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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第五章 LOSTHORIZON
115/405

13. إِنّا فَتَحنا لَكَ فَتحًا مُبينًا (勝利をあなたへ)


■ 5.13.1

 

 

「緊急、緊急、緊急。アルシャインリーダーより、ペルシャ湾オマーン湾方面を飛行中の全機。敵が動いた。ルードバールより針路25。真っ直ぐホルムズ海峡からムサンダム半島方面へ侵攻中。敵は十五分以内にホルムズ海峡に到達する見込み。迎撃態勢を採れ。また同方面敵針路上の各基地は速やかに対ロストホライズン態勢へ移行せよ。繰り返す・・・」

 

 ルードバール降下地点に集結している敵による大侵攻を前にして、周囲は普段では考えられないほど多数の無線交信で埋まっていた。

 普段はファラゾアから位置が特定されるのを恐れ、或いは頻繁に電波を発することで目立つことを恐れて、誰もが皆息を潜めて必要以上の無線交信をしない様にするのだが、ロストホライズンを目前にしてお互い緊急で伝え合わなければならないことが山ほどあり、今は誰も無線使用制限のことなど考えてもいないようだった。

 

 バンダレ・アッバース基地に向けて降下し続けている達也は、状況の変化をいち早く察知するために、それらの無線交信を注意深く聞いていた。

 しかしそのAWACS隊本部から発信された緊急通信は、達也の様に耳を澄ましていなくとも誰もが聞き取れるだけの明瞭な通信として聞こえてきた。

 

「アラーイス04、こちらGDSコントロール。バンダレ・アッバース基地はロストホライズン対応で至急全員退避する。どうする。それでも降りるか? 修理してる時間は無いぞ。整備員も全員退避する。」

 

 バンダレ・アッバース基地の管制官からだった。

 これだけの騒ぎの中で、エンジントラブルで着陸許可申請しているたった一機の戦闘機のことを覚えていてわざわざ知らせてくるなど、なかなか良く気の付く面倒見の良い奴だ、と達也は感動さえ覚えた。

 

「GDSコントロール。わざわざ知らせてくれて済まないな。修理屋に予約が入ってる。大丈夫だ。いざとなったら整備員と一緒に逃げるさ。」

 

「分かった。じゃ管制は全員退避するぞ。2692TFSと2696TFSがまだ離陸中だ。ぶつかるなよ。幸運(グッド)を。(ラック)

 

「ああ、ありがとう。」

 

 管制からの通信は切れた。

 

 時間が足りなかった。

 事もあろうに、SRARで内陸に入り込み、基地との距離が事前の想定よりも遙かに遠い時にロストホライズンが発生した。

 最悪のケースはSRARで基地から500kmも離れ、敵から僅か500kmしか距離がない所でロストホライズンが発生する事だったが、今の状況は最悪のケースでは無くともそれにかなり近い状況だった。

 

 達也は音速を超える速度で飛行しつつ基地に向けて高度を下げ、さらに増速する。

 秒速600mを超える速度で基地が近付いてくる。

 海側からの進入を指示されていたが、大きく回り込んでいる暇など無かった。SRARから戻って来た針路のまま、山側から高速で基地に接近する。

 速度を落としてアプローチして、通常の着陸をしていてはファラゾアに追い付かれてしまうだろう。

 

 基地まで10km。高度2000m。速度M2.4。

 山並が足元を流れ、前方に見えるホルムズ海峡と、その畔にあるバンダレ・アッバースの街並みが急速に近付いてくる。

 HMD表示の離着陸(ランディング)モードは切ってある。

 入れても役に立たないだろう。

 高度計と大気速度計を頼りに高度を下げていく。

 

「アラーイス04! 何やってるこの馬鹿野郎! 海側から進入しろと言っただろう! それに速度が速すぎるし高度も高すぎる! 高度を上げて海側から再アプローチしろ!」

 

 突然レシーバから怒鳴り声が聞こえてきた。

 先ほどまでやりとりしていた管制官の声だった。

 

「逃げるんじゃなかったのか? バスに乗り遅れるぞ?」

 

 達也は少し驚いたような、場違いに暢気な声で返答した。

 達也の口調に激高したか、管制官はさらに声を張り上げた。

 

「馬鹿野郎! 下に降りようと思ったら、手前(テメ)ェが突っ込んで来るのが見えたんだ! 良いから早く機首を上げろ! 山側は離陸機の上昇コースだ! 衝突するぞ馬鹿野郎!」

 

