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67.『場の支配』とドM

「きゃっ」


 ヘレアが軽く悲鳴を上げた。

 彼女は『場の支配』により体の自由が効かなくなり、足をもつれさせたのだ。


「あっ」


 思わずオレは手を差し伸べたが、彼女に届くわけがない。

 彼女はそのままトルクを押し倒していた。


「やれやれ…お嬢さん、重いので退いて頂けませんか?」

「…私を重いって…言って良いのは…アレラちゃん、だけ、だから…」


 ヘレアの下敷きになったトルクが呆れたように発言していた。

 一方ヘレアは息も絶え絶えに何やらのたまっている。


「えーっと…ヘレア、大丈夫?」

「うん、大丈夫。でも動けないから取りあえずこいつ永遠に黙らせてもいい?」


 オレがヘレアを心配して声を掛けると、彼女は流ちょうに返事をした。

 もっとも発言は支離滅裂なうえ物騒なのだが、気にしないでおこう。


「その物騒なナックルダスターで殴られるのは、勘弁してほしいところですね」

「魔族でも刺されると痛いの?じゃあ殴らせて?」


 トルクに抗議されてもヘレアは物騒な発言を続けている。

 そしてトルクを押し倒したままの体勢でヘレアは片腕を振り上げようとしているのだが、その震える腕は少しだけ持ち上がると何かに押さえつけられたように地面に落ちてしまった。

 ちなみにヘレアが握っているナックルダスターにはトゲが付いている。もちろん殴れば刺さる。人の顔とか殴れば確実に相手が死ぬのではないだろうか。


「うん、取りあえずヘレアは殴るの禁止で。あとトルクの上から退けれる?」

「ん、分かった」


 オレのお願いにヘレアは素直に答える。

 そして彼女は『場の支配』を受けてないかのようにスクッと立ち上がってトルクの上から退いた。


「あれ?ヘレア動けるの?」

「うん。あれ?みんなどうしたの?」


 オレの疑問に首を傾げたヘレアが周りを見回した。それに合わせてオレも周りを見回す。

 まず、トルクはヘレアに押し倒された状態のまま仰向けで動いていない。

 その一方で、エレヌさん達四人はうつ伏せになっていた。チレハさんに至っては何だかけいれんしているようにも見て取れた。


「…私だけ動けているみたいだし、やっぱりこいつにトドメ刺しておくね」


 そう言ってヘレアは拳を振り上げかけて…その拳を下ろした。


「あれ?」


 首を傾げたヘレアはもう一度拳を振り上げかけて、やはりそこで拳を下ろしてしまった。

 そんなヘレアを見上げてトルクは不敵に嗤っていた。


「そう…いう…ことね」


 エレヌさんが何かに気付いたらしい。

 オレがエレヌさんに向き直ると、彼女はオレを見つめてきた。


「アレラ…取りあえず…身を起こして、発言しても、良いかしら」

「うん、良いけど…」

「そう、ありがとう」


 息も絶え絶えなエレヌさんの謎の問いかけにオレは答えた。

 すると彼女は流ちょうに返事をして身を起こし、横座りした。


「やっぱりね。アレラ、今発動しているのが『場の支配』なのよね?」

「あ、はい。でも…どうしてエレヌさんは急に動けるようになったんです?」

「アレラだけ何ともなかったから、アレラが魔法を発動したのは分かったわ。そして今のヘレアの動きから分かったのよ」


 エレヌさんは何か確信を持っているらしい。


「アレラは『場の支配』が人を動けなくさせる魔法だって言っていたわね」

「はい、そうです」

「ムリホ王女様から受けた時も魔王候補との戦闘中に受けた時も重力操作系の魔法だと思っていたのよ。でも改めて受けてみたら状態異常系の魔法だと思えたの。だけど今違うと分かったわ」

