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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第一章 始まりの十日間
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9. 太洋の墓標


■ 1.9.1

 

 

 18 July 2035, U.S. Seventh Fleet, on Pacific Ocean

 A.D.2035年07月18日、米海軍第七艦隊、太平洋

 

 

 地球上最強の兵器、或いは死の遣い(デス・ブリンガー)として恐れられる巨大な船体が、波の穏やかな海面を切り裂き、白い航跡を長く伸ばして青い海原を突き進む。

 その巨体を取り囲む様にして、三十隻以上もの巡洋艦、駆逐艦などが同じ様に白い航跡を引いて同航している。

 

 艦隊の後方に点のように見えていた航空機が三機、音も無く急速に母艦に近付き、その右舷を高度200mほどの低空飛行で、音速を超えた印であるベイパー・コーンを身に纏いつつ駆け抜けていった。

 進路を変える事無くそのまま艦隊前方に向けて飛び抜けた三機のF/A18iアドヴァンスドホーネットの後を追いかけるように、超音速衝撃波に圧縮されたターボファンジェットの耳を聾する轟音が、飛行甲板上に響く酷い騒音をさらに上回って辺りに響き渡る。

 

「誰だ、あのクソガキは!?」

 

 艦橋に艦長の怒声が響く。

 

「102飛行隊のエドガー・リークス中尉です。」

 

「皆が神経を張り詰めていると云うのにふざけやがって。降りて来たら厳重注意しておけ!」

 

「イエス、サー。」

 

「あれからグアダループは何か言ってきたか?」

 

 揚陸指揮艦「グアダループ」は、約半世紀に渡って世界最強の艦隊の旗艦として働き続けた同じ揚陸指揮艦「ブルーリッジ」の後継艦であり、現艦隊司令であるアルバート・ワトキンス海軍中将を乗せ、彼の乗艦の数km後方を同航しているはずだった。

 

 彼、ジョナサン・マクミラン海軍大佐が艦長を務める航空母艦CVN-82「バラク・F・オバマII」は、グアダループ指揮下の第七艦隊を構成する中心的艦船として、オーストラリア西方で行っていた米豪合同大規模軍事訓練を急遽中止し、艦隊を構成する他の三十隻ほどの艦船と供に西海岸に向かうように指示されていた。

 

 ほんの数日前、突然本国との通信が途絶し、GCCS(汎地球指揮統制システム)が意味不明のデータと、大量のウィルスを撒き散らして訓練中の第七艦隊全体を大混乱に陥れた。

 GCCSを含めて、艦隊で用いられているあらゆるシステムはサイバー攻撃に対して充分な冗長性を確保していたため、四十八時間以内に何とか復旧させはしたものの、それ以降本国とシステムを接続することが出来なくなっていた。

 正確には、GCCSを接続しようと何度も試みたのだが、その度に艦隊側のシステムをハッキングしようとする動きが見られた為、毎回慌ててシステムの接続を遮断するという状態が続いていた。

 

 その様な異常事態について説明を求めようとも、ただの無線さえも思うようにまともに繋がらず、どうにか旧来のアナログ無線が繋がったサンディエゴ基地からは、米国が正体不明の敵に襲われており、この迎撃のために第七艦隊は総力を挙げてパナマ湾に急行せよという、これまた要領を得ない指示が平文で送られてきたのみだった。

 正体不明の敵というものもさることながら、さらにその敵に米国本土が襲われているという信じられない話の上に、急行すべき行き先がパナマ湾であるなどさらに意味が不明で、全くもって理解出来ない話だった。

 米国本土が敵に襲われるような緊急の異常事態であるのならば、管区など気にせず第七艦隊は喜望峰を回ってメキシコ湾を目指すべきなのだ。

 或いは、中国本土でもロシア太平洋岸でも、敵の本拠地を直接叩きに行けば良いではないか、と云うのがジョナサンの考えだった。

 

「ノー、サー。新たな指示はありません。」

 

「そうか。」

 

 祖国が攻撃を受けているというのにその詳細も分からず、手元に世界最強の艦隊があると云うのに何も出来ないというのは思った以上に神経を削るものだ、と、故郷(くに)に残してきた家族と老いた両親の事を想い、ジョナサンは周りの将官達に気付かれない様艦長席で押し殺した溜息を吐いた。

 

 その溜息が聞こえていた訳でも無いだろうが、彼が溜息を吐いて視線を艦橋の外に広がる青い海面と晴れ渡った空に向けた瞬間、艦橋に鋭い警告の声が響いた。

 

「未確認の飛翔体多数探知! 艦隊全艦対空戦闘用意! 全艦対空戦闘用意!」

 

「距離と方位、規模を報告せよ!」

 

 訓練の成せる賜物か、空と海の狭間の空間に心を彷徨わせかけていたジョナサンは、視線を艦橋内に戻しつつ反射的に問うた。

 

