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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第五章 LOSTHORIZON
114/405

12. LOSTHORIZON


■ 5.12.1

 

 

 その通信は、カスピ海からペルシャ湾、アラビア海に至る地域で、アフガニスタン西部に存在するファラゾアの降下地点ルードバールに対抗する守りとして、GDDという名の眼を凝らし、レーザーという名の槍を備え航空機という名の馬に騎乗し、未だその正体が杳として知れない敵の侵略からその身を盾にして同胞の命と生存圏を守ろうとする戦士達の間に、動揺と戦慄を伝播し、そして最終的には身を焦がし焼き尽くす炎のような闘争心を巻き起こした。

 

「こちらアルシャインリーダー。各隊状況を報告」

 

 主にイラン国内を中心に、ペルシャ湾東岸地域に分布するように配置されているAWACS群、アルシャイン隊の部隊司令部から無線による指示が飛ぶ。

 ファラゾアが大規模攻勢状態に入れば、緊急事態態勢に移るため、多くの無線使用制限は解除される。

 

 

「アルシャイン03、ルードバール方面反応増大を確認。」

 

「アルシャイン01、同じくルードバール方面に反応増大。アクタウ方面に動き無し。」

 

「アルシャイン07、同じくルードバール方面反応増大。アジュダービヤー方面動きなし。但しアジュダービヤー方面に関しては精度低い。」

 

「アルシャイン05、こちらでもルードバール方面反応増大を確認した。」

 

「アルシャインリーダーより各隊。一度だけ全データを集積して波形分離を掛ける。データ送れ。」

 

 各方面に散っているAWACSからのデータのノイズを取り除き、必要な部分を重ね合わせていくことで目標としている領域でのかなり精確な敵の活動規模と機種を推定することが出来る。

 しかし無線を用いた部隊司令部へのデータ送信はいかにも目立つ。

 基本的に全ての無線はファラゾアに傍受されていると考えて良い。

 同時に複数箇所から圧縮データを送信すれば、それが重要そうなデータだと推測するのは容易い。となれば、注目される。

 各AWACS部隊の場所を特定され、攻撃されてしまうことも問題ではあるが、ただでさえ技術的に劣っている人類側のデータ通信の暗号化が、何度も繰り返されるデータ送信によって完全に見破られてしまうことも問題だった。

 送信している情報の内容や暗号化のロジック等が見破られてしまえば、極めて不利な戦いを強いられるという事は、人類がこれまでの自らの歴史の中で骨身に染みて理解していることだった。

 

 AWACS機ダムセルフライと一連のシステムを装備した、地上移動式管制部隊であるアルシャイン(鷲:正確には、わし座β星固有名称)隊は、ペルシャ湾から200km弱ほど内陸に入った都市シーラーズに、アルシャインリーダーというコールサインを使用する部隊本部(アルシャインHQ)を置いていた。

 01から08まで部隊番号を振られた各小隊は、イランの首都テヘランから南方に向け数百km毎に配置され、その警戒網はアラビア海沿岸のパキスタン国境辺りにまで続いていた。

 彼等は、GDDを中心として様々なセンサー類を搭載した無人探知機であるダムセルフライと、周囲の部隊に対して指示や情報を発信する無線局である無人機メイフライをそれぞれ数機ずつ搭載し、前述の無人機を操作する為の操縦室を兼ねたAWACS管制司令室を備えたトレーラーを用いて陸上を移動する。

 ダムセルフライとメイフライは核融合炉とモータジェットを備えており、一般の公道を滑走路として使用して離着陸を行う。

 上空に上がったこれら無人機は、管制司令室トレーラ近くで打ち上げられる通称ダリアと呼ばれるバルーンを目標としてレーザー通信で管制司令室との情報のやりとりを行うことで、ファラゾアからの被発見率を下げている。

 

 その機能と役割から、メイフライはラジオ波による通信を行わねばならないが、メイフライはただ単に大出力のラジオ局としての機能しか無く、電波を発することで目立ちファラゾアから撃墜されたとしても、GDDや各種多様なセンサーを搭載した高価なダムセルフライはそのまま生き残る事が出来、また安価なメイフライの予備機を再び打ち上げるだけで継続してAWACS機能を維持する事が出来るという特徴を持っている。

