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62.ハラロケ村での生活

…オレがハラロケ村に来て二週間が経過していた。

 今日も教会の聖堂でオレは長椅子に転がっていた。開け放しの窓と扉を抜けていく風が心地よい。


 季節は夏。

 早いもので、空太がアレラとして目覚めてからもう半年以上経ったわけだ。

 しかし夏なのだがこの地方はそれ程暑くならないようで真昼の外でも日陰に居れば日中でも余裕で過ごせていた。実に快適である。


「避暑地…氷の…ふわふわ?…むー」


 オレはアレラの記憶からアイスクリームという単語が出ないことに考え込んだ。

 アレラが知らないだけでアイスクリームはあるはずだ。あって欲しい。


「はー…かき氷とかないかなあ…。あるの!?」


 発言出来たのでかき氷はあるようだ。

 だがまあ…こんな田舎の村では手に入らなさそうである。残念である。


 氷菓に思いを馳せていると、オレの魔法効果範囲内に魔力の塊が飛び込んでくるのを感じた。誰かが教会に近づいてきている。

 この分かりやすい魔力パターンはノレリちゃんだ。


 ノレリちゃんとは、この村に来たオレを彼シャツ状態から更にあられもない姿にしてしまった小さな女の子のことだ。


「アレラちゃんいたー!」

「ノレリちゃんおはよー」


 五歳である彼女はその小麦色の瞳を輝かせながらオレの方に走り寄ってきた。

 オレは起き上がって駆け寄ってきた彼女に挨拶をする。そして走ってきて乱れている彼女の茶色をした髪を丁寧に指で梳いてあげた。


 彼女はオレでも見たらすぐ分かるくらいには魔力量が多い。

 オレは彼女と接することで、セラエ司教様から教えられた他人が発する魔力の流れを見る練習をしていた。


 いや、新年祭の準備期間中に司教様が教えてくれたことはただ単に魔法が掛けられる行為の見極めについてだった。

 しかしノレリちゃんがあまりにも魔力をダダ漏れにしているので自然と魔力パターンを読み取る練習になってしまったのだ。


 最初にノレリちゃんの魔力パターンに気付いたのはかくれんぼで遊んでいる時であった。

 オレが鬼の時にノレリちゃんを探して回ると、何となく此処だと思ったところに必ず彼女がいたのだ。

 その不思議な現象をミルロ司祭へ夕食の雑談中に伝えたところ、ノレリちゃんの魔力量が多いことを教えてもらったのである。


 ミルロ司祭は土属性を主にしている魔法使いでもあるそうで、彼女が生まれた時から魔力量が多いことに気付いていたらしい。

 そのために、名付け親となった彼は聖霊様の加護を祈る特殊な発音を彼女の名前に入れたのだ。

 しかし彼の知っている魔法を全て試した結果、その中に彼女の適性と思しき魔法はなかったそうだ。


 オレが思考にふけっている間にノレリちゃんは暇になったのか手近にあるモノで遊んでいた。


「ノレリちゃん、オネエチャンの髪で遊ばないでもらえないかな?」

「えー。だってきれいなんだもん」


 オレは彼女の手で滅茶苦茶にされた自分の髪をなで付けながら抗議した。

 未だに”お姉ちゃん”と自分のことを言いづらい空太としてのオレではあるが、流石にアレラとして五歳よりはお姉ちゃんなのだ。


 まあ、そんな五歳の女の子からちゃん付けされることは諦めた。

 というかノレリちゃんは基本的に、男の子はくん付けで女の子はちゃん付けなのだから当然だ。うん、問題ない。


「アレラちゃんもあそぼ?」

「うーん…ごめん。掃除で疲れているからもうちょっと休んでから行くね」

「うん!」


 ノレリちゃんはオレに返事をするとクルリと回って駆け戻っていく。

 全くもって忙しない子である。というかそんなに慌てると…。


 ほら、転けた。


「痛いの飛んでけー!」


 オレは腰に付けたワンドを取り出すとノレリちゃんに向けて振った。

 ただ振ったわけではない。

 離れた位置から回復魔法を発動して彼女に掛けたのだ。


 回復魔法の遠距離発動はこの村に来てから練習して身に着けた魔法だ。

 そもそも回復魔法と救治魔法、この二種は『魔法効果範囲の減衰が激しくて遠距離では効果が出ない』と一般的には知られている。


 しかしオレの魔法効果範囲は増幅魔法についてはほぼ端まで減衰しない。そしてオレの増幅魔法は独学故に回復魔法の効果が混ざっている。

 ならば回復魔法も遠距離で発動出来るのではないか?そう考えて練習してみたのだが、見事に発動は成功したのである。


 オレの私見ではあるが回復魔法の遠距離発動で効果が出ないのは、対象者から離れすぎているために傷口が見えていない、つまりイメージが固まらないから効果が出せないのである、多分。


