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77.地獄の釜

残酷描写があります。ご注意下さい。

『速度上げるよ、いい?』

『うん』


 コロンの問いかけにオレは頷いた。

 ムリホ王女の手紙で指定されていた場所はケラク賢王国の王都である。

 しかし日時は指定されていなかった。


 改めて考えると、ムリホ王女が手紙を発送した直後に発送元の街を出発していたとするならば、王都には既に到着していてもおかしくはなかった。

 つまりオレはムリホ王女を何日待たせているのかさっぱり分からないのである。


『ところでアレラ、ケラク賢王国の王都ってどこ?』

『え? 知らないの!?』

『行ったことないから知らないよ? 方角はおじいちゃんから聞いたけど』


 今まで適当に飛んでいたというコロンの答えにオレは絶句する。


『え……えっと。メリロハ川沿い……』


 咄嗟に地図が思い浮かばずオレは曖昧に答えた。

 最近は物覚えが良かったというのに、オレのぽんこつなおつむは絶好調なのか。


 そうではない、オレはこの世界で今まで正確な地図を見たことがないのだ。

 取りあえずアリレハ村からの方角だけは合っている。

 オレを抱えるコロンに遮られ太陽は見えないものの、魔力を溜めたオレは何故だか方位が分かるのだ。

 それに王都はメリロハ川さえ分かれば何とかなるのだ。


『分かった。川沿い、川沿い』


 一方で川を間違えそうなコロンの発言は不安を感じさせるものであった。




『アレラ、川だよ川』


 コロンの声にオレは目が覚めた。どうやらオレは飛行中に眠っていたらしい。

 目を開けると巨大な森、そして森の中にある大きな湖が眼下に広がっていた。

 しかしオレが川を探そうと思う間もなく、コロンが急旋回した。


『ちょ、いきなりは酔うって!』

『ごめんごめん、通り過ぎちゃって』


 急激な方向転換で頭を揺すられ抗議を上げるオレに対しコロンは呑気に謝った。

 そしてゆっくりと空中で静止する。


『それで上流と下流、どっちかな?』


 コロンはオレの指示を待ってくれるらしい。

 ここはどこだろうと辺りを見回したオレは、湖畔の広場に人族と思しき不審な集団が居ることに気付いた。

 明らかに人族の生活圏ではないのに何をしているのだろうか。

 身体に掛けていた増幅魔法(ブースト)の出力を増やして目をこらすオレに、コロンが声を掛けてきた。


『アレラ、あっちで誰か戦ってるよ』


 オレを抱えるコロンが身体を向けたことで、森から少し離れた平原で戦う者達が目に飛び込んできた。

 結構な数の魔物に対し、二台の馬車を守るように人族が戦っている。

 その馬車には見たことのある紋章が描かれていた。

 というより馬車の屋根に見覚えのある人物が立っている。


『姫さま!?』

『そうなの?』


 思わず声を上げるオレにコロンは聞き返してきた。

 オレは改めて確認する。


 腰まである赤色の髪に淡い金色の瞳。革の上着と金属の胸当て、膝丈スカートにロングブーツというオレの記憶と変わりのない服装。

 アラルア神聖王国の第三王女、ムリホ王女で間違いない。

 確か夏生まれなので今は御年十四歳のはずである。


 ムリホ王女は火魔法の炎の槍(フレイムランス)を同時に何発も放ち、空から襲いかかる様々な昆虫の魔物を次々と撃ち落としていた。

 どの昆虫の魔物もムリホ王女より大きいが彼女の魔法の前には無力であった。

 メイド服を着た女性達が土魔法と思しき攻撃をしかけ、ムリホ王女が撃ち落とした魔物に止めを刺していた。


 馬車の側には淡い金色の髪をした司祭服の若い女性がいた。

 地面に長い髪が付くのも構わず身を屈め、負傷したと思われる騎士へ回復魔法(ヒール)を掛けている。

 俯いているのは傷口を見つめているからだろう。左右分けの長い前髪に隠れてしまい緑色の瞳かは分からないもののコリス司祭で間違いない。


