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74.エピソード 星の魔法陣

残酷描写があります。ご注意下さい。

 『次に生まれし魔王は邪王と同等の力を得るに至る。時は満ちた。今こそ星の…』


 神託。

 それは聖女にのみ聞こえる神の声。当代の聖女が最後に行う奇跡。

 どんな事柄であろうとも神託の内容は必ず現実となる。


 だが人は知らない。

 時にその神託を信じるあまり神託に沿うよう行動してしまっていることを。

 そしてそれがどんな結果を招くかも思い当たらず…。




…アラルア神聖王国=百十九代=現王・アリツは悩んでいた。

 神託が得られたと知らされたその日のことである。

 その内容を知った彼女は、星の魔法陣に思い至った。


 星の魔法陣。


 聖都から少し離れたところに広い平原がある。

 その平原の中心にある小高い丘の上にその魔法陣はあった。

 魔法陣はアラルア神聖王国が建国された頃には既にその場所に描かれていたとされている。

 平原一帯は代々王家が管理し、魔法陣に近づける者は誰もいない。

 もっとも、所定の位置から大量の魔力を流さない限り魔法陣は姿を現さない。

 例え侵入者が現れたとしてもそこに魔法陣があるとは気付かないだろう。


 魔法陣は円形であり、その大きさは直径六十メートルにも及ぶ。

 そして魔法陣は百メートル四方はある巨大な一枚岩に描かれている。

 さらに、この一枚岩には数多くの窪みが穿たれている。


 この魔法陣は数世代に渡る研究の結果、召喚魔法陣の一種であることが分かっていた。

 そして発動するためには一枚岩に穿たれた窪みが星図と一致した時期でなければならない。

 その様相から、星の魔法陣と名付けられたのであった。


 かつて星の魔法陣は一度だけ起動に成功したことがあった。

 だがその時の発動結果は失敗に終わったとされている。

 しかも当時の魔法に関する技術不足故か、多数の犠牲者が出たという。

 当時の国王は怒り、魔法陣を壊そうと試みたとされている。

 しかし一枚岩は想像以上に固く、結局数カ所にヒビを入れることしか出来なかったという。

 それ以来星の魔法陣の研究は禁止され、研究資料は王城の奥深くに封印された。




…星の魔法陣を発動させればかつてのように多数の犠牲者が出る恐れがある。

 故にアリツ女王は悩みながらも、一先ず星の魔法陣の調査を行う事にした。

 星の魔法陣に関する研究資料の封印を解き、調査を指示した結果。魔法陣が発動出来る季節は春であると分かった。


 しかし魔法陣の発動に必要とされる魔力量は膨大であった。

 魔法陣に魔力を供給出来る箇所は四ヶ所のみ。たった四人で供給出来る魔力量では無い。

 かつての失敗原因は供給箇所以外からの魔力注入であると考えられていた。

 そのため、魔力を供給する別の手段を考える必要がある。


 神託が得られたのは初春である新年。

 準備の時間を考えるとアリツ女王にはこれ以上悩んでいる時間は無かった。

 そして、アリツ女王は星の魔法陣を発動する決断を下した。


 魔力を込められる聖玉(せいぎょく)や魔石を多量に扱うための新しい魔法具を開発。

 資材をかき集め、発動を行う人員を選抜し、ヒビの入った魔法陣の修繕を行う。

 星の魔法陣の発動準備が整ったときは、既に春が終わろうとしていた。




「陛下、今一度考え直してくださいませんか」


 星の魔法陣にほど近い場所で、アリツ女王に宰相が追い縋った。


「何を言うておる。魔法陣を発動するには魔力の高い者、即ち王族が居らねば成り立たぬじゃろう」

「しかし、危のうございます」

「構いません。私が志願したのです」


 尚もアリツ女王に追い縋る宰相へ、凜とした声が掛かる。

 二人が振り向いた先にはアリツ女王によく似た若い女性が立っていた。

 その女性が羽織る外套の形を採った新開発の魔法具は、夕日に照らされ多数の聖玉や魔石が輝いていた。それはまるで夜空を身にまとっているかの様であった。


「おお。準備は出来たか、マリハや」

「はい、陛下」


 アリツ女王に名前を呼ばれた女性、マリハ第一王女は母である女王に対し跪く。

 そんな娘にアリツ女王は近づいて立ち上がらせ、そして抱きしめた。


「本来は妾が行うべきなのじゃ。全くもって不甲斐ない母で済まぬ」

「いえ…お母様は国政に欠かせません。ここは娘である私にお任せ下さい」

「そうか…頼んだぞ」


 もう一度しっかりとマリハ王女を抱きしめ、アリツ女王はそっと離れた。


「陛下、殿下、そろそろお時間です」

「分かりました。配置につきます」


