70.王都観光と人さらい
「そろそろ行くわよ。宿を出るから荷物を忘れずにね」
「ええ?しばらくこの王都に滞在するんですよね?」
エレヌさんの発言にオレは疑問を垂れ流した。
昨日の温泉騒ぎから明けて翌日。
これから彼女の伝手を頼りこの王都でオレは新しい回復魔法について教わるはずなのだ。
それなのに宿屋から出ると言われてオレは首を傾げるしかなかった。
「だからよ。こんな高い宿に何泊も出来るわけないでしょ」
「あ、やっぱり高かったんですねここ」
しかし彼女の次の発言にオレは納得した。
この宿屋の室内温泉は空太の記憶にあるスーパー銭湯並みの広さだった。
あれだけの敷地を王都で構えるということは料金が高いと言われても当然のことだったのだ。
「それじゃ、俺は冒険者ギルドに顔を出してくるとするか」
「俺もソルフと一緒に行くとするかの」
「ザラスは私と一緒に来て。そうね。ソルフはチレハを連れていくといいわ」
エレヌさんのパーティは冒険者ギルドと彼女の伝手の二ヶ所に分かれることにしたらしい。
「あれ?ワタシは?」
「ヘレアとデートでもするといいわ。正午に中央広場で集合しましょう」
そしてオレの疑問に、エレヌさんが恐怖の進言をしてきたのだった。
「いいの!?アレラちゃん、やったね」
「えっ」
「頼んだわよ、ヘレア」
困惑しているオレを放っておいてエレヌさんが喜ぶヘレアの頭に手を乗せる。
エレヌさんが気を遣ったのか、ヘレアが彼女に懇願したのか。どちらにせよオレの意思は無視されるようである。
「人さらいには気を付けるんだよー」
「大丈夫、任せて」
チレハさんの言葉に全然大丈夫じゃないヘレアが答える。
「アレラちゃん、行こ?」
「あ、うん…」
オレはヘレアに逆らえなかった。
ヘレアは、いい笑顔だった。
…当然のことながら、王都は午前中に見回りきれるような広さではない。
それでもヘレアは色々と見物をしたいのだろう。手を繋いだオレを半ば引きずるように人混みをかき分けて進んでいく。
「そういえば、アレラちゃんとこうして二人で歩くのは久しぶり」
「そうだね。孤児院にいたとき以来かな…」
そういえば、こうして落ち着いた様子のヘレアと話をするのも久しぶりである。
どうやら彼女の興味はオレよりも王都の様子に移っているらしい。
「アレラちゃんとまたこうして一緒に歩けるなんて…うれしい」
「あ、うん」
前言撤回。依然彼女の興味はオレだった。
それにしては随分と落ち着いている。
「ヘレア、随分と落ち着いているね」
そしてオレはついうっかり疑問を垂れ流してしまった。
「エレヌさんに言われたの。嫌われないようにって」
「そういえば…そうだったね」
「昨日も言われたから。だから決めたの」
「何を?」
ヘレアが立ち止まってオレを見てきた。
オレはそんなヘレアの様子に首を傾げる。
「アレラちゃんにもっと私を好きになってもらうために、少し落ち着こうって…もっとちゃんと私を見せようって。ああ、でも」
「でも?」
「そんな仕草見せられたら、もう!」
彼女はオレに抱きついてきた。
当然オレは彼女を支えきれず二人して往来に転がる。
「ああ、アレラちゃん…素敵」
「ヘレア、落ち着いて!」
周りの人が遠巻きにオレ達を見ている。
このままではヘレアサンに大事な何かを散らされてしまう。タスケテ。
しかし彼女はオレに抱きついたまま動かない。そのまま深呼吸をしている。
いやこれ、オレの匂いを嗅いでいるんじゃないよね!?
