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72.コロンとの模擬戦

「ごちそうさまでした」

「なに、気にするな。旨そうに食べてくれてたしな」


 ご飯を提供してもらい、オレは素直にゴロドさんへお礼を言った。

 彼の言う通り、オレは出された串焼きをしっかりと食べた。一本の半分ほどを。


「美味しそうに食べる割にすっごい小食だよね、アレラ。そんなので生きていけるの?むしろ育つの?」


 コロンがオレの身体の一点を見ながらなかなかに辛辣な一言を掛けてくる。

 その言葉にオレは、ぐうっと唸ることしか出来なかった。

 しかし弁解させてもらえるのならば、人族の都市にある屋台で出される串焼きの二倍は大きかった。決してオレは小食ではない。いや、実際小食だけど…。

 違う、そうじゃない。オレは成長期だ!だからそんなに胸を見ないで!


「さて、二人共。腹ごなしに運動でもどうだ」

「はーい」

「あ、はい…腹ごなしって何をするんですか?」


 運動と言われて喜んでいるコロンとは対照的に、ゴロドさんの言う『腹ごなし』にオレは何だか不穏な空気を感じていた。


「ああ。アレラの実力を見たいのでコロンと模擬戦をしてほしいのだ」

「お断りします…」

「何かを教えるにはその者が何処まで出来るか知らねばならぬ。そうだな?」

「…あの攻撃、受けないといけないんですよね?」


 ゴロドさんの提案をオレは断固として拒否したい。

 何しろオレ達の後ろではドラゴン形態に戻ったコロンが口から何か光線を盛大に撃ちだしてウォーミングアップをしているのだ。口から撃ちだしているのであれはブレスと呼んでいいだろう。

 あのブレスをオレの防御魔法で受け止めるとか、恐怖でしかないじゃん!

