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68.ヘレアの言いなり権利

 気が付くと見知らぬ天井…何てものではなかった。

 目の前にあったのは見知った天使ことヘレアのご尊顔だった。

 つまり起きたらオレはヘレアの抱き枕となっていたわけである。


「ここは…多分、村の教会?」


 オレは一人呟く。

 どうやらここはハラロケ村の教会にある、オレが与えられた自室のようだ。


 目の前のヘレアは寝ている様子なので、取りあえずオレはベッドから抜け出そうと試みた。

 しかし彼女の抱きしめてくる腕にオレはがっちりと拘束されていて、抜け出すことが出来なかった。

 さらにはヘレアの柔らかさと良い匂いがオレの戦意を削いできた。

 だからオレは自分に増幅魔法を掛けて抜け出すのを躊躇してしまったのだった。


 空太の精神がもう少しこのままで、と訴えている。

 よかった。オレは身も心も女の子に染まったのかと思っていたが、男子としての下心がまだ残っていたのだ。

 だがアレラの精神がサイテー、と訴えている気がする。まあ無視、無視。


「取りあえずもう一眠りしておこうかな…ん?」


 やはり一人呟くオレだったが、下半身の違和感に気付いてしまった。

 しかしヘレアに拘束されたオレは腕を曲げた状態にされていて、自分の股間にすら手が届かない。だからオレは下半身の状況が掴めなかった。

 オレの腕が分かるのはヘレアの胸の感触だけだ。これは不可抗力である。


 とにかく。流石にヘレアが気を失ったオレを襲うとは思えないものの、お尻全体を包むような違和感が気になって仕方がない。

 オレは完全に目が覚めてしまい、寝直すという選択を採れなくなったのである。


「ん…。あ、アレラちゃん…おはよう…」


 そうこうしているうちにヘレアが起きた。


「うん。おはよう、ヘレア」


 彼女に返事をしながらオレは身動いだ。

 オレが身動げば流石に抱き枕から解放してくれるかと思ったのだが、なんと彼女はオレをさらに力強く抱きしめてきた。


「アレラちゃんは明日の朝まで私の言いなりだから」


 どうやらオレが修道院跡で気を失う直前に聞いた彼女の言葉は、今適用されているらしい。仕方がないので彼女にされるがままオレは逆らうことを辞めた。


「ヘレア。あの後どうなったの?」


 取りあえずオレは気を失う前の状況を彼女から聞き出すことにした。


「ん?ああうん。あの後、魔族が逃げ出して…」


 ヘレアの話をまとめると、まずトルクは修道院跡を去ったらしい。

 そしてオレはソルフさんに背負われ、このハラロケ村へ戻ったらしい。

 ソルフさん達は村長に修道院跡の調査報告をしに出かけ、昨夜はそのまま村長の家に泊まったのだろう、ということだった。

 ヘレアはというと、オレを看病してからベッドに潜り込んで寝るというアレラ成分の補充に努めていたそうである。


 さて、オレはそろそろ起き抜けの…いやベッドから降りられていないが、とにかく生理現象に耐えきれなくなっていた。


「あの、ヘレア…放して?」

「ダメ。今のアレラちゃんは私の言いなりなの」


 オレの要求はあっさりとはね除けられた。


「でも…トイレに行かせて」

「ダメ」

「えっ」


 オレの要求はあっさりとはね除けられた。


「ダメって…布団を汚しちゃうから!」

「大丈夫」


 全然大丈夫とは思えないヘレアサンの回答を頂きました。


「だから…」

「大丈夫。だってアレラちゃんはおむつを穿いてるもの」

「ええ!?」


 ヘレアの告げる事実にオレの声は思わず上擦ってしまった。

 そして理解した。下半身というかお尻の違和感はおむつによるものだったのだ。

 そして戦慄した。つまりヘレアはオレにお漏らしを要求しているのだ。


「お願い、ヘレア。それだけは…あっ」

「大丈夫…あっ」


 悲しいかなオレの懇願は少し遅かった。

 ヘレアも気付いたらしく、それゆえにオレの頬は熱くなった。多分今のオレは茹でだこのように真っ赤だろう。


「アレラちゃん、替えたげる」


 お馴染みの台詞を言うヘレアは、いい笑顔だった。


 そしてようやく彼女はオレの拘束を解いたのだった。

 無論オレは冒険者として鍛えた技によりベッドから転がり出て逃げようとした。


「アレラちゃん、言いなり」

「ひゃい…」


 だがヘレアの無情な一言にオレは逆らえなかった。