 陸上を移動する目標についてはファラゾアが殆ど興味を示さないことを逆手に取った、少々変わった方式でのAWACS運用ではあったが、このシステムが運用されるようになってから人類側の索敵能力が飛躍的に向上したこともまた事実であった。

 

「こちらアルシャインリーダー。解析データを送信した。送信データを速やかに各管轄空域に通知。敵規模は約二万。半数以上がホルムズ海峡方面に侵出するものと予想される。LOSTHORIZON。コードL。リーマ。なお、イスファハン基地からの報告により、L1ポイントに戦艦2、空母4、その他6の敵有力部隊が停泊中。併せて警戒せよ。繰り返す。こちらアルシャインリーダー。データを送信した。コードL。リーマ。敵規模は・・・」

 

 シーラーズに駐在するアルシャインリーダーの元に集まった各隊からのデータは、重ね合わされて解析され、正確な敵位置と規模を弾き出す。

 その結果は警報と共にストラスブールにある国連軍参謀本部と司令部に送信され、戦場から遠く離れそこはかとなくのんびりとした雰囲気を漂わせていた空気を一変させる。

 アルシャイン隊からのデータをインプットされた戦略戦術解析システムが、この度のルードバール降下地点でのファラゾアの動きを解析し過去事例に照らし合わせ、AIが予想するこの後のファラゾアの動きをその確率と共に弾き出す。

 LOSTHORIZON、88.7%、と。

 その結果は参謀本部と司令部の承認を得て瞬時に現場に送り返され、その絶望的な単語をアルシャインリーダ、部隊長が睨み付ける管制室壁面コンソールに表示した。

 

 Reply from UNFHQ/UNFGS (STG/TCT Analysis System SPAENTA MAINYU);; LOSTHORIZON / Possibility 88.7%;; Approved by UNFHQ/UNFGS

 (国連軍司令部/参謀本部からの回答(戦略戦術解析システム「スプンタ・マンユ」;; ロストホライズンの可能性88.7%;; 国連軍司令部/参謀本部承認済)

 

 LOSTHORIZONとは、ファラゾア降下点、或いはそれに準ずる集結点に極めて多数のファラゾア戦闘機が集結し、その大量の戦闘機が一度に一方向に向けて進撃する、或いはその地域の有力な前線基地を目標として人類には抗いがたい物量での大規模飽和攻撃を行う状態を示すコードである。

 

 通常ファラゾアは、空中を飛行する航空機のみを攻撃対象としており、制空圏から僅か数百kmという近傍にあるにも拘わらず人類の前線基地に対して殆ど興味を示さない、或いは少なくとも攻撃を加える意思を見せる事はない。

 ところが何らかの条件が揃うと、絶対的に優勢な数千から数万という機数を揃えて、人類の航空基地に対して飽和殲滅攻撃を行うことがある。

 その条件が如何なるものかは未だ解明されては居ないが、人類は既に何度もその様な飽和殲滅攻撃を受け、幾つもの前線航空基地を失っていた。

 普段はそこに航空基地があることを知りつつも、まるで全く攻撃対象としていないような動きを取るファラゾアが、この時ばかりは地上施設に対して徹底的な対地攻撃を行い、基地が存在した数km四方のエリアが完全に焦土と化し、レーザーの高熱に融かされ破壊されて、元々そこに何があったのかまるで判別がつかなくなる程までの苛烈な集中攻撃を行う。

 

 管制棟や燃料タンク、格納庫や対空兵器陣地、或いはただの緑地か滑走路かなどの区別はまるで無く、攻撃目標とした範囲内にあるありとあらゆるものを破壊し、徹底的に燃やし尽くし、辺り一面地面が融けたマグマのようなものと、金属やその他色々なものが融解したものが混ざり合い融け合った、混沌とした溶鉱炉の中身のような燃えさかる平原となるまでその破壊の手を緩めることはない。

 逃げ惑う兵士や、迎撃に上がるためにタキシングする戦闘機、燃料や人員など様々なものを運搬する地上車など、地上に存在するあらゆるものが全て攻撃の対象となり、跡形無く消し炭になるまで徹底的に攻撃され破壊し尽くされる。

 

