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63.ノレリちゃんと回復魔法

残酷描写があります。ご注意下さい。

「おかしい。子供を連れている場合必ずこのルートで行くはずなんだ」


 狩人のおじさんがそう言って訝しんだ。

 オレ達三人は今、ノレリちゃん達三人を探して森の中に入っていた。

 どうやら森の中に生えているという薬草を採る場所は決まっているらしく、森を通るルートもまた決まっているらしい。


「そもそも、どうして幼いノレリちゃんを連れて行ったんですか?」


 オレは疑問を垂れ流した。

 何せ少しうっそうとした森の中である。ちょっと父親とハイキングなんて感じにはなれない。とてもではないが五歳の子供を連れてくるような場所ではなかった。


「ああ。五歳ともなれば村の外にも興味が湧く。狭い村だしな。当然森に行きたくなるってわけさ。だが俺達狩人が常に見回っているとはいえ森は子供がうろつけるほど安全じゃあない。そんなところで迷子になると大変だしな…」


 そう言う狩人のおじさんに対しミルロ司祭は頷いていた。


「だから大人が見守って森に連れて行くんだ。危険を教えながらこの村の者として森と共に暮らす(すべ)を身に着けさせる。その年齢を五歳としたわけさ」

「とはいえ、アレラさんの言う通り五歳は幼いね。でもこの話は理に適っているが故にこの村の風習となったんだと思う。僕達のような余所から来た者が口を出すべきじゃないと何時も思ってるんだ」

「そう、ですか」


 狩人のおじさんと違いミルロ司祭はオレに似た感覚を持っているらしかった。

 でも確かにそうだ。森の中で暮らす村の風習。そう言われてしまうと、危険を冒してまで連れて行く必要があるのか、などとオレも口出しは出来ない。

 ちなみに狩人のおじさんは”狩人のおじさん”である。名前は知らない。いや本当に知らないから!オレのぽんこつなおつむが名前を忘れたわけじゃないから!


「そろそろ採集場所だ。あそこが広場のようになっていて…!!」


 狩人のおじさんが会話を中断してオレ達を遮るように腕を伸ばした。オレは静止の合図と察して立ち止まり、すぐに身を屈める。


「…アレラちゃんは待っていてくれ」


 狩人のおじさんはそう言って一人先に進んだ。

 オレの前に立ったミルロ司祭がその様子をうかがって息を呑んだ。

 気になったオレもミルロ司祭の後ろからそっと様子をうかがって…息を呑んだ。


 そこには、遺体があった。


「…見ちまったなら仕方ない。どうやら危険はないようだ。こっちに来てくれ」


 狩人のおじさんはそう言ってオレ達を手招いた。

 オレとミルロ司祭はその遺体に近づいた。

 オレだけ待つようにと言われたのは、その遺体の状態が酷かったからだろう。

 片腕は肩口から無く、もう片腕は剣を握りしめ…頭も無くうつ伏せで転がっている遺体がそこにはあったのだから。


「ノレリちゃんと、シルヌくんは?」


 すぐにミルロ司祭は二人が居ないことに気付いた。

 オレは辺りを見渡し、そして気付いた。ノレリちゃんの父親は、こちらを向いて倒れている。


「まさか…森の奥に…」

「ああ、そうだろうな…退路を断たれたんだ…」


 狩人のおじさんは遺体の前からまだ動けないでいた。当然かもしれない。オレとは違い彼は長い間同じ村で暮らしていたのだから。知り合いの遺体をそう簡単に置き去りに出来るわけがないだろう。