「距離20海里、方位25、高度1080、進路11、数・・・3000!!」

 

 レーダー担当兵の悲鳴のような読み上げが響く。

 

「馬鹿な。距離20海里? 真上か!? 3000だと!? 数量再確認!」

 

 報告された未確認飛翔体までの距離、高度、そしてその数量までもがどれをとっても常識を遙かに凌駕していた。

 システムのエラーか、担当兵の見間違いだろうという意識が強かった。

 例えそう思ってしまったとしても、つい二日前までネットワークを通じて侵入したウィルスやワームと戦い、意味不明な表示にうんざりさせられていた彼らのことを責めることは出来ないであろう。

 

「イエス、サー! 数量再確認。数3000です。イージスリンク経由のデータです。対空戦闘用意はグアダループからの指示です。未確認飛翔体、本艦隊に向けて降下中! 速度M8.5! 接触まで100秒!」

 

「ミサイルか!?」

 

「不明です。数量からするとミサイルと思われますが、挙動がミサイルとは異なります。」

 

 ミサイルだとしても新方式のミサイル、そうで無ければ何か航空機の一種か。

 なんてこった。

 たったの100秒では、迎撃機をあげる暇さえ無いじゃないか。

 

「今、直援は何機上がっている!?」

 

「現在直援は102飛行隊の十二機です。」

 

「既に対空戦闘装備の全機発艦準備! 準備整い次第順次発艦!」

 

「イエス、サー! 準備整い次第発艦。」

 

 いきなり真上から襲いかかられるなど、想定外の襲撃だった。

 今は一機でも多くの直援機が欲しい。100秒では一機を発艦させることさえ出来ないだろうが、それでも何もせずに手を拱いているだけという訳にはいかなかった。

 

「グアダループより指示。全艦VLSM発射用意。統制射撃。」

 

「強力なバラージジャミングです! 目標マージ。」

 

「ジャミングにより通信に障害。イージスリンクは維持。」

 

 旗艦グアダループからの指示により、バラク・F・オバマIIの周りを囲むミサイル駆逐艦、巡洋艦から煌めきと白い尾を引いて次々とVLSミサイルであるSM6が真っ直ぐ空に向けて飛び上がっていく。白い噴煙を次々と撃ちだしていくイージス艦に囲まれ、バラク・F・オバマIIの回りはまるで煙幕を張ったかの様な状態になる。

 

 しかし艦隊全てを合わせても千発に満たない数のVLSMしかないのだ。

 そして全てのVLMSがSM6の様な高高度迎撃用である訳も無い。

 つまり例え全ての高高度迎撃ミサイルが命中したとしても、大多数の敵がまだ残っている。

 SM2やESSMでは、真上からM8.5で襲いかかってくる目標に対して、時間的に対応出来ない。

 CIWSは間に合うだろうが、目標がCIWSの射程に入ってから着弾するまでは僅か数秒しかない。

 それは巡洋艦に装備されている5インチ砲にしても同じだった。射程15kmとは言え、垂直に15000m撃ち上げられるわけでは無いのだ。

 

「SM6撃墜されています。現在残285。」

 

「目標推定高度500。速度変わらずM8.5。接触まで50秒。」

 

 絶体絶命の危機にジョナサンが顔を顰めた瞬間、バラク・F・オバマIIの左前方約1kmの海上を航行していたアーレイ・バーク級駆逐艦ベンフォールドが突然水煙に包まれた。

 水煙の中に幾つもの爆発の煌めきが見え、巨大な水柱のようだった水煙を吹き飛ばして赤黒い爆炎が膨れ上がり、ベンフォールドを構成する構造物の一部であったと思われる様々なものの固まりが辺り一面の海面に撒き散らされた。

 一瞬遅れて、腹の底まで貫くような爆発音が海面に轟く。

 バラク・F・オバマIIを含む艦隊の進行に応じて後方に動いていく水煙の向こうには、そこに居る筈だった駆逐艦が存在しなかった。

 

 爆発音は一つだけではなく、立て続けに幾つもの轟音が第七艦隊が進む海域に轟き響く。

 

「駆逐艦ベンフォールド爆沈! 駆逐艦マッキャンベル爆沈! 巡洋艦シャイロー爆沈! 駆逐艦フィッツジェラルド爆沈! 巡洋艦アンティータム爆沈!」

 

「上空の未確認飛翔体から多数の小型飛翔体が分離! ミサイルと思われます。 数100。 目標本艦、速度M25! 着弾まで9秒!」

 

 読み上げられる異常な数値にジョナサンは目を剥いた。

 

 その視野の中で、彼の乗るバラク・F・オバマIIの飛行甲板が一瞬輝いた。

 発艦準備を進めていたF/A18iアドヴァンスドホーネットが白く輝き、そのまま弾ける。

 真っ白に埋め尽くされていく視界の中で、飛行甲板が吹き飛び、めくれ上がるのが見えた。

 吸い込まれそうな濃紺色だった周囲の海面が真っ白く一瞬で沸き立ち、膨れ上がった。

 

