3. イスファハン
■ 5.3.1
細かな砂の粒が浮き、まだら模様に茶色くなったタクシーウェイを十五機の戦闘機が行儀良く並んで行進する。
先頭を行くのは、2687TFS通称「アラーイス隊」の隊長であるホサイン・ママドフ少佐が駆るMONEC NFA-13-BF2R スコーピオン。
大型の燃料タンクを胴体内に格納した、少しずんぐりとした印象を受ける機体形状が特徴的だった。
そのすぐ後ろには、L小隊の二人が乗る同じMONEC社製の別の機体が続く。
先頭を行くスコーピオンに較べ、一回り小さく、軽く鋭い印象を受ける形状を持ったその機体は、MONEC NFA-16-DBR5E ワイヴァーンという。
その鋭さという言葉を体現したかのような形状に加え、前方に向けて突き出した前進翼と、機体後部に取り付けられた自由に角度を変えられる四枚の尾翼が強く印象に残る。
スコーピオン三機とワイヴァーン十二機が入り交じったその行列は、滑走路の半ばを過ぎたところでタクシーウェイからランウェイ(滑走路)に進入していった。
センターラインの左右に行儀良く並んだ二機が突然エンジンから轟音を立て始め、まるでその音に動かされたかのように滑走を始める。
滑走する二機はすぐにジェットノズルから青白いリヒート炎を伸ばしてさらに加速し、滑走路の終端まで相当余裕を残しながらも機首を上げて、夕刻も近い乾燥した大地の青く澄み渡った空に向けて駆け上がっていった。
二機が地面を離れ、蜃気楼のようなジェット排気を引いて上昇していくのを確認すると、すぐに次の二機がやはりセンターラインを挟んで滑走路の左右に並んだ。
突然爆音が鳴り、二機がゆっくりと加速を始める。
さらにもう一度爆音が響き、二機のエンジンノズルの中にリヒートの炎が煌めく。
青い剣のような形状の炎を引いた二機はさらに加速し、地面を蹴ってふわりと浮いたかと思うや否や、着陸脚を畳み込みながら空に向けて突き刺さるかのように急角度で上昇していった。
十五機の戦闘機が次々と離陸して、上空を旋回している僚機の集団に加わっていく。
隊長機を先頭にして五つのデルタ編隊を組んだ2687TFSは、ハジ・オルゴール塩湖畔に横たわる基地をまるで名残惜しく眺めるかのように機体を傾け、大きく旋回した後に南に向けて飛び去り、その暗灰色の機体はやがて山々の稜線の向こうに小さくなり見えなくなった。
「アラーイス・アル・ニール。こちらイーヌ・ナシル05。イスファハン東方敵影なし。ルードバール付近に目立った動きなし。安心して引っ越しを済ましてくれ。針路現在のまま、方位21にて距離200km。」
クルザン基地を後にして数分、高度3000mを維持して南西の方角へ飛ぶ2687TFSにAWACSからの情報が入る。
探知用のレーダ波と情報伝達用の電波を常に発しており、無線管制下ではまるで闇夜の灯台のように目立ってしまう上に、機動力も低く速度も出ないAWACS機は、遠距離狙撃が可能なファラゾア戦闘機から標的機の様に狙い撃ちにされてしまうため、ファラゾア来襲後には最前線で活躍する場を失い、確実に安全が確保出来る遙か後方からファラゾアのジャミングによって精度が破滅的に下がった情報を散発的に流すだけという、殆ど無用の長物と成り下がっていた。
ファラゾア機の重力推進を探知するGDDが開発され、航空機搭載用の核融合炉が開発された後、劇的な進化を遂げたAWACSが再び戦場に戻ってきた。
2043年にMONEC社から発表された新型のAWACS機は、探知能力、機体形状、運用方法のどれをとっても従来に無い画期的且つ斬新なものであった。
その早期警戒システムは、ダムセルフライと呼ばれる核融合炉を搭載しモータージェットで長時間飛行可能な無人探知機と、メイフライと呼ばれるやはり核融合炉を搭載した無人ドローン、ダリアと呼ばれる受信ステーションと組み合わされた、地上の管制ステーションからなる。
ダムセルフライは目標としたポイント上空数千mを周回し、航空機搭載型GDDにて敵の動きを探知する。
GDDの基本性能は目覚ましく進歩しており、周回による視差観測を用いることで500km先のファラゾア機を個体識別可能なほどの探知精度を誇る。
