5. 爆発衝撃波
■ 5.5.1
対地高度5000mからの反転急降下は、一瞬で地上に到達する。
達也は後ろにファルナーズとシェルヴィーンが追随しているのを横目で一瞬確認する。
前方からは、視野一面を埋める大量のミサイル。
達也達三機は、リヒートの炎を引きながら最大加速で真正面からミサイルの群に向けて突っ込んでいく。
「ヤベエ! ヤベエって!」
既に泣きが入っているシェルヴィーンの声が耳元でうるさい。
戦闘に入ったので全通信はオンになっている。
「シェル。こういうのはな、ビビったら終わりなんだよ。腹を括れ。」
そう言いながら達也は機体をロールさせ、激突コースにあったミサイルを避ける。
ファラゾアのミサイルは近接信管が殆ど効いていないので、ギリギリで避けても爆発したりはしない。
「うわ! ふっ、わっ!」
「慌てるな。真っ直ぐ向かってくるのを見定めて、丁寧にひとつずつ避けろ。当たりそうにない奴は無視しろ。」
それに比べてファルナーズは静かだな、と一瞬右後ろに視線を走らせる。
本当にまだ居るのかと心配になるほどに寡黙なファルナーズ機は、落ち着いてミサイルを避けながらも達也の後ろに張り付いていた。
死に直面したパニック状態になったときには、案外女の方が冷静だというのは嘘じゃ無いな、と思いつつ達也は唇を歪めて笑う。
要は、死を受け入れず、そして死に恐怖しないことだ。
恐怖は思考を鈍らせ、動作を粗雑にする。
「引き起こせ。高度100。突っ込むぞ。」
リヒートを入れて全力降下したことで一気に音速を超えた達也達三機は、対地高度100mで起伏のある地形を舐めるように進む。
超音速衝撃波で手荒く巻き上げられた砂塵が、まるで船の航跡のように三機の後にたなびく。
上空に向けて放たれた大量のミサイル群は、とうに達也達を見失い、あらぬ方角に向けて突き進んでいく。
昔、フィリピンで食らったことのあるのと似た、ヘッジホッグの集団による待ち伏せだろうと達也は思った。
重力推進を切り、探知できない状態で獲物が上空を通り過ぎるのを待ち伏せ、超大量のミサイルで飽和攻撃を仕掛ける。
慌てて逃げ惑えば、第二波、第三波のミサイルを撃たれて追いつめられる。
一瞬で仲間達を全て失ったあの攻撃に対して、自分はどうすれば良かったのかとあれから達也は幾度となく自問を繰り返した。
その答えがこれだ。
真っ直ぐ敵に突っ込んでいって、地上に踞っているブタどもを蹴り飛ばす。
既にレーダーがオンになっている達也のHMDには、GDDには反応しないがレーダー波では捉えられる多数のヘッジホッグが、緑色のマーカーを付与されて表示されている。
撃たれてから初めてレーダーをオンにし、そこに多数のヘッジホッグが潜伏していたのを知るとは、やってることはRARと大して変わりないな、と達也は思わず苦笑いする。
地表近くを飛んでいれば、ミサイルの脅威も大幅に軽減できる。
ヘッジホッグがミサイルを撃とうにも、地上すれすれを飛んでいるのでターゲットが着けにくい。
どうにかターゲティング出来たとしても、ほぼ上を向いて装備されているヘッジホッグのミサイルでは、地表近くを飛ぶ達也達を直接狙うことが出来ない。
そして自分達の機体がヘッジホッグのミサイルの射線に入るよりも前に、水平位置からヘッジホッグを撃破できる。
万が一ミサイルを撃たれたとしても、ミサイルは簡単に目標を見失い、見失わずに戻って来たミサイルも簡単に地表に突っ込んでしまう為に、いつまでもミサイルに追いかけまわされるのを回避することが出来る。
勿論、敵は攻撃できないなどと高をくくってはならない。
ファラゾア小型機の中では攻撃機に分類されるヘッジホッグは、クイッカーのものよりも口径が大きいレーザー砲も二門搭載している。
バカ正直に正面から真っ直ぐ突っ込むとこれにやられる。
低空を飛行しながら地形の凹凸を利用してあちこちに上手く身を潜めているヘッジホッグの姿が見える一瞬を狙う。
時に高度を上げ、時に機首を針路からずらして横向きに飛行しながら達也は次々とレーザーを送り込む。
地上で幾つもの小さな爆発が断続的に発生する。
ヘッジホッグに大量に搭載されているミサイルは、搭載状態で爆発することは無い。
何らかの安全機構が掛かっていて、発射後に弾頭が爆発可能な状態になるというのが国連軍情報部の公式な見解だった。