「ごめんね、アレラちゃん。落ち着くね」
十分満足したのかヘレアはそう言うと起き上がり、オレを起こしてくれた。
結局ヘレアは何もしてこなかった。
そんなヘレアの成長に、オレは素直に喜んだ。
「ヘレアも大人になったね」
「何それ。私もう大人だよ」
「ああ、うん」
そう言えば彼女は十五歳、成人しているのだ。大人である。
オレは少しおかしくなって笑った。彼女もオレに釣られて笑う。
うん、やっぱりヘレアの偏愛じみた行動をオレがつい赦してしまうくらいに彼女は可愛い。卑怯なくらいに可愛かった。
「アレラちゃん、これ何だろ?」
「何?んー…聖王様?」
往来の露店に奇妙な像が飾られていた。
大きさは大体三十センチメートルくらいだろうか。
その像は男性を形取っていて、肩と下腕に太ももとくるぶし、それぞれの両側に太陽紋章らしい円形の何かを付けていた。
「そうさ。聖王様の像だぞ。神器聖王の盾をつけてみたんだ。どうだい?格好良いだろ?」
露店のおじさんがそう言いながら和やかに笑った。
確かに聖王の盾は神器であり太陽紋章の原型である。
聖王教会で御神体として飾るくらい聖王様の象徴であり、聖王様はこの盾を何枚も操り敵を討ち滅ぼし信徒を守ってきたという神話があるのだ。
そう、メラロム都でオレに防御魔法を教えてくれたニレバ司祭が編み出した拳の盾は、その神話から発想されたものだったのである。
彼女は小さな四枚の盾しか出せなかったが、実際の聖王の盾は御神体の大きさなのだ。実物大のホイールキャップなのだ。
ともあれいくら聖王教会が偶像崇拝を否定していないとはいえ、この像の不出来具合はどうかと思う。
顔とか造形がカクカクとしてロボットみたいだし、それぞれの太陽紋章は太くてホイールキャップというよりはもはやタイヤである、タイヤ。
落ち着け。
人型で八輪のタイヤがある自動車なんて、この世界でも空太のいた世界でも存在しない。こんな形状になるには二台の自動車を合体させなければ成り立たない。
つまり上半身と下半身が変形合体するロボである。勇者である。
違うそうじゃない。
その発想は主神に対する不敬だ。よろしくない。
そうか。不敬だからこそ聖王教の影響が薄いこの都市で販売しているのだ。
違うそうじゃない。
オレが混乱しているだけだ。
自動車のないこの世界ではこんな発想には至らないのだ。
「アレラちゃん、そんなに熱心に見て。欲しいの?」
「あ、いや。ううんそうじゃないよ。ただ…」
「ただ?」
ヘレアが心配そうに見てきたので、オレは慌てて否定した。
そしてついうっかり変形合体ロボと言いかけて口をつぐむ。
「お嬢ちゃんが買ってくれるなら負けようかと思ったのによ。その服装、シスターに憧れてるんだろ?ついでにコレとか付けようかと思ったんだけどよ」
露店のおじさんはそう言って太陽紋章を見せてくれた。
その大きさはオレが身に着けている本物そっくりである。
ただし不格好な出来具合から、変形合体ロボと制作者は同じだと思われた。
「あ、いえごめんなさい」
「そうか、残念だな。ん?それは…太陽紋章?えっ」
オレが頭を下げて謝ると首元の太陽紋章が垂れ下がった。
露店のおじさんはそれを見て硬直した。
「え…あ…。本物?」
「え?はい。ワタシはシスターですので。あっ」
「あっ。いや、これは、その!」
露店のおじさんは驚愕の顔を浮かべている。
彼は決してオレが本物のシスターなのに驚いたわけではないとオレも気付いた。
そう、太陽紋章の偽造は重罪なのだ。
「いや、これは!つい出来心というか!」
「あ、いえ。大丈夫です。その出来なら…たぶん」
「ぐはっ」
慌てる露店のおじさんにオレは微笑む。
落ち着いて考えればこの都市は聖王教会の影響が薄いのだ。
オレさえ黙っていれば何も問題は無いし、不出来具合から誰も本物どころか偽造とすら思わないだろう。
それなのに彼は何かのダメージを受けて撃沈していた。
「アレラちゃん、むごい」
ヘレアがぽつりと呟いた。解せぬ。
「そろそろ、正午になっちゃうね。行こ?」
「うん」
太陽が真上に差し掛かっているのか、足下の影が短くなってきている。
ヘレアが時間に気付いてオレを促してきた。
頷いて返事をすれば、彼女はオレの手を引いて中央広場に向けて歩き始めた。
「おや?アレラではないか」
「あっ…こんにちは」
少し歩くと、オレ達に男性の老人が話しかけてきた。
オレは思わず返事をしたのだが、この人は確か昨日の露出狂もとい…誰だっけ。
