敵の群れの黒い雲の先端は既に頭上に達し、黒雲の中に幾つもの煌めきが見える。

 ホルムズ海峡に大きく突き出したムサンダム半島の先端近くにある街、アル・ジャジラから半島の反対側の街アル・フジャイラに向けて引いた線上に人類は防衛線を引いた。

 今防衛線から一歩踏みだし、ムサンダム半島の先端に達した人類側の防衛隊最前線の位置から、バンダレ・アッバースの西方、ちょうど今ファラゾア戦闘機群が差し掛かったホルムズ海峡の最奥までの距離はちょうど100kmである。

 機体を安定させよく狙えば、120mmレーザー砲で100km遠方のファラゾア機を狙撃する事も可能だ。

 

 もっとも、機体を安定させるという事は、敵からも狙い易くなるということであり、達也はそんな運を天に任せたような攻撃をする気にはとてもなれなかったが。

 自分達も100kmを越える長距離狙撃が可能であるレーザー砲を手に入れ少々調子に乗っている感のある人類であるが、元々ファラゾアの超遠距離狙撃は最大200kmにも達するのだ。

 乾燥した気候で殆ど雲のないこの地域の空中で、中世の騎士のランスチャージよろしく100kmの距離でファラゾアの大部隊と真正面からレーザー砲の撃ち合いなどやりたいとは思えなかった。

 

 再び機首を沖に向け、ホルムズ海峡の上空、というよりも海面と接触しそうなほどに低空で、敵の様子を窺いながらできる限り複雑な動きをし、超音速衝撃波による白い航跡を海面上に残し続けている達也は、敵の攻撃を躱し逃げ回りながらもタクティカルマップ上の敵の動きを注視していた。

 縮尺が大きいことと、敵の密度が高すぎることで個体表示が不可能となったタクティカルマップは、敵密度が高いところが赤、薄いところが青というグラデーションのかかった等高線の様な表示に既に切り替わっていた。

 

 敵密度が高いところが二箇所ある。

 

 ひとつは、先ほどAWACSが指摘したミーナーブ上空。

 ミーナーブは、針の様なムサンダム半島がホルムズ海峡に突き出し、その針に抉られるかの様な形でイラン側の陸地が北向きの湾状に窪むその最奥に存在する街だった。

 バンダレ・アッバース基地か、或いはホルムズ海峡を地形的目標としてはるばる1000km飛んで来たファラゾア部隊が、ムサンダム半島上空に集結した人類側の大部隊と対峙するかの様に、対岸に有るミーナーブの上空に部隊を集め、大量の武力を一度に人類側防衛隊に叩き付けようとしているようにも見える。

 

 もう一つの敵密度が高い場所は、バンダレ・アッバース基地上空だった。

 海上を敵の攻撃から逃げ回りながらも基地のある方角を見ると、基地があると覚しき場所から大量の黒煙が上がり、今もなおファラゾアの攻撃によるものと思われる爆発が断続的に発生しているのが見て取れた。

 ホルムズ海峡方面へと侵出することも奴等の目的の一つだったのかも知れないが、バンダレ・アッバース基地に対して過剰飽和攻撃を行うことも明らかに目的の一つだったのだろうと、青い空に立ち昇っていく黒煙を横目で見ながら達也は思った。

 ファラゾアが何を考えているのかなど想像することも出来ないが、ホルムズ海峡からムサンダム半島へと侵出するのであれば、バンダレ・アッバース基地は小さいながらも無視できない有力な拠点であったのは確かだった。

 

 ムサンダム半島には、ドバイ、アブダビ、アル・アインといった大都市が存在する。

 それらの都市からは、既にかなりの数の住民が避難していたが、今なおまだ多くの住民が残っている。

 人類を滅ぼしたいのか、捕らえたいのか、或いは奴隷のようにしたいのか連中の目的は知らないが、ファラゾアが大規模な侵攻目標とするに妥当な地域なのだろうと納得した。

 

「こちらエウユン・カビーラ01。防衛ラインのグループA全機。敵は対岸で集結しつつある。不用意に突っ込むな。」

 