 あ、トイレに行っておこう…此処でも漏らし姫になどなりたくないのである。


 そして案内されたドラゴン用トイレの部屋でオレは転んでしまい、大きく開いているボットン穴に落ちてしまったのだった。すでにもう死にたい。




…救治魔法の応用による汚れ落としは本当に神がかっていて助かる。臭いすら除去出来ているようで本当に助かる。

 しかし先程まで一分の隙も無く汚れが染み込んでいたこのシスター服を着続けているという精神的ダメージだけは避けられない。くそっ…うう。


「ルールは単純だ。コロンが参ったと言うか、アレラが戦闘不能になるまでのどちらかだ。もしくは儂が模擬戦の中断と勝利宣言をしたときだ」

「あれ?あたしの戦闘不能は条件じゃないの?」


 ゴロドさんの説明にコロンが首を傾げる。

 確かにルールとしてフェアでは無いかもしれないが、そもそも…。


「ああ。エレヌから聞いた限りではアレラには攻撃能力が無いらしいからな」


 彼の言う通りオレには攻撃が出来ないのでコロンを戦闘不能には出来ない。

 コロンに勝つには防御魔法の縁に突っ込ませるようなカウンターを繰り出して傷付けるか、『場の支配』で動きをとめて「参った」と言わせるかだろう。


「じゃあアレラはあたしの疲労待ちってこと?勝ちようが無いんじゃない?」

「まあ、元々アレラの実力を確認するだけだからな。本気で掛かるなよ?」

「うん、分かった」


 二人がやる気なので、オレも覚悟を決めることにした。


「アレラも異論は無いか?」

「…あ、はい…」


 もうこうなったらやけくそである。




…部屋に設置していたテントは既に撤去されていた。

 この部屋はドラゴン達が戦闘訓練に使う部屋らしく、どうりでかなり広いわけである。というか、そんなとんでもない部屋に寝かされていたオレって…。


 さて、コロンは手加減をするためなのか人化して模擬戦の開始を待っている。

 オレも自分に増幅魔法を最大まで掛けてコロンの動きを見逃さないよう注視していた。


「では、開始!」


 邪魔にならないよう通路にいるゴロドさんが模擬戦の開始を宣言した。

 それと同時に、コロンが姿をかき消したと思えるほどの速さでこちらに接近してくる。


「シー…!」


 彼女の速さは発動のキーワードなど間に合わなかった。

 オレは発言を放棄して防御魔法を即座に展開する。

 その防御魔法に彼女の拳がぶつかる。


「いった…どんだけ固いのその『盾』!」


 コロンがそう発言して飛びすさるとオレの後ろへ回り込もうとした。

 オレもその方向に防御魔法を運ぼうとする。しかし彼女があまりにも速くて制御が間に合わず防御魔法は縁から形を崩し始めてしまった。

 それでも何とか形が残っているうちに彼女の二撃目を防ぎきれた。


「ウィンドカッター!」

「シールド!」


 打撃が通じないと思ったのか、オレから少しだけ距離を取ったコロンは魔法を連射しはじめる。

 しかしオレも負けじと防御魔法を広範囲に再展開して防ぎきる。


「魔法も効かないの!?ええい!」


 コロンがオレの後ろに回り込もうと再び走り出した。

 その速い動きにオレは張っている防御魔法を破棄して再展開することにした。

 走るコロンの肩あたりに光る円盤が発生していた。コロンが急停止したのでオレはすぐさま防御魔法を展開する。

 直後にブレスの光線が円盤から撃ち出された。


「コレも防ぐの!?」


 コロンが目を見開いて驚いている。

 一方、オレは魔力が一気に削られてしまったので後何発防げるか不安で仕方がなかった。もちろんそのことを表情から読み取られるわけにはいかない。


「どうしたアレラ。さっさと『支配』を発動しろ」

「ひゃい!?」


 その時、突然飛んできたゴロドさんの指示にオレは思わずすくみ上がってしまった。全くもって不意打ちも良いところである。


 コロンも立ち止まって『場の支配』の発動を待ってくれているようだ。

 未だに自傷しない限り止められない『場の支配』は使いたく無かったのだが、使うように言われてしまえば仕方がない。


 オレは覚悟を決めて『場の支配』を発動した。


「わあ!何その危なそうな空間。近接戦は無理っぽいかなー」

「コロン、良い判断だぞ。アレラの『支配』に捕まればお前の負けが確定だ」


 どうやらオレの魔法効果範囲がコロンには見えているようである。

 いや、視覚ではなく感知しているだけかもしれない。

 とにかく、そうならば発言で挑発して魔法効果範囲内に誘い込む作戦は出来ないということだ。

 もっともそんな作戦、彼女が感知した今になってから思いついたけどね!


「えええ!あの範囲は人化してたら無理だよ!」


 そういえば先程からコロンはかなり近接してから魔法を撃ってきている。もしかしなくとも人化しているとオレよりも魔法効果範囲が狭いということだろうか。


「おじいちゃん、ちょっとタイム!変化(へんげ)させて!」


 コロンがゴロドさんの方を完全に振り向いて叫んだ。

 これも今になってから思いついたのだが、会話中に駆け込めば勝敗は決していたのではないだろうか。


「いいか?アレラ」

「…分かりました」


 もっとも、そんなだまし討ちはしない。

 オレは悪役(ヒール)ではなく勇者(ヒーロー)になりたいからね!

 だからゴロドさんの提案にも素直に同意したのだった。


「ふう…ありがとね、アレラ。人化はバランス悪くてちゃんと走れなくてねー。だからドラゴン形態に戻らないと全力出せなくって」

「ぜ、全力…?」


 とはいえ、コロンのお礼にオレは戦慄した。

 彼女は模擬戦の開始前にもドラゴン形態でブレスを連射していたのだ。

 ウォーミングアップで惜しみなく連射出来るくらいだ。ドラゴン形態の彼女はブレスをほぼ無尽蔵に放てるということになる。


 オレの目の前でコロンがワンピースのフロントボタンをプチプチと外し始めた。

 うん、エロい。これを直視するのは通報モノである。


 そんなアホなことをオレが考えている間に、目の前にドラゴン形態のコロンが立っていた。

 オレは慌てて防御魔法を展開して構えた。


「じゃあ行くよ!」


 そう宣言した途端にコロンの姿がかき消えた。

 違う、そうじゃない。人化の時よりもとんでもなく速く動いているのだ。

 オレは思わず防御魔法を放置して逃げる。

 先程までオレの立っていた位置をブレスが突き抜けていった。


「惜しい!」


 そう一声残してコロンの姿がまたしてもかき消える。

 ドラゴンの巨体が一瞬で消えるほど速いってあり得ないだろ!


