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80.再会と蘇生魔法

 どう見てもセレサである。

 オレの目の前で死んだはずのセレサである。


 しかし彼女が身にまとう雰囲気は、ころころと表情が変わっていたセレサとは全く異なっていた。


「セレサ……なの?」


 オレは彼女がセレサと同一人物なのか不安になり、改めて問いかけた。


「いいえ違います、アレラちゃん」

「えっでも今名前を……」

「あれ?」


 彼女は即座に否定するも、彼女自身オレの名前を知っていることが不可解だったらしく首を傾げていた。

 オレをちゃん付けで呼ぶあたり、セレサとしか思えない。

 だがセレサと異なり、表情からはほとんど感情を読み取れなかった。


「取りあえずそうですね。まずは自己紹介を……失礼します」


 気を取り直したのか名乗ろうとしたところで、突如彼女はオレに断りを入れた。

 そして湖側へ、魔法陣に残る最後の一人へと歩み寄る。


「そういえば主様(マスター)、私の名前はまだ決まっていないのですか?」


 彼女は未だうつ伏せのその人を見下ろしながら話しかけた。


「ああ。まだ決めていなかったな。そうだな、セレサでいいだろう」


 声からは若い男性だと思われた。うつ伏せでローブを被っているため、顔は分からない。


「相変わらず行き当たりばったりですか」


 彼女はため息を吐くとオレに向き直った。


「改めて初めまして。セレサと申します」


 セレサにそっくりな彼女は深々とお辞儀をしてセレサと名乗った。

 体を起こしたあと、彼女は再び男を見下ろす。


主様(マスター)も名乗って下さい。失礼ですよ」

「そうだな、ケラクと名乗っておこうか。助かったぞ“盾”の少女」

「あ、どうも。シスター・アレラと言います」


 その呼び名はどうかと思います。

 今後はちゃんと名前で呼んでもらおうと、すぐさまオレも名乗る。


 というかケラクって名前、賢者ケラクから取ってますよね偽名ですよね。

 あと何時までうつ伏せなんですか。


主様(マスター)、いい加減起きてください」

「まだ無理だ。残念ながらな」

「では、一生起きなくていいです」


 どうやらこのセレサはケラクの従者らしいが、随分ぞんざいな物言いである。

 これは新手の夫婦漫才だろうか。


 そうじゃない。起きられないということは怪我をしているのだろう。

 怪我人は治さなければ。シスターの名が廃ってしまう。


「あっ、あの。大丈夫ですか?」


 オレは男に声を掛けて近寄ろうと一歩踏み出した。

 その瞬間、オレの前に何かが飛び込んできた。

 白馬……ではない。ユニコーンだった。




 ユニコーンが二頭、オレとケラクの間に割り込んできた。

 呆気にとられたものの、真横に来たもう一つの気配にオレは慌てて振り向いた。


 顔を真正面からべろんと舐められた。ユニコーンだ。

 この場に三頭のユニコーンが雪崩れ込んできたのだ。


「また貴方達ですか。いい加減私に付きまとわないでください」


 ケラクの隣に立つセレサがため息を吐いてワンドを構えた。

 オレの真横に立つユニコーンがオレを庇うように一歩前に出る。

 というかオレの顔はユニコーンの胴体に押されて潰されそうだ。前が見えない。


「仕方がないな。加勢しよう」

「ようやくですか、主様(マスター)


