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7.回復魔法の練習

 庭先でオレは今日も縫い針を取り出し、半泣きで指に刺していた。


 回復魔法を習ったあの日、やはり一発目はマグレだったらしく二発目は光っても効果が発動しなかった。

 その後も全く発動しないとか光らないのに効果が出たりとか、結局そんな感じで五回に一回しかまともな成功はなかった。

 結果、練習あるのみと縫い針を渡されてしまったのだ。

 尚、この時のメレイさんは、いい笑顔だった。


 仕方なく、増幅魔法の練習を続けつつもこうして痛みに耐えながら回復魔法の練習をしていた。

 せっかく使えるのだから、誰かが怪我をした時に颯爽と現れて回復するヒーローになりたい。あっ、今はヒロインだったなオレは。

 まあ、そんな格好良いシーンで失敗したら目も当てられないので練習をしている。決して自傷が好きなのではないのだ。


「よう、ドM姫」


 無慈悲な少年が椅子に腰掛けたオレに声を掛けてきた。

 回復魔法の練習に勤しみだしたオレに対し、コイツはドM姫の称号を押しつけてきたのだ。


「オルカおにーちゃん、アレラおねーちゃんがかわいそうだよー」


 マレルちゃんによるとドM姫は可哀相と思う言葉らしい。漏らし姫の時は止めなかったからアレはセーフですかソウデスカ。

 ちなみにこの世界にSMプレイがあるかどうかは分からない。


 オレにとってこの世界の言語は、オレの記憶とアレラの記憶でそれらしいモノ同士を結びつけて認識されるのだ。

 例えば牛という単語は、オレの記憶が乳牛を思い浮かべると同時にアレラの記憶からは見た目が水牛に近い動物が出てくる。

 逆にオレの知らない花の名前、例えば衣服に引っかかる通称ひっつき虫はアレラの記憶からセンダングサの実と認識出来る。

 単語と同時に意味が分かるので、これはオレがこの世界の単語を覚えたという感じなのだろう。


 動物にしろ花にしろ食べ物や道具だろうと、終始そんな感じでこの世界のそれらしいモノと言語変換した名前の認識がおきるのだ。

 長さや重さに時間をメートルやグラムに何時何分とそんな感じで思い浮かべても、アレラの記憶からこの世界の単位に言語変換される。


 便利な翻訳とも捉えられる一方で、この世界に無いモノは単語として成立しないようだ。

 例えば自動車という単語を思い浮かべると、ゴーレムみたいに操れる何かのエンジンで走る機械の荷車?となる。全くもって単語になっていない。

 だがこの言葉から、何らかのエンジンで動く機械は存在するということが分かった。

 そんなことよりゴーレムが存在するのか。ファンタジー感があって胸が熱い。

 あれ?そうなるとやっぱりSMプレイもあるのか?ありがたくない話である。

 ドM街道まっしぐらはご遠慮したいものだ。




…オレがSMプレイに思いを馳せていると、オルカを呼ぶ声がした。

 顔を上げるとオルカより少し年下の男の子が駆け寄ってきている。

 そしてお約束というか目の前で転んだ。


「おい、大丈夫か!?メレイ!って、メレイは買い物に出かけてた…」


 メレイさんが居ないので回復魔法を頼めない。

 泣き出した男の子を見てオルカが狼狽えている。


「あー…大丈夫だ、ツバつけときゃ治るぞ」


 少しだけ落ち着いて男の子を慰めているオルカにオレは近づいて声を掛けた。


「オルカ、ちょっとどいて」


 そして少年に避けて貰い、男の子の前にしゃがみこむ。


「…オネエチャン…に、よく見せて。良い子だから」


 ちょっと自分のことをお姉ちゃんというのに抵抗があったが、男の子に話しかける。

 涙を堪えた男の子が身体を起こした。膝頭を盛大にすりむいていた。


「そのまま動かないでね」


 オレは彼の膝を両手で包み。


「ヒール!」


 ナニモ、オキマセン、デシタ。

 失敗したあああああ!恥ずかしいいいいい!!

 がっくりと膝を付くオレをオルカは慰めてきた。


「大丈夫だぞ。ドM姫はお姉さんだもんな。その気持ちは受け取るぞ。少年もだ!ドMの道は険しいぞ!」


 同時に男の子にも声を掛けて落ち着かせてくれている。てか、なんで今の台詞で落ち着くんだ。

 取りあえずオルカには、ヒールと口にしたオレの行為がメレイさんを真似ただけのただの慰めだと思われていると分かった。


 少年を見返すべく、オレは再び男の子へ向き直りじっくりと患部を見据えた。

 一旦、少しだけ患部を触り、傷口を確認した。

 そして再び男の子の膝を両手で包む。

 難しく考えるな、治すのは擦り傷だけでいい。元の無傷な状態をしっかりとイメージする。


「…ヒール!」


 オレの両掌が光った。

 光が収まると血が止まっていた。

 手拭いで汚れを拭きとると男の子の膝頭は転ぶ前の状態に戻っていた。


「…いたく…ない…?」


 男の子の呟きにオレは腰を下ろし一息ついた。

 回復魔法が無事成功したのだ。これでドM姫の汚名返上なるか?


「すげえ…すげえよ…。ドM姫すげえええええ!」


 オルカが突然叫びだし、いつの間にか集まっていた少年達も呼応し始めた。


「ドM姫…おま…」

「今の回復魔法だよな?ドM姫、魔法使えたんだ…」

「ドM姫が傷を治したぞ」

「どえむ…おねえちゃん…ありがと…」


 何?何なんだ?どうなっているんだ?なんで一斉に囲んでくるんだ?