 魔法陣の向こう側、既に配置についていた魔法師団の師団長が声を掛ける。

 マリハ王女はアリツ女王に臣下の礼をとり、魔法陣に向かった。




 日は沈みかけ、一番星が空に瞬いていた。

 星の魔法陣の起動は、静かに執り行われた。

 呪文も無く四方に配置した四人が魔法陣に手を付いて魔力を流し始める。


 四人の身に着けた魔法具は光り輝き、その輝きに釣られたかのように魔法陣が淡く金色に浮かび上がり始めた。

 四人の手から流れる魔力を受け取るかのように、四方から流れるように光が輝きを増して魔法陣を巡っていく。

 魔法陣の文様を順に伝う様に幾重にも幾重にも光は巡り輝きを増していく。

 光り輝く魔法陣に釣られるかのように四人の身に着けた魔法具も光を強め、遂に四人の姿は光に覆われて見えにくくなった。

 魔法陣の中心に小さな光球が浮かびあがり、魔法陣の外周に薄い光の膜が立ち上がった。


 誰もが起動に成功した、そう思った瞬間。

 四方で輝く光が魔法陣の中心に、光球に吸い込まれるようにして消えた。




 四人は、姿を消してしまった。




「マリハ!?」

「殿下!?師団長!?」


 辺りが騒然とする中、魔法陣の中心にある光球が少し膨らんだ。

 その場に居る全員が息を飲み光球を見つめていると、光球から一筋の光がはじき出された。

 螺旋を描くように魔法陣の中を彷徨ったその光は、魔法陣の描かれた地に叩き付けられる。

 その光はまるで水球だったかのように、爆ぜた。

 そしてまき散らされた液体は蒸発するように消えていった。


 続けて光球から更に一筋の光がはじき出され、同じように地に叩き付けられる。

 更に一筋。

 そしてもう一筋はじき出された光は、地に叩き付けられる前に魔法陣の外周にある薄い光の膜にぶつかった。

 薄い光の膜に液体が爆ぜる。それは夕闇の中、異様に赤く感じる液体だった。


 周りの制止を振り切り、アリツ女王が魔法陣に駆け寄る。

 だが薄い光の膜はまるで分厚い壁のように魔法陣への侵入を阻んだ。

 アリツ女王が娘の名を叫び何度も薄い光の膜を叩くも、全く揺らぎはしない。

 光球からはじき出された光の正体について、誰もが考えたくは無かった。




 空から幾筋もの光が降りてくる。

 遠く彼方の空に光が流れている。

 やがて光の筋となり吸い込まれるように魔法陣へと入っていく。

 そして光球は膨らむ。

 膨らんだ光球は光をはじき出し、はじき出された光は魔法陣の中で爆ぜる。

 それはまるで光球が、受け取った光の一部分が要らないと吐き出して捨てているかの様であった。


 この場に居る者達は否応が無く分かっていた。

 あの光は人であると。

 はじき出されるのは要らない部分であると。身体なのか何なのか、爆ぜているのは血の色をしているのだと。


 一晩中続くかと思われた光は少しずつまばらとなり、光球は既に魔法陣の半分以上を占めるほど大きくなっていた。


 しかしその時、魔法陣の外周にある光の膜が揺らぎ、光球が大きく歪み始めた。

 暴れるかのように歪む光球から光の柱が立ち上る。

 そのまぶしさに目を伏せていた者達が再び魔法陣を見たとき、光球はその大きさを半分に、魔法陣の大きさの四分の一ほどに小さくなっていた。




 流星の日。

 この夜のことは自然とこう呼ばれる事となる。

 この夜に多くの人が行方不明になったとも言われている。

 その中には何処かの国の王子も含まれていると噂されている。

 人が光となって消えた等の目撃証言もあるが、定かでは無い。







 星の魔法陣を起動してから一週間が経過した。


「報告致します」


 アリツ女王の執務室で魔法師団の師団長代理が報告書を読み上げ始める。

 顔を伏せたままのアリツ女王に対し、師団長代理がそのまま報告を行う。


「星の魔法陣は一部の文様が欠けたままとはいえ、未だ発動を続けております。また、欠けた文様についての調査が終わりました。起動した日の夜に起こった揺らぎは、魔法陣の補修部分が発動に耐えられなかった事が原因と判明致しました」


「私からも報告致します。国内の行方不明者数は把握出来ているだけで四十三名、このうち貴族の数は八名。その大半が何らかの支配系魔法持ちであると判明しております」


 宰相も手元にある報告書を読み上げる。


「また、密かに調べました国外の行方不明者数を合わせましても、空から降ってきた光の数はその人数を遙かに超えております」

「全方位から光が来たことから人族の国だけではなく世界中から集まったものであると考えられます。その点を踏まえまして、あの光は人族だけではなく他の生物…魔族や魔物も含まれていたのでは無いかと考えられます」


