1. MONEC(Machinery Organizations Network of Earthwide Connection)
■ 5.1.1
18 November 2044, UNSF Khurzan Air Base, Damghan, Iran
A.D.2044年11月18日、イラン、ダームガーン、国連空軍クルザン航空基地
荒れ果てて乾ききった大地に、砂埃で霞む夕陽が沈んでいく。
夕陽は遠くに霞む岩山の稜線のすぐ上にあり、砂霞の中ゆっくりとギラつく真円の形を山々に近づけていく。
太陽の高度が高い内はその動きを認識することは出来ないが、夕刻となり地上に近付くにつれてそのじりじりと遅い動きも認識出来るようになる。
達也は格納庫脇に置かれた古い長椅子に座って、何をするともなく夕陽が徐々に山並にかかり始める様を眺めていた。
管制棟の裏手に作られた、お世辞にも豪華とは言えない急作りのモスクのミナレットに置かれたスピーカーから、歌うようなアザーンの独特な声が辺りに響く。
部隊の皆は夕刻の礼拝に行ってしまい、達也は一人、暇を持て余していた。
相も変わらず連日行われる出撃を終えた後、機体整備も既に終わっていた。
場所柄、この基地では兵士の殆どがイスラム教徒だった。
自分の機体の整備も終わり、こればかりは詰所の中で礼拝を行っているスクランブル要員はいつでもすぐに出撃可能であるように待機している以上、他の皆が礼拝の為にモスクに出払ってしまっても達也自身特に文句を言うつもりもなかったし、そしてそれを咎める者は基地内には存在しなかった。
達也は夕陽を見続けて少々眩んでしまった眼を太陽から外し、後ろの格納庫を振り返った。
眩しさに慣れてしまった眼には、最初の内は暗い格納庫の中に存在する機体がぼんやりとシルエットになって認識出来るだけだったが、徐々に目が慣れてきて、国連空軍色のダークグレイに塗られたその姿をはっきりと見ることが出来る様になった。
格納庫入り口すぐの所に、少々ずんぐりした印象を受ける大型の機体が数機翼を休めている。
その奥には少し小ぶりではあるものの、シャープな形状を持った別の機体が続く。
大型の機体の愛称は「スコーピオン」と言い、小ぶりでシャープな機体の方は「ワイヴァーン」と言った。
いずれも対ファラゾア格闘戦用にここ数年で新たに投入された機体だった。
機体の愛称は少々陳腐さを感じてしまう月並みなものだが、その性能は従来戦いに用いられていたいわゆる4.5世代機とは比べものにならない折り紙付きのものだった。
スコーピオンの方は、核融合燃料とジェット燃料の二種の燃料を搭載せねばならなくなり、ジェット燃料タンクの容量減少に伴う格闘戦継続能力の低下を補うため、機体を大型化して燃料の容量を確保し、格闘戦時間を長くすることに成功していた。
大型化した機体のメリットを生かし、それぞれ独立して敵機を追尾することが出来るレーザー砲を四門と、それを制御するシステムを搭載している。
つまり、ガンサイト内に複数の敵機を捉えれば、運が良ければ敵を四機同時に撃墜する事が可能という、冗談のような機能を持っている。
一方ワイヴァーンの方は、機体の大きさは従来の戦闘機と殆ど変わらない為、格闘戦継続能力に於いてはスコーピオンに一歩譲るものの、コンパクトな機体に採用された前進翼と、特異な形状の四枚の尾翼と操縦席下に取り付けられた大型のカナード翼によって格闘戦能力そのものを高度に追求した機体に仕上がっていた。
ワイヴァーンの格闘戦能力は、達也がこれまでに乗ったことのある全ての機体の格闘戦能力を上回るものだった。
重鈍なイメージを持たれがちのスコーピオンであっても、4.5世代機に較べて高い機動力を維持しつつ、ほとんどズルとも言えるレーザー砲攻撃システムを併用する事で、総合的な格闘戦能力はワイヴァーンと較べても遜色の無いものとなっている。