「何がですか?」


 エレヌさんの説明にオレは相づちを打ちつつ考えた。


 ちなみに”重力操作系”という単語はあくまでオレとアレラの言語変換によるものだ。アレラはこの単語を”浮遊魔法の逆転”と聞き取っていた。

 というかあるんだ、浮遊魔法。


 おっと、エレヌさんとの会話に集中しよう。


「この魔法は、人を動けなくさせる魔法ではないのよ。精神操作系の魔法だわ」

「えっ」


 オレはエレヌさんの発言に一旦驚いたものの、言われてみれば不思議なことでもなかった。

 『場の支配』は”支配”という単語の通り、相手を精神的に支配する魔法でも不思議ではないのだ。


「正解です。それと、話し合いたいのでこのお嬢さんを離してもらえませんか?」


 トルクの発言にオレは再び振り向いた。

 しゃがみ込んだヘレアがトルクの頬をナックルダスターのトゲで(つつ)いている。

 どうやら彼女は殴ることだけ出来ないらしく、その他の手段でトルクへの攻撃を試みていたらしい。トゲを押しつけられたトルクの頬からは血が流れ出していた。


「ヘレア、離れよう?」

「うん、分かった」


 ヘレアは素直に答えると、トルクから離れた。

 はっきり言って素直すぎて不気味である。これが『場の支配』の影響による精神支配だとしたら、オレの手でヘレアの精神を犯しているということだ。

 ちょっと良いかもなんて思ったオレはどうしようも無いクズだろう。これでは勇者の卵ではなく魔王である。オレは自己嫌悪で俯いてしまった。


「私、アレラちゃんの言いなりになってる…ああ、素敵」


 いや、ヘレアサンは危険すぎるのでむしろこのまま精神支配しておいた方が良いのかもしれない。


「さて、アレラ様。取りあえず『場の支配』の解除をお願いし…そう言えば出来ないのでしたね」

「あ、はい」


 ため息を吐くトルクにオレは頷くしかない。


「それでは、せめて全員息苦しくない程度に身動き出来るよう命じて下さい」

「あ、はい。えっと…普通に話したり座ったりして大丈夫です…こうですか?」

「ええ、十分です」


 トルクの提案を受け入れつつ、オレは適当に言ってみた。

 どうやらこれで良かったらしくみんな身じろぎして起き上がると座り込んだ。

 チレハさんだけは未だに地に伏しているが、呼吸が楽になっているようなので一先ず放っておいても構わないだろう。




「さて。今体験して頂いた通り、支配系魔法とは精神支配系の魔法なのです」


 チレハさんも起き上がったところでトルクが話し始めた。


「話し合いの前に良いかしら?貴方は私達に危害を加える気などないのね?」


 トルクが話そうとしたところでエレヌさんが割り込んできた。とはいえ彼女の疑問はもっともである。むしろ大事なことだ。


「勿論ですとも。例えば私の方で『場の支配』を使うなど、この状況でも貴方方をねじ伏せる方法はあるのですが、使う気はありません。何でしたらアレラ様を通じて私に一切の攻撃を禁じられても構いません」