 攻撃対象となった基地が保有するわずか数百機という防衛力などでは到底太刀打ちすることなど出来ず、近隣の基地から増援を送り込もうとも、まるで雪崩か荒れ狂う濁流かのようなそのファラゾアの侵攻を食い止めることなどまるで敵わず、明らかに大過剰である戦力を叩き付けるように投入して僅かな時間の間に航空基地とそこに存在した戦力を消滅させる。

 数千、時には数万というファラゾア戦闘機が地平線の彼方から黒雲のように湧き上がり、見る間に基地上空に到達して、空一面を覆い尽くす。

 その絶望的な光景を見つつも、九死に一生を得たとある幸運な基地司令官が報告書にこう記した。

 

「迎撃に向かった我が基地の防衛隊を鎧袖一触とばかりに蹂躙し、夥しい数のファラゾア戦闘機が基地上空に到達した。空は無数のファラゾア戦闘機によって覆い尽くされ、その数は留まるところを知らず増え続ける。ありとあらゆる地上の施設は燃え上がり爆発し融け落ち、そして絶望し空を見上げる我々の眼に映ったのは、それでもなおまだ増援され続ける敵の群が形作る黒雲のような影が、まるで空と大地の境目さえ混沌として朧気になり地平線が消え失せたかのように我々の頭上全てを覆い尽くす光景だった。」

 

 詩人か文豪かと紛うばかりの叙情的な文章を報告書に残したその将官は、自身が眼にした絶望的な光景からこのファラゾアによる過剰飽和攻撃の事を、地平線との境が分からなくなるほどにファラゾア機が空を埋め尽くす様から名付けて「LOSTHORIZON(失われた地平線)」と書き記したのだった。

 その名は記された報告書と共に国連軍参謀本部の中心的将官達の印象に強く残り、その後ファラゾア機による人類側の空軍基地に対する同様の過剰飽和攻撃は総じて「LOSTHORIZONロストホライズン」と呼ばれることとなった。

 

「こちらアルシャイン01。ルードバール降下地点における重力反応さらに増大。アクタウ方面動きなし。」

 

「アルシャイン07。ルードバールの重力反応増大中。上空艦影無し。」

 

「こちらジョークト06。敵重力反応急激に増大中。撤収する。」

 

 ジョークト隊はアルシャイン隊よりもさらにルードバール降下地点に近い、RARコース近傍に展開しているAWACS隊である。

 

「ジョークトリーダーよりジョークト03、04、05、06。速やかに無人機を回収し、手近な安全地帯に逃げ込め。01、02、07、08は無人機の高度を下げて引き続き警戒。敵重力反応の移動を確認し10秒経過後のデータを送信せよ。その後速やかに退避せよ。」

 

「ジョークト06、コピー。」

 

「ジョークト04、撤収開始する。」

 

「こちらGDS(バンダレ・アッバース基地)コントロール。スクランブル待機中の2644TFSは速やかに離陸を開始せよ。直援中の2687TFSは上空待機。地上待機中の機体は2644TFSに続き急ぎ離陸せよ。2657TFS、2692TFS、2696TFS離陸準備急げ。完了次第離陸せよ。」

 

 事ここに至り、普段は沈黙を守っている基地管制が矢継ぎ早に指示を出し始める。

 ロストホライズンであるならば、息を潜めて目立たないように縮こまって居る必要など無い。敵は最初からここを目指して進撃してくるのだ。

 

 達也達2687A2小隊は、この時バンダレ・アッバース基地から250kmの位置にまで戻ってきていた。

 ファルナーズの村を離れた後、モータジェット推進で基地に向かい飛行していたが、ジョークト06からの忠告によって達也達はリヒート推進のほぼ上限速度であるM2.8まで増速した為である。

 

「GDSコントロール、こちら2687A2。SRARから帰投中。俺達も上空待機か? 燃料がかなり目減りしてるんだが?」

 

 リヒートの出力にも依るが、リヒート推進は通常のフュエルジェット推進の倍かそれ以上の燃料を食う。

 短時間ではあったがリヒート全開で飛行した達也達の機体は、すでに30%近くのジェット燃料を消費していた。

 過剰飽和攻撃のためこれから雲霞の如く押し寄せてくるファラゾア戦闘機群と血みどろの殴り合いをやらかすことを考えると、残存燃料70%は少々心細い量だった。

 