 再びAWACSからの情報が飛ぶのが聞こえた。

 そろそろ潮時だろうと思った。

 

「エウユン・カビーラ01。こちらExecutor(始末屋)。防衛ライン先端をホルムズ海峡中央より下げろ。そろそろ突入する。」

 

 ラジオのチャンネルはAWACS隊専用のものに合わせてある。他の部隊には聞こえないはずだった。

 

「なんだって? 誰だ?・・・始末屋?・・・ヒサーダ(死神)か! っと、済まねえ。防衛ラインをホルムズ海峡中央手前まで下げるんだな?」

 

「そうだ。突出させるな。巻き込まれるぞ。」

 

 AWACSオペレータが思わず口走ってしまった666th TFWの徒名に苦笑しながら、達也は自分がこれから行わねばならない任務に関して警告を発した。

 

「諒解した・・・緊急、緊急、緊急。エウユン・カビーラ01よりグループA全機。ホルムズ海峡中央から半島側へ下がれ。グループB、Cは現在位置を維持。全機速やかに指示に従え。ホルムズ海峡対岸エリアは安全が保証できない。繰り返す・・・」

 

 戦場で「安全が保証できない」も何もあったもんだ、と思いつつ、達也は再び炎と黒煙に包まれるバンダレ・アッバース基地を見る。

 今の位置からだと盛大に基地から立ちのぼる黒煙はララク島の向こう側に見える。

 ファラゾアの部隊はミーナーブからバンダレ・アッバースに掛けて、黒雲の様に空の半分近くを覆い、こちらに被さってくる様に威圧感を放っているが、ムサンダム半島先端を越えて前進した防衛隊と撃ち合いをしているのか、達也を狙った砲撃は思ったほどに多くは無かった。

 

「突入する。」

 

 達也はエウユン・カビーラ隊への回線を開いたまま言った。

 リヒートを全開にして高度を200mに上げる。

 針路を04に取り、最大推力を与えられたワイヴァーンは音速の二倍の速度を超えて、ケシュム島東端のケシュム・シティのすぐ東側をかすめる様に、ララク島との間を駆け抜ける。

 急速に接近する達也に気付いたか、バンダレ・アッバース基地周辺に集結する敵機からの攻撃が徐々に熾烈になる。

 レーザーが海面に着弾し、その熱量を受け取った海水が一瞬で沸騰し、水蒸気爆発を起こす。

 所詮はファラゾア戦闘機に搭載された200mm程度の小口径のレーザー砲であるので、広範囲の海面を沸き立たせる程の力は持たないが、しかしそれでも周囲10m、高さ20mほどの爆発水柱を無数に打ち立てるだけの威力はあった。

 達也の機体はその様な水中の間を縫い、すり抜け、またランダムな動きをすることで狙いを外し続ける。

 

 達也も黙って撃たれている訳では無い。

 上下左右に各2度ずつ可動であるレーザー砲をコントロールする射撃管制システムは、索敵システム、航法システム等、他の機体内の多数のシステムをも統合する統合管制システム(Integrated Aircraft Control System: IACS)を通してそれぞれのシステムとリンクしている。

 GDDやレーダー、光学センサー等で敵機を発見した情報は、各デバイスの解析システムから索敵システム(Scouting System)へと送られる。

 索敵システム情報を元に、火器管制システム(Armament Control System)はガンサイト中央に最も近い敵位置をマークする。

 火器管制システムから指示を得た射撃管制システム(Targeting System)は、索敵システムに連動して刻々と移動するマーキングされた敵機へとレーザー砲の照準を合わせ、目標を自動的に追尾し始める。

 パイロットがトリガーを引くと、火器管制システムはレーザー発振器制御システムにレーザー光発生の信号を送り、発生したレーザー光は射撃管制システムにより敵機にピタリと照準を合わせてあるレーザー砲身を通って敵機に向けて照射される。

