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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第四章 OPERATION 'MOONBREAK'
100/405

11. システム暗証番号


■ 4.11.1

 

 

 ミサイルを全て捨てた事は、僅かではあっても確かに戦いに余裕を与える結果となった。

 一発が200kgとしても、十三発のミサイルで2.6tの重量が減ったことになる。

 機体重量45tほどの機体から、3t近い重量が消えれば、明らかに運動性に違いが出る。

 実際、旋回速度は体感で僅かに上がっているように感じる。

 

 しかしそれは戦局を変えるほどの決定的な差では無かった。

 相変わらず俺の機体の旋回は敵の移動に追随できるほどでは無く、ミサイル一斉発射で敵の動きを乱して二機撃墜した以降の戦闘は、再び膠着状態のような追いかけっこに戻っていた。

 

 既に戦い始めてから一時間以上が経つ。

 集中力も切れてきた。

 常にGにさらされ続ける身体の、体力の消耗も激しい。

 圧感応式であるとは云え、操縦桿を握る手は常に緊張して力がこもっており、疲れた手には握力は無くなり、同時に感覚も鈍くなっている。

 Gに耐えるために荒い息を続ける肺は破れそうで不快な音を立てており、酸素マスクからの乾いた空気が通る喉は炎症を起こしそうなほどに乾き干涸らびている。

 緊張の連続で頭痛が酷く、疲れから眼も霞む。

 Gで揺さぶられ続けている内臓が悲鳴を上げており、胃の中に何か入っていたならとうの昔にヘルメットの中に吐き戻していただろう。

 一方大量の汗をかいた耐Gスーツの中は、まるでスーツを着たまま風呂にでも浸かったかのように汗でぐちゃぐちゃに濡れている。

 不快なんてもんじゃない。

 グローブの中の掌は汗と油でヌルヌルと滑り、操縦桿を握る力が余計に必要で掌の疲れに拍車をかける。

 重いHMDを支える首筋は疲れとGによるダメージで激痛を発しており、腕に力を入れる度に電気が走ったかのように痛みが腕を伝う。

 

 それでも闘い続けねばならない。

 僅かでも気を抜けば、人が絶対に生き延びることが出来ない、そして救助を期待することも出来ないこの宇宙空間で撃墜されてしまう。

 敵のレーザーは強力で、俺の機体など一瞬で爆散させるだけの威力を持っている。

 例え撃墜時に運良く生き延びたとしても、次に待つのは呼吸のための空気が無くなり酸欠で死亡する確定ルートだけだ。

 

 どれほど身体が酷い状態になって死にそうであっても、死んでいないならば、死なないために闘い続けなければならない。

 煌めく無数の星々の中で、時折視野の端を掠めるように流れていく青い星、今では遙か彼方に小さくなってしまったあの地球に帰るために。

 

 未だに俺の機体は数十km/sの速度で地球から遠ざかり続けている。

 常にコンソールに表示され続けている地球と月までの距離は、それぞれ50万kmと20万kmという数字を示している。

 既に月の公転軌道からも大きく離れ、太陽系の脱出速度さえ超えた速度を殺す余裕さえ与えられず戦闘機動を続ける俺の機体は、ファラゾアの戦闘機と闘い続けながらも太陽系の外を目指して地球から遠ざかり続けていた。

 

 戦いの合間の僅か一瞬の隙に反応炉(リアクタ)状態(コンディション)を示すインジケータを盗み見る。

 先ほどの被弾で相当な量の燃料を失ったはずだった。

 常に方向が変わる高Gのもと、僅か一瞬の間ではなかなか表示が読み取れず、かなり時間を掛けて苦労して数字を読み取る。

 反応炉のイメージの下に表示されている数字は、残燃料82.3L、予想継続燃焼時間2.4hだった。

 まだだ。まだ大丈夫だ。

 予想以上に減っているが、まだ帰る事が出来る。

 地球から月への移動が三十分のこの機体だ。

 しかしこのまま激しい高機動が続く戦いを継続していては帰れなくなる。

 身体中に蓄積されていっている疲労も激しい。

 ミノリもいつまで耐えられるか分からない。

 

