65.治療方針と調査依頼
「というわけで、頂いたチャンスはあと一回。今晩で終わりなのです」
昼食後、オレはエレヌさん達と午前に引き続き近況を報告し合い、ようやくノレリちゃんの事情まで話し終えた。
「そうね…私は回復魔法の限界についてまでは知らなかったのだけど、アレラはそれを分かっていても治してあげたいのね」
「エレヌさん…」
「その心意気は買うが…だが無理をするのは良くないぞ」
「はい、ソルフさん」
ソルフさんの横にいるザラスさんを見やると、彼は頷いてくれた。
エレヌさん達に話せて良かった。
誰かに話すことでオレは少し肩の荷が下りた気がしたのだった。
「なら、神様に祈るしかないよね」
「ヘレア?」
ここでヘレアがおかしなことを言い始めた。
というかヘレアは今までの会話を聞いていなかったのだろうか。
「いや、だからヘレア。ワタシが聖王様に祈っても、回復魔法の効果は逆に減るんだよ?」
「だからアレラちゃん。聖王様がダメなら他の神様に祈ればいいじゃない」
「他の…?」
「聞いたことないんだけどー?」
ヘレアはやはりおかしなことを言っている。
聖王様以外の神様?主神である聖王様以外って誰かいたかな?
オレの疑問にチレハさんが同意してくれたところで、エレヌさんが少し考え込んでいる様子が目に入った。
「それだわ!」
「ええ!?」
突然叫んだエレヌさんにオレは驚いた。
何が『それ』なのか。もしかして他の神様を彼女は知っているのだろうか。
「つまり、聖王様以外の神様に祈る回復魔法を唱えればいいのよ」
「…聖王様以外に神様っておられました?」
「ええ。聖王教以外の宗教での神様のことよ」
「聖王教以外…?」
エレヌさんの説明にオレは首を傾げた。
アレラの記憶にもオレがこの世界で学んできた知識にもない、聖王教以外の宗教で崇める神様についてなどオレにはピンとこないのだ。
「聖王様以外を主神とする宗教ってあるんですか?」
「ええ。あるわ」
オレの垂れ流した疑問にエレヌさんが肯定した。
なのでやはり彼女はオレの知らない宗教の神様を知っているということになる。
ちなみに聖王教では聖王様以外に神様はいない。
聖典で他に登場する高位の存在にも”聖”という単語はつく。しかし聖王様を表す文字は使われていない。
たとえ聖霊様や聖獣様と呼ばれる存在であっても、決して神ではないのだ。
ああでも…いや神ではない。かつて一度聖王様がお隠れになられた際にその再降臨を手助けなされたという”聖王様の依り代”は、人族だったはずだから。
「と、取りあえず。聖王様以外の神様ってどなたですか?そもそもワタシの知っているのは聖王様に祈る呪文だけです」
「幸いにも伝手が無い事も無いの」
エレヌさんは何と聖王教以外の宗教を知っているだけでなく伝手もあるらしい。
とはいえ彼女はまるで関わりたくないというかのように嫌そうな顔付きをしているし、『無い事も無い』などと回りくどいことを言っている。
いやそうじゃない。彼女は今オレの質問をはぐらかしたよね。
「伝手、とは何ですか」
「それについて今は言えないわ」
だがオレはつい疑問を垂れ流した。しかし回答を黙秘されてしまった。
「そもそもその宗教って何ですか?」
「…覇王教よ」
「はおう、きょう…?」
あれ?エレヌさんの口から何処かで聞いた単語が出てきたぞ。
「ええ。一般的にはこう言われているわ。邪王教ってね」
「ひっ!?」
エレヌさんに言われてオレは思い出した。
魔族であるトルクが言っていたではないか。魔族は邪王クラルクを覇王と呼び崇めていると。
つまり邪王教もとい覇王教と関わるということは…魔族と関わるということか?