足で稼ぐワイヴァーンと、破壊力で稼ぐスコーピオン、といった所だった。
いずれの機体もフランスに本部を置く、近年急激に大きく成長を続けているヨーロッパの航空機メーカーが開発したものであった。
部品供給の問題から、アジア太平洋地域でその機体を眼にすることは余りないが、ユーラシア大陸のど真ん中に打ち立てられた、ナリヤンマル-アクタウ-ルードバール各ファラゾア降下地点を繋ぐ通称「ユーラシア大断線」以西の地域では、対ファラゾア格闘戦用に改良を重ねて配備されていた4.5世代戦闘機を押しのけ、急速に世代交代が行われていた。
その航空機メーカーは、発足当初はヨーロッパ連合(EURO UNION)が主催した幾つかのヨーロッパ航空機メーカーからの出向者のチームを中心に、ヨーロッパにある機械工業を生業とする幾つもの民間企業が協賛する緩やかな共同体のような形態として、フランス・エクサン-プロヴァンスで産声を上げた。
その名をMachinery Organizations Network for Evolution (MONE: 進歩的機械工業ネットワーク)と言い、核融合炉の小型化に始まり、撃墜したファラゾア機から得られた合金技術の実用化、人類が持つものを遙かに超えたセンサー技術、想像を絶するような構造をした有機化合物によるハイブリッド素材技術など、従来の航空機産業界ではまるでカバーしきれない挑戦と難問を山ほど抱えた対ファラゾア戦闘機の開発の為に、産業分野の枠を越えた協力体制を形成することが目的であった。
遙か先に進んだ科学技術を持つ敵に対して、当然の如く人類は負け続け、そして敵はその支配地域をゆっくりと、だが着実に広げて行き、このままでは人類は加速度的に工業力を失っていき、そしてさらに加速度的に支配地域を敵に奪われ、あとは滅亡という名の奈落の底に転がり落ちるようにして、最後にはこの宇宙から消滅してしまうであろうことが、僅かでも洞察力のある者であれば誰の目にも明らかであった。
強大な敵を止め、押し返すために有効な兵器が渇望され、その産業共同体は急速に成長し、さらに企業間の結びつきを緊密なものへと変えていった。
西暦2042年、それまではあくまで民間企業の共同体組織でしかなかったMONEは、ドイツ・ブレーメンにて熱核融合炉を利用した航空機エンジンを開発していたEU直轄組織DTNFGA(Project for Development of Thermo Nuclear Fusion Generator for Airplane:航空機用熱核反応炉開発プロジェクト)と共に統合され、社名をMONEC(Machinery Organizations Network of Earthwide Connection) Corporationへと僅かに変えて、ヨーロッパ最大の航空機産業複合体へと生まれ変わった。
MONEC社の本部はMONE本部のあったエクサン-プロヴァンスに、開発拠点はブレーメンに置かれた。
MONEC社はその社名が示す如く、地球規模での航空宇宙産業及び機械産業を中心として官民学の区別無く、ファラゾアに対抗するための兵器を開発する為の共同体であることを目指した。
EU主導で成立した組織とは言え、いち民間企業が同業他社を含めて全世界的な様々な組織のネットワークを形成することを目的としているのは奇異な印象を受けるが、人類の存続をかけてファラゾアという強大な外敵に対抗するための特殊事例、或いは民間企業という名を借りて組織共同体を統括するための組織、言い換えるならばなり振り構わず全人類の持てる力を結集し集中させるための措置であると言えた。
MONE時代はヨーロッパに本拠地を置く航空機産業が中心であったものが、MONECと名を変えた後は遠く日本の航空産業や北米でどうにか息を吹き返した航空機会社をもそのネットワークに加え、航空宇宙機開発において全世界の企業や組織が、お互い競合他社やライバルでありつつ共同研究関係にあるという、従来では余り見られなかった形態での航空機を中心とした兵器開発体制を構築した。