 どうやらケラクが起き上がったようである。

 ユニコーン達が蹄を鳴らす音がした。戦うつもりらしい。

 ぷはっとオレはユニコーンの胴体から顔を出す。


 だがオレを前に出す気はないのか、ユニコーンはぐいぐいとオレを押してきた。

 オレは全く状況についていけない。というよりやっぱり前が見えない。

 ユニコーンの体高が高いのではない。オレの背が低いのだ。


 なおも前に出ようともがいていると、オレの前に立つユニコーンが膝を折った。

 ようやく前が見えた。いや、それどころではない。


 誰かが支配系魔法“場の支配”を発動していたのだ。


 二頭のユニコーンが勢いよく石畳を蹴り、ケラク達に襲いかかっていく。

 セレサが火魔法の火の矢(ファイアアロー)を撃ち出すも、ユニコーンの勢いは止まらなかった。

 オレは目の前で膝を折るユニコーンの背に手をついて身を乗り出す。


「危ない!!」


 思わず声を掛けたが無駄だった。

 ユニコーンの一頭に突き飛ばされたセレサが湖に落ちて水柱を上げた。

 一方ケラクは半身を逸らしてもう一頭の頭突きを避けていた。


 途端に“場の支配”の出力が増大した。

 発生源はケラクだとこれではっきり分かった。


 ケラクの側にいる二頭のユニコーンが膝を折った。

 そのユニコーンの背にケラクが手を置く。


 “場の支配”の雰囲気が変わった。

 オレは手をつけているユニコーンから異様な魔力パターンを感じた。


 “場の支配”に似ているが少し違う。

 いやこれはケラクが今放っている、変質した“場の支配”にそっくりである。

 オレはユニコーンに命令するケラクの支配系魔法を読み取っているようだった。


「動かぬか。やはり霊獣には効きが悪いな」


 ケラクの呟き声がオレの耳に入る。

 彼がユニコーンから手を離した時、銃声が鳴り響いた。

 彼のフードが弾け飛んだ。


保護魔法(プロテクト)がなければ死んでいたぞ」


 文句を言うケラクの顔を見て、オレは息を呑んだ。


 金色の瞳に白銀色の短髪。かつてオレを人質にした魔王候補だ。


「アレラ様! ご無事ですか!!」


 声を掛けられオレは振り返る。

 騎士がひとり、歩み寄ってくるところだった。

 頬を伝う汗の様子から“場の支配”を受けて走ることは出来ないと見て取れる。


 その後方に見えるムリホ王女は座り込んでいた。

 彼女の隣に立つ銀色の騎士が緩慢な動作で銃に弾を込めている。

 どうやら“場の支配”に抗い銃を撃ったのは銀色の騎士だったようである。


「邪魔だ」


 ケラクが声を上げるや否や、オレに歩み寄る騎士の胸から上が消し飛ぶ。

 空中に取り残された騎士の腕が地面に落ちた。


 一瞬しか見えなかったが、三角錐状の巨大な槍のようだった。

 しかし魔力減衰で急激に先細りをしているだけであり、ドラゴン族が使っている光線と同じ魔法だ。


 この魔法をオレは知っている。

 かつてセレサが死んだ場所で、オーガ討伐隊に向かって撃ち出された魔法だ。


 魔法を分析している場合ではない。騎士がひとり、死んだのだ。

 上半身と共に吹き飛ばされたのか彼の魂は既に現存していない。


 オレは振り向いてケラクを睨み付ける。

 ユニコーンが身動いでいるのを掌に感じるが今はそれどころではない。

 その間に水音を立ててセレサが湖から上がってきた。


「潮時か。行くぞ」

「待ってくれないんですね、主様(マスター)。いつものことですけど」


 ローブの裾を持ち上げ絞り掛けた彼女は、ケラクに声を掛けられて絞るのを諦めたようである。


「一緒に来い……と言いたかったが仕方ない。また会おう“盾”の少女」

「また会いましょう、アレラちゃん」


 睨み付けるオレを軽く見遣り、ケラクが歩き始めた。

 びしょ濡れのセレサがぺこりと一礼する。

 まだ立てないらしいユニコーン達と共にオレは見送る。


「其奴らを止めろ! 支配を使わんか、アホラ!!」


 オレの耳にムリホ王女の罵声が飛び込んできた。

 慌てて指示に従おうとしたが、オレの脳裏に殺し合う魔物達の様子が浮かぶ。

 身体が強張ってしまったオレは、“場の支配”を使うのをためらった。


「ファイアウォール」


 歩み去るセレサが一旦振り向いて火魔法の火の壁(ファイアウォール)を発動した。

 同時に銃声が再び鳴り響く。


「直撃しました。痛いです」

「その割に平気そうだな」

「うるさいです。後でなおしてください」


 火の壁(ファイアウォール)で遮った姿を揺らめかせながら、二人は歩み去って行った。

 ユニコーンに顔を舐められ、オレの硬直はようやく解けたのであった。




「何故取り逃がしたんじゃ、このアホラ」


 とぼとぼとムリホ王女の側に戻ってきたオレに、彼女は悪態を吐いた。


 ムリホ王女は未だに立てないらしい。

 怪我をしているというよりは魔力の使いすぎで生命力を魔力代わりに消費、つまり体力を失っていると思われた。


「……すみません」


 気落ちして謝るオレをみて、ムリホ王女はため息を吐いた。


「まあよい。わらわが動けるようになったら、撤収するぞ」

「そうですか……あれ? ケリカ王女様は?」


 オレは改めて周囲を見回す。

 ムリホ王女の周りにはコリス司祭と騎士達に捕虜二人、つまり生存している全員が揃っていた。

 今は銀色の騎士以外は全員座っている。


 ユニコーン達はというとオレ達から少し離れて様子をうかがっているようだ。