 ミルロ司祭はそんな彼の肩に手を置いた。


「今は子供達の身の安全を先決するんだ…」

「あ、ああ。そうだな」


 ようやく狩人のおじさんが立ち上がる。

 そして周りを見渡して彼は広場の一方向に歩いて行く。


「こっちだ」


 確信をもって彼は進んでいた。

 何かが茂みをなぎ倒して進んだ跡を、彼は進んでいったのだ。




…しばらく進んだところで、オレは気付いた。


「何かが…食べている音がします。それと、血の臭い…」


 五感に増幅魔法を掛けた今のオレは犬だ。

 違うそうじゃない。常人よりも視覚も聴覚も嗅覚も強化されているのだ。そこらの狩人よりは早く獲物を発見出来るのである。

 だが聞こえてくるそしゃく音といい血の臭いといい、最悪の事態を想像してしまう。


 そして前方には、赤い熊が見えた。


「ブラッディベア…何故こんなところに」


 狩人のおじさんが呟いた。

 ブラッディベアはここにはいないはずの魔物のようだ。明らかに自然界ではいなさそうな色をした生き物など、動物ではなく魔物以外には考えられない。

 どうやらブラッディベアは食事中のようでこちらにまだ気付いていなかった。


 オレ達の表情は硬い。

 ブラッディベアが食べているのは、辛うじて人の形をしていた。子供の大きさくらいの人族を食べているのだ。


「仇討ちだ…司祭様、行くぞ」


 狩人のおじさんにミルロ司祭は頷くと、詠唱を始めた。


「木々に宿る精霊よ。我が呼びかけに応え、彼の者を(しば)りたまえ。

 その力強き足を我が手に委ね、彼の者を(いまし)めんことを…ルートバインド!」


 ミルロ司祭の魔法が発動し、木の根がブラッディベアの足を束縛する。

 ブラッディベアがこちらに気付き唸り声を上げるも、木の根を引き千切ることが出来ず首を振り回すだけであった。


「これでも食らえ!」


 狩人のおじさんが腰の剣を抜きブラッディベアに走り寄る。

 そして寸分違わずブラッディベアの目に深々と剣を突き刺した。

 あれは間違いなく脳に達しただろう。抵抗するように少し頭を振ったブラッディベアであったが、次の瞬間には力無く崩れ落ちたのであった。

 オレの出る幕は、なかった。




…遺体は、シルヌ少年だった。

 シルヌ少年が持ち歩いていた短めの剣が彼の側に抜き身で転がっている。

 一方、周囲にノレリちゃんの姿が見当たらない。

 彼はノレリちゃんを守るべくここで戦って負けたということだろうか。


「…ノレリちゃんを探そう」


 狩人のおじさんが今度は優先順位を間違えずノレリちゃんの捜索を開始した。

 そしてオレも探そうとしたところでよく知っている魔力のパターンを感知した。


「…こっちから、ノレリちゃんの反応があります」


 オレの発言に狩人のおじさんとミルロ司祭が振り向いた。

 魔力を感じたということは、ノレリちゃんはオレの魔法効果範囲内にいる。そして魔力を発しているということは、彼女は生きているということだ。


 程なくして、彼女は見つかった。

 少し地面が凹んだところで仰向けに転がる彼女は、生きているのが不思議なくらい酷い損傷状態だった。


「これでは、もう…」


 狩人のおじさんが諦めるのも仕方がない。

 ノレリちゃんのお腹は、えぐり取られていた。

 息もしているとは言い難い。

 だが淡く金色に発光している彼女は、確かにまだ生きているのだ。

 オレが回復魔法を教えたことで、彼女の自己回復は強化されていたのだろう。


「できる限り、やってみます」


 オレはそう言うと、ミルロ司祭から借りているワンドを構えた。

 この状態ではオレだとどうやってもこの場で全快させるのは無理だろう。

 取りあえずノレリちゃんが数日生きられるくらいには何としてでも再生しよう。

 そのあとは何度も回復魔法を掛けて毎日少しずつ治していくしかないだろう。


「ヒール!」


 流石、聖玉(せいぎょく)付きのワンドである。オレのイメージ通りにノレリちゃんのお腹がじわじわと再生されていく。

 臓器は一つ残らず全て作りあげる。ただし今作るのは小さく短く。血管も最低限だけ繋ぐ。神経も最低限。

 一部が損傷した背骨の再生も形だけなので、今の状態で彼女の意識が回復しても歩いたり立ち上がったりすることは出来ないだろう。


 オレの魔力が急激に減っていき、傷の再生速度がどんどんと落ちていく。

 まだ魔力切れで気を失うわけにはいかない。あと少し、もう少し。

 オレの身体が軋む。痛みを訴え始める。脳が危険だと警告する。明らかに回復魔法がオレの生命力を消費し始めた。でも辞めない。まだ辞められない。


 オレの意識がもうろうとしてきた頃、ようやくイメージ通りの再生だけは出来たという手応えを感じた。

 そしてそのままオレは意識を手放した。




「アレラ様もう結構です。これ以上娘のことでお手を煩わすわけには参りません」


 ノレリちゃんの母親がオレに懇願する。

 既に、ノレリちゃんが重傷を負ってから一週間が経過していた。


 ノレリちゃんはベッドの上にちょこんと座っていた。

 彼女はもう身体のほとんどが治っているにも関わらず、今もベッドから降りようとはしなかった。本当に五歳だと思えないくらい我慢強い子だった。