 そもそも同じく冒険者の、しかも前衛である彼女にあっさりと捕まっていた。

 抵抗を諦めたオレは彼女の手によりおむつを替えさせられたのであった。




 ヘレアの言いなりとなるのは簡単だった。

 オレは彼女のお人形として過ごすだけだったのだ。

 基本的に抱えられて拘束なでなで、もとい高速なでなでされるだけである。


 だが、問題はトイレである。

 おむつを穿かされトイレに行くことを禁止されたオレとは違い、ヘレア自身がトイレに行くのは自由である。

 先程トイレに行った彼女はオレを抱えて嬉しそうにしていた。

 そして朝食を食べて数時間が経過していた。


「ヘレア…その…」

「大丈夫」


 可愛らしくにっこりと笑う天使の笑顔が、今のオレには悪魔よりも恐ろしい顔にしか見えなかった。


「…どうして言いなりが一日だけなの?ヘレアならもっと何日も要求するかと思ってたけど…」


 オレはヘレアに疑問を垂れ流した。

 何とかお漏らしまでの時間を延ばそうと気を紛らわすためだ。あわよくば逃げる隙をうかがうためだ。


「だって、言いなりになった無抵抗なアレラちゃんに無理強いは出来ないから」


 オレは彼女の発言を少し理解出来なかった。


 元々ヘレアは女の子としては口数も少なめで、周りからは聞き上手と思われているふしがある。

 しかし口数が少ないだけでなく彼女は少し言葉足らずなところがある。

 もっとも彼女は世話好きなことから行動原理がはっきりとしているため、言葉足らずでも考えが割と読みやすい。


 しかしオレに対する偏愛については説明を要求したいところである。

 今のヘレアの発言はどんな真意が込められているのだろうか。

 オレは生理現象から気を紛らわすためにぽんこつなおつむで考えてみる。


 何を無理強いするつもりだというのか。例えば結婚?いや結婚だろう。間違いなく結婚だ。

 分かりやすかった。まさかすぐに答えが出てくるとは。


 そうなると一日だけなのも答えが出てくる。

 ヘレア自身が求婚という行為を抑え付けるのにたった一日しか耐えられないのだろう。どれだけオレを偏愛しているのかということがよく分かる。


 ちなみに空太の世界で多くの国が取っている同性での結婚が出来ない法律は、この世界において一般的ではなかった。

 同性婚は可能なのだ。というより戸籍がない平民は法律上の結婚がない。平民の結婚生活は全て事実婚なのである。

 だが戸籍が無くとも、異性婚だろうと同性婚だろうと聖王教会が挙式を行っている。なのでやはり同性婚は平民に認められていると考えるべきだろう。


 一方で貴族はというとやはり同性婚が可能である。少なくともオレの住んでいたケラク賢王国では可能だった。

 オレは貴族の戸籍制度についてはよく分からない。しかし貴族街に住んでいたシスターとして、平民だけでなく貴族の挙式についての知識も持っているのである。


 とにかく。ヘレアの求婚をオレが受け入れると、結婚が成立するのだ。


 ヘレアは可愛い容姿だし性格も好ましい。

 空太としては、恋愛対象であるが釣り合わなく思えて世間様に申し訳なくなる。

 一方でアレラとしては、ダンディ好きなために恋愛対象ではない。

 とはいえアレラとしても彼女を嫌いではない。むしろ好ましいとは思っている。


 だが彼女の偏愛が狂気じみているのでオレの総体としてはちょっと引いている。

 結局オレは彼女を結婚対象として考えていないのが現状だった。


 さて、生理現象から気を紛らわすのも限界である。


「ヘレア、もう許して!」


 オレは叫ぶと自分に最大限の増幅魔法を掛けた。

 彼女を振り切ってトイレに逃げようと試みたのだ。

 しかしヘレアの膝の上から飛び退いた瞬間、彼女に腕を掴まれてしまった。


「ダメ」

「そんな…あっ」


 時すでに遅し。

 オレはお尻に多大な不快感を覚えた。

 そしてオレの心は折れた。




「ヘレア、流石にやり過ぎよ。そんなことではアレラに嫌われるわよ」

「ごめんなさい…。アレラちゃん、ごめんね」

「…」


 エレヌさんの忠告を受けてヘレアは改めてオレに謝ってきた。

 もっともエレヌさんに言われるまでもなく、ヘレアはすでにオレに対する言いなり権限を中断して何度も謝ってきていた。

 しかしオレはその謝罪に答えず沈黙を保っていた。


 あの後、霞が掛かったような意識のなかでオレは自分自身で下半身の後始末を行った。救治魔法の応用でどんな汚れでも落とせるオレにとって、おむつの処理など造作もないのである。