 ユニコーンの見てはいけない剣が抜き放たれようとぶらぶら揺れているので、オレはすぐさま視界から除外した。


 やはりケリカ王女は見当たらない。

 他には――膝を付いて祈りを捧げているコリス司祭の前に、膨らんだ騎士のマントがあるだけだ。その形はまるで全身に布を被された人のようであった。


「ケリカならそこにおる」

「えっ?」


 静かに言うムリホ王女は、膨らみを見つめていた。

 その意味が一瞬分からずオレは声を上げたのだ。


 だが頭からマントを掛けてあるということは、つまり、死……。

 嘘だ。だって魔力は十分にあった。コリス司祭が回復魔法を掛けていた。

 死ぬはずがない、死んでいるはずがないのである。


 今もケリカ王女の魔力は仄かに感じる。

 生きているはずなのにと思ったところで、オレは魔力の方向に違和感を覚えた。


 慌ててコリス司祭の横に並び、オレはケリカ王女からマントを剥ぎ取った。

 目をこらしたところで違和感の正体に気付いた。


 元々ケリカ王女が倒れ伏していたところだろうか。

 仰向けに寝かされた彼女の真横、地面すれすれにそれがあった。


 そこには、身体から離れたケリカ王女の魂が浮かんでいた。


 なまじ魂の見分け方を知っていることがアダとなったのだ。


 身体から離れた魂は魔力こそ元の身体と同じであるが、存在としては精霊に近くなる。

 ほとんどの精霊は人族の魔力感知に引っかからない。魂も同様である。

 魂の見分け方を知って初めて魂の魔力を感知出来るのである。


 オレの目に映る魂は、空太が魂と聞いて思い浮かべるモノとは少し違っている。

 うっすらと淡い金色に光るそれは、いわゆる人魂のようにロウソクの炎に近い形状ではある。

 しかし、まるで羊毛フェルトぬいぐるみのような質感なのである。


 だが見た目の可愛さに反して事態は深刻だ。

 ぽわぽわとした綿毛のような魂の表面は、全方位へ魔力をまき散らしていることを示しているのだ。


 魔力が尽きれば魂はこの世界に現存出来ない。

 段々と小さくなり最後には消滅するのだとオレは解釈している。


 オレの判断ミスだった。

 戦闘中、もっとしっかりとケリカ王女の状態を確認すればよかったのだ。


 熱水を浴びたことによる火傷は水ぶくれになっていない。

 戦闘中のどこかで、少なくともムリホ王女が辿り着いた時には既に死んでいたということになる。


 つまりオレは、ケリカ王女の魂が身体に重なっていたことで彼女の身体から出る魔力を見ていると誤認していた。

 死んでいる彼女の魂に残る魔力を見て生きていると誤認していたのである。


 戦闘中コリス司祭がケリカ王女に掛けていた回復魔法(ヒール)は無意味だった。

 その証拠にケリカ王女の怪我は治っていない。

 当然である。モノは回復魔法(ヒール)では修復出来ないのだから。


「アレラさん」


 コリス司祭がオレの肩に手を置いた。

 そこでオレはハッとした。

 呆然とケリカ王女の魂が消滅するのを見ている場合ではなかったのだ。


「もういいじゃろう。ケリカを眠らせてやれ」


 そう言ってムリホ王女がマントを手に取った。

 ケリカ王女に再び掛けるつもりだろう。

 だが、そうはさせない。


「おぬし、何をする!」


 知らず知らずオレは“場の支配”を発動させていた。

 だが丁度良い。これから掛ける魔法を邪魔されては困る。

 だからムリホ王女の静止は無視だ。


 ここまで小さくなったケリカ王女の魂で成功するかは分からない。

 いや、魔法はイメージである。成功させると強く意識しなければならない。


 まずは復元魔法(リカバー)と同じ要領でケリカ王女の魂へ魔力を供給する。

 魂の光が少しだけ強くなった。とはいえこれは一時的な措置にすぎない。

 継続して魂へ魔力を供給出来るのは本人の身体だけなのだから。


 オレは跪き手を組む。

 精霊王に祈りを捧げるのだ。

 とはいえ、精霊王に祈りを捧げるとは実に曖昧な表現だ。


 だからオレは超常の存在へ祈りを捧げるのだ。オレが思いつくのは神だ。

 命の神といえば、オレのイメージは大地母神である。

 大地から光が浮かび上がる。

 オレが大地に注ぐ魔力に合わせ光の粒が次々と生まれていく。


 神は天に御座すものだ。ゆえに天に祈りを届かせるのだ。

 ふわふわと浮かび上がった光の粒は空へと向かう。


 しかし天まで届く程に広い魔法効果範囲をもつ存在など生命体ではあり得ない。

 だがオレには一つのイメージがあった。星だ。


 万物に精霊は宿る。

 つまり総体として星自体が精霊であってもおかしくはない。すなわち星は精霊王と言っても過言ではない。

 そして魂が存在としては精霊に近いということは、精霊王ならば魂を扱えるということだ。


 オレにとって精霊王とは星そのものであり大地母神である。

 その超常の存在に祈る。彼女を癒やしてくれますように。


 祈りは神の御座す天に届き、天より命は与えられる。

 光がケリカ王女に降り注ぐ。


 これが、オレの使う蘇生魔法(リザレクト)なのだ。


こんばんは。

アレラの一人称では彼女の知らない設定まではどうしても書き切れませんでした。

ところで、夫婦漫才のインパクトが強すぎて蘇生魔法の神々しさが霞んでしまいました。

どうしてこうなった。

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