 もちろん、簡単に衝突するようなコースは選んではいない。

 

 やりとりしている間にも、南の海特有の明るく青い水を湛えたホルムズ海峡が急速に接近して来る。

 市街地と基地が視野の中でどんどん大きくなる。

 フュエルジェットカット。エアブレーキ全開。

 機体は急速に減速する。

 ハーネスが耐Gスーツを通して身体に食い込んでくる。

 対気速度計が凄まじい勢いで流れていく。

 

「アラーイス04! テメ・・・」

 

 余りにうるさいので、達也はラジオを切った。

 誘導が全く使えず、神経を削る曲芸的な着陸を行おうとしている時に、耳元で煩くがなり立てられては気が散ってしまう。

 失敗すれば簡単に命を落とす様な事を今からやろうとしているのだ。

 

 2692か2696TFSだろう、左舷をワイヴァーンの三機編隊がすれ違い、あり得ない速度で基地に向けて突っ込んで来る達也の機体を、慌てて旋回して避けていった。

 基地まであと1km。

 エアブレーキを畳み、いきなり機首を上げる。

 プガチョフ・コブラでさらに急減速し、再び機種を水平に戻した。

 そのまま高度を下げて、バンダレ・アッバース基地特有の、エプロン北側から今は使われていない旧格納庫群に向けて延びる狭い誘導路に着陸する。

 ドラグシュート展開。エアブレーキ全開。着陸脚ブレーキ最大。

 推力偏向パドルが上方に向き、機体を地面に押し付ける。

 エレベータは最小仰角で傾き、垂直尾翼が外側に向けて「ハ」の字に開く。

 機体は僅か300mほどで止まり、2687TFSの格納庫の手前で減速を完了した。

 

 達也はドラグシュートを切り離し、機体を時速60km/hでエプロン上を走らせて、大きく回って格納庫の中に頭から突っ込んで行った。

 ブレーキを踏み、格納庫の中で機体を停止させた達也の前に十人の男達が立っている。

 その向こうには、彼等の脱出用と思われる兵員輸送トラックが一台、こちらに尻を向けて止めてあるのが見えた。

 

 キャノピーを開けると、スライマーンがラダーを掛けて飛び上がるようにして駆けのぼってきた。

 

「ギリギリじゃねえか。もっと早く戻って来やがれ、馬鹿野郎。」

 

 今日はよく馬鹿野郎と言われる日だな、などと悠長なことを考えつつ達也は答えた。

 

「SRARでかなり内陸まで行ってたんだ。運が悪かった。燃料はジェットフュエルだけでいい。リアクタフュエルはまだたっぷりある。ドラグシュートは必要無い。戦闘はしていない。損傷はない筈だ。」

 

「分かった。ブツの取付と、ジェットフュエルの補充、あと軽整備な。10分で終わらす。中途半端になるが、それ以上は俺達が逃げる暇がなくなる。済まねえな。お前さんはそのまま乗ってろ。リアクタ止めるなよ。」

 

 そう言ってスライマーンは達也に水のボトルを押し付け、ラダーを飛び降りていった。

 両翼下のパイロンでは、それぞれ四人ずつの整備兵がミサイルの取り付け作業に既に取りかかっている。

 もう一人の整備兵が長いホースを曳いたジェットフュエルチャージャーを運転して機体に近寄ってくる。

 

 忙中閑ありとでも言うべきか、やることがなくなった達也はHMDヘルメットを脱いでスライマーンが置いていったボトルのキャップを開けた。

 生温い水だったが、長時間の飛行の間水を飲むことさえ出来なかった渇いた喉に染み込むように美味かった。

 

 整備兵達が忙しく走り回るのを見下ろしながら、達也は他にする事も無く達也はコンソールに表示されたタクティカルマップを眺める。

 レンジ外にGDD反応が存在するという紫色の三角がマップの外枠に沿って表示されてはいるが、未だ敵を表すマーカは無い。

 

 前後の大扉を開け放たれた格納庫の中を、一陣の風が吹き抜けた。

 左右の翼下では、アラブ語であろう達也には理解出来ない言葉を交わしながら、大粒の汗を流し八人の整備兵がミサイルの取付を行っている。

 格納庫の天井を見上げる。

 鉄骨と、その上に乗っている屋根の裏側が見えた。

 それ程長い間世話になった訳でも無いが、この基地に戻ってくることはもう無いのだと思うと、屋根を支える鉄骨までもが何か大切な思い出の品のようにも思えて、少し憂鬱な気分が心の中に湧き上がるのを感じた。

