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89.女王との戦闘

「ま、待って下さい!」

「案ずるでない。少し確認することがあるだけじゃ」


 思わず静止の声を上げてしまったオレに、アリツ女王は声を掛けてきた。

 とはいえ相変わらず殺気を感じるので全く安心出来ない。


「まずは……そうじゃな。アレラよ、発言を許す。好きなだけ話して構わぬ」


 発言を許されたのでオレはこれでアリツ女王と自由に会話出来るわけだ。

 あくまで発言であって、失言ではないので注意しなくては。


「というわけでじゃ。妾を罵倒するがよい」

「えっ」


 アリツ女王の唐突な発言内容にオレは絶句する。

 もしかして女王様なのにドMなのかな? 違うよね?


「それは、ご勘弁願います……」


 罵倒を許可されても後が怖いのでオレは遠慮することにした。


「残念じゃ。ならば三遍回ってワンっと言ってみい」

「いや、えっと……それもご勘弁願います……」


 何が「ならば」なのか分からないが無茶苦茶な要求なので拒否しておく。

 まあ、言葉遊びなのだろう。だから問題はないはずである。


「ふむ……やはり其方に妾の“支配”は効かぬようじゃの」

「あっ」


 オレのぽんこつなおつむは、ここまでの会話の意図をようやく理解した。

 この言葉遊びはオレがアリツ女王の指示通りに動くのかを探っていたのである。


 アリツ女王の支配系魔法“場の支配”がオレに効くかは重要なことなのだ。

 そう、オレと戦闘になろうものなら彼女の戦い方に関わるのだ。


 出来れば戦闘にならないで欲しいと願うオレに、アリツ女王は次の指示を出してきた。


「その体勢は辛かろう。そろそろ立ってもよいぞ」

「はい、ありがとうございま……あれ?」


 跪いた体勢からオレは立ち上がろうとした。

 だが空気がまとわりつくように重く、立ち上がれない。


「なるほど。こちらの魔法は効くようじゃな」


 アリツ女王がいい笑顔で頷く。


 そこでオレはようやく何の魔法を掛けられていたのか理解した。

 以前、空太の知識から重力操作系の魔法と誤認した“浮遊魔法の逆転”である。


 浮遊魔法(フロート)は属性系魔法に分類されない魔法のため、属性系魔法の使えないオレは習得できないかと竜王ゴロドによる修行中に魔法の講義をお願いしたことがある。

 結局習得出来ず密かに空を飛びたい夢は絶たれたわけだが、魔力パターンだけは憶えていたのだ。


 普通、動きを止めるには各属性系魔法で“束縛”と名前の入っている魔法を使う。

 だがオレに気付かれないようアリツ女王はその魔法を使わなかったのだろう。


 何しろ“束縛”は対象を束縛するために魔法で生成された物質が目に見えるかたちで現れるのだ。

 風魔法の“風の束縛(ウインドバインド)”でさえも、風魔法が緑色に発光するので分かってしまうのである。


 ともかく、“浮遊魔法の逆転”が掛かっていても常時発動している増幅魔法(ブースト)の出力を上げさえすればオレは動けなくもない。

 アリツ女王は未だに殺気を放っているし、戦闘の予感がひしひしと感じられる。


 戦闘になった場合、攻撃を回避出来ないとマズい気がするのだ。

 だがオレがここで増幅魔法(ブースト)により動けると知られるのはもっとマズい気がした。


「反抗の意思は無いとみて良いのじゃな?」

「ありません!」


 アリツ女王の質問にオレは即答する。

 勇者になりたいオレが人族最古の国の国王に逆らうなどあり得ないのである。


「ではその魔法は何じゃ」

「えっ?」


 だが次の質問にオレは困惑した。


 今オレが使っているのは常時発動してしまう増幅魔法(ブースト)保護魔法(プロテクト)である。

 筋力と防御力が心許ないオレとしては日常生活を送るのにどちらも外せない。

 そのために自動で発動出来るほど自主訓練した魔法なのである。


 特に筋力は今も増幅魔法(ブースト)がなければ跪く体勢を維持出来ないほどなのだ。


「ええっと……どの魔法でしょうか?」


 オレは失言した。

 しらばくれたような言い方になってしまった。

 具体名も言わず何らかの魔法を使っていると肯定したに等しい。

 攻撃魔法を準備していたと捉えられてもおかしくないのだ。


「解く気はないのじゃな」

「えっ、違います!!」


 オレは慌てて増幅魔法(ブースト)保護魔法(プロテクト)を解除した。

 増幅魔法(ブースト)を解除したので、アリツ女王の“浮遊魔法の逆転”がなければ床に崩れ落ちていたかもしれない。


「そうか。解く気はないと」

「と、解きましたよ!?」


 先程まで少し薄れていたアリツ女王の殺気が増した。

 念押しをしておかなければマズい。


「ま、魔法使ってません!!」

「……嘘を吐くか。ならば其方はやはり魔王として討たねばな」

「ええっ!?」


 嘘は吐いてない!

 理不尽である。


 やはりオレの見た目なのか?

