表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/91

76.廃村アリレハ村

残酷描写があります。ご注意下さい。

『もー、なんで寄り道しちゃうのかなー』


 ハラロケ村から飛び立った後、オレはコロンからお叱りを受けていた。

 オレも叱られて当然だとは思っている。

 何しろハラロケ村は進路からは外れていた上、魔法を使ったオレが気を失ったことで一泊する羽目になったのだ。


『ごめん、でもどうしても行きたかったから』


 だからオレは謝っておく。

 とはいえハラロケ村に行ける機会は今後少ないと思えたし、ドラゴンに運搬されるという馬車よりもはるかに速い移動方法など今後使えないかもしれないのだ。

 なによりも、折角治せる魔法を覚えたのにノレリちゃんの治療を放置しておくなど小心者のオレには出来なかったのだ。




『それにしても、復元魔法(リカバー)でもよかったんじゃない?』


 コロンがノレリちゃんの治療について言及してきた。


 復元魔法(リカバー)とは対象者の魂に直接呼び掛け、魂の記憶に基づき身体を復元するという、ドラゴン族に伝わる魔法である。


 人族の回復魔法(ヒール)よりも上位となる魔法であるが、ドラゴンの巫女ポロミによるとむしろ人族の回復魔法(ヒール)は不完全な復元魔法(リカバー)でしかなく、医学知識により術者の魔力消費量を削減しているだけに過ぎないそうだ。


 今までオレの使っていた回復魔法(ヒール)が適当な医学知識で傷を治せていたのも、傷を治しきると魔力が反発する気配を感じたのも、オレが知らず知らず対象者の魂を感知していたから、という事らしい。


 ちなみに、魂という単語はあくまで空太の記憶から認識した単語である。

 オレにとってこの世界の言語は、空太の記憶とアレラの記憶でそれらしいモノ同士を結びつけて認識されるのだ。

 この世界で新たに覚えた言語も、空太の記憶と結びついて認識されるのだ。


 例えば、あくまでも例えであるが、アレラの記憶により本当は“ぽわわもわん”という単語であろうとも、空太の記憶から“魂”という単語だと認識すれば、この単語は“魂”なのだ、なのであるのだ。