「分かりました。トルクさんは一切の攻撃を禁じます」

「アレラ様!?」


 すぐにオレはトルクの提案通りに彼の行動を禁じてみたわけだが、それで驚かれるとか解せぬ。


「危害を加える気がないのは分かったわ。話の腰を折ってしまったわね。それで話とは何かしら」

「いえ、構いません。私の話はこれで終わりましたから」


 危険を取り除いたことで早速エレヌさんがトルクに話の続きを促したのだが、なんと彼の話は終わっていた。


「…アレラ。一発撃ち込んでも良いかしら?」

「え?あ、えっと…」


 そう言ってエレヌさんが杖を構えるが、オレの『場の支配』が魔法の使用までは許可していない扱いなようで彼女の魔法は発動しなかった。

 そして許可してしまえば彼女は魔法をトルクに撃ち込みかねないので、話し合いを続ける為には許可できるはずもない。


「落ち着いて下さい。私の方から話し合いとは言いましたが、そもそもここまで来られるとは貴方方こそ私に聞きたいことがあって来られたのではないのですか?」


 トルクが少し慌てて弁明する。


「ああ。そういうことね」


 そしてエレヌさんは彼の弁明に理解を示し、オレ達が何故此処に来たのかということを説明したのであった。




「つまり、あなたがブラッディベアを村にけしかけたわけではないのね?」

「ええ。結果的にブラッディベアを追い出した事になったようですが、私の意図した事ではありません」


 トルクとの会話は主にエレヌさんが行っている。

 結局、村近くの森にブラッディベアが現れたのは不慮の事故といったところなのだろうが、何ともやるせない話である。


「それで、どうしてあなたはこんな僻地に拠点を構えているのかしら」

「それは勿論、アレラ様の近くに控えるためです」


 エレヌさんの質問にトルクが平然と回答した。

 オレは国境門でトルクに対して「帰れ」と言ったはずなのだが、この男はしれっと約束を反故にしてくれていたようである。


「…アレラちゃん、この害悪は殺しておくべきだと思うの」


 だからオレはヘレアの物騒な提案に思わず頷き掛けた。

 だが『場の支配』が解けていない現状でオレが頷くと本当に此処で一方的な殺人が行われてしまいかねないと気付いて何とか踏みとどまった。


 そんなオレに頷けとばかりに睨み付けてくるヘレアサンが怖いのだが屈してしまうと惨事になるので何とか耐える。

 あ、でもトルクは魔族だし別に死んでも…いやいや知り合いが死ぬのはやはり後味が悪いので無しで!


「原因も分かったことだし調査としては終わりなのだけど…どう説明すればいいのか難しいところね」

「そうだな…正直に、魔族が住んでいました、では却って混乱が起きてしまう」


 アホな葛藤をしているオレとは対照的にエレヌさんとソルフさんは真剣に悩んでいた。


「そうですね。アレラ様があの村から移動なされるのでしたら、私も此処に居続ける意味はありません。いくつか品物を置いていくので、遺留品として提出されては如何でしょう」

「そうね、それが無難な着地点かしら」


 そしてトルクの提案に乗っかり彼女達は口裏合わせを始めた。


「アレラちゃんに仇をなす害悪を殺して持ち帰るのが一番後腐れないと思うの」


 その口裏合わせをヘレアがぶち壊しにかかる。

 彼女の言う『持ち帰る』は遺留品ではなく遺体という意味で間違いないだろう。


「お嬢さん過激ですね。いつもそのように周りに殺気を飛ばされておられるのですか?」

「この子が大丈夫じゃなくなるのは、アレラに関することだけよ」

「アレラ様も大変ですね…」


 トルクの質問に対して呆れたように回答するエレヌさんであるが、まさかオレが居ない間にもヘレアは色々とやらかしているということだろうか。

 うちのヘレアがすみません!