 馬車の脇の地面は平らに均されて土が剥き出しだったが、そこに書きかけと思しき大きな魔法陣は戦闘により踏み荒らされていた。

 火の聖霊カラロムが見当たらないので、どうやらムリホ王女は戦闘に召喚魔法が間に合わなかった様である。


 馬車の前方で魔物と戦っている者達は、服装から察するにアラルア神聖王国の護衛騎士だけではなくケラク賢王国の騎士もいるようであった。

 徒歩で戦っている者も多いが、騎士と馬の数から考えて全員が馬を連れてきたと思われる。

 しかし合計で十数人しか居ない。

 街道が見当たらないような平原である。他国の王女を戦いへ駆り出すにしては人数が少ない気がする。


 魔物の数が多いとはいえ、時間を掛ければムリホ王女側が勝てそうであった。

 しかし上空から見ているオレの目に、魔物の増援と思しき集団が映る。

 その増援はゴブリンとオークの混成部隊だった。ジェネラルオークと呼ぶのだろうか、一際大きなオークが部隊に一体混じっている。


『コロン、加勢しなきゃ!』

『あー、あたしは無理。知ってるでしょ』

『そうだけど!』


 その言葉通り、ドラゴンであるコロンは人族の争いに関わることが出来ない。

 ドラゴン族は魔族の国の所属であるにも関わらず、メリレエ王国との不可侵の盟約により人族と戦闘を避けているだけに過ぎない。

 今のコロンは、竜王ゴロドから“覇王の子”と呼ばれるオレ個人に協力をしているだけに過ぎないのだ。


 そして魔物達は明らかに魔王、あるいは魔王に類する者により操られている。

 異種族の魔物が混成して集団行動を取るなどそれしか考えられない。

 もしドラゴン族に不可侵の盟約がなかった場合、コロンが加勢するのはムリホ王女側なのか魔物側なのか。あまり考えたくはなかった。


『じゃあワタシをあそこに降ろして』

『うん、分かった』


 オレのお願いに答えコロンは移動を開始した。

 あっという間に魔物達の上空へ近づくも既に魔物の増援は戦闘に突入していた。


『じゃあここでお別れだね、アレラ』

『え?』


 コロンがオレを放した。空中で。

 当然オレは落下を始める。


『ちょ、ちょっと! コロン!』

『大丈夫大丈夫、アレラなら大丈夫だから』


 思わず声を上げたオレにコロンがまるでヘレアサンの様な台詞を放つ。


『コロン待って!!』

『じゃあねー』


 オレの静止も何のその、コロンはそのまま飛び去っていってしまった。




 状況を整理しよう。

 まず、オレはスカイダイビングを楽しんでいるわけではない。

 何しろオレの背負い鞄の中にはパラシュートなどという気の利いたモノはないのである。


 既に自由落下は終端速度に達している。

 姿勢の保ち方は分かってきたものの、ただ落下するしかないオレに新幹線並みの速さで着地しろとは無茶な話である。

 ひたすら着地の衝撃に耐えるしか――最大限まで防御するしか方法はない。


 今のオレは常に保護魔法(プロテクト)をまとっているが、それだけでは心許ない。

 ひとまず前方に防御魔法(シールド)を展開――するも一瞬で突き抜けてしまった。

 どうやら自分から離しすぎて防御魔法(シールド)を空中に設置してしまったようである。


 ならば普段使い慣れている左手への防御魔法(シールド)を展開――するも一瞬で霧散させてしまった。

 体勢を崩してしまい防御魔法(シールド)が身体にまとう保護魔法(プロテクト)にあたったのだ。

 防御魔法(シールド)の縁は脆い。だが非常に鋭いため自分を斬りかねない。

 張りかけの防御魔法(シールド)よりも保護魔法(プロテクト)の方が頑丈だったのはある意味助かった。


 もしかすると防御魔法(シールド)を翼代わりにして滑空が出来るのではと何度か試みるも、余計に体勢を崩すばかりで目が回るだけだった。

 これではたとえ滑空が出来たとしても、着陸態勢が安定しないまま地面へ激突してしまうだろう。


 そこでオレは気付いた。

 不幸中の幸いにもここは空中なのだと。