例えば、MONEC社と日本の高島重工業は戦闘機の開発製造という意味で完全な競合他社であるが、高島重工業はMONEC社に対して人材を出向させてMONEC社としての戦闘機開発を行わせていた。
一方、共同研究関係にもある両社は、世界中から様々な分野での優秀な頭脳が集められMONEC社で開発された兵器に関する設計や情報を共有しており、MONEC社で開発された戦闘機を高島重工業の工場で生産する、或いは改良を加えて派生型を開発するための素体として利用する、ということも可能であった。
もちろん情報と人材の交換には金のやりとりが絡むのではあるが、そういう意味で開発力、生産力や資金力のある組織はそうでない組織よりもより優位な立場で利益を享受できるという、MONECという組織の中での不思議な弱肉強食、適者生存の原理の適用が発生していた。
MONEC社という存在をそのままの航空宇宙産業のいち民間企業と捉えるのでは無く、航空宇宙産業という分野そのものを体現したものと読み替えるなら、その「社内競合と生存競争」も理解しやすいかも知れない。
ヨーロッパの国家企業はもとより、ユーラシア大断線で国土を二分されたロシア、大陸の反対側の端でたった二国で手を取り合って孤軍奮闘を続ける台湾と日本、国土も経済基盤もインフラも何もかもをズタズタにされて二流国家に転落し、ようやっと這い上がる為の歩みを始めたばかりの北米大陸の二国、幾つものファラゾア降下地点により隔てられた遙か海の彼方に孤立するオーストラリアも、この地球規模の大プロジェクトに諸手を挙げて賛成し、参画した。
唯一、国土の全てがユーラシア大断線の東側にあり、広大な国土を抱える割には国内にたったひとつのファラゾア降下地点しか持たず、資源的にも労働力的にも戦力的にも他国を頼ること無く自国内のファラゾアを封じ込め、自国を防衛することが可能である中国のみが、当該プロジェクトに参加することで発生する技術流出の危険性を訴え、自国の先進的軍事技術が他国にだまし取られることは容認できないと、MONECとの共同開発や人材、情報の交流を受け入れなかった。
その隣国である統一朝鮮は、閉鎖的な姿勢を維持している旧北朝鮮派閥と、国際共同研究に前向きな旧韓国派閥との間で意見の調整が難航し、少なくともMONEC社設立時の参画メンバーには名を連ねていなかった。
南北統一により大きく国力が低下したため、統一朝鮮はMONEC社或いはEU側から余り重要視されず、国内の意思が統一されるまで待って貰えなかった、というのは裏話である。
その様にして設立された航空宇宙分野での巨大企業MONEC社は、設立直後からその有り余るパワーを遺憾なく発揮し、対ファラゾア戦に有効な兵器を次々に提案していった。
今まさに達也が格納庫の中に見ているスコーピオン、ワイヴァーンも矢継ぎ早にMONEC社から発表された兵器の一つであり、そしてその性能の高さと対ファラゾア航空格闘戦における有用性から、いわゆるユーラシア大断線よりも西の地域において次々と大量に配備され、戦線を支える戦闘機の一翼を担っていた。
だが幾ら高性能化したとは言え、それらの機体はあくまで空力航空機であり、重力推進で縦横無尽に飛び回るファラゾア戦闘機に較べて、速度も機動力も、そして攻撃力も、まだまだ足元に及ばぬ性能のものでしかなかった。
達也の様なエース級パイロットを搭乗させるならばその戦闘力は飛躍的に向上し、並み居る敵機を圧倒し薙ぎ払うほどの戦果をもたらす事が出来るが、一般の兵士ではあくまで生還率をいくらか向上させ、出撃一機当たりの撃墜数をそれなりに向上させる程度の効果でしかなかった。
地球人類の技術はまだまだファラゾアのそれに全く追い付いておらず、対ファラゾア戦はパイロットの個人的技能に頼り切りである事を明確に示す証左と言えた。