 酷い話ではあるが、ガンサイト内に敵のマーカーが入る様に機体をコントロールしさえすれば、あとの微調整はシステムが勝手にやってくれて、高い確率で敵機にレーザーを当てることが出来るのだった。

 

 今、達也の眼前には一万を超えようという敵機の大軍が存在する。

 敵の攻撃を避けるためにランダム機動を行って多少機首の方向が振れようとも、常に大量の敵がガンサイト内に置かれている状況であった。

 達也がする事と言えば、レーザー砲身が過熱する2秒を超えない様に注意しながら、常にトリガーを引き続けさえすれば、後はシステムが勝手に最適な敵機に照準を合わせて次々に命中弾を発生させていくという、この点だけを切り取ってしまえばまるでただの半自動化単純作業の様な、味気のない拍子抜けする作業ではあった。

 

 勿論実際はその様な事は無く、敵弾を躱すために常に細かく移動し続けなければならないランダム機動は、パイロットの身体に対して連続的に非常に高い負荷を掛け続けており、また敵に囲まれない様、或いは敵に好適な射撃位置を取られない様に常に全方向に注意を向けて居らねばならず、その様な中で実際に攻撃可能な敵を特定し、ランダム機動を織り交ぜながらもその敵に機首を向けて敵のマーカーがガンサイトの中に入る様に操縦を行わねばならないのだ。

 その全ての行動はどれもなおざりにする事は出来ず、常に持てる全ての力を注ぎ込んで当たらねば、サボった代償を自分の命で賄うという事になりかねない。

 それは今の達也にしても変わる事は無く、万を超える敵と単騎で対峙している今、敵の攻撃の密度は熾烈を極めており、達也の技量をもってしても攻撃を躱し続けるのが精一杯で特定の敵に狙いを定めて攻撃する余裕など無く、回避に全力を注ぎ込んではいても敵の攻撃がしばしば機体を掠めて徐々に機体にダメージを蓄積していく。

 

 ケシュム島とララク島の間の海峡を抜けた達也の眼前に、バンダレ・アッバースの市街地とそれに隣接する基地の姿がはっきりと見えてきた。

 敵の攻撃を受けて黒煙を噴き上げている基地に対して、市街地は全く攻撃を受けていない様であり、煙の一筋も上がっている様には見えなかった。

 

 タクティカルマップを一瞬確認する。

 基地の周囲にも敵機はある程度密集しているが、ミーナーブ上空ほどでは無かった。

 切り札を使うのなら、当然敵が一番密集しているところが良い。

 分散して使うのも、効率が低下してしまいそうで気に入らなかった。

 

 バンダレ・アッバースからミーナーブまで約60km。

 ミサイルの射程はせいぜい30kmだとスライマーンは言っていた。

 あと30km。

 今でさえ既に敵の攻撃を回避するのは限界で、徐々に機体が削られていっているというのに、このままあと30kmさらに敵の密度が濃いところに向けて突っ込んで行かねばならない。

 その事実に達也は、僅かな恐怖、或いは生きて乗り越えられるのかという不安と共に、大部分はうんざりとした感情がわき上がってくるのを覚えつつ、気を取り直して操縦桿を握り直す。

 

 ファラゾアの大群は達也が向かう先、ホルムズ海峡の最奥にあって黒い雲の様に空を覆い、確かに地平線が霞んでしまうほどの密度で人類があらゆる方法でこれ以上接近するのを拒んでいる様に見えた。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 この話で決着着けようかと思っていたら、色々書きすぎて決着着かなかった・・・次話で必ず。


 ちなみに、前にも書いたことがありますが、レーザー砲の光は通常見えません。

 では、達也はどうやって敵の攻撃を回避しているのか?

 これも前に書きましたが、敵が撃ってきそうな所を予測して回避しています。

 どのみち見えたところで、光の速度で飛んでくる「弾体」を見て避けられるはずはないですし。

 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 達也の飛行ルートがよくわかません。 前話でバンダレ・アッバース基地に着陸して爆装してるので、イラン側から飛び立ちホムルズ海峡に出て、引き返してバンダレ・アッバースに向かい、ミーナーブに…
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