64.来ちゃった
結局ノレリちゃんの母親から後三日だけ治療を継続する許可を得た。
オレが魔力切れで倒れる場合は大抵半日以上寝てしまうので治療の時間は夕方である。
だからオレは夕食時までは普通に村の暮らしを続けていた。
そしてあっという間に三日目である。
今は、朝のお勤めという名の掃除が終わりオレは一人教会の聖堂で長椅子に転がっていたのだった。
「はあ…結局治せないのかな…」
オレはため息を吐いた。
一応回復魔法の詠唱も試してみたのだが、発動はしたもののはっきりいって効果が逆に落ちたと感じた。そしていつもよりも早く魔力切れで倒れた。
うん、オレ聖王様に嫌われてるのか。悲しみ。
まあ、邪王の冥護とかいうのをバッチリ受けているから仕方がないのだろう。
そういう意味では魔法が発動するだけまだマシなのかもしれない。
でもあれ?支援系魔法って呪文から考えると聖王様の魔法だよね?
だがオレは支援系魔法しか使えないというほど支援系魔法に適性がある。
それなのに聖王様に祈りを捧げる詠唱だと効果が落ちるとかそういうのはどうしてだろう。
まあ、魔法はいい加減なモノである。分からないことを深く考えても仕方がないのだ。
そんなことを考えていたところ、オレは誰かの魔力を感知した。
この村の人ではない魔力パターンがこちらに向かってきていた。そして魔力量は割と大きい。さらにその周りに数人いるようなそんな感じがした。
長椅子から起き上がってオレはその方向に目を向ける。というよりもオレの魔法効果範囲は半径三十メートル程なので起き上がっている間に話しかけられる距離に来てしまう。
しかもその集団から一人が飛び出してきた。その人は目の前というわけだ。
そしてオレの目に飛び込んできたのは。
焦げ茶色の髪を左右でお団子にしてシニヨンカバーを付けている少女だった。
シニヨンカバーから垂れ下がる髪の先端が走る彼女に合わせて揺れている。
「アレラちゃん!!」
その少女に飛びつかれたオレは当然長椅子から転げ落ちた。
二人もつれて床に転がった後、オレを下敷きにして彼女が上体を起こした。
いわゆるマウントポジションである。
「アレラちゃん…」
髪型で一瞬誰か分からなかったのだが、青色の瞳に妖しい光を灯し息を荒げてオレを組み伏せるその少女が誰なのか、オレはすぐに理解した。
「ヘレア…」
オレに名前を呼ばれるとヘレアはにっこりと笑い、そして言い放った。
「来ちゃった」
…ヘレアはエレヌさんの手によりオレから引き剥がされた。
エレヌさんが来てくれなかったらあと少しでヘレアによりオレの大切な何かは散らされていたかもしれない。先程のヘレアにはそれ程の勢いがあった。
ちなみにオレが感知した魔力量の割と大きい人とは、エレヌさんだった。
それはともかく、場所を教会の食堂に移しオレは彼女達に質問をした。
「どうして此処にヘレアが?というよりエレヌさん達が?」
そう、ヘレアと共に来たのはエレヌさんのパーティであった。
久々に見るエレヌさんの長い紫色の髪は相変わらずのボリュームである。夏真っ盛りな今、暑そうに見えるのは気のせいではないだろう。
一方で深緑色のショートヘアな女性はこの季節だと涼しげだ。その髪型を見てオレも髪を切ってしまおうか少し迷ってしまった。
そして壮年の筋肉と丸っこい筋肉の男性二人は相変わらずむさ苦しい。
オレがそんな感じでエレヌさんのパーティを見ていると、エレヌさんが何かに気付いたようにオレを見つめてきた。
「ねえアレラ…また私達の名前を忘れたの?」
「うっ」
彼女の質問にオレは声を詰まらせた。
このやり取りは何回目だろうか。
「相変わらずじゃの」
「久しぶりだから、まあそうなるな」
「そこが可愛いのよねー」
彼女のパーティメンバーが三者三様に言ってくる。
ということで丸っこいザラスさんに壮年のソルフさんにショートヘアのチレハさんの名前が改めて紹介されたのだった。