 とにかく、巫女ポロミによると身体の魔力に埋もれる魂の見分け方を知らなければ、魂を前提とした魔法は上手く効果を発揮せず魔力を無駄に消費するとのことである。

 そう、魂があるとするのが前提である。

 巫女ポロミからは、魂の正体について考える必要はない、とさえ言われてしまったのであった。


 魔法に重要なのはイメージであり、そして魔法というのはいい加減なモノなのだと思っていたけれど……ちょっと魔法さん、いい加減過ぎませんかね。




『……でも、確実に治したかったから……蘇生魔法(リザレクト)にしたんだ……』


 結局コロンの質問に対する上手い回答が思いつかず、オレは曖昧に返事をした。


 オレは復元魔法(リカバー)ではノレリちゃんを治すのに不安を、つまり失敗のイメージを思い浮かべてしまった。

 オレが蘇生魔法(リザレクト)をわざわざ使用したのは、成功のイメージが持てたからなのだ。


 蘇生魔法(リザレクト)とは精霊王に祈りを捧げ、対象者の現存する魂に合わせた身体を作り直してもらうという、ドラゴンの巫女の秘伝とされる魔法である。


 対象者の身体を作り直すのは精霊王が行うため、術者は一切の知識を求められない。

 その代わり術者には精霊王の加護を得る程の適性が求められる。


 対象者の魂さえ現存していれば生死も身体の有無も問わないのであるが、対象者の身体が現存していれば術者の捧げる魔力消費量は大幅に減少する。

 大幅に減少しても、それでも魔力消費量は膨大である。

 如何に魔力制御が上手くとも魔力の貯蓄できる限界量には個人差があるため、発動に足る魔力量の資質がなければ蘇生魔法(リザレクト)は使えない。


 巫女ポロミによると“死”とは、魔力を作り出す身体から魂が分離した状態とのことである。

 身体から分離し魔力の供給を絶たれた魂は、魂自身にまとう魔力を使い切ると現存出来なくなるとのことであった。


 巫女ポロミの口から出てきた『精霊王に祈りを捧げる』というパワーワードにオレがしばらく硬直したのは、言うまでもない。




 蘇生魔法(リザレクト)は召喚魔法とは言い難いものの支援系魔法ではなかったのだ。

 オレは支援系魔法と支配系魔法しか適性が無いはずなのに、何故か蘇生魔法(リザレクト)が使えてしまった。


 竜王ゴロドからは、“覇王の子”だから当然、と言われてしまったのが、どうにも解せなかった。

 そして晩ご飯になる予定だった大トカゲをオレが蘇生魔法(リザレクト)の練習台にしたことで呆れられた。

 練習で気を失ったオレが目を覚ました時には既に、その大トカゲは祭り上げられて飼育されていたのであった。


 適性が無い魔法で思い出したが、ドラゴンは空を飛ぶのに飛翔魔法(フライ)という魔法を使っている。

 翼のある生物が非常に高い適性を持つ風属性の魔法なのであるが、竜王ゴロドからは翼のない人族が飛翔魔法(フライ)を使うのは諦めろと言われた。悲しい。


 ちなみに、オレとコロンが移動中にしている会話もコロンによる風属性の魔法を経由している。

 まあ、どちらにしろ属性系魔法が使えないオレには関係のない話であるのだが。




 コロンにしばらく運搬されていると、前方の丘にある建物が目に入った。

 近くに点在する建物の屋根が素材の色そのままなのに対し、その建物は屋根が青く塗られていた。


『コロン、降りて! あそこ!!』

『なに? トイレ? お昼?』


 切迫した声を上げるオレに対しコロンは呑気な声で返事をする。

 そして人気のない村にある草原へ着陸した。

 だがオレの記憶が、いやアレラの記憶が正しければ、この草原の場所には畑があったはずだ。


『アレラー?』


 呼び掛けるコロンに構わず青い屋根の建物へ駆け込んだ。

 記憶通りそこは聖堂であったが、祭壇には何も置かれていなかった。


 おかしい。


 御神体である太陽紋章が聖王教会の祭壇に置かれていないなどあり得ない。

 盗めば重罪となる太陽紋章を持ち去る盗人などいないし、そもそも全員が知り合いである小さな村の誰かが太陽紋章を盗むなどあり得ないのだ。


 一先ず教会内を見て回ろうと、聖堂の脇にある戸口を潜った。

 戸口の先にある食堂は何者かに荒らされていた。食卓は吹き込んだ雨風により薄らと土砂が積もっていた。


 他の部屋も似たように荒らされていた。扉は全て壊れていた。

 だが、一番奥にある司祭の私室へ入る扉だけは閉まっていた。


「メルムさま、メルムさま」


 ノックをしながら司祭の名前を呼び、いつも通り返事を待たず扉を開ける。

 しかし中には誰もいなかった。

 開け放たれた窓から差し込む光に照らされ、砂埃がキラキラと輝き舞い踊っていた。