 いや、何時からうちの子になった。

 そしてペロッと舌を出してごまかし笑いをしているヘレアは可愛くて睨み付けようという気になれない。天使のような容姿はこんな時に卑怯である。


「そうですね、其方の事情も理解出来ました。お詫びと言っては何ですがアレラ様に私が知る魔族に伝わる回復魔法を伝授致しましょう」

「!!よろしくお願いします!」


 そんなことを考えている間に出てきたトルクの提案にオレは速攻で乗っかった。

 エレヌさんが嫌がる伝手を頼らなくても邪王、もとい覇王の回復魔法を覚えられるのなら覚えておきたいのだ。


「覇王よ我が同胞を癒やし給え…ヒール!」


 トルクが呪文を唱えると彼の掌が発光した。そして彼の頬に出来た傷が治っていく。

 そういえばヘレアが彼を攻撃していたけれどオレもすっかりその傷を放置していたのだった。

 目の前に居る怪我人(トルク)を放置できるとは、やはりオレは聖女になれないようだ。魔王チートの恐ろしさが垣間見えた。

 いや違う。今はそんなことより。


「えっと…それだけ?」

「はい」


 オレは呪文のあまりの短さに拍子抜けしてしまった。

 まあ、呪文は呪文である。オレも復唱してみよう。


「覇王よ我が同胞を癒やし給え…ヒール!」


 オレの掌も無事発光したのだが、効力が全く分からない。

 確認するには怪我人が必要なわけで…おれはヘレアをチラリと見やる。


「何?アレラちゃん」


 オレの視線に気付いたヘレアが微笑む。


「ヘレア、回復魔法の効力を確認したいから、ちょっとワタシの左腕を折ってくれる?」

「うん、いいよ」


 何の疑問も持っていないかのようにヘレアが頷く。

 そういえばまだ『場の支配』が解けていないんだった。ということは。


 ボキッと豪快に折られました。


「ううう…。覇王よ、我が同胞を、癒やし給え…ヒール!」


 オレは痛みに耐えながら呪文を唱える。

 オレの掌が発光して覇王の呪文による回復魔法は無事発動した。


「…無事骨折は治ったんだけど、効力の違いが分かりにくい…ヘレア、もう一度お願い」

「うん、いいよ」


 ボキッと豪快に折られました。


「あ、そう言えば…ブレスレット付けていると魔力消費が少なくなって分かりにくいんだ…。ヘレア、もう一度」

「うん、いいよ」


 ボキッと豪快に…。


 待て。


 一回目に左腕を折られた段階でオレの『場の支配』は解けているはずである。

 現にチレハさんが壁際まで後ずさっているくらい自由に行動出来ているのだ。


 だからヘレアは精神支配などされていなくても平然とオレの腕を折りに来ているわけである。何この子怖い。

 とはいえまだ検証は足りていない。聖王様の呪文による回復魔法とも比較をしなければならないのだ。




 結局ヘレアに十回はオレの左腕を折ってもらい、検証は終了した。


「明らかに効力が落ちる聖王様の呪文とは違って十分な効力を発動しているけど…呪文無しと比較してあんまり効力が増えてるようには感じないんだよね…」

「そうなんだ。もう一回検証する?」

「ううん。これ以上は必要無いかなあ。みんな時間を取らせてすみません。あと、エレヌさん。どうやら伝手を頼ってもいいでしょうか…エレヌさん?」


 ヘレアと検証内容について話し合ったオレはエレヌさんを見て気付いた。顔を強張らせている彼女は明らかにオレ達の検証に引いていた。

 そしてオレはすぐにその理由に思い当たった。

 彼女はオレのドMっぷりにドン引きしているのだ。


 とはいえ自分に回復魔法を掛けると他人に掛けるよりも綺麗に治るのだ。

 そしてある程度重傷でなければ検証にならない。

 此処にいる誰かに傷痕を残すわけにもいかないので、オレ自身の怪我を治すのが一番回復魔法の検証をしやすいだけである。


 だからオレは決して、決して好きでヘレアに頼んでいるわけではないのだ。非力なオレが骨折出来るような自傷をする道具がないだけである。

 いや違う、そうじゃない。

 オレは検証が必要だから怪我を負っているだけであって、決してドMではないのだ。ドMではないのだ!


「…取りあえず私の伝手は何とか頼ってみるわ」


 立ち直ったエレヌさんの同意を取り付けたのでオレは一息吐いた。

 その途端に身体がぐらりと傾いた。


「あれ?」

「どうやら魔力切れみたいね」


 ヘレアに助けられて床に寝かされたオレをエレヌさんが冷静に診断してくれた。


「そういえばアレラちゃん。今度はアレラちゃんが私の言いなりになってね」


 突然ヘレアサンが何やら不穏な発言をしてきた。


 というかオレの骨を折ってくる行為はカウントされていないのですか。

 しないよね、オレのお願いだもんね。むしろ言いなりになる時間を延ばしているだけだよね。


 とはいえオレにはもう抗議をあげる気力すらなかった。

 恐怖に(おのの)きながらオレは意識を手放したのだった。

こんばんは。

お待たせしました、続きとなります。

ヘレアサンの本性が少しは垣間見えたでしょうか。

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