 実際の所、米海軍航空母艦バラク・F・オバマII艦長であったジョナサン・マクミラン海軍大佐が命を落とした直接的な原因は、飛行甲板上で発艦準備を進めていたF/A18iが翼下パイロンに装備していた短距離空対空ミサイルAIM-11Cが、強烈なレーザー光を浴びて瞬時に融け落ち爆発した衝撃によって吹き飛ばされた母機F/A18iの主翼の破片が艦橋内に飛び込み、彼の頭部を直撃したことによる。

 しかしそのF/A18iを融かし瞬時に爆散させたレーザーは、同様にバラク・F・オバマIIの艦橋構造物を融かし、爆発的な金属蒸気の蒸発を発生させ、アンテナや艦橋の構造材や甲板の装甲などがぐちゃぐちゃに融け混ざった金属の塊に変え、彼の身体も同時にその中に巻き込まれて、爆発的に気化する金属蒸気と共に辺り一面に飛び散った

 

 周囲で守りを固める駆逐艦達を一瞬で破壊したレーザー砲の照射を受けても、図体の大きなバラク・F・オバマIIはまだレーザーによって熱せられ激しく沸き立つ海面上に浮かんでいた。

 世界最大を誇る巨体は、例えその上部構造物が全て融け落ち、甲板上にあった何もかも全てが融け混ざり爆発して消失した後であっても、船体自身は未だ海面に浮き続けるだけの浮力を維持していた。

 しかしさらにそこに100発ものミサイルが飛び込み、一発ずつが小型戦術核並の爆発を起こして航空母艦の巨体が存在した辺りの海水を含めてありとあらゆるものを爆破し吹き飛ばし破壊し尽くし、そしてその巨大な水柱が収まったとき、そこにはその空母を構成していた破片が海面に漂う以外、もう何も存在しては居なかった。

 

 機動艦隊の中心である空母をこの世から消滅させた大爆発が巻き起こした爆風と巨大な波を受けて、5隻の駆逐艦と1隻の巡洋艦が横転し、海の底に向けて沈んでいった。

 上空から降下してくる3000もの機体に備えられた大口径レーザーの集中攻撃を受けて多くの艦船が爆沈し、数十秒後地表近くまで降下してきて艦隊上空を覆うように飛び交うファラゾアの戦闘機械からの攻撃を受け更に多くの艦が海上から姿を消した。

 その姿を消した艦艇の中には勿論、第七艦隊旗艦である揚陸指揮艦「グアダループ」も含まれていた。

 

 僅かたった15分の、戦闘とも呼べないような一方的な虐殺によって、この地球上で最強を謳われた米海軍太平洋艦隊所属第七艦隊はその存在をやめた。

 全滅した第七艦隊に対して、ファラゾア戦闘機械群の被害は僅かに25機であり、そのほぼ全てが艦隊直援任務に当たっていた102飛行隊によるものであった。

 

 同日、西太平洋を管区とする米海軍第三艦隊、南アメリカ方面を管区とする同第四艦隊もほぼ同様の状況にて壊滅した。

 

 全てのネットワークが使用不能となり、目と耳を塞がれた状態の大混乱から十数日後にやっと部分的にでも立ち直ったアメリカ合衆国政府とその国民は、その誇りとしてきた強大な艦隊がもうこの地上に存在しないことを知って、誰もがただ呆然と立ち尽くすだけであった。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 日本の機動艦隊はやられなかったのに、米国の機動艦隊がボコボコにされてしまったのには幾つか理由があります。

 ①天候(日本海は曇り、太平洋は快晴)、②艦隊規模(米艦隊数多すぎで目立ちすぎ)、③戦況(洋上船に構うより、降下作戦を成功させることが優先。なのに随分苦戦してしまった)、④試行錯誤(ファラゾア、色々試してみてます)、⑤作者の好み。

 もちろん、最大の理由が⑤である事は御察しの通りです。


 米艦隊艦載機ですが、F35後継機を考えるのが面倒なので止めました。F18は再度の近代化改修でさらに数十年使い続けることが出来るという噂なので、それでいいや、と。

 F5をF20に更新したように、F18ホーネットを単発F38ドラゴンフライとかにしても良かったのですが、やっぱり色々考えるのが面倒になって止めました。米海軍ファンの方、スンマセンです。

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― 新着の感想 ―
昔の小松左京の名作[見知らぬ明日]を思いだし、その21世紀版として楽しく読ませてもらってます、[見知らぬ明日]は残念ながら未完てしたが、この話は完結しているので安心して楽しめます。
[気になる点] 日露軍事演習を放置して米豪軍事演習というのはいささか信じ難い…日米が仲違いした世界なんでしょうか?
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