 まだまだ修行中の身であるオレは、障害物に入り込むような防御魔法(シールド)を展開するとすぐに維持出来なくなる。

 一方向からの攻撃を透過する場合でも、剣や拳を引き戻されると防御魔法(シールド)が維持出来なくなるのだ。


 過去に銃を防御魔法(シールド)に突き通らせたことはあるのだが、あれは銃身が風魔法を常に吹き出す仕組み故に実現できたことなのである。


 勿論地面も障害物となる。

 オレが防御魔法(シールド)を球状に展開したところで、地面の中に防御魔法(シールド)の一部が入り込んでしまうために維持出来ない。


 だが空中ならば全方位にオレ以外の障害物はないのだ。

 何度か失敗を繰り返し、遂にオレは球状の防御魔法(シールド)を展開することに成功した。


 更にオレは激突の瞬間と同時に怪我の回復が出来るように、復元魔法(リカバー)の効果を混ぜ込みながら保護魔法(プロテクト)をかけ直した。

 即座に魔法の応用が出来る程、魔力制御をしっかりと修行した甲斐があったというものである。誰かオレを褒めて。


 地上では落下してくるオレに気付いた騎士達が逃げ惑い始めた。

 一方で魔物達は魔王に類する者による命令の影響なのだろうか、空中のオレを攻撃対象や脅威とは認識していないらしく逃げる素振りを見せなかった。


 地面が近づくにつれて怖くなったオレは、目をぎゅっと瞑る。

 幾重にも掛けた結果、防御魔法(シールド)の外殻はオレの魔法効果範囲の限界まで膨らんでいる。

 直径六十メートルの球体と同義のオレはそのまま地面へ激突したのであった。




 舞い上がった地表がバラバラと落ちていく音が収まり、うつ伏せに転がっていたオレは怖々と目をあけた。

 防御魔法(シールド)は全て砕け散ったものの、身体にまとう保護魔法(プロテクト)は無事だった。

 身体もしっかりと無事な様で痛みはなかったので、オレはゆっくりと上体を起こした。しかし腰が抜けたのか立ち上がれなかった。


 周囲はオレを中心にすり鉢の様に凹み、まるで隕石の衝突したクレーターの様である。

 クレーターの中には激突したオレの防御魔法(シールド)に巻き込まれたのだろう、魔物だったと思われる地面の染みと見紛うモノがあちこちに見られた。

 染みからは何かの液体がクレーターの中心に、即ちオレの方に流れ出してくる。

 様子を窺う大量の魔物達がクレーターを取り囲むようにずらりと並んでいた。


 座り込んだオレを魔物達は脅威と認識したのか、クレーターの縁から躍り出て雪崩れ込んできた。

 防御魔法(シールド)の形状を考えている暇もなく、オレは慌てて支配系魔法“場の支配”を発動したのであった。




 頭が割れるように痛い。


 座り込むオレの目の前には大きなヘビの魔物が居た。

 オレが“場の支配”を発動させるまでの僅かな間に目の前まで駆け下りてきたのだろう。

 “場の支配”により頭を垂れているが、オレへの殺意を隠さず睨んできている。

 何て憎い奴なのだろうか。


 その向こうでは様々な昆虫の魔物が転がり、ゴブリン共が平伏していた。

 アイツらも憎い。


 殺意を隠さない魔物共を見て、廃村と化したアリレハ村の光景が頭をよぎる。

 廃墟の状態を思い起こし襲撃を受けた瞬間を想像したオレは、魔物共に殺意を向けずにはいられなかった。

 “場の支配”の中は殺意で満たされた。


 そうだ死んでしまえ、死んでしまえばいいんだ。


 次の瞬間、一体のカマキリの魔物がゴブリンの首を刎ねた。

 魔物達は一斉に殺し合いを始めた。

 カブトムシの魔物が羽ばたき、コガネムシの魔物の腹に角が突き刺さる。

 斧を振るうオークが周囲の魔物を切り刻む。ゴブリンの首が舞う。


 魔物が減る度に頭の痛みが和らいでいく。


 だがどうしても消えない頭の痛みにオレは周囲を見回した。

 オレの真後ろにジェネラルオークが立っていた。

 近くの魔物から攻撃を受けていたのか体中に傷を負いながらも、微動だにしないそいつの剣は血に濡れていなかった。

 何をしている、切り刻め、とオレが念じても僅かに剣を持ち上げるだけである。