なので、ミサイルが誘爆を起こして隣のヘッジホッグを巻き込んで連鎖的に大爆発、という事態にはならない。
あちこちで見え隠れする敵をひとつずつ丹念に潰して回るしか無いのだった。
低い山並みの谷間を駆け抜け、掠めるように稜線を乗り越えてミサイルを避けながら次々と地上の敵を撃破する。
ちらりと右後方を確認する。
考えつく限りの悪態と放送禁止用語をペルシャ語と英語をちゃんぽんにして喚きながら大騒ぎしつつ後ろに追随し、それでもミサイルを食らうことなくそれなりに敵を撃破しているシェルヴィーンが生きていることは分かっている。
寡黙に後ろに付け、着実に叩ける敵を潰していくファルナーズの状態を確認するためだ。
右後ろに彼女の機体を確認して安心する。
もっとも、彼女が被弾すればシェルヴィーンが大騒ぎするであろうから、確認せずとも丸わかりではあるのだが。
前方に視線を戻した達也の視野の中、ひときわ大きな紫色のターゲットマーカが現れる。
圧倒的に不利な状態でまともに反撃さえ出来ないことに業を煮やしたのだろう、数十機のヘッジホッグが重力推進を起動し、地上を離れた。
浮き上がったヘッジホッグは姿勢を変え、機体上面を達也達三機に向けた。
同時に三箇所あるミサイルランチャーを覆っていたカバーが開く。
次の瞬間、直径30cm強、長さ1mに満たない数十発のミサイルが次々と空中へ躍り出て、前方に撃ち墜とすべき目標の姿を認めて急激に加速し殺到する。
先の攻撃に較べてミサイルの密度が高すぎる。
自分は何とかなるとしても、後ろの二人がそのミサイルの嵐の中を無事くぐり抜けられるとは思えなかった。
達也は、まだ10km以上離れている撃ち出されたばかりのミサイルの一つに狙いを付ける。
スロットル上のターゲットセレクタダイアルを押して、レーザー砲の自動追尾を一時的にキャンセルする。
前方を向いた達也の視野のど真ん中に戻ったガンレティクルを、その様なミサイルの一発に合わせてトリガーを引く。
レーザーは目標のミサイルを外れる。
いかに達也の技量と言えど、10km先の僅か直径30cmのミサイルを打ち抜けるほどではない。
機体の振動も合わさり、狙いの定まらないレーザーは目標のミサイルを僅かに外れた空間を薙ぐ。
同時に達也はターゲットセレクタダイヤルを再び押し込んだ。
レーザー砲身の自動追尾機能が有効となり、システムはガンレティクル中心に最も近いターゲットマーカを一瞬でロックした。
機体振動を計算に入れたターゲティングシステムがレーザー砲身をごく僅かに動かす。
砲身過熱により強制的にレーザー発光が遮断される二秒間が経過する僅か前、機体振動補正を入れてなおぶれて動き回るレーザー光線が、目標のミサイルの弾頭部分を捉えた。
一瞬眩く光ったミサイル弾頭のフェアリングは、レーザー光の持つ膨大な熱量を叩き付けられ、融けて一気に蒸発する。
蒸発してミスト状になった金属蒸気は、次々に爆発的な蒸発を起こす後続の金属蒸気に吹き飛ばされるか、或いはすでに音速の数倍に到達しようとするミサイル本体が作り出した合成風に一瞬で吹き払われる。
果たしてレーザー光はミサイル内部を融かし、爆発的蒸発で破壊しながら弾頭部分に到達した。
ミサイルランチャーから放出された後、一定の時間が経ったために起爆可能状態になっていた弾頭炸薬をレーザーが灼いた。
レーザーの熱エネルギーで、弾頭炸薬を構成する地球人にはまだ再現することが能わない化学物質の混合物が一気に過熱され、反応温度を超えた。
爆発的な発熱反応が発生し、その反応は一瞬で弾頭炸薬全体に広がる。
地球人をして「戦術核並みの爆発力」と言わしめたミサイルの弾頭が、持てる反応エネルギーを一瞬で解放し、直径100mにもなる巨大な火球を発生させた。
その爆発衝撃波は、僅か十数m離れたところを飛んでいた別のミサイルを吹き飛ばし、一瞬で叩き折る。
着弾したと同様の衝撃を受けたミサイルが爆発する。
その爆発衝撃波はまた隣を飛んでいたミサイルを巻き込み誘爆させ、その連鎖が数km四方の空間に瞬時に伝播した。
誘爆しほぼ同時に爆発したのは、発射された数百発のミサイルのごく一部でしかなかったが、しかし同時に発射された全てのミサイルの針路をぐちゃぐちゃにかき乱し、達也達三機をまともに追尾できない状態にするには充分だった。