 純然たる灰色の髪に淡い金色の瞳。

 人族の上層部にはこの色の組み合わせが邪王の冥護を持つ者という伝承がある。

 そしてオレは魔族に覇王の子と尊ばれるほど、その冥護を強く受けた容姿なのである。


 誤解のないように言うと魔族にとって覇王と邪王は別物なのであるが、この色の組み合わせは魔王に多いので人族の上層部から忌み嫌われるのに代わりはない。


 とはいえオレは十歳ほどにしか見えないシスターなのである。

 少しは慈悲を示して欲しいところである。

 実年齢が十三歳とか外見がどう見ても十歳にすら見えないとかは、突っ込まないでほしい。


「仕方ない、はっきりと証拠を見せようぞ。カロツ!」


 アリツ女王が扇を振ると、オレの真横に炎が上がる。


 揺らめいた炎は動物の顔へと形が変わった。

 そのまま雄々しい角が生えると同時に、一気に身体が形成された。

 それは炎で形作られた一頭の雄のヘラジカだった。


 これは可視化であって、聖霊様の顕現のような実体化ではない。

 だが確かに、オレの真横には火の精霊が座り込んでいたのである。

 精霊の気配を感じ取れないオレは、可視化するまで気付けなかったのだ。


「カロツ、戻れ」


 アリツ女王の“場の支配”による命令で、カロツと呼ばれた炎のヘラジカが立ち上がる。

 精霊カロツはそのままふらふらとアリツ女王に近づき、ある位置からはしっかりと歩いてアリツ女王の隣に並んだ。

 その位置とは……オレの魔法効果範囲の限界だ。


「流石に理解したであろう? 其方は妾の契約精霊を束縛しておったのじゃ」


 アリツ女王の発言を肯定するかのように精霊カロツが頷く。


「し、してません!」


 当然オレは身に覚えが無いので否定する。

 何しろ今オレは支配系魔法を発動していない。

 他に束縛するような魔法も使えない。

 そもそも精霊カロツが側に居たことすら知らなかったのだ。


「そうか? 妾がわざわざ、妾の契約精霊を“支配”で操らねばならなかったのじゃぞ」


 わざわざ強調する発言をしながら、アリツ女王は扇で口元を隠した。


「其方の()()()()の所為でな」


 アリツ女王はそう言いながら目を細める。

 しかしオレは声を大にして叫びたい。いや、叫ぶ。


「掛けてません! てかチャームとか知りません!!」

「発動のキーワードを知っておるのにか?」


 オレは失言した。

 アリツ女王はわざと精神操作系の魔法である“魅了(チャーム)”を発動のキーワードでは呼ばなかったのだ。


「あっ……つ、使えません……」

「まあよい。しかしアホ娘はともかくコリスまで誑し込むとはの」


 どうやら精霊カロツだけでなく、この場に居ないムリホ王女とコリス司祭までも被害者としてオレの罪状に加わったようである。


 この場に二人が居ない理由も分かった。

 アリツ女王はオレが二人を何らかの魔法で洗脳していると疑っていたのだ。


 それにしても姫さま、女王様であるお母様からはっきりとアホと呼ばれているほどに、知力の評価が低いのですね。

 って、現実逃避している場合ではない。


「このまま放っておくわけにはいかぬ」


 アリツ女王はパチンと扇を閉じた。

 そのまま扇をゆっくりと持ち上げる。


「邪王になる前に、今此処で」


 扇を持つ腕は真上まで上げ、もう一方の腕は腰に当て。


「討つ!!」


 腕を振り下ろし、扇をオレに向けたのであった。




 アリツ女王を庇うように火の精霊カロツが彼女の真正面に立つ。

 精霊カロツの頭上には火魔法の“炎の槍(フレイムランス)”が数本浮かび上がった。


「シールド!!」


 オレは慌てて防御魔法(シールド)を展開しようと声を上げる。

 しかし“浮遊魔法の逆転”で身体を固定されたオレは手を振りかざすことが出来なかった。


