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66.修道院跡の調査

 地面に転がる鉄格子の門扉。半分崩れたレンガの塀。

 ここを潜れば修道院跡の敷地である。


「それにしても動物はいたけど魔物はいなかったし。そんなに危険な森じゃなくて良かったです」


 ハラロケ村から修道院跡までの道筋は山の斜面に合わせて時々曲がりくねる程度だった上、魔物を一度も見かけなかったのである。

 しかしオレの感想にエレヌさんが首を傾げた。


「そうね。不思議なことに魔物は私達に五十メートルほど接近すると何故か引き返していったのよね。何故か動物はそのまま近寄ってきたけど…」

「魔物、いたんです?」


 エレヌさんの発言に今度はオレが首を傾げた。


「そうだよー。わたしも時々魔物が視界に入ってたしねー」

「ええ!?」


 チレハさんの言葉にオレは驚いた。

 確かにチレハさんは斥候として長けているから魔物にも気付いたのだろう。

 だがオレは一度も魔物を察知していない。オレの増幅魔法で強化した目ならば見えててもおかしくはなかったはずで…あっ。


「そうか…ワタシ魔力感知に頼っていて周りを見て確認するのを忘れてたんだ…」

「あら?アレラは魔力感知が使えたの?」

「え、あ、はい。ここに来てから覚えたんです」

「凄いじゃない。おめでとう、もう立派な魔法使いね」


 エレヌさんに褒められてオレは嬉しくなった。

 いや、待て。


「あ、あの。魔力感知って…もしかして誰でも使えるんですか?」


 オレの質問にエレヌさんが頷く。


「誰でもではないけど、そこそこの実力がある魔法使いなら使えるわ。勿論私も使えるわよ」


 そうだったのか。

 オレだけのチートな能力だと思っていたら、魔力感知って普通に魔法の一つだったのか。

 エレヌさんの魔法効果範囲は間違いなくオレよりも広い。どうりで彼女が魔物の動きに気付いていたわけである。


「え?もしかして。アレラ、独学で魔力感知を覚えたの?村の司祭様に教わったのじゃなくて?」

「あ、はい。ミルロ司祭に教わったわけじゃないです。でも領都で司教様にヒントは頂いていたし、ノレリちゃんの魔力が高くて分かりやすかったので」

「それでもちゃんと習ったわけじゃないのね。凄いわよ」

「さすが私のアレラちゃん」


 エレヌさんに驚かれたかと思ったら褒め倒されてオレは少し恥ずかしくなった。

 というかヘレアサン。何気にオレを私物化しないでください。抱きしめないでください。あ、でもいい匂い。


「お主等、いくら道中で魔物が近寄って来なかったとはいえ、ここからもそうとはかぎらんのじゃ。気を抜いて雑談しとる場合ではないぞ」

「ザラスの言う通りだな。とはいえ道中でアレラに増幅魔法を掛けてもらっていただけに気力も体力も十分!行くぞ!」


 ザラスさんの忠告とソルフさんの鼓舞にオレ達は頷いて。


「おー!」


 拳を掲げた。オレだけ。


「アレラちゃん可愛い…」


 真っ赤になって俯くオレをヘレアがなでなでし始めた。もう好きにして。


「ああもうー。二人が尊すぎてー。わたしもうどうにかなっちゃいそうー」

「チレハは手遅れだと思うぞ」


 ソルフさんの突っ込みで開き直ったのか、チレハさんが笑いながらヘレアごとオレを抱きしめてきた。

 そんなオレ達を見てザラスさんがため息を吐いたのであった。




「外壁はレンガだけど、二階の床板は木だけのようね。外から見て屋根も崩れていたことだし、二階を歩くのは注意が要るわね」


 そう言いながらエレヌさんが見上げる。

 彼女の視線を辿ると二階も屋根も突き抜けて青い空が見えていた。


 この修道院跡は、二階建ての建屋が中庭だったと思われる空き地の四方に建っているような配置だった。そして向かって奥の建屋の間には尖塔のある聖堂と思しき建屋があった。


 これらの二階建ての建屋はどうやら寄宿舎だったようである。

 戸口から入って数部屋見て回ったがどれも似たような部屋の造りであった。二段ベッドが左右の壁に設置された四人部屋だったのだ。どうやら二段ベッドは作り付けらしく、かなり頑丈に作られているようだった。