そして、一発が小型の戦術核並みの爆発力を持つミサイルが、ほぼ同時に数十発、数km四方の空間で爆発したことで、それらの爆発衝撃波は合成され、まるで一つの反応弾が爆発したかのような衝撃波を辺りに撒き散らした。
達也は、正面に白く煙る衝撃波が発生するのを見た。
「ビビるな。真っ直ぐ突っ込め。逃げたら死ぬぞ。」
下手に逃げようとすると、確実に機体が大破する。
イスパニョーラ島の時と同じだ。
もう反転する時間的余裕は無い。
少しずつ薄まり拡散していく衝撃波面が急速に接近し、目の前で膨れ上がる。
そうは言っても、流石に身体が強張り、顔が引き攣る。
機体全体を巨人の手で殴られたような衝撃が襲う。
何かに衝突したかのように、強い衝撃に視野が真っ白になり、その後一瞬でレッドアウトし、ハーネスが身体に食い込む。
キャノピに幾つものクラックが入った。
コンソールとHMDに幾つもの警告の赤色が踊り、レシーバからは甲高い連続的な警告音が幾つも重なって鳴り響き、いつまでも鳴り止まない。
一瞬遠のいた意識を何とか堪え、達也は霞む目で警告表示を確認する。
タービン失火。主翼歪み計上限突破。右主翼エルロン脱落。左垂直尾翼脱落。ラジオアンテナ脱落。前方光学シーカー破損。他にも細かなものを挙げれば切りがない。
胸と両肩に激痛がある。肋骨か鎖骨をやられたか。
思わず右腕に視線をやり軽く動かす。
耐Gスーツで固定されていた右腕は骨折していないようだ。
機体は衝撃波に跳ね上げられ、高度600m付近を枯れ葉のように舞ながら急速に高度を落としていく。
「ファル、シェル、無事か?」
息を吸い込むのを拒否して咳き込む肺に無理矢理空気を吸わせ、絞り出すように声を出して二人に呼びかける。
スロットルをゆっくりと開く。
明らかな異音が混ざっているが、タービンの回るヒステリックな音が徐々に高くなり、燃料が供給されると同時に轟音を発し確かな推力を得た。
達也は機体を安定させ周囲を見回す。
「ゴボ・・・生きて、るぜ、ちきしょうめ・・・」
シェルヴィーンの声が聞こえるが、嫌な音が混ざる。
「大丈・・・夫。まだ、飛べる。」
荒い息で途切れがちなファルナーズの声も聞こえた。
「高度を、100mに保つ。敵を叩き、ながら合流、しろ。」
達也は機体を右に旋回降下させながら、行きの駄賃とばかりに、高度が上がって射線を確保しやすくなった地上のヘッジホッグを撃つ。
右舷レーザー砲が使用不能となっている事に気付いた。
一瞬で高度を落とした達也機の後ろに、左のエンジンから煙を引いているシェルヴィーン機と、水平尾翼を二枚とも失ったファルナーズ機が合流する。
ワイヴァーンの四枚の尾翼は全て可動式である為、当然運動性は低下するものの、最悪二枚残っていれば安定して飛行することが出来る。
二人の機体も、見た目はその程度の損傷しか確認できないが、実際はもっと多量のダメージを抱えているはずだ。
「やられすぎた。RARを、切り上げて、帰投する。チュオープト05、こちらアラーイスA2。機体損傷が、激しい。離脱する。応援頼む。」
ファラゾア降下地点まで500kmを切っているこの場所から無線が通るとは思えないが、管轄のAWACSに呼びかける。
勿論、何も返答は返ってこない。
どうせジャミングで無線は通らないのだ。何度も呼びかける無駄はしない。
達也は周りを見回し、敵影が比較的少ない方向に当たりを付けて旋回する。
地上にいるためGDDにも探知されず、遮蔽物の陰でレーダーからも上手く隠れている敵が多量に居る可能性はある。
それでも今見えるなかで最善の道を選択するほかはない。
旋回した達也のHMDには、もっとも敵の少ない方向を選んだとは言え、それでも数十を数える敵の存在を示す緑色のマーカーが前方に表示されている。
「突破するぞ。付いて来いよ。遅れるな。諦めるなよ。諦めたら、死ぬぞ。」
やっとまともに出るようになった声でそう言い、表示されるマーカーを睨み付けながら達也はスロットルを開けた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
核爆発並みの爆発衝撃波に真っ直ぐ突っ込んでいって生き残るとか。
ワイヴァーン、戦車並みの装甲持ってるんじゃ・・・?
・・・いーんだよ、細けえこたあ。