「っと、どうして此処にって質問だったわね」
「あ、はい」
エレヌさんがオレに話したことをまとめると、こうなる。
エレヌさんのパーティはメラロム都の冒険者ギルドでヘレアに捕まったらしい。
ヘレアはオレに置いて行かれたことに気付いて追いかけようとしていたそうだ。
だが一人で旅に出る実力がないヘレアはバーのマスターや冒険者達からエレヌさんの存在を知り、メラロム都で待ち構えていたというわけである。
そしてヘレアの冒険者としての将来性を見込んだエレヌさんにより、ヘレアはエレヌさんのパーティに見習いとして入ったということだ。
さて、エレヌさんのパーティはムリホ王女から渡された召喚状によりアラルア神聖王国へと向かっていた。
しかし道中の冒険者ギルドでオレの捜索願いが出されていることに気付いた。
行方不明となった起点の町に向かったところでムリホ王女に会うこととなり、オレが誘拐された詳しい事情を説明されたそうだ。
「捜索願いって何が書かれていたのですか?」
「アレラの特徴と、魔族にさらわれて同行を強要されているって内容だったわ」
「アレラちゃんが色々と色々なことをされてるんじゃないかって…されてないよね!?後で確かめるから」
「大丈夫だからヘレア落ち着いて!」
エレヌさんに質問したはずがヘレアを興奮させる結果になった。
向かいに座っていたヘレアが立ち上がってオレを捕まえた。そしてオレはヘレアの膝に乗せられてしまった。
「でも、どうしてこんな辺境の村に来たんです?」
「ああ、それはね…」
オレの質問にエレヌさんは言葉を濁した。
というよりこのメンバー、オレがヘレアの膝に乗せられても動じない。むしろオレも含めて平常運転である。
おかしい、オレとヘレアが一緒にいるのは全員初めて見るはずだ。解せぬ。
「…ヘレアが言う通りに来たら此処についたのよ」
オレが思考を明後日に向けていたらエレヌさんがこの村に辿り着いた理由を説明してくれた。
なんていうか、へレアはオレの居場所を予め知っているかのような案内をしたらしい。
オレは後ろを振り返ってヘレアと目を合わせる。
「アレラちゃんの居場所を聞いたら教えてくれたの」
「誰が?」
「神様」
ヘレアサンがおかしくなってしまった。いや、元々か?
とはいえ神の声が聞こえたというわけではなくて、何となくこっち、という勘が冴え渡ったような状態だったらしい。
まあ、ヘレアサンだし。深く考えないようにしよう。
「私とアレラちゃんの愛が神様に伝わっただけだから」
ヘレアサンが何か言ってますが、オレは何も聞こえない、聞こえていないから。
「でもどうしてヘレアの言う通りに進んだのですか?」
オレはエレヌさんに質問を続けた。
「国境の町から街道沿いに進んではいたけど、アレラに関する情報はまったくなかったのよ。町や村をしらみつぶしに探そうとした矢先でヘレアが行き先を案内し始めたから、その女の勘とでもいうのを信じてみたくなったわけよ」
「私がアレラちゃんを見失うわけがないもの」
エレヌさん、そんなので本当に良いのか。
あとヘレア、その自信はどこから来るのですか。
とにかくこれ以上この話を続けても不毛なので話題を変えよう。
「それにしても…ヘレア、その髪型はどうしたの?」
取りあえずオレは疑問を垂れ流した。
「ああうん、アレラちゃん。それなんだけど…どうかな?」
「どうって…あんまり見ない髪型だよね」
「そう…おむつ穿こっか」
ヘレアから逆に聞かれたわけだが、どうやらオレは回答を間違えたらしい。
「に、ニアウヨ」
「そっか。よかった」
どうやらおむつは回避出来たらしい。
まあ、ヘレアならどんな髪型でも似合うのだが。
何しろオレとは違いヘレアの容姿は非の打ち所がない天使そのものである。
なお、中身は危険である。オレ限定で。
「ヘレアにはチレハが近接戦闘を教えているのよ。髪で視界が遮られると命取りだから結ばせたのよ」
「髪を切るのは勿体ないからねー。結局それで落ち着いたみたいでー」