 とはいえ手を振りかざすのは癖でしかない。

 オレの防御魔法(シールド)は展開され、連続で撃ち込まれる“炎の槍(フレイムランス)”を防ぎきった。


「ほう。今のを防ぎきるか」


 感嘆するようなアリツ女王の声と共に、精霊カロツの頭上には“炎の槍(フレイムランス)”が十数本浮かび上がった。

 その程度ではオレの防御魔法(シールド)を破ることは出来ない。

 とはいえオレは今のうちにと増幅魔法(ブースト)保護魔法(プロテクト)を念入りに発動しておく。


 次々と撃ち込まれる“炎の槍(フレイムランス)”に混ざり一瞬青白い炎が見えた。

 その瞬間、防御魔法(シールド)が破られる。

 オレは慌てて防御魔法(シールド)を張り直した。


 精霊カロツが大量に展開する“炎の槍(フレイムランス)”の隙間から、アリツ女王の真上に浮かぶ青白い炎が見える。

 槍のようなかたちの炎である。


「ハイフレイムランス!!」


 アリツ女王が高らかに発動のキーワードを叫んだ。

 次の瞬間、精霊カロツの“炎の槍(フレイムランス)”も全て“青白い高温の槍(ハイフレイムランス)”に変化した。


「ひっ!?」


 思わずオレの口から悲鳴が漏れた。


 “青白い高温の槍(ハイフレイムランス)”の脅威は先程の一発で分かっていた。

 オレが目で見て反応出来る速度ではない。

 防御魔法(シールド)で簡単に防げる威力でもない。


 明らかに防御魔法(シールド)を追加するだけではあの数を防ぎきれない。

 オレは出せる限りの防御魔法(シールド)をばらまくように展開し、謁見の間から逃げようと増幅魔法(ブースト)の出力を上げ“浮遊魔法の逆転”に抗って飛び退いた。


 先程まで跪いていた位置に突き立つ“青白い高温の槍(ハイフレイムランス)”が目に映る。

 危なっ。


「今じゃ!」

「ウインドバインド!!」


 アリツ女王の掛け声と共に、騎士達が一斉に魔法を発動した。

 風魔法の“風の束縛(ウインドバインド)”が緑色の帯となって何重にもオレにまとわりつく。


 だが“風の束縛(ウインドバインド)”を破らないようにするためか、精霊カロツの攻撃が止んだ。


「そこから動くでないぞ」


 アリツ女王の声掛けにオレはどう返事をすればいいのだろうか。


 悩んでいるオレを余所に彼女は腕を前に突き出し、扇を開き両手で持つ。


「隠れ震える人々の前に、その男は現れた」


 突然、アリツ女王が語り出した。


「住みよい土地があると言う男に誘われ、人々は歩き出した」


 ただ語っているわけではないはずだ。

 恐らくこれは魔法の詠唱である。


「しかし気付けば辺りは闇。何も見えず、聞こえるは男の笑い声」


 オレはどこかで似たような話を聞いたことがある。

 思い出せ、どんな魔法を使ってくるのかヒントが得られるはずである。


「心に灯火を」


 アリツ女王の持つ扇の上に炎が浮かび上がった。

 思い出した。これ火あぶりになる話。


「道を見失いし時は心に問いかけよ。如何なる時も火の聖霊様は道標なり」


 聖王教会の聖典に出てくる話なのだが、騙した男が火あぶりになるだけでは済まない。

 火の聖霊様は男の近くに居る人々も巻き込んで丸ごと火あぶりにするのである。

 そして騙した男だけでなく邪に魅入られた数人は焼き殺され、善良な人々は熱さすら感じず生き残るのである。


 今からアリツ女王の使う魔法は、火の聖霊様の力を借りたものになるだろう。

 威力を考えると危険である。何としても逃げなければ。


「シールドカッター!!」


 オレは防御魔法(シールド)の応用“シールドカッター”を発動する。

 慎重に狙いを定めて身体に巻き付いた“風の束縛(ウインドバインド)”を少しずつ切り裂く。