 運動性が多少良くなったとは言え残り四機。

 ミサイル一斉発射まであれだけ膠着状態だった戦いが、そう簡単に決着するとも思えない。

 それでも俺には、戦い続けできるだけ速やかに敵を斃す以外の道は残されていなかった。

 

 敵のマーカーを追いかける。

 先ほどまでよりも敵の位置が近い。数百km。

 俺がミサイルを撃ち尽くしたのを知って肉薄してきたのか、或いはただ単に勝負を決めに来ているのか。

 

 接近されると狙いが付けにくい。

 数十kmを移動する敵のランダム機動が、近距離だと大きな角度になってしまい、主観的には視野の中から突然敵が消えたように見える。

 再び敵を視野に収める為に大きく方向転換しなければならない。

 そして方向転換し終わった頃にはもう敵はそこにいない。

 

 敵も馬鹿じゃ無い。

 すぐに狙いを付けやすい、俺の前方に移動してくることはない。

 Su-102は後方に核融合ジェットを吹き出しているので、機首がどっちを向いているかなんて一目瞭然だろう。

 

 エンジンを止める? 下策過ぎる。

 加速しない物体はただの的だ。

 

 もっと高速で旋回する? 既に限界までやっている。

 一方向に長時間旋回するのは、動きが単調になる。

 

 敵の動きを予測する? それが出来れば苦労はしない。

 だから「ランダム」機動と呼ばれるのだ。

 

 いや、待てよ。

 まだやっていないことがある。

 徐々に酷くなる頭痛を抱えながらも考える。

 

 敵の動きで唯一予想できるのは、俺の前方には絶対出てこないこと。

 ならば、後ろ半球に出てくる可能性が非常に高い訳だ。

 今までは旋回力が追い付かず、敵が後ろに居ると分かっていても瞬時にその方向を向くことが出来なかった。

 まずは敵の動きのパターンをもう少し冷静に見なければ。

 

 紫のマーカーを追い続ける。

 上方一機。

 上昇。

 ターゲットロック。P1。

 P1が消える。

 どこだ?

 左下方にいた。

 操縦桿で旋回するのでは無く、降下しつつラダーを蹴って左旋回。

 旋回し終わる頃には再び消えている。

 どこだ?

 左上方にP1の文字。

 再びラダーを使って旋回。

 P1が消えた。

 左後方。

 上昇して反転しつつ左旋回。

 上方に来たところでP1が消える。

 右後ろ上方。

 継続して上昇。そしてラダーで右旋回。

 あと少しで正面という所で消える。

 右横。

 左足でラダーを蹴り飛ばす。

 右旋回。

 P1が消える。

 右下方。

 降下、右旋回。消えた。

 さらに右下方。

 クソ。

 操縦桿を押し込み続ける。

 レッドアウト。

 頭が脈動して割れそうに痛む。

 旋回速度が上がり、あと少しという所で再び逃げられる。

 P1は俺をあざ笑うかのように左下方に現れた。

 成る程な。クソ野郎が。

 

 酷くなりすぎた頭痛を抱え、粘着性の鬼ごっこを一旦止める。

 

 敵の動きは、あくまでランダム機動だ。

 一度に数十km、大きく動いても100km程度しか動かない。

 そこに、俺の機体の前方に入らないという動きの制限を加えている。

 さらにそれに加えて、他の三機とは角度的に接近しすぎないようにもしている様だ。

 互いの射線を邪魔しないようにしているのだろう。

 つまり、敵はその三つの条件が重なった場所に現れる可能性が高い。

 とは言え、それが分かったところで旋回が追い付かなければどのみち捕捉できないのだが。

 

 ただ、Su-102には二系統のスラスタがある。

 メインエンジンの核融合ジェットを分岐して噴射するものと、メインエンジンが停止状態でも使用できる化学ロケットのスラスタだ。

 機体全体をスラスタ孔だらけにする訳にはいかないのだろう、両方とも同じ噴射口を使っている。

 

 ランダム機動が疎かにならないように注意しながら、コンソールメニューを操作する。

 動力系制御、スラスタ手動切替、化学スラスタ「ENABLE」。

 

 電子音が鳴り、警告メッセージが表示された。

 

 