「折角だから少し座って休もうよー」


 チレハさんがそう言ってベッドの下段に腰掛ける。

 廃墟として長い間放置されていたにも関わらず、そのベッドは彼女の体重をしっかりと支えていた。


「あらいいわね。何なら泊まっていったらどうかしら。チレハだけ」

「姐さん置いてけぼりは勘弁してくださいー」

「冗談よ」

「アレラちゃんとお泊まり!」


 エレヌさんとチレハさんがじゃれ合い、ヘレアの変なスイッチが入った。


「…布団がないのはちょっと…」

「布団があればいいの!?」

「あっ」


 オレは回答を間違えたらしい。

 ヘレアが抱きついてきた、もとい喰い付いてきた。


「次の部屋に行くわよ」


 そしてエレヌさん達がオレとヘレアを置いて部屋から出て行ってしまった。


「ああ、アレラちゃん…」


 どうしよう。ヘレアはここで始める気である。

 何をってオレの大切な何かを散らす行為だ。ヘレアを止める人がいないこの部屋の状況はオレにとって危険すぎる。


「ほら、この建物を調べたらお昼にするわよ」

「あ、はい!」


 廊下から声を掛けるエレヌさんにオレは返事をしてヘレアを押しのける。

 ヘレアに捕まっている場合ではない。ご飯が待っているのならば牢獄だろうと抜け出してみせよう。


「もう。アレラちゃんってば」


 特に抵抗もなくオレを解放したヘレアも後から付いてきたのだった。




…結局三棟の寄宿舎に強そうな魔物はいなかった。

 弱そうな魔物は何度か見かけたのだが、オレ達が視界に入るや否や奴らは戦意を失ったかのように離れていってしまった。


「どうやら私達というよりは、アレラから逃げているみたいね」

「ええ!?」

「さすが私のアレラちゃん」


 エレヌさんの考察にオレは驚きの声をあげるしかなかった。

 同時にヘレアサンの発言は黙殺した。


「でも、ワタシの魔法効果範囲には入ってきていませんよ」

「あら。ああ、そういえばアレラの魔法効果範囲はかなり狭かったわね」


 そう、魔物達は一切オレの魔力感知に引っかかっていない。

 エレヌさんは覚えていたがオレの魔法効果範囲は半径三十メートル程である。そしてここで見かけた魔物達が立ち去るのは目測で半径五十メートル程だった。


 もちろん建物はそこまで大きくない。先程の建物など、オレが二階に足を踏み入れた途端にウルフ達が窓から飛び降りていったくらいだ。

 そして部屋に取り残されたウルフなどは、特にオレ達を襲うこともなく床に寝そべって尻尾を丸めていた。


 『弱者の排斥』ではとてもウルフが追い払えるとは考えられない。

 それならば『場の支配』が発動してしまったのかとオレは一瞬疑ったのだが、そのウルフは抑圧されているわけではなく、無気力になっているようなそんな感じだったので、他に何らかの原因があるとしか思えなかったのだった。