 興奮している少年達に囲まれて困惑していると、一人がオレに跪いてきた。


「我、ドM女王に拝謁賜りまして誠に…」


 何か固い挨拶が来てしまった!あと女王って何!?


「誠に…誠に…すげえ!回復魔法?マジで?ホントに?すっげえええええ!」


 あ、コイツ語彙力足りなかったか。

 この後無茶苦茶ドM姫コールされた。

 ドM女王の称号は丁重にお断りした。頼むからドMから離れてくれ…。

 そして魔力の使いすぎで動けなくなったのだが、漏らし姫の称号復活だけは回避した。


 ちなみに縫い針を使った回復魔法の練習は、手元の光も小さく何をしているのか分かっていなかったらしい。

 しかし練習により血の付いた手拭いを量産していたので、オレに自傷癖が出たと思われてドM扱いされていたらしい。

 尚、血の付いた手拭いはヘレアが嬉しそうに奪い去り洗濯してしまう。オレにとってはヘレアの方が…いや、なんでもない。


 それからは少年達が怪我をする度、オレに見せに来るので彼らを治すことがオレの練習に加わったのだった。




…そして。

 その日は午前中に用事があると出かけたメレイさんが、昼食時にも姿を見せなかった。

 昼食後しばらくして、オレは院長室に呼び出された。

 呼びに来たヘレアと一緒に院長室に入ると、ヘレン院長と共にメレイさんが居た。


「ヘレア、アレラにも聞かせてお遣り。噂はどうだったかい?」


 全員が腰掛けると同時に、ヘレン院長がヘレアに話しかけた。


「はい。お昼前に司祭様からそれとなく聞き出しましたが、噂は本当です」

「噂?」


 ヘレアは噂と言ったが、オレはその噂が何か分からなかった。


「ここの教会の司祭が、アレラを司祭にするための推薦状を出していたのよ」


 メレイさんが補足してくれたが、オレは理解が追いつかなかった。


「どういうこと?」


 オレの疑問にメレイさんが教えてくれた。


 聖王教会は他宗派よりも影響力を高める方策の一つとして、常日頃から支援系魔法の使い手を欲していた。

 支援系魔法の使い手が見つかれば司祭になるように説得される。

 通常は修練を重ねて司教に推薦され審議を経て初めてなれるが、支援系魔法の使い手は優遇される。いきなり司祭になれるという。


 噂は、孤児院に居る娘が回復魔法を使えるので領都に連れて行く、という内容だった。

 噂は真実な上に、ご丁寧なことにオレ本人の耳に入らないように此処の教会は隠れて動いていたらしい。


 発端は、少年達に回復魔法を掛けている話が教会にも広まったからだった。同じ敷地にあるのだから当然だろう。

 そして教会へと出かけたヘレアが噂を拾ってきた。

 彼女はよく教会に遊びに…いや奉仕と言う名目で参拝者をお世話し倒しに…とにかく出かけているのだ。

 そのため彼女は誰にでも優しい少女として、教会のアイドルになっている。

 内面はともかく絵面としては間違っていなかった。

 ついでにオレが回復魔法を使えることを吹聴したのも彼女だった。

 ある意味発端は彼女だった。


 ヘレン院長はというと、どちらかというとオレに司祭になって欲しいとのことだ。

 孤児達には自由に生きて欲しい気持ちを持っているそうだが、そもそもこの世界では職業を選べないのが普通だ。


 親の職業を受け継げない孤児達の就職事情は決して良いものではない。

 また、教会に勤めても司祭は簡単になれるものではない。

 だから教会が動いている噂を聞いても彼女から動くことはしなかったし、オレが回復魔法の練習をすることも止めなかった。

 だが本人を説得するどころか裏で動いているのは気になっていたそうである。


 一方、メレイさんはオレが回復魔法を覚えること自体、最初から反対だった。

 そう言えば理由はまだ教えて貰っていない。

 さらに教会が隠れて動いているのが彼女にとっては気に入らなかった。

 時々町の治療院を手伝いに出かけている彼女は、手伝いの日である今日に相談をしてきたとのことだ。その割には顔色が良くない。


 そしてメレイさんに頼まれたヘレアは、今日も教会に出かけたついでに司祭に直接確認(ダイレクトアタック)をしてくれたのだ。

 オレの世話をすることが嬉しかったのに、自分の所為でオレが連れ去られることになってしまった。そのことに罪悪感を抱いているのでごめんなさい、と謝罪してくれた。

 少し方向性が違う気もしたが寛大なオレは許した。


「さて、まだ話は続くがヘレアはどうするかの?長くなるじゃろうし、退室してもいいんじゃよ?」


 ヘレン院長は冗談であると隠す気がなく、にやりと笑ってヘレアを見る。

 どうにも退室しろとは言っていない。


「ううん、居させて」


 健気に首を振るヘレアであったが直後に獲物を見るかのようにオレを見てきた。

 ヘレアサン、健気は演技ですか?


「そう言うと思ったわい。いいぞ」


 ヘレン院長の許可にヘレアは頷くと再びオレを見て自身の膝をぽんぽんと叩いた。

 動かないオレをじっと見つめ、もう一度膝をぽんぽんと叩く。

 オレは仕方なく立ち上がり、彼女の膝の上に座った。そして座ったオレを彼女は抱きしめた。

 すっかり彼女に逆らえなくなったオレは、されるがまま体を預けた。

 これがヘレアの平常運転なので、ヘレン院長もメレイさんもそのまま話を続けた。

こんばんは。

回復魔法の道はドMの道でした。

そして言語変換の話が出てきました。こじつけって大事ですね。


2019年10月22日、追記

改行位置を変更致しました。誤字訂正以外に本文の変更はございません。

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