そもそも改めて思ったが、エレヌさんは何者なのだろうか。
冒険者として違うパーティの人達についてあれこれ詮索しないようにしていただけに、オレは彼女の身の上話など知らないのだ。
もっとも自分から話してしまうのは構わないのだ。だから彼女はオレの身の上話を知っている。
過去に話した時の状況を考えると会話を誘導されて聞き出された気がしないでもなかったが、今はそのことを考えている場合ではない。
とはいえ彼女も嫌そうに話しているのだ。伝手とは言っているが覇王教に対して良い印象を持っていないのだろう。
少なくとも彼女は覇王教側の…魔族の仲間ではないということだろう。
それならば良しとしよう。
「アレラにとって不本意だろうけど…邪王の冥護を受けたあなたなら、覇王教に伝わる呪文で回復魔法が唱えられると思うわ」
「ひゃい…」
でも自分から好んで魔族とは接触したくない…。
ともあれエレヌさんとの会話で今後の方針が決定した。
オレからみればある意味詭弁ともとれるのだが、ノレリちゃんの治療を行うあと一回分の権利を今夜ではなく将来の約束として持ち続けることにするのだ。
そして覇王教に伝わるという回復魔法の呪文を覚えてきてから、改めてノレリちゃんの治療を行うということである。
「大丈夫、アレラちゃんなら出来るから」
「ヘレア…」
ヘレアがオレの頭を撫でながら励ましてくれる。
「だってアレラちゃんだもの」
そして彼女はよく分からないことを自信満々に言い放ったのであった。
…昼食後に再び出かけていたミルロ司祭が帰ってきた。
そして彼は村長を連れてきていた。
「つまり、この村より森の奥にあるという修道院跡を調査して欲しいと」
「ええ。何しろこの村の狩人は村を守ることで手一杯でして。冒険者も滅多に来ない僻地ゆえ、あなた方に是非調査を依頼したいのです」
ソルフさんがエレヌさんのパーティを代表して村長に応対していた。
報酬額は決して多いわけではないのだが、この村にいる間の宿と食事の提供及び旅立つ際の食料の提供という物的報酬も付けてくれている。
「そうだな。調査だけというなら構わない。ひとまず、修道院跡にはどんな魔物がいるのか分かっている範囲で教えて欲しい」
「それが…数年前にも調査をしたのですが、そのときはブラッディベアが数頭生息しているだけだったのです」
ソルフさんはこの依頼に前向きだった。
しかし村長の説明に彼は考え込んでしまった。
「今回のは、ただの巣立ちではないのでしょうか?」
「そうだと思ったのですが…実は一昨日にもう一頭確認しておりまして」
エレヌさんの質問に村長は最新情報を教えてくれた。
村長は修道院跡に異変があり、ブラッディベアが出てきたと考えているらしい。
「なるほど。村の守りを固めざるを得ないわけか。分かった。明日調べてこよう」
「よろしくお願いします」
そしてソルフさんはこの調査依頼を快諾したのであった。
「じゃあ行き先も決まったことだし、目先の問題も解決しておきましょうか」
エレヌさんの言う通り、まずはこの調査依頼をこなすということだろう。
「取りあえずアレラは今、行くところがあるでしょう?」
「へ?」
「ノレリちゃんの治療の件、話してきなさい」
「あ、はい」
エレヌさんに指摘されてオレは気付いた。
確かにノレリちゃんの母親へ治療に関する事情を説明しなくてはいけない。
「私も行っていい?」
「ヘレアは来なくていいから」
そしてヘレアのお世話による信者もとい犠牲者を増やすわけにはいかないので、彼女の申し出は却下しておいた。
「ごめんなさい、おばさん。最後の一回分は、ワタシがもっと力を付けてからでお願いします」
「いえ、お気になさらず…むしろもうよろしいのです。アレラ様は十分ノレリの為に手を尽くしてくださいました」
オレが謝るとノレリちゃんの母親はオレよりも深く頭を下げてきた。
取りあえずお互い謝り続けるような不毛なことはしない。オレはすぐにノレリちゃんの元へと案内してもらった。