 「CHEMICAL THRUSTER IS NOT RECOMMENDABLE, IN DOGFIGHTING」

 (戦闘中の化学スラスタの使用は推奨されない)

 

 

 火器管制モードがREDになっている為のメッセージだろう。

 そんな事は百も承知なんだよ。

 戦闘中に推力の弱い化学スラスタに切り替える馬鹿がいるか。

 誰も化学スラスタに「切り替える」とは言ってねえだろが。

 

 カーソルを操作して、「化学スラスタ」と「核融合(FUSION )ジェット(JET)」の両方を選択する。

 その状態で「ENABLE」を選択した。

 短い電子音が鳴り、HMDの中央に文字が表示された。

 

 

 「SYSTEM PIN REQUIRED; ■_____ 」

 (システム暗証番号を入力)

 

 

 出来る事に一瞬驚いた。

 いや、好都合だ。というよりも、出来る事を期待していた。

 

 システム暗証番号は、あの心配性の整備兵が渡してくれた手書きのメモの中に確かあったはずだ。

 

「これを使えば、どんな無茶苦茶な命令でも全部出来る様になりますからね? 余程のことが無い限り絶対使っちゃダメです。乗ったまま融合炉を暴走させて爆発させる、なんて命令も出来る様になるんですから。」

 

 流石ロシア製の機体、と思ったものだ。

 旧西側の機体であればいわゆるフェイルセーフ機能、或いはインターロック機能が備えられており、そんなバカな命令はシステムが絶対に受け付けない。

 逆の言い方をすれば、設計オフィスの技術者がコーヒー片手に机上で考えた大きなお世話な機能だらけで、戦場の極限状態での柔軟性に欠ける。

 

 俺はワイルドな設定のロシア製の機体に感謝しながら、左手を耐Gスーツ固定具から外す。

 ランダム機動で急激な旋回を繰り返すGの中、苦労しながら耐Gスーツの不器用な指でスロットルレバー下のパネルを開けた。

 パネルの蓋の内側に幾つかの白い付箋紙。

 そのうち一枚に「SYSTEM PIN」と書かれており、その下に長い数字の羅列。

 その付箋紙を毟り取り、眼の前で揺れるミノリのヘルメットの脇に貼り付けた。

 済まないマイエンジェル。

 ちょっと一瞬だけホワイトボードの代わりをしてくれないか。

 

 ランダム機動の高Gに振り回され、俺の身体の前に固定してあるミノリの耐Gスーツに邪魔されながらも、コンソール上に表示されたテンキーに付箋紙に几帳面な数字で書かれた長いシステム暗証番号を打ち込む。

 

 

 「SYSTEM PIN ACCEPTED;」

 (システム暗証番号承認)

 

 

 「THRUSTER; CHEMICAL; FUSION JET; 」

 (スラスタ; 化学スラスタ、核融合ジェット 併用)

 

 

 少し長めの電子音がレシーバの中で鳴り、システムの安全機構によりロックされていた機能が解放された。

 

 継続しているランダム機動の為にラダーを踏みつける。

 次の瞬間左舷機首に、核融合ジェットの白い炎でもなく、化学スラスタの霧のような噴射でもない、真っ赤な爆発炎が発生して俺の身体は耐Gスーツの左側に叩き付けられたように押し付けられた。

 

 スラスタノズルがどれだけ保つかが心配だが、この加速ならいける。

 俺はバイザーの中で不敵な笑いを浮かべる。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 今回、長さ調整しましたのでちょっと短めです。


 キーボードですが、今回は数字を打ち込むだけのテンキーなのでコンソールに表示されるものを使用しています。

 フルキーボードも装備されており、普段はコンソールの下に格納してあって、必要に応じて(通常は整備時)引き出して使用できます。

 某風の妖精のKBと同じですね。というか、まんまパクリですが。

 本来、戦闘中にキーボードなど打つ暇などある訳がないので、耐Gスーツ固定具を使用したままではKB使用できないようになっています。

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― 新着の感想 ―
そ、それでもビームはロマンなんだ!(汗)
[一言] なんか色々現実的に考えると弾速のあるビームで撃ち合いとか艦隊戦やってる作品が壮大な茶番になるね スポーツかな? 知ってたけどこれ読んでから尚そう思えるようになった
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