 しばし呆然と立ち尽くしていると、入ってきた扉の蝶番が音を立てた。

 慌てて振り向くも、風で扉が揺れているだけであった。


 明らかに廃墟である。


 そうだ、メルム司祭が太陽紋章をぞんざいに扱うわけがない。

 聖堂に駆け戻り、頑丈に作られた祭壇の引き出しを開ける。

 しかしそこに太陽紋章は無かった。


 それならば村人が……アリレハ村の村人達が避難した際にメルム司祭が持ち出したに違いない。きっとそうだ。


『アレラ?』


 外に出たところでコロンに再び声を掛けられるも、心は既に一杯一杯で返事をする余裕はなかった。


 ふらふらと村の広場へと向かう途中、何かが木の根元に引っかかっていることに気付いた。

 恐る恐る近づき、雨風で汚れた見覚えのあるそれを持ち上げる。


 御神体である太陽紋章だった。




 風に頬を撫でられ、目が覚めた。

 開け放たれた窓から差し込む光により、朝であると気付いた。

 まだ寝ぼけているのか頭が働かない。


 ベッドの上で身を起こす。

 シーツが汚れている気はするものの、いつもの見慣れたベッドである。

 見慣れたはずなのに不思議と懐かしい気がする。


 欠伸を一つして、細かい装飾の施された家具が目に映った。

 どの家具も一見すると一流の職人の手による物と感じるが、これらは全て父の作品である。


 その証拠に木彫りの腰壁は、まるで見習いと新人と一流の職人が一列に並んで彫ったかのような出来である。

 この腰壁は牛飼いの仕事をしつつも細工師の夢を捨てきれなかった父が、少しずつ彫り続けた練習台なのである。


 やはりワタシの部屋で間違いない。

 この部屋も久しぶりである。

 毎日寝起きしているはずなのに、久しぶりだと感じた事に違和感はなかった。


 取りあえず、ベッドから降りよう。

 靴を取ろうとして床が汚れている事に気付いた。まるで嵐が過ぎ去った後のテラスの様である。

 ワタシは顔をしかめながら履き慣れたブーツを履く。

 普段は短靴(シューズ)のはずなのに、長靴(ブーツ)を履き慣れているのは何故だろう。


 背伸びを一つして、シスター服のまま寝ていた事に気付いた。

 仕方がないので、シスター服の襟元を直す。

 この部屋に鏡はないのだが、着慣れているので確認しなくとも綺麗に整っているはずである。

 というか、何時から着慣れたんだっけ。


 寝間着に着替えず寝てしまったので、またしても母に叱られそうだ。

 どんなにバレないように服を整えても、いつも母には見抜かれるのだ。

 仕方がないから素直に叱られよう、うん。


 部屋の入口を通る前に振り返り、ワタシはようやく窓が壊れている事に気付いた。

 随分と長く放置した様であった。部屋が汚れている原因はこれか。

 父に頼んで直してもらおう。


 台所付きの居間に出る。

 流石に木彫りの腰壁はないとはいえ、此処に置いてある家具や小物にも全て父の手が入っている。


 母は父の作品がとても好きで、暇を見つけては手に取って何時も微笑んでいた。

 それなのに結構ドジな母はよく小物を壊してしまい、何度も落ち込んでいた。

 その度に父が笑いながら許してくれるので、申し訳なさそうにしながらも母は何時も何かを作って欲しいと父にせがんでいたのであった。


 そんな母はワタシが起きてくるまでは居間にいるはずなのに、今日は居ない。

 母を探そうと裏口に目をやると、一番大きい水瓶が転がり行く手を塞いでいる。

 これでは裏口の外にあるトイレへ真っ直ぐ行けない。まずは他の部屋から探して回ろう。


 結局家の中に母は居なかった。井戸にでも向かったのかもしれない。

 父はというと、ワタシの目覚めを待たず牛の放牧に出掛けたのだろう。

 最近のワタシはしっかりと牛飼いの仕事を手伝えていただけに、今日は寝坊してしまったのが少し悔しい。


 蝶番が錆び付いた玄関の扉をワタシは押し開けた。

 外に出ると、すぐ目の前でドラゴン形態のコロンが寝そべっていた。


 薄く目を開けるコロンに「顔を洗ってくる」とだけ言ってワタシは井戸を目指した。

 牛舎の方から物音がしないので、やはり父は放牧に出掛けてしまったのだろう。


 牛飼いの家なだけに、牛に水を与えやすいよう井戸は牛舎の側に掘られている。

 その井戸には非力なワタシでも水が汲めるようにと、手押しポンプが付いているのだ。


 実際のところそれは母の建前でしかなく、手押しポンプを入手した時の母がいい笑顔だったのを、今でも覚えている。

 家の角を曲がった先に井戸はあるのだが――手押しポンプは地面に転がっていた。


 辺りを見回すと、壊れた柵が目に映り――逃げろと叫ぶ父の声が頭に響いた。


 改めて周囲を見回すも父は居ない。