「ポニーテールはちょっと見た目が、ね。それでツーテールにしてみたらかえって見えにくくなったし」
エレヌさんの発言にチレハさんが補足してくれた。
そしてヘレアによるとふんわり波打った彼女自身の髪だとポニーテールはお気に召さなかったらしい。ポニーテールも似合うとは思うのだが言わないでおこう。
今のお団子から髪を一房だけ下に垂らしているのもこだわりなのだろう。
流石ヘレア。可愛さを追求する女の子の鑑である。
しかしヘレアは格闘家ということか…見た目詐欺が甚だしいと思う。
でもヘレアの膝上丈で腰を絞ったチュニックと、脚にぴったりのパンツルックは可愛らしい。
むしろこの世界ではまだ一度も見たことがないミニスカタイツを彷彿させて実に素晴らしい。
うん、流石ヘレア。天使のように可愛い。
でもこれを言うとオレの大切な何かが散らされるので言えないのだが。
…しばらくオレ達は近況を報告し合った。
それによるとオレは国境の町を通っても問題がなくなったそうだ。
ということは今までこの村で秘密にしていた、オレが村に来た経緯も村人に説明が出来そうだ。
当然ヘレア達はオレが魔族にさらわれたことを知っている。
オレはようやくトルクに対する愚痴を人に話すことが出来たのだった。
「魔族に気に入られるなんて流石アレラちゃん。でも私のアレラちゃんに手を出そうとしたそいつは殺すね」
さらりと物騒なことを言うヘレアは、いい笑顔だ。
「おや?お客さんですか?」
「あ、ミルロ司祭。お帰りなさい」
その時、ミルロ司祭が帰ってきた。
彼は村近くの森を狩人のおじさんと巡回していたのだ。
そして彼が戻ってきたということは、もうすぐ昼食の時間である。
「そうですか。アレラさんのお迎えということですね」
「はい。迎えに来ました」
簡単に事情を聞いたミルロ司祭に対しヘレアが何故か嬉しそうに答えている。
いや、何故かは分かる。分かりたくないが分かってしまう。
間違いなく『迎える』という単語による連想から、彼女の脳内ではオレとの挙式が行われているのだろう。
オレは別にヘレアが嫌いなわけではない。
むしろ空太としてみると好みを突き破ってアイドル、いや天使である。膝の上に乗せられたり彼女の柔らかい抱擁による至福の感触などもう堪らない。
だがアレラとしてみると大切な何かを散らそうとしてくる危険人物である。直感で逃げなくてはいけないのに逆らえない天敵なのだ。
いや、大切な何かを散らされると空太の精神はもたないかもしれない。やはりへレアは天敵なのだ。
「そうそう、アレラちゃん。はい、これ」
ヘレアが腰のポシェットから何かを取り出してオレに手渡してきた。
それは、二つの聖玉を中心として装飾が綺麗に施されたブレスレットだった。数は一つである。
「これって…もしかしてムリホ王女から?」
「ああ、それね。王女様がアレラに渡すようにって仰っていたわ」
「地の果てまで請求しに行くって言ってたよー」
オレの疑問にヘレアではなくエレヌさんとチレハさんが答えてくれた。
「でもこんな危険なブレスレット、ワタシに預けていいのでしょうか?」
「ああ、王女様からアレラの身の安全を固めろって指示を頂いたわ。でもそのブレスレットは必ず返しに来るように、とも仰っていたわ」
「姐さんが持ち逃げするとか考えていない辺り、王女様の目は節穴ですー」
「ちょっとチレハ。そこに直りなさい」
オレの不安にエレヌさんが答えてくれてチレハさんが茶化した。
確かにこのブレスレットがあればオレの身の安全はそう簡単には脅かされないだろう。
もっとも『場の支配』の暴走が今よりも凄く危険になってしまいそうだが。
「アレラちゃん、付けてみて」
「…うん」
「綺麗…アレラちゃん!結婚しよ!!」
取りあえずヘレアサンは落ち着こうか。
こんにちは。
性格付けの確認に今までのへレアサンの言動を読み返したら八割方『アレラちゃん』でした。あれ?