 遂に動く魔物の気配が無くなるも、そいつは未だ動かなかった。

 代わりに人族の悲鳴が聞こえた気がするも、今は関係ない。

 ジェネラルオークは死んではいない。ただ静かにオレを見つめている。

 オレはどうしようもない焦燥感に苛まれた。


 何もかも、全て死んでしまえばいい。


 知らず知らずオレは呟いていた。

 このジェネラルオークにも死を。


 オレは“場の支配”により強く命じる。

 命令に従いジェネラルオークは剣を取り落とし、手刀を彼自身の胸に構える。

 雄叫びを上げ一気に彼自身の胸板に手刀を突き刺した。そのまま何かを砕く音を響かせ手首まで突き込んだ。


 ジェネラルオークはオレを静かに見つめた後、手を一気に引き抜いた。

 絶命した彼はゆっくりと、オレをかすめるように倒れ伏した。


 オレはジェネラルオークの手に収まっているモノを奪い取り、両手で掴み頭上に掲げる。

 そして増幅魔法(ブースト)を掛けた両手でそれを、ジェネラルオークの心臓を握り潰した。

 頭から浴びる血は何故だか心地よかった。




 オレが嗤おうと顔を歪めた瞬間、頭に何かが直撃した。

 ドーンッと音が響き爆発する。

 衝撃で倒れ込んだオレは即座に跳ね起きた。


「何するんですか、姫さま!」


 クレーターの縁から攻撃をしてきた相手を見上げ、オレは抗議の声を上げる。

 今の魔法攻撃はあれだ、青白い高温の玉(ハイフレイムボール)だ。

 ジェネラルオークは吹き飛び、オレを沈めつつあった血の池も蒸発しているから間違いない。


 とはいえオレの保護魔法(プロテクト)は耐えきったようだ。

 しかし頭に直撃したからかオレの“場の支配”は解除されていた。


「おぬしは誰じゃ」

「アレラです!」


 何を言ってるんだこの王女は、と心の中で思いつつオレは即答した。


「そうじゃな……名乗りを上げてみい」

「……ケラク賢王国=アリレハ村=シスター・アレラ、です」

「もう一つの名はなんじゃ」

「えっと……アラルア神聖王国=アラルア聖都=セラエ子爵の子・アレラ、です」


 名乗れと言われたので、オレはかつて王城の晩餐会で呼ばれた名前も思い出しつつムリホ王女に答えた。

 オレの名乗りを受けてムリホ王女は頷いた。


「正気に戻ったようじゃな」

「あ、はい」


 ムリホ王女が納得したようなので、取りあえずオレは熱気のこもるクレーターから出ようと立ち上がる。

 保護魔法(プロテクト)で火傷を負うことはないが熱いものは熱い。

 オレが一歩踏み出すとムリホ王女は一歩下がった。騎士達がオレに向かって剣を構えるも、その剣先は震えている。

 か弱いシスターにその態度はないと思う。解せぬ。


「大丈夫です、“場の支配”は解けています」


 唯一人、後ろに下がることなくそう言ってくれたコリス司祭は、まさしくオレのお友達であった。でも震えているのが見て取れて、ちょっと悲しい。


 クレーターから出たオレは救治魔法(キュア)の応用“綺麗になあれ”で服の中まで染み込んだ返り血を落とす。

 誰もまだ話しかけてこないので背負い鞄の中も綺麗にした。


 うん、すっきりした。

 頭の痛みも完全に治まっているし、気分爽快である。


「アレラよ、今の気分はどうじゃ」

「すっきりした気分です」


 話しかけられたオレが爽やかな笑顔を向けると、ムリホ王女は引きつった笑みを浮かべた。


「そうか……では、あれを見てどう思う」


 ムリホ王女が指す後ろを振り返り、オレの笑顔は凍り付いた。


「えっと……地獄の釜でしょうか」

「そうじゃな」


 再び溜まり始めた血の池が、未だに残る熱気で煮えたぎっていた。

 クレーターの底はまさに地獄の釜と言うに相応しかったのであった。


こんばんは。

アレラのパラシュート無しスカイダイビングは仕様です。

SAN値は迷子になりました。

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