 

「もうすぐ終わるぞ。準備しておけ。」

 

 スライマーンに脇から声を掛けられ、達也は我に返った。

 

「諒解。」

 

 HMDヘルメットを被り、留め具を締める。冷えた汗が頬に冷たい。

 スライマーンが身を乗り出して手を伸ばし、コンソールの上に何かステッカーの様なものを貼った。

 深い緑色をしたその四角いステッカーには、装飾されたアラビア語と思われる文字が描かれているのが分かった。

 

「なんだ、これは?」

 

 スライマーンの顔を見ると、ニヤリと笑って言った。

 

「『勝利をあなたに授けよう』。クルアーンの言葉だ。お守りの様なもんだ。グッド・ラック、という事さ。」

 

 視野の外の整備兵からスライマーンに声がかかる。

 スライマーンは何事かを返し、そして再び達也の方を向いた。

 

「完了だ。存分に暴れてこい。生きていたら、またどこかで逢おう。」

 

 そう言ってスライマーンは達也の左肩を叩き、ラダーから飛び降りた。

 ラダーが取り外され、スライマーン達全ての整備兵が機体から離れる。

 キャノピーを閉めながら彼等の方を見やると、横一列に並んだ十人の整備兵がこちらを向いて敬礼する。

 狭いコクピットの中で答礼すると、それが合図であったかのように整備兵達は列を崩し、兵員輸送トラックを目掛けて駆け出していった。

 

 左エンジンのみ回転数を上げて、格納庫の中で機体を回す。

 大型のスコーピオンでも三機が横に並ぶことが出来る格納庫の中は、小柄なワイヴァーンであればかなり余裕を持ってUターンする事が出来た。

 スライマーン達が飛び乗った兵員輸送トラックが格納庫の反対側を飛び出し、車体を傾けながら急カーブで視野から消えていくのを確認した達也はおもむろにスロットルを開けて、左右のエンジンの回転数を上げる。

 ヒステリックなタービンの回転音がさらに高音になり、機体は加速を始める。

 

「アルシャインリーダーよりペルシャ湾、オマーン湾方面の全機。敵大攻勢部隊先頭はシーロフトに到達。あと数分でホルムズ海峡に達する。数一万二千。攻撃目標はバンダレ・アッバース基地、或いはドバイ周辺の各航空基地と見込まれる。各機管轄のAWACS誘導に従い、アル・ジャジラ-アルフジャイララインに防衛線を構築せよ。」

 

 AWACSからの指示が飛んでいる。

 ムサンダム半島の街、アル・ジャジラとアルフジャイラ上空に防衛ラインを引くという事は、このバンダレ・アッバース基地は放棄されたと云うことだろう、と達也は理解した。

 既に基地の兵士全員が陸路或いは空路の利用できる全ての手段を用いて待避し、全く人気が無くなったこの状態を見れば、AWACS情報が無くとも明らかなことではあったが。

 

 格納庫を出たところで右に曲がり、エプロンに出た。

 バンダレ・アッバース基地のエプロンは最近の拡張工事によって、元々民間航空会社が使っていた南エプロンと、イラン軍が使っていた北エプロンが繋がれ、滑走路の長さの半分以上にもなる広く長いものへと変わっている。

 

 2692TFSと2696TFSの離陸はとうに終わったようだ。

 タクシーウェイ上にも、滑走路上にも戦闘機の姿は見えなかった。

 エプロンには色々な機材や車輌が放り出され、戦闘機隊が慌てて離陸して行ったことと、それを補助していた整備兵達も慌てて逃げ出していったことを物語っていた。

 

 それでも広いエプロンにはまだ充分なスペースが残っている。

 滑走路まで移動する時間が惜しい。

 そう言えば前にも似たようなことをやったな、と思いながら、格納庫から出てきた速度そのままに、達也はスロットルを一気に最大位置に押し込んだ。

 

 エンジン音が一気に高まり、爆発音にも似た轟音を伴ってフュエルジェットに点火し、さらに青色の炎を吐き出すリヒートへと点火する。

 甲高い金属音と爆音を辺りに撒き散らしながら、国灰色に塗られたワイヴァーンが一瞬で増速し、さらに加速を続ける。

 機体が押しのけた空気を叩き付けられ、或いはジェットノズルから噴き出す青い炎を帯びたリヒートの爆風に巻き込まれ、疾走するワイヴァーンに蹴散らされたかのようにエプロン上に放置された様々なものが吹き飛ばされる。