「2687A2。指示通り上空待機せよ。離陸機で滑走路が開けられないんだ。悪いな。」

 

 言葉の内容に反して、管制官は余り悪びれない口調で早口に喋った。

 非常事態の中、大量の航空機を捌いているのだろう。

 

「2687A2、コピー。タンカー(給油機)は居るのか?」

 

「居る訳ねえだろ、そんな贅沢なモン。頼むから良い子にして指示に従ってくれ。基地周辺空域が通勤ラッシュ並みに大渋滞してて、構ってやれる暇がねえんだ。」

 

「オーケイ。2687A2、コピー。基地上空の2687L1に合流する。」

 

 バンダレ・アッバース基地管制からの返事は無かった。

 

「さてシェル、ファル。エンジントラブルだ。俺は一度基地に戻らなきゃならん。お前達はこのまま高度を維持して2687L1に合流しろ。俺は高度を下げる。付いて来るなよ。」

 

 達也は通信をレーザーに切り替え言った。

 

「なんだよそれ。エンジントラブルって、どこが悪い?」

 

 シェルヴィーンが食ってかかるように言う。

 

熱核融合炉(リアクタ)だ。放熱制御機構不調。このまま放置するとオーバーヒートだ。さっさと降りなけりゃまずい。だから、俺に構うな。少佐のL1小隊に面倒見てもらえ。

 

 そう言う達也のコクピットのコンソールにも、HMD投映画像にもなにひとつ警告メッセージの赤色の文字は表示されていなかった。

 

「早く戻って来いよ。地上にいたら全滅だろ?」

 

「分かっている。GDSコントロール。こちらアラーイス04。悪いが緊急だ。エンジントラブルだ。着陸許可を求む。」

 

「アラーイス04、こちらGDSコントロール。マジかお前。頼むから大人しくしててくれるか。こっちはてんやわんやなんだ。」

 

「俺は大人しくしていたいんだが、機体がな。早いとこ決めてくれ。俺も降りる先を滑走路か砂漠か、どっちか決めなきゃならねえんだ。」

 

「分かったよ。着陸を許可する。指示に従って順番は守れよ? 南側03から進入だ。」

 

「諒解。恩に着る。」

 

 達也は操縦桿を押し、機体を降下させ始めた。



 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 20201215; アルシャインリーダ駐留地に関する誤記を訂正しました。同、後書き解説での不整合を修正。


 アルシャインリーダは、ストラスブールの国連軍本部との通信に固定光回線ケーブルを用いています。ルードバールという定点に存在する敵を見張るためのAWACSシステム展開ですので、長期的な監視となり、部隊本部までなら固定回線を引いても十分ペイするためです。

 なお、光回線はファラゾアが干渉できないものとします。電気信号である場合は、シールドが甘い部分から干渉してハッキング可能ですが、光絶縁された皮膜の中の光ケーブルを通る光には干渉不可ということで。(絶縁されていない光には干渉可能です。ただし、クイッカーなどの一般の戦闘機にはその能力はありません)


 ダムセルフライとメイフライのAWACSシステムですが、ダムセルフライはセンサーを一杯乗っけた無人機、メイフライはラジオ中継局な無人機です。いずれも本体の管制室から伸ばされたアンテナであるダリアを通してレーザー通信することで、管制室と繋がっています。


 イスファハンなどの大型の基地(その地方のハブ基地)には、前線基地におかれるものよりもさらに大型のGDDが設置されており、当然その探知精度は高いです。

 途中イスファハンから、L1ポイントに駐留するファラゾア艦隊の情報が出てきますが、これはGDDで探知したと言うよりも、光学的に探知した(即ち、望遠鏡使って見つけた)ものです。

 ちなみに、戦闘機はシールドを持ちませんが、艦艇は重力シールドや電磁シールド、空間断層シールド(ファラゾア艦未実装)、場合によっては分解フィールド(ファラゾア艦未実装)などを組み合わせた重積シールドを装備しています。

 この内、重力シールドはデブリ等の物理的障害を排除するのに最も簡単なシールドであるため、例え停泊中であってもほぼ常に展開しています。

 つまり、停泊中でも重力波を連続的に発生している事となり、GDDで探知可能です。

 戦闘機にはシールドは装備されていませんので、着陸したりして重力推進を行っていないときには探知不能となります。


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