残念なことにオレのぽんこつなおつむは彼の名前を覚えていなかった。
そして彼はこんなにも強い魔力を発しているというのに、無防備にもオレは話しかけられるまで気付いていなかった。
それだけヘレアとのデートが楽しかったということか。ともあれ気付けなかった相手が人さらいではなくて一応の知り合いで幸いだったといえる。
「昨日の露出狂。近づかないで」
「落ち着け、少女よ」
それでもヘレアがオレを庇うように前に出た。
どうやら彼女も老人の名前を覚えていないらしい。いや、ヘレアサンは覚える気が無かったのだろう。
一方、彼は敵意が無いと示すように両掌を胸の前にあげている。
しかしヘレアは拳を固めて戦闘態勢を取る。しかもいつの間にか彼女はナックルダスターを装備していた。殺る気だ。
そんな彼女に気付いたのか、周りにいた人達がオレ達から離れていく。
それにしては離れすぎていくと思った瞬間、オレ達の上に影が差した。
オレは上を向くが、いきなり太陽を遮られたので目が慣れずその物体の正体に気付けなかった。
そして上を向いた瞬間、その物体が相当強い魔力を持っていることに気付いた。
違うそれだけじゃない。その物体はオレの魔法効果範囲内へと急速に降下してきたのだ。
「おじいちゃん、遅いから迎えに来たよ」
「コロンか。待たせたな」
その物体は少女のような声を出した。
老人がのほほんと返事をしているのでどうやら知り合いらしい。
そしてようやく目が慣れたオレはその物体がドラゴンであることに気付いた。
オレの前に立つヘレアは硬直している。
その気持ちは分かる。なにしろ真上にドラゴンが居るのだ。
一方、老人は外套の前に付いているボタンを外し始めた。
オレは慌てて彼に振り向いた。
彼の外套の中からブラブラとした何かが見える。もしかして乙女が凝視するべきモノではないのかもしれないと一瞬思ったが、どうやら紐のようだ。
その紐は外套の首元から垂れ下がっているようにみえた。
何だろうと思っていると老人が膨らんだように感じた。
いや、実際に老人は急激に膨れあがっていった。
その肌は髪の毛と同様な青白い色に変わっていき、鼻とアゴが伸び指が鉤爪状に変わりそして背中から翼が生えた。もはや完全なドラゴンである。
唯一アゴの下にあるひげだけが変わっていない。
ちなみに外套は首元に乗っかっていた。どうやらあの紐で括り付けられているらしい。
「おじいちゃん、忘れ物はない?」
宙に浮いている少女のような声をしたドラゴンに、老人だったドラゴンが頷いてから跳び上がった。
そしてオレの上に鉤爪が降ってきた。
「え?」
「これで揃ったぞ」
呆気にとられていたオレの身体が宙に浮いた。
違うそうじゃない。
オレは背負っていた鞄に鉤爪を引っかけられていた。ドラゴンに釣り上げられていたのだ。
「ヘレア!」
「はっ…アレラちゃん!」
オレの呼びかけにヘレアが正気に返った。
だが既にオレは十メートル近く釣り上げられていた。
「この人さらい!アレラちゃんを返して!」
ヘレアが叫びながらぴょんぴょんと跳ねている。可愛い。
現実逃避している場合ではない。確かにオレはさらわれようとしているのだ。
「そこの少女よ。エレヌによろしくと伝えてくれ」
頭上から老人だったドラゴンの声が降ってくる。
そう言えばこの人…というかドラゴンはエレヌさんとは知り合いらしかった。
それなら安心かな、とオレは思わず現実逃避の続きをしそうになる。おっと。
「あの、下ろしてください!」
オレは彼を見上げて声を張り上げた。
「まあそう言うな、アレラよ。エレヌに頼まれた通り魔法を教えるだけだ」
「えっ」
「流石にここでは教えられんからな。巣に連れて行くだけだ」
どうやらエレヌさんの言っていた伝手とはこのドラゴンだったらしい。
そして既に王都にある物見台よりも高く飛び上がっている。オレに拒否権はないらしい。
「ひゃい…」
だからオレはか細く返事をすることしか出来なかった。
というか、鉤爪で釣り上げられているのを何とかしてくれないだろうか。
宙吊りに耐えきれずオレは意識を手放したのだった。
こんばんは。
寝正月も終わりまして本年もよろしくお願い致します。
合体変形ロボネタは無理矢理どうしても入れたかったのです。
さて、本作を読んでくださる皆さんが投稿の励みとなっております。
不定期投稿ではありますが、今後とも本作をよろしくお願い致します。