 代わりに目に飛び込んできた光景はまるで廃墟――。

 そう思った瞬間、風にシスター服が煽られて思わずワタシは縮こまった。


『おはよー』


 気の抜けた声が聞こえ、ワタシはゆっくりと振り向いた。

 人化したコロンが背伸びをしつつワタシに近づいてくる。

 ワタシはぼんやりと彼女を見つめた。


『アレラー?』


 コロンがワタシの顔の前に手をかざしてぱたぱたと振る。


「え、あ、うん」


 取りあえず何か言おうと口を開いてみたが、上手く言葉に出来なかった。

 ワタシがまともに返事をしないからか、コロンは怪訝そうな顔をした。


 その時、二人同時にお腹の音が鳴った。

 それがおかしくてコロンと顔を見合わせて笑った。


 空腹感を覚えたことで、オレの頭はようやく回り始めたのであった。




 朝食のためにオレはうさぎを狩ることにした。

 支配系魔法を制御出来るようになったオレにとって、うさぎ狩りなど狩りですらない。


 うさぎの群れが魔法効果範囲に入るところまで近づき支配系魔法“場の支配”を掛け、美味しそうなうさぎを選んで呼び寄せる。

 うさぎに寝そべるよう命じて防御魔法(シールド)の応用“シールドカッター”で首を切る。

 勢い余りうさぎの首を断ち切って地面をえぐるのはご愛敬である。


 続けて救治魔法(キュア)の応用“綺麗になあれ”でうさぎの体内から血を追い出す。

 今まで身体や服の汚れ落としに使っていたこの魔法に名前を付けてみたのだが、相変わらずオレに名付けのセンスはなかった。


 コロンはというと、オレの魔法効果範囲へ入らないよう距離を取っていた。

 オレは朝食を狩っているだけだというのに、コロンは明らかにドン引きしているのだ。解せぬ。


 手押しポンプは壊れていたのだが、井戸自体はまだ使えた。

 水汲みに使えそうな手桶を探し出して縄を付け、井戸に投げ込み水を汲んだ。


 台所に入ったオレは手当たり次第に“綺麗になあれ”を掛ける。

 中身が使えそうな調味料入れもかき集め、コロンにも手伝ってもらいうさぎ肉の香草焼きは完成した。

 コロンと食卓を囲み、ミルクが無い事にオレは嘆いた。




 せっかくアレラの実家に立ち寄ることが出来たのだ。

 オレはアレラの両親の形見としてソルトミルを持っていくことにした。


 このソルトミルには人形のような装飾が施されている。

 いや、そういえば確か実際に木彫りの人形だったはずである。


 アレラの曾祖父が幼い頃の母へと作った木彫りの人形を、結婚前の母が父にソルトミルとして改造してもらった品だったはずである。

 というか、思い出の品を改造させる母は孫娘としてどうなんだと思うし、改造してしまう父も父である。


 オレが使うには頭、もとい握りが少し太いものの、この大きさなら荷物にはならないだろう。

 食事に塩は大切なのだ。さしすせその……し?

 そういえば、味噌とうさぎ肉は合うのだろうか。

 味噌だれに思いを馳せながらオレは背負い鞄の口を閉じたのであった。




 出発前に教会へ立ち寄った。

 御神体であるホイールキャップ、もとい太陽紋章は祭壇に置かれていた。記憶には無いが、昨日のオレが置いたのだろう。

 だが無人の村で祭壇に設置しておくと魔物のおもちゃにされかねない。


 オレは祭壇の引き出しに仕舞おうと太陽紋章を持ち上げる。

 太陽紋章に“綺麗になあれ”を掛け、さらに布で丁寧に磨く。


 思えばアレラはメルム司祭の隣に立ちたかった。

 たとえ初恋がガチムチに負けようとも、傍に居たかったのだ。


 そうだ、そのためにアレラはシスターになりたかったのだ。

 アレラの夢は叶っているというのに。メルム司祭は、もう……。


『アレラー! 行くよー!!』


 外からオレを呼ぶコロンの声が聞こえる。

 オレは俯いていた顔を上げ、太陽紋章を引き出しに仕舞った。


 コロンの方に向かいながら改めて考える。

 空太としてのオレの夢は何だろうか。


 幼い頃、漫画やゲームの影響で勇者になることを夢見ていたのは確かである。

 気が付いたらアレラになっていたが、それでもオレは冒険者になれたのだ。


 この世界では魔王を討伐すれば討伐パーティのメンバー全員が所属する国から勇者の称号を得る。

 剣を振るわなくとも、魔王に攻撃を入れない支援職でも、勇者になれる。


 そうか、支援職が司祭や聖女である必要などない。

 シスターでも構わないはずだ。

 それならオレは……アレラであるオレは。


 オレというシスターは勇者になりたい。


こんばんは。

説明回と見せかけてSAN値チェック回でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