「明らかに逃げていくよねー。むしろ避けていくというかー」

「あっ」


 チレハさんのその言葉で、オレはあるモノに思い当たった。

 オレはその魔法具をポケットから取り出した。


「あら?その石は…魔法具ね。それもこの魔法陣って…」

「あ、はい。これは魔物避けだと聞いています」

「どこでこんなものを?」

「…魔族(トルクさん)から借りたままでした」

「そう。どうりで魔物が去って行くわけだわ」


 そのままエレヌさんに聞いたのだが、魔物避けの魔法具に使われている魔法陣は魔族にしか伝わっていないらしい。

 この魔法陣はある程度の強さ以下の魔物を無気力化するのだそうだ。

 ある程度の強さ以上の魔物にはどう対抗するのかというと、そもそもこの魔物避けの魔法具を持たされる者には、危険なところを出歩かせないのである。


 つまりこの魔物避けの魔法具は町や村など危険の少ない場所で子供達に持たせる御守りとして使われているらしいのだ。

 そういえばトルクも言っていた。幼子を守るための魔法具だと。

 そして人族は何度かこの手の魔物避けの魔法具を入手しているのだが、未だにその魔法陣は解明出来ていないそうだ。


「だからアレラ。完動品であるその魔法具は研究者に高く売れるわ」

「え。でもこれは借り物なので…」

「律儀ね。まあいいわ、とにかく今回の探索には有用だわ。強くない魔物に用は無いしね」


 エレヌさんの言う通り、今回の探索はブラッディベアよりも強い魔物がいるかの調査なのだ。

 森にいても不思議ではないほど弱そうな魔物など、放置で構わないのである。


「あれ?でも何でエレヌさんはそこまで詳しいのですか?」

「そ、それは。私は昔、研究者の助手をしていたのよ」

「ああ、そうだったんですね」


 何気なく疑問を垂れ流したオレだったが、彼女の言葉に納得した。

 そんな話をしている間に聖堂の調査も終わり、残るは寄宿舎一棟だけとなった。




「絶対何かいるな」


 ソルフさんが呟いた。

 この寄宿舎は今までの建屋よりも外観の状態が良い。

 戸口こそ何か大きな物が通れるように壊されていたが、窓の破損も少なく屋根もそこまで壊れていなかった。


「多分ここにブラッディベアが住んでいたのね」


 全員エレヌさんの推測に異論はなかった。

 一階のいくつかの部屋は入口の柱とベッドが壊されていた。

 それらは人ではない何か大きな生物が無造作に壊したように見えたからだ。


「そして、二階が怪しいわね」

「姐さん、どう考えても二階しか残ってませんってばー」


 エレヌさんにチレハさんが答えた通り、一階の探索はほとんど終わっている。


「姐さん、火の魔法はダメですってば!燃えます、燃えますー!」


 チレハさんに魔法の火矢を打ち込み出したエレヌさんは、いい笑顔だ。


「おい、エレヌ。建屋を燃やす気か!」


 ソルフさんがエレヌさんを羽交い締めにして、ようやく彼女は止まった。


「ま、まあ。二階が怪しいわね」


 エレヌさんは言い直した。もう誰も突っ込まない。


「ではそろそろ二階に上がろうとするかの。むむっ!」


 ザラスさんがそう言いながら階段の方を向いた瞬間、武器を構えた。

 彼の意図に気付いて全員が武器を構える。

 同時に二階の階段から誰か降りてくるのがオレの魔力感知に引っかかる。

 オレ達の前方に現れたその男に、オレは見覚えがあった。


「やれやれ。何やら騒がしいと思ったら冒険者でしたか」

「…トルクさん」


 オレの呟きにその男、トルクが反応した。


「おや、我が姫。お久しぶりです」


 彼が恭しく一礼した瞬間、オレの横を風が通り抜けた。


「アレラちゃんは私の物なんだから!」


 風ではなかった。ヘレアがトルクに向かって駆け出していた。

 トルクの発言が彼女の逆鱗に触れたらしい。

 昨日の宣言通り彼女はトルクを殺す気らしい。


「ヘレア!ダメ!」


 エレヌさんが静止の声を上げる。

 いうまでもなくヘレアとトルクでは実力差がありすぎる。無謀だ!

 オレの防御魔法をヘレアとトルクの間に割り込ませようにも距離がある。

 未だにオレは自分から数メートル先までしか防御魔法の展開を行えないのだ。


 トルクが腕を前に突き出した。ヘレアの拳はまだ届かない。

 悩んでいる時間はなかった。この場を収める方法は一つしかない。


 オレは、『場の支配』を発動させたのだった。

おはようございます。

ヘレアが暴走しています。


私事ですが師走で何かと更新できておりません。

不定期更新のスパンが開いてしまい申し訳ありませんが今後とも本作をよろしくお願い致します。

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