そしてノレリちゃんにオレが新しい回復魔法の呪文を覚えてくるまで待っているようにお願いしたのだが…。
「ノレリのびょうきはなおったの?」
ノレリちゃんはオレの説明に首を傾げていた。
オレは誠心誠意噛み砕いて説明したつもりだったが、語彙力の低いオレの説明はノレリちゃんには伝わらなかったようだ。
「ううん。でも必ず治すから。だからそれまでの間は普通に生活していて」
せめて約束だけはちゃんとしておこう。
「うん、わかった。じゃあ…もうあそびにいってもいいの?」
「うん。いってらっしゃい。あっ」
ノレリちゃんに外出許可を出すのはオレではない。彼女の母親である。
オレは振り返ってノレリちゃんの母親を見上げた。
「ええ。ノレリ、気を付けていってらっしゃい」
「うん!アレラちゃんもいこ!」
彼女の母親から外に出る承諾を得て、ノレリちゃんはオレの手を引いてきた。
「あの、おばさん。必ず、ノレリちゃんがもう少し大きくなる前に戻ってきます」
オレはノレリちゃんの母親にそう伝えて、ノレリちゃんと共に彼女の家から出たのであった。
「どう?話はついたのかしら」
家から出ると目の前にエレヌさんが待ち構えていた。
「あ、はい。少し遊んできます」
「ええ、いってらっしゃい。向こうでヘレアと子供達が遊んでいるわ」
「わー…」
微笑むエレヌさんの発言に不穏な内容があってオレは戦いた。
どうやら村の子供達はヘレアのお世話による犠牲者となってしまったようだ。
このままでは子供達が大変なことになってしまう!
早くいかないと!
…ダメでした。
オレが着いたときにはすでに村の子供達はヘレアに懐いていて、ノレリちゃんも一瞬で手懐けられてしまった。
そして子供達にはオレがヘレアと恋仲であると刷り込まれてしまった。
いや、ヘレアサン。いつの間にかオレの存在は妹分じゃなくてもっと先に進んでいたのですね。求婚されてる時点でそうだと思ってたけど…うん。
手遅れでした。
…翌朝。
「ワタシも行きます」
「そう言うと思ったわ」
オレの発言にエレヌさんは頷いた。
どうやら修道院跡の調査にオレが同行すると言い出すことは最初から分かっていたようだ。
そしてオレが言うまでもなく同行は了解済みのようだった。
「大丈夫、アレラちゃんには指一本触れさせないよ」
ヘレアが実に頼もしい。
まあ、彼女はそのうちオレを全てのモノから指一本触れさせなくしそうだが。
「それでは、よろしくお願いします」
ミルロ司祭がオレ達に頭を下げる。
「ああ、任せてくれ」
「アレラちゃんはしっかり守りますので」
ソルフさんがミルロ司祭に依頼のことで頷いた。
そしてヘレアは平常運転である。
「まあ、アレラにはそのブレスレットがあるでの。大丈夫じゃろ」
あまり喋らないザラスさんが太鼓判を押す通り、オレはこの手枷もといブレスレットがあればもう何も怖くない。
なのでミルロ司祭から借りていたワンドは返した。
まあ、エレヌさん達がいるのである。オレの『場の支配』が暴走した際は彼女達から武器を奪って自傷しよう、そうしよう。
だからといってオレはドMではない。決してドMではない。
オレ達の前には人が通らなくなって久しい道の跡がある。
すっかり藪に覆われていたが、森に一直線の切れ目があることから道があったことを確かに示していたのだった。
この先には修道院跡がある。
ただの廃墟などではない。オレにとってファンタジーな異世界の廃墟など建物系のダンジョンに等しい。
気合を入れて拳を握っていると、ヘレアがオレを後ろから抱擁してきた。
「大丈夫、アレラちゃんなら解決出来るから」
あー、この後ヘレアが何を言うかオレ知ってる。
オレが振り返ってヘレアを見上げると、彼女は微笑みながら言い放った。
「だってアレラちゃんだもの」
こんばんは。
果たして主人公は魔族との関わりを絶てるのか。
次回は戦闘…までたどり着けるといいなあ…。