索敵情報はダムセルフライから打ち出されるレーザー通信にてダリアに送られ、有線或いはレーザーにて管制ステーションに送られる。
ダムセルフライはダリアを常に光学的に捕捉しており、通信用レーザーがダリアを外す事はない。
データを受け取った地上の管制ステーションは、レーザー通信にてメイフライに信号を送り、周辺各部隊へのラジオ波による指示はメイフライから発せられる。
高価なGDDを搭載したダムセルフライは、完全なパッシブ索敵を行う為、敵に見つかりにくい上に、前方投影面積の小さな機体形状、さらに鏡面加工された機体表面により、遠距離からのレーザー砲狙撃に対して、従来機に較べてある程度の耐久性を持っている。
一方ラジオ波を常に発するメイフライは敵に発見され撃墜されやすい宿命を持つが、所詮は無線発信器を載せただけの無人機でしかないため、安価であり、幾らでも交換が利く。
これら四種のユニットを予備機も合わせて一つあるいは複数の大型トレーラーに積載し、ファラゾアが殆ど注視しない陸上を移動することで最前線近くの空域に早期警戒システムを展開する事が出来る様になったのだった。
このシステムの大きな欠点は、レーザー通信を多用するため積乱雲のような厚い雲が発生した場合に使用不能となる事と、陸上を移動する為に移動速度が遅いことと、海や湖沼などの地形的な問題に左右されやすいことだった。
これらの欠点は改善すべき課題として依然残されてはいるが、しかしそれでも高価で多くの人命を乗せている上に撃墜されやすいという従来のAWACSの致命的欠点を大きく補うことが出来、撃墜されることを嫌って及び腰になり最前線近くにAWACSを投入できなかった問題を劇的に改善した。
「イーヌ・ナシル05、こちらアラーイス01。誘導感謝する。針路21、200km、諒解した。」
「なあに。今日は敵も上がっていなくて暇でね。他にやることもないんだ。暇つぶしさ。」
「それでも助かる。何か困ったことがあったら言ってくれ。力になる。」
「有り難い。覚えておくよ。次、敵に襲われた時にでも助けてもらうかな。じゃ、気をつけてな。」
「諒解。」
イーヌ・ナシル05と名乗ったAWACSと、飛行隊長のママドフ少佐の会話は部隊全員が聞いていた。
作戦行動中では無いが、無用な電波を発することで敵の注意を引いてしまわないよう、言葉を発する者は居なかった。
無線管制など指示せずとも、それなりに経験を積んだ兵士達は、己が生き残るための方法を常に考えて自分達の判断で行動できる。
考え無しに行動する、上官からの命令にただ従うだけの様な兵士は真っ先に命を落とす。
力の無い者が次々と命を落とす過酷な生存競争のようなファラゾアとの戦いの中で、本当に実力のある兵士達だけが生き残る。
新兵生存率が異常に低いこの戦いの、思わぬ副産物だった。
一五分ほどで達也達2687TFSの一五機は、イスファハン上空に到達した。
大きく西に傾いた夕日は今にも地平線の向こうに消えていきそうで、金色の日差しの中にイスファハンの街並みを浮かび上がらせている。
「丁度良い。旋回中時間のある内に礼拝を済ませろ。礼拝の終わった機から降りてこい。俺はもう済ませた。先に降りる。タツヤ、後の奴等の面倒を見てやってくれ。」
「諒解。」
編隊内のレーザー通信を経由して、ママドフ少佐からの突然の指名を受けた。
イスラム教徒では無い達也は夕刻の礼拝が不要であるため、皆に気を配ってやって欲しいという指示だった。
飛行隊長であるママドフ少佐がシャヒード・ベヘシュティ空港へのアプローチに入って抜けた後、達也は編隊の先頭の位置に移動した。
達也の後ろでは残る十二機が黙って後続しながら簡易的な礼拝を行っている。
宗教とは面倒なものだ、と達也は空を見上げて溜息を吐いた。達也自身は無神論者だった。
日本に帰省した父母に連れられ、実家の近くの神社に初詣に行きおみくじを引いたことはある。
だがそれ以上では無かった。
鎮守の神に祈るよりも、神道の神社という異国情緒溢れる建築物と、初詣という一種独特な雰囲気を持った行事に興味をそそられた。そしてそこまでだった。
以前、同じ隊の連中に訊いたことがある。
「飛行中に礼拝の時間になったらどうするんだ?」
「戦闘中ならともかく、時間の許す限りには飛行中でも礼拝する。」