 エレヌさんによると、ソルフさん達と教会に入ってきた時に一目でオレの目が死んでいると分かったらしい。

 その時のオレは無表情で涙を流し続けていて、ヘレアはオレにすがり付いて謝り続けているという状態だったそうだ。

 そしてようやくオレの目に光が灯ってきたので、エレヌさんがヘレアの断罪を始めた次第である。


 オレは今、チレハさんの膝の上に座らされていた。

 どんな状況であろうとも誰かがオレを抱えるのに変わりがない点は今更である。

 チレハさんになでなでされているオレは、ヘレアを見ないようにしている。


 そう、オレはへそを曲げた態度を取って無言を貫いているのだ。

 意気消沈しているヘレアが可哀相に思えてしまうものの、人としての尊厳を傷付けられたオレはそう簡単に彼女を許すわけにはいかないのである。


「アレラちゃん。お昼は私がシチューを作るから、ね?」

「…!」


 その発言にオレはつい彼女の方を見てしまった。

 彼女の作る熱々のシチューはとても美味しいのだ。暑い季節だろうと美味しいモノは美味しいに決まっているのだ。

 そしてこの教会にシチューを作る具材が揃っているのをオレは知っているのだ。


「アレラちゃん、やっと私を見てくれた」

「…」


 ヘレアの発言にオレはぷいっと顔を逸らした。


「アレラも何時までも返事をしないのはダメよ。無条件に許しなさいとは言わないけど、仲直りくらいはしたらどう?」

「…はい」


 オレはエレヌさんの仲裁を受け入れることにした。

 決してヘレアのシチューが食べたいわけではない。決して。


「ヘレア…」

「何?アレラちゃん」

「言いなりの権利だけど、中断じゃなくて終了して?」

「…いいよ」


 まず、おむつからは完全に解放されたい。

 そのためには言いなりの権利を完全に終了させる必要があるのだ。

 取りあえずヘレアの言質は取れた。

 これでトイレに何時でも行ける。オレは自由だ!


「ごめんね、アレラちゃん」

「うん、もうおむつは止めて」

「…う、うん。もうアレラちゃんにおむつを穿くように言わな、い、か…ら」

「なんで躊躇してるの」


 ヘレアは大丈夫ではなかった。なかなか強情である。


「はあ…取りあえずこの件はもうこれで終わりで」

「アレラちゃん…!」


 それでもまあ、オレはヘレアを赦すことにした。


「あ、あと。お昼はシチュー作ってくれる?」

「うん、作るよ!アレラちゃん大好き!結婚しよ!」


 決してオレは食いしん坊だから赦したわけではない。

 あとヘレアが早速求婚してきている件についてはスルーしておく。




「ところでアレラ。なんであんなことしたのよ」

「あんなこと?」

「回復魔法の検証とか言って、自分を傷付けさせていたことよ」


 オレとヘレアの喧嘩も落ち着いたことで、エレヌさんは話題を変えてきた。


「えっと…自分に回復魔法を掛けたら傷一つ無く回復出来るからで…」

「でも痛いでしょ…てかそうなの?」

「え?あ、はい。他人だと何ていうか皮膚とか完全には治りきらないというか…」


 エレヌさんの質問にオレは驚いてしまった。

 魔法に関して博識な彼女が、自己と他者に掛ける回復魔法の差異について知らないとは思わなかったのだ。

 むしろ逆に、オレ自身がセラエ司教様とコリス司祭による回復魔法の講義を受けたことで詳しく知っている、ということなのだろうか。

 とはいえオレの語彙力は仕事をしないので説明しづらい。


「枝毛一本も見逃さないで治せるってこと?」

「そう、ヘレア。そんな感じ」

「なるほど、理解したわ」


 ヘレアがオレに出した助け船で、エレヌさんはすぐに理解してくれた。


「俺にはさっぱり分からんのだが…」

「俺も分からんぞ」

「僕も分かりません。一体どういうことなのでしょうか」

「あー、そういうことなのねー」


 一方でソルフさんとザラスさんは理解出来なかったようだ。まあ彼らは戦士だから仕方がないのだろう。

 しかし魔法を使うのが上手いミルロ司祭が理解出来ないのにオレは驚いた。

 むしろ魔法の下手なチレハさんが理解したのは驚愕である。


 つまりヘレアの助け船が理解出来たのは女性陣だけということである。

 あれ?オレまさか完全に女の子思考なのか?


「自分の身体なら細部まで自己の内部にある魔力で把握出来るということよね?」

「あ、はい。そうです」


 エレヌさんの確認にオレは頷く。

 今度はソルフさん達男性陣も理解したようだった。




…そんなこんなで一日を過ごした。

 明日になればハラロケ村を出立して、エレヌさんの伝手があるというこの国の王都を目指すことになる。

 思ったよりも長く過ごしたこの村ともお別れである。


 『場の支配』については、自分での解除方法は分からないものの周りを圧倒しない制御方法は分かった。他者の介入により強制解除が可能となったのだ。

 つまり人口の多い都市部での『場の支配』の暴発に怯えなくとも良くなったのである。だからオレは安心して王都を目指せるのだ。


 ちなみに、久しぶりに食べたヘレアのシチューはとても美味しかった。

こんばんは。

更新お待たせ致しました。

ヘレアのターン。主人公の尊厳は死んだ。

本作は決してお漏らし…ってどうしてこうなった。

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