 僅か5秒ほどで離陸速度にほぼ達した機体は、僅かに機首を上げた後、地面から離れるか離れないかのタイミングで達也の操作によって着陸脚を畳み込む。

 空気抵抗が無くなった機体を、上昇させることなくさらに最大出力で加速させ続ける。

 僅か高度20mで音速を超えた機体は、超音速衝撃波によるベイパーコーンをその周囲に纏わり付かせながら海岸線を突き抜け、砂塵を巻き上げて紺碧の海原に躍り出た。

 超音速(ソニック)衝撃波(ブーム)が海面を叩き割り、まるで高速で航行する海上船舶のように白く真っ直ぐな航跡を穏やかな紺色の海の上に一直線に描き残していく。

 

 ホルムズ海峡上に数km進んだところで、高度を上げることなく達也は機体をバンクさせ、音速を遙かに超える速度で海上50mを大きく旋回した。

 陸から真っ直ぐに伸びていた白い航跡が大きく弧を描く。

 周辺に展開するAWACS情報と、自機のGDD探知情報が合成され、タクティカルマップ上に敵を示すマーカーが大量に表示された。

 現在表示している縮尺では、もはや敵を個別に表示することは出来ず、敵密度に応じて青色から赤色へのグラデーション表示に切り替わった。

 機首を再び陸地に向けたワイヴァーンはさらに加速し、海面を切り裂き、つい先ほど後にしたばかりの陸地に向けて紺碧のホルムズ海峡を突き進む。

 

 

■ 5.13.2

 

 

 岩山に穿たれた切り通しの、両脇にそびえる岩壁の間に潜み隠れるようにして駐車しているトレーラーの中、AWACSアルシャイン03の管制ルームの中、照明が落とされた暗がりに幾つも光るモニタの前で男が呟いた。

 

「ん? GDSから一機上がった? 2696TFSの機体か? あ、バカ。こいつ反転しやがった。今そっちに行ったら死ぬだけだぞ。そんな事も分からないのか。」

 

 男は自分の担当するモニタの中で、正気の沙汰とは思えない行動を取った味方戦闘機を、周辺のあらゆる基地の戦闘機隊が集結して、数にものを言わせて押してくるファラゾアに何とか対抗しようとしている防衛ラインに向けて誘導するため、通信を繋ごうとしてスクリーン上のマーカーにタッチしようと手を伸ばした。

 その手を後ろから伸びてきた別の手が掴み止めた。

 

「・・・? 少佐殿?」

 

「無用だ。これはEXECUTOR(始末屋)・・・カミカゼだ。」

 

「え?」

 

 男は絶句する。

 見れば、その味方機に付けられた情報タグには、通常の個体情報とは異なった意味不明の情報が並べて表示されていた。

 

 EXECUTOR,,,, 666TH TFW #05,, LT. MIZUSAWA,,,, IN ACTION,,

 

 666th TFWなどと、聞いた事の無い部隊名だった。他に何も表示されず、ただ単に「作戦遂行中(IN ACTION)」とだけ・・・

 ・・・まてよ。

 666th TFW?

 

「ああ・・・カミカゼ・・・死神か。クソッタレ。」

 

 父親から、自分の血は生粋のペルシャ人のものであると聞かされて育ってきたその男は、苦々しげな表情でモニタを睨み付けながら吐き捨てるように悪態を吐いた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

 遅くなりました。申し訳ありません。

 言い訳ですが、リアルの時間が削れてて書く暇が全然無くて・・・


 タイトルムチャやり過ぎましたかね。w

 なろう広しと云えどアラビア語のタイトルはそう沢山あるまい。ふふ。

 コーラン(クルアーン)の一説です。

 どうも、なろう系(主に異世界チーレム)はどれもこれもキリスト教リスペクトばかりなので、タマにはイスラム教も見たってくれよー、と。ただのひねくれ者かも知れませんが。

 この章の舞台も舞台ですし。

 次は仏教・・・は普通だから、ジャイナ教かヒンズー教で・・・って、SFだったよね? この小説?


 達也君がやらかした、マッハでアプローチして着陸直前にコブラで急制動、ってこれもどこかの妖精が日本海軍の空母に着艦する時に似たようなことしてましたね。

 ・・・ちょっと変わったことやろうとすると、どれも先にやられているような気がします。

 なにか面白いこと考えなくちゃ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] うぉおぉ 達也の活躍! 待ってますよ!
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