それでもこれらの最新鋭機は、例え劇的な変化では無いにしても戦いを有利に進めることが出来る新兵器として、多くの将兵から全面的にその存在を受け入れられていた。
砂が浮いたエプロンのコンクリート舗装路面を踏みしめる足音に達也は振り向いた。
達也に並ぶほどに長身痩躯の黒髪の女と、それより少しだけ背が低く日焼けした肌に顎の先端にだけ生やした髭が印象的である若い男が、既に山稜の向こう側に隠れてしまった夕日の残滓の光の中、自分の方に向けて歩いてくるのを達也は認めた。
「タツヤ、おまちどうさま。晩ご飯、食べに行きましょう?」
女が良く通る声で達也に向けて言った。その言葉を紡いだ、鮮やかな赤い口紅の乗った大きな口許が印象的な女だった。
「早く行こうぜ。ケバブが無くなっちまう。」
その髭の印象に似合わず、人懐こい笑顔で笑いながら若々しい声で男が言った。
「わざわざ呼びに来る必要もないだろうに。まあ、礼を言う。」
そう言いながら達也はベンチから腰を上げ、尻に付いているであろう砂を両手で叩き払った。
「御飯はね、みんなで一緒に食べるのが一番美味しいのよ? どこかの予言者も、家族みんなで食事をするようにって言ってるわ。」
イスラム教徒としてあり得ないような発言を聞いて、男の方が笑いを深める。
チャドルどころかヒジャブさえ着用しない彼女と、同じ小隊のメンバーとして付き合って行くにはその様な細かいことを気にしているようでは身が保たないのだ。
「いやもう、礼拝の最中から腹が減って腹が減ってさ。」
「シェルヴィーンったら、礼拝が終わって一番最初に飛び出してきたものね。」
そう言って女は形の良い唇の両端をつり上げて笑う。
「仕方ねえだろ。機械音痴のファルナーズの分まで外周チェックを毎回やらされる俺の身にもなってみろよ。二機分走り回るから、地味にしんどいんだって。」
シェルヴィーンと呼ばれた顎髭の男が、笑いながらもファルナーズと呼んだ女の顔を睨む。
「はいはい。感謝してます。」
ファルナーズが苦笑いする。
「ファル、笑い事じゃ無い。一通り出来るようになった方がいい。いつか痛い目を見る。」
歩きながらシェルヴィーンとじゃれ合うファルナーズを見て達也が言う。
「分かってるのよ? 分かってるんだけど、幾らマニュアル読んでも頭に入ってこないし、マニュアル見ながらでもどれがどの配線かサッパリ分からないものは仕方ないじゃない。下手にいじって壊すのも嫌だし。」
「ファルナーズだと、整備しているつもりが逆に不調になりそうだ。いいよ、俺がやってやる。仕方ねえ。」
「任せて。工場からロールアウトしたばかりの新品でも不調にさせる自信はあるわ。ゴメンね、シェル。任せた。」
「おうよ。」
二人の会話を聞いて苦笑いを浮かべた達也の元に、食堂から漂う肉の焼ける良い匂いが漂ってきた。
「うおー、スッゲェ良い匂いだぜちきしょー。腹減ったぁ。喰うぞー。」
「明日も朝一から出撃だからな。ほどほどにしておけよ。」
拳を握りしめる部下の姿を見て、達也が再び苦笑いを浮かべる。
「大丈夫だ。オレ様の強靱な胃袋なら、どんなに喰っても明日の朝には再び腹が減っている。」
国連空軍クルザン航空基地所属2687飛行大隊A2小隊の三人は、笑いながらキャンティーンの中に進んでいった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
新章です。また主人公が達也に戻ります。
なんか、キョーレツな説明回になってしまいましたが、どこかで一度やっとかなくちゃいけない事なので、申し訳ありませんがお付き合い下さい。
「カネがある奴が勝つ」みたいな書き方をしましたが、勿論弱小ヴェンチャー企業も共同研究先のMONECに認められると、一発成り上がれる可能性があるということで、そう言う意味でも自由競争は効いています。