 二人の報告を受けて、アリツ女王がぽつりと呟いた。


「国内の行方不明者の捜索はどうなっておる」

「依然として掴めておりません」

「そうか…」


 アリツ女王はようやく顔を上げる。

 その顔は憔悴しきっていたが、女王としての責務を果たさんと口を開いた。


「行方不明者の捜索は本日をもって終了せよ。これより魔法師団の再編成を行え。一月(ひとつき)後に師団長の任命式と…そして、マリハの死亡を公表する」

「陛下…」

「ムリホを呼べ」

「はっ」


 アリツ女王の指示に宰相が顔を歪めた。そして入口に控えていた近衛騎士が(めい)を受けて退室していく。

 しばらくして近衛騎士はムリホ第三王女を連れて戻ってきた。


「母上、何用じゃ」


 入室と同時にムリホ王女がアリツ女王に話しかける。


「失礼致しますも言えぬのか、お主は相変わらずじゃな」

「母上とわらわの仲じゃ。別に構わんじゃろ」

「全く…まあ良い。よく聞け」


 普段通りに軽口を叩くムリホ王女にアリツ女王は一旦呆れるも、王者としての風格をまとった。

 部屋の雰囲気が変わったことを察し、ムリホ王女も居住まいを正す。


「マリハは死亡したものとする。一月(ひとつき)後の公表をもって、お主が王位継承権第一位となる。これまでの様には行かぬぞ。次期女王として振る舞うように」

「…やはり単なる失踪ではなかったのじゃな…。マリハ姉上は死んだのか…」


 今まで家族にも秘匿していたマリハ王女の死を聞き、何となく察していたムリホ王女は顔を伏せた。


「ムリホ。お主の力はまだマリハには遠く及ばぬ。力を付ける必要がある」

「分かっておる。じゃがこれ以上の成長はそう簡単ではないのじゃ…」


 勇者候補と呼べる力を十二歳にして既に身につけているムリホ王女ではあるが、彼女の言う通りここから勇者と呼べるまでの力を付けるのは容易ではない。

 勇者候補と、国家に認められる勇者と呼ばれる力の壁は、そこまでに厚かった。


「そこでじゃムリホよ。北の火山については知っておるな?」

「勿論じゃ。精霊の地として禁足地であり、そして…まさか、母上!」

「そうじゃ。お主は火の聖霊様と契約を結べ」

「陛下!」


 あまりにも危険な契約の施行に思わず宰相が声を上げる。

 火の聖霊カラロムの力は強大であり、契約を結べば確かに勇者と並ぶ力を得ることが可能ではある。

 しかし人の身に余るその力は制御出来るとは言い難く、契約を失敗すればムリホ王女の命は確実に尽きるだろう。


「ふふふふふ…そうか、そうか…」


 だが、それを聞いてムリホ王女は不敵に笑い始めた。


「最近退屈で堪らんかったのじゃ。やっと面白いことが出来るのじゃな…あはははははっ」

「殿下!陛下もお考え直しを!」

「宰相、朗報を待っておれ。母上、今から行ってくるぞ!」

「ああ、行くがよい…と言いたいところじゃが、しっかり準備するのじゃぞ」


 尚も制止する宰相に関わらず、母娘(おやこ)は頷き合う。

 そしてムリホ王女は脚を弾ませて退室していった。


「相変わらずじゃな、あの子は」


 何かが吹っ切れたのか、アリツ女王の顔色は少し良くなっていた。







 星の魔法陣を起動してから半年が経過した。


「報告致します」


 アリツ女王の執務室で近衛騎士団長が報告を始める。


「ムリホ王女に同行していた第三騎士団より朗報です。ムリホ王女が、火の聖霊様との契約に成功致しました」

「本当か!」


 その朗報にアリツ女王が身を乗り出す。


「はい。ですが…」

「何があった」


 途端に歯切れが悪くなった近衛騎士団長に、宰相が問いかける。


「ムリホ王女が契約の確認の為に火の聖霊様を召喚した際、勢い余って第三騎士団に少なくない怪我人が出たとの報告も上がっております」

「あの、馬鹿娘が!」


 その呆れた報告にアリツ女王が悪態を吐いた。

 そこに、新たに面会人が現れた。


「報告致します!」


 魔法師団の師団長代理改め師団長が執務室に飛び込むや否や報告を始める。


「星の魔法陣から!星の魔ほっ」

「師団長、落ち着け」


 息も荒く言葉が詰まる師団長に、宰相が声を掛ける。


「はい。星の魔法陣で、徐々に収そっ、収束していた、光球が、遂にっ」

「光球が、何じゃ」


 まだ息が荒く勿体振った様に途切れてしまう報告にアリツ女王が問いかける。

 師団長は深呼吸をすると、報告を続けた。


「収束していた光球から人が現れ、光球は消滅。その者は意識が無いため王家の別荘に運び込んでおります」

「何じゃと!」


 その報告にアリツ女王が思わず立ち上がった。

 唖然としているアリツ女王に代わり、宰相が師団長に問いかける。


「その者は…この国の者か?」

「…黒髪の少年です。着衣も無く何処の国の者かは分かりません」




 その晩、少年は目覚めた。

 秋が終わり冬に差し掛かる頃。

 奇しくもアレラが、空太の精神が入ったアレラが目覚めた時間と同じであった。

 しかし、その事を知る者は誰もいない。誰も…。

こんばんは。

完全に不定期となっております、申し訳ありません。

さて、お気づきの方もおられたと思われますが、本作は『異世界転移』であって『異世界転生』ではなかったりします。

何とか完結まで続けてまいりますので、今後とも本作をよろしくお願い致します。


2021年11月2日、追記

人名の誤記訂正のみ致しました。文法等その他の修正には手を付けておりません。

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