「コクピットの中では礼拝の姿勢を取れないぞ?」
「大事なのは礼拝の形じゃ無い。正しい時間にメッカに向かい神に祈りを捧げようとする心が大切なのだ。」
「メッカがどっちか分からないじゃないか。分かったとしてもメッカの方に向けるとは限らないし。」
「問題無い。メッカは俺達の心の中にある。」
成る程、と思ったものだった。
達也自身、神は人が作り上げた物と思っていたが、真摯に神に向かって祈る者達の信仰は尊重されるべきだと思った。
心の中に存在する神と聖地に向かう祈りを終えた者から、編隊を離れて高度を下げ、アプローチに入っていった。
最後に残っていたのはファルナーズの乗る十二番機だった。
彼女は一瞬加速して達也の横に並び、こちらを向いて軽く敬礼した後に、機体を傾けて右に大きく旋回しながら降下していった。
ファルナーズの機体がアプローチに入ったことを確認して、達也も降下した。
結局、地上誘導員の指示に従って割り当てられた格納庫前の駐機スポットに機体を止め、急激に下がり始めた気温の中で達也がヘルメットを脱いだのは、西の空に僅かな夕焼けの残滓の明かりが残るのみで、東の空に星々が瞬き始める時間となってからだった。
「歴史の重みの匂いがするかい? 古都イスファハンへようこそ、中尉殿。後はこっちで引き受ける。皆メシに行ったぞ。」
キャノピーを開け、昼とは打って変わって過ごしやすい気温となった新鮮な空気を深呼吸していると、ラダーから身を乗り出した整備兵が口髭の下に人懐こそうな微笑みを浮かべて話しかけてきた。
「ああ。こんな所まで来るとは思ってなかったからな。思えば遠くに来たもんだ。」
「マイ、ザ、サワ? と読めば良いのか? 俺はスライマーン・ナギーブ伍長だ。スライでもスーラでも、好きな方で呼んでくれ。」
「水沢中尉だ。達也で良い。よろしく。」
達也は差し出された右手を握った。ゴツゴツとした、力強そうな指をしていた。
階級に差があろうとも砕けた口調で会話をする習慣は、パイロット達の間だけでは無く、整備員や他の基地職員達との間にも広がっていた。
同じ基地で一緒にやっている身内、という感覚である。
希に、命を掛けてお前達を守ってやっているのだからパイロットが一番偉い、という考えを持つ者も居る。
地上勤務の兵士達が居なければ、お前は食事をする事も出来ず、新しいシャツを受け取る事も、もちろん自分の機体に乗って戦いに出る事も出来ないのだと言うと、その手の奴は大概黙ることになる。
「中国、じゃないな。日本人か? またどうして中東まで。」
スライマーンは身体の向きを変えてコクピットの端に腰掛け、達也からHMDヘルメットを受け取る。
「日本人だ。色々あるのさ。行けと言われりゃ、拒否は出来ないしな。」
「成る程。確かにそりゃそうだ。」
そう言って達也は、尻の位置をずらしたスライマーンの脇を通ってコクピットの外に出て、ラダーに足を掛けた。
「どこに行けばメシが食える?」
達也はすぐ脇に腰掛けているスライマーンに訊いた。
皆夕食に行ったとスライマーンは言ったが、その食堂がどこか分からなかった。
「正面、管制棟の隣の建物だ。入ればすぐ分かる。」
「諒解。」
そう言って達也は薄暗がりの中、ラダーのステップを一つずつ降り始めた。
「夜は冷えるぞ。暖かくして寝ろよ。」
ラダーから地上に飛び降りた達也の上から、スライマーンの声が振ってきた。
後ろ向きに右手を振った達也は、教わった建物に向けて真っ直ぐに歩いた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
「メッカは俺達の心の中に・・・」のくだりは、以前とあるちょっと有名なモスクに見学に行った際、境内(?)に居合わせた近所に住むおじさんに中を案内してもらった時に、興味本位で聞いてみた実際の会話です。
なるほど、と思いました。
正確には、「Makkah is in your heart」でしたが。
閑話休題。
お陰様をもちまして、続編の「夜空に瞬く星に向かって」が百万PVを超えました。
これもひとえに、拙作を読んで下さる皆様のおかげです。
まさか自分の作品のPVが百万を超えるとは思ってもいませんでした。本当に嬉しいです。有難うございます。
この場を借りて御礼申し上げます。