 未だ設置状態になっている防御魔法を放置してオレは転がる。

 またしてもブレスが突き抜けていくが、寒気を覚えたオレは頭上に防御魔法を展開した。

 その瞬間、防御魔法に魔力が吸い取られる。違う、ブレスがぶち当たったのだ。


「えええ!今のは絶対あたるって思ったのに!」


 まだまだ余裕があるのか悪態を吐くコロンとは対照的に、全く余裕がないオレは一言も発せられない。

 このままでは数分も経たないうちにオレの集中力が切れてしまう。

 そうなればあのブレスで焼き尽くされたオレの負けが確定するだろう。


 こんな体たらくではゴロドさんが模擬戦のルールにオレの勝利を含めないわけである。

 違う、そうじゃない。


「あんなのあたれば死んでしまいます!もうワタシの負けでいいでしょう!?」


 コロンが待ってくれているのでオレはゴロドさんに敗北宣言をしておく。


「何、問題ない。コロンのブレスで今のアレラが死ぬなどあり得ない」


 だがゴロドさんは模擬戦を止める気が無いらしい。

 むしろこの状況の何処を見てそんな発言が出てくるというのだろうか。


「ねえ、再開してもいい?」


 コロンの声にオレは振り向いて、絶望した。

 彼女の周りには八個の円盤が浮いており、そのどれもが光球を抱えていた。

 わざわざ口元から撃つ必要などないということである。ブレスという定義が揺らいでしまった。


「いいぞ。再開!」


 オレの返事を待たずにゴロドさんが再開を宣言した。

 それと同時にコロンの周りから光線が一斉に発射される。

 すぐに防御魔法を展開したオレだったが、光線の一つが曲線を描いていることに気付いてしまった。


「ひえええええ!」


 情けない悲鳴を上げてオレは防御魔法を放置して転がり出る。

 次々と突き刺さる光線にオレは防御魔法を更に展開して転がり続ける。

 気付けば設置型の防御魔法が五つ出来上がっていた。


「全部防がれたかー」


 コロンの残念そうな声にオレはホッと息を吐いた。

 必死だったため意図していなかったが、どうやらオレの防御魔法は設置してしまえば消えないし、複数個を置けてしまうようである。

 もちろん魔法効果範囲から外れた防御魔法は消えてしまっているのだが。


 いや、待て。

 オレは思考を中断してコロンの声が聞こえた方にゆっくりと振り向いた。

 そう、振り向いた。


「チェックメイトだね、アレラ」


 その声と共にオレは光に包まれていた。




「嘘でしょ!」


 コロンの叫びにオレは閉じていた目を開ける。

 光に包まれてからそれ程時間が経った気がしなかった。

 いや、実際に数秒も経っていないのだろう。そしてオレはしっかりと自分の足で立っていることを自覚した。


 目をまん丸にしたコロンがオレの視界に映る。

 どうやらオレはコロンの光線に耐えきったらしい。おそらくオレの増幅魔法に含まれる保護魔法の効果だ。

 ゴロドさんの言う通り、オレはコロンの攻撃では死ぬことなどなかったのだ。


「えっと」


 オレの呟きに硬直していたコロンがビクッと震えた。

 オレが一歩前に進むと、コロンが一歩後ずさった。

 どうやら攻めあぐねているというよりは、オレに怯えているように見える。


 何故だ。こんなにも可憐な少女(オレ)にどうして恐怖するのだ。

 そもそもオレはまだ攻撃に耐えきっただけだ。反撃方法すらないのだから、怯える必要は無いはずである。


 もう一歩進んだところで、オレは足裏に違和感を感じた。

 足下を見ると、オレは裸足で床を踏みしめていた。

 ついでにぼろぼろの靴下と素足が目に映った。

 ついでのついでに、お腹が見えている。

 幸いパンツも見える。所々焦げているがどう見てもパンツだ。

 うん、オレ自身は耐えられても服は燃えたようだ。むしろ肌もいくつか赤いというか、火傷をしている。


 自覚した途端、全身に火傷の痛みが走った。

 しかし冒険者としてのオレが足を止めてはならないと警告してくる。

 痛みに耐えてオレはコロン目掛けて駆け出した。


「やばっ」

「残念!」


 正気に返ったコロンにオレは声を掛ける。

 もう遅い。次の瞬間コロンは崩れ落ちてしまった。

 オレの魔法効果範囲が彼女を捕らえたのだ。『場の支配』により彼女の動きを封じることが出来たのである。


「そこまで!勝負あり!」


 ゴロドさんの宣言にオレは歩みを止めた。


「アレラの勝ちだ。な?死ぬわけが無いと言っただろう?」

「あ、はい…」


 ゴロドさんにオレは生返事をして思い出した。

 今のオレはあられもない姿なのだ。オレは羞恥から慌ててしゃがみ込んだ。


「何をしている。あと早く『支配』を解除せい、コロンが苦しんでるぞ」

「あ、はい…」


 ゴロドさんの発言に頷くと、オレは自分の真横に防御魔法を展開した。

 そして思いっきり腕を振り抜いてその防御魔法に打ち付ける。


「いったあ…」

「何をしているんだ…」


 打ち付けた腕を抱えて先程と違う意味でうずくまったオレに、ゴロドさんの呆れた声が降ってきた。

 でも仕方がない。自傷しなければ『場の支配』は解けないのである。

 無事『場の支配』が解けたようでコロンが身動ぎした。


「あー!負けちゃった!!」


 オレの目の前で倒れていたコロンが仰向けに転がって悔しがっていた。


 辛うじて模擬戦には勝てた。

 ホッとしたと同時にオレは全身の力が抜けていくのを感じた。

 おそらく魔力切れだろう。

 オレはそのまま意識を手放したのであった。

こんばんは。

なかなか更新出来なくてすみません。

トイレに落ちたシスター服は焼却してしまいましょう。

シスター服ってよく燃えるのですね。違いましたか。

引き続き本作をよろしくお願い致します。

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