「アレラちゃん。ノレリのびょうきは、なおらないの?」

「…ごめんノレリちゃん。あともう少しだから」

「うん。ノレリ、びょうにんだからおとなしくするの」

「ごめん…」


 俯くオレに対し、ノレリちゃんは笑いかけた。


「ううん。アレラちゃんのほうが、ノレリしんぱいだよ。だいじょうぶ?」

「大丈夫だよ。だから心配しないで」


 ノレリちゃんは本当に聞き分けがよかった。

 いや、分かっている。彼女に無理を強いているのはオレだ。

 オレは彼女のところに毎日通い、そしてオレ自身が倒れるまで回復魔法を掛けていたのだ。

 そんなオレを見ているから彼女は大人しくしてくれているのだろう。


 オレにはどうしても治せない臓器があった。

 いくら回復魔法を掛けても治ったという手応えが得られないのだ。

 そして明らかに治っていないことは分かる。だからノレリちゃんの元に通い続けたのだ。


 しかし今日、遂に彼女の母親が音を上げた。

 彼女の母親は、毎日目の前で倒れるオレを見ていられなかったのだろう。

 ノレリちゃんの部屋からオレを連れ出し、治療の中止を願い出たのだ。


「アレラ様、何故そんなに頑なに治療を続けられるのですか?」

「それは…」


 オレは彼女の母親からの問いかけに口を濁した。


「教えてください。娘はもう元気な様子です。でもどこかまだ悪いのですね?一体どこが悪いのでしょうか?」


 彼女の母親にこれ以上隠し続けるわけにはいかないだろう。

 オレは治せない臓器について重い口を開くことにした。


「…卵巣です」

「らん…そう、ですか?」


 だが彼女の母親は理解出来なかったらしく、首を傾げていた。


「ノレリちゃんはこのままでは将来子供を産めません。いえ、そもそも大人の体に成長することも難しいでしょう」

「そんな…」


 オレの宣告にノレリちゃんの母親は床に崩れ落ちた。

 オレはそれを見ていることしか出来ない。


 オレもこの世界に来て初めて知ったのだが、卵巣は卵子を作るだけでは無く女性らしい身体を作る手助けをする臓器だったのだ。

 そういわれると女性ホルモンがどうとか空太の記憶ではどこかで聞いたことがあるような気がしたのだが、オレのぽんこつなおつむは知らないと言ってしまえるほど覚えていなかった。


 セラエ司教様とコリス司祭による講義でオレはこの世界の医学に驚いたのだ。

 まず回復魔法のイメージを助けるため、人体に対する解剖学が発達していた。

 そして各臓器の詳細な役割は体内にある魔力の流れを基に研究されていたのだ。


 当然、卵巣の役割も分かっていた。そして回復魔法で治すことが出来ない事も。

 しかし治せない理由ははっきりとは分かっていないそうだ。

 今のところ一番有力な学説は、生命の倫理に反することを聖王様が許さない、という何とも宗教観溢れるモノであった。


 そこで思い出した。例外があった。


「あの、おばさん。治す方法があるのを思い出しました」

「本当ですか!?」


 ノレリちゃんの母親がオレにすがり付く。

 だがこの答えは希望でもあり絶望でもあるのだ。


「一つはノレリちゃん自身が治すという方法です」

「ノレリ…自身が?」


 そう、聖王様が許さないという学説に真っ向から反論出来るのがこの、自己回復ならば卵巣も再生出来るというモノであった。


 そしてノレリちゃんの魔力量と魔法適性ならいつか自己回復で治せるかもしれない。

 だが問題は、治すにはしっかりとした知識が必要ということだ。

 それこそ貴族でもなければ得られない講義と実技による知識を。


 いや、聖女になれる力があれば聖王教会で講義を受けられるかもしれない。ノレリちゃんの魔力量ならばそれは十分考えられた。

 しかしそれこそ母親との離別に他ならない。母親を絶望させるには十分だとオレは思ってしまう。


 だからといって父親という稼ぎ手を失ったノレリちゃん一家丸ごとこの村を出て生活することなど出来ないだろう。家族という枠よりも大きく村という共同体の枠で支え合うこの村だからこそ彼女達は生活が出来ているのだ。


 結局、ノレリちゃん自身で治せるようになる可能性は高くない。


「あの、アレラ様。一つと言うことは他にもあるのですか?」

「もう一つだけ…聖女様なら治せるという噂があります」

「そう、ですか…」


 ノレリちゃんの母親が意気消沈してしまうほど、聖女様がいるという聖都は遠いのである。


 オレには聖女になれるような力は無いと思う。

 それでも、普通の治療師には治せないといわれている卵巣の治療を続けていたのだ。

 オレでも、卵巣としての機能を成さないが形だけは再生出来たのだ。あと少しで完全に再生出来るかもしれないのだ。

 だが…どうしても治せない。


 何がチート魔王だ。何が勇者の卵だ。オレはこの子の体すら治しきれていないではないか。


 オレは毎日倒れ続け、無力感を味わい続けていたのであった。

こんばんは。

重い話です。もっと明るい話が書きたいので次話に御期待願います。

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