「人を惑わす邪の手を取るべからず。その声は真に正しき声か」


 しかし騎士達が“風の束縛(ウインドバインド)”をかけ直してきた。

 反撃しようにもオレの魔法効果範囲内に彼らは入っていない。


 埒が明かない。

 オレは一度にまとめて“風の束縛(ウインドバインド)”を完全に切断しようと自爆覚悟で“シールドカッター”を複数展開する。


「心に問いかけよ。自らの声が人を惑わす事の無きよう」


 しかしその“シールドカッター”に同数の“青白い高温の槍(ハイフレイムランス)”が襲いかかる。

 全てオレが振り下ろすことなく砕け散ってしまった。


 “青白い高温の槍(ハイフレイムランス)”を放ってきたのは精霊カロツだった。

 今も“青白い高温の槍(ハイフレイムランス)”を複数構えてオレの脱出を妨害する気満々である。


「邪に染まりし者に炎の裁きを」


 オレを取り巻くように炎が線となって走り円を描いた。

 そして騎士達とオレの間を炎が遮ったことにより“風の束縛(ウインドバインド)”が解けた。


「あっ」


 炎の壁は半球状で、オレはその内部に閉じ込められていた。

 だからオレは情けない声を上げるしかなかった。


「今一度問う。其は邪か」

「違います!」


 アリツ女王の言葉にオレは思わず答えた。

 分かっている、今の言葉は詠唱の一部に過ぎない。


「その身を以て我に示せ」


 攻撃対象を選別出来る範囲魔法なのだろう。

 とはいえ今はオレしか範囲内に入っていないのだが。


炎の(フレイム)浄化せし檻(ピュリファイプリズン)


 アリツ女王が扇を閉じる。

 扇の上で浮かび上がっていた炎が消えた。その瞬間。


 オレを覆う半球内が炎に包まれた。


「熱っ!!」


 オレの周りの温度が一気に上昇していく。

 炎の色は赤から青白く変わっていく。

 保護魔法(プロテクト)を掛けたオレはそう簡単に燃えないとはいえ、肌に感じる温度は遮断出来ない。


「きゃあああああ!!」


 あまりの熱さにオレは悲鳴を上げるしかなかった。


 黄色い声なのは気のせいである。

 アレラという少女であるオレの性別と年齢の所為である。

 そして冷静に分析しているのではなく現実逃避である。


 長かったように感じたが、実際はそれ程長い時間ではなかったのだろう。

 半球内の温度は次第に下がっていき、青白い炎は赤へと変わり、そして半球ごと消えた。


「何故……無傷なのじゃ……」


 アリツ女王の呆けた声が聞こえ、オレは助かったことにようやく気付いた。


 オレの保護魔法(プロテクト)は耐えきったのだ。

 服もぴっちりと保護魔法(プロテクト)で覆っていたので焦げていない。

 いや、少し焦げている。


 床にへたり込むオレを見ているアリツ女王も、今にもへたり込みそうである。


「こんなの……どうせよと……」


 オレもどうすればいいのか。誰か助けて。


 その想いが天に届いたのか、突如謁見の間の扉が開かれた。

 思わずオレは振り返った。


「おっ! ここにいたのか、陛下」


 軍服風の格好をラフに着崩した青年が謁見の間に入るや否や声を上げた。

 だがオレはその青年と一緒に入ってきた少年から目が離せなくなった。


 オレにそっくりだったのだ。


 正確には、草凪(くさなぎ)空太(そらた)にそっくりだったのだ。


アレラちゃん、ブーストもプロテクトも近接戦闘に使う魔法だからアウトだよ!

アリツ女王渾身の魔法ですが、流石に煉獄と名付けるほど自惚れてはいなかったようです。

そしてついにアレラとソラタが出会ってしまいました。


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