 しかし目に増幅魔法を掛けたオレなら多少は傷口が見える。あとはオレ自身のアホみたいに高い回復魔法の効果に物を言わせて治療してしまえばいいのだ。




…さてこの二週間、本当に色々とあった。


 まずオレに村の女性達からシスター服がプレゼントされた。

 今のオレは名実ともにシスターなのである。

 やはりオレにとって見慣れた格好であるシスター服は落ち着く。


 次にオレの持っているワンドであるが、これはミルロ司祭からの借り物である。

 武器を借りたい、と彼にお願いしたところで、オレには刃物を持たせられない、と言われてしまった。

 まあ、オレが手首を切り落としているのを見てしまえば貸せないことには同意出来る。


 しかし子供でも武器を持ち歩くこの世界、オレも武器ぐらいは持っておきたい。

 という建前だが勿論目的は自傷による『場の支配』の中断である。まあ刃物の代わりに鈍器であるワンドを借りれたのでその問題はクリアした。

 とはいえ聖玉(せいぎょく)が付いたワンドという高級品を渡されたので、傷付けないか心配する問題が代わりに発生したのだが…まあ仕方がない。


 更にオレの仕事についてである。

 この村では司祭といえども自給自足である。

 ミルロ司祭も普段は畑仕事を手伝ったり森に薬草を採りに行ったりしている。

 なのでオレも仕事が欲しい、と彼にお願いしたところで、子供は仕事をしなくていい、と言われてしまったのだった。


 仕方がないのでオレは自主的に教会の掃除などを行っている。

 そして掃除をしてもまだ暇を持て余したので、オレはこの機会に色々と魔法の練習をしていた。

 その成果の一つが回復魔法の遠距離発動。そしてもう一つが…。


「まあまあ綺麗になったし、魔力も回復してきたかな…」


 救治魔法の応用、名付けて『汚れよ飛んでけー』である。

 誰かオレに名付けのセンスを下さい。


 ともかく。

 この魔法は汚れを落とす救治魔法の応用を拡張して遠距離発動かつ範囲発動にしたものだ。

 もっとも、かなりの魔力を消耗してしまうし効果も手をかざせる範囲よりは非常に弱いので、まだまだ練習が必要ではある。

 それでもゴミを掃くくらいのことは出来るのだ。おかげで天井に張っていた蜘蛛の巣などは全て取り去れている。


 そしてオレが長椅子で転がっているのも、この魔法でほぼ魔力切れになってしまったからだった。




「んー…遊ぶ前にノレリちゃんに少しだけ魔法の授業をしておこうかなあ…」


 オレは今行っている魔法教室の個人指導内容について少し考えてみる。


 何とノレリちゃんの魔法適性は支援系魔法だったのだ。

 オレが支援系魔法の使い手であると露見したことから、ミルロ司祭に頼まれてノレリちゃんに支援系魔法の適性があるか試してみた。

 すると彼女は見事に回復魔法を覚えてくれたのである。


 ミルロ司祭によると、そそっかしくて怪我をしまくるノレリちゃんは何故か傷の治りが早く、風邪もほとんど引かないそうだ。

 彼はその理由を、ノレリちゃんに支援系魔法の適性があることから無意識に自己回復しているのでは、と考えていたらしい。


 そこでオレはノレリちゃんだけでなく村人達を相手に回復魔法の教室を開いているのだ。ついでに具合の悪い人がいないか聞いて治療しているのはご愛敬である。


 しかしオレにとっての問題が発生した。この回復魔法教室はオレにドM姫の称号を定着させてしまったのだ。

 何しろ誰彼構わず縫い針で指を刺しまくるわけにはいかない。だから回復魔法の練習に慣れたオレの指が練習台として血を吹いているわけだ。

 決して、決してオレは自傷癖のあるドMではないのだ。ないのだ。


「遅いぞドM姫」


 オレがSMの世界にトリップしている間に少年が目の前に立っていた。

 何故少年という人種はオレを称号で呼びたがるのだろうか。


 この少年の名前はシルヌ。十歳である。

 茶色の瞳と茶色の髪を持つという、この世界の平民として一般的な色の容姿をしている。

 そしてこの少年はオレのあられもない姿を目撃したという前科持ちである。


「ごめん、今行くから」


 オレはそう言って立ち上がった。

 もうドM姫と呼ばれるのも慣れたものである。ついでにいうと姫と呼ばれるのも慣れた。

 さらに姫呼ばわりされる理由も分かった。原因はオレの瞳が淡い金色という平民よりも貴族に多い色合いだからだ。


 何故貴族の方が多いのはよく分からない。何しろこの色は聖王様の加護によるものだからだ。加護に遺伝は関係ないはずなのだが…。

 まあ気にしないでおこう。


 ちなみにオレが子爵令嬢なのは秘密である。絶対に秘密である。

 何が言いたいかというと、オレの髪で遊ぶなシルヌ少年。

 秘密だから不敬罪でしょっ引く気などない。しかし切らないと解けないほど髪がこんがらがっているのは勘弁して欲しい。


「とろいぞ、ドM姫」

「オネエチャンの髪で遊ばないでって何時も言ってるでしょ」


 ゆっくりと歩いている間に髪を弄ばれたのでオレは抗議しておく。

 オレが自称お姉ちゃんなのは、十歳の少年などオレにとっては年下だからだ。

 背丈は負けるけど年下なのだ。背丈は負けるけど…悲しい。


 幸いにも今のところ『場の支配』の暴走は起きていない。

 オレのハラロケ村での生活は今日も平和なのであった。




…その日はノレリちゃんとその父親が、朝から森に薬草を採りに出かけていた。

 ノレリちゃんが森に入る訓練を、子供の先輩としてシルヌ少年も補佐するということで付いていった。


 オレという治療師がいるのに薬草を採りに行くのは何故かと聞いてはいけない。

 例えお医者さんが近所に住んでいようとも常備薬というのは大事だからだ。

 しかも薬師を専門としている村人が居ないので、村で栽培できる薬草からは使用期限が短く効果の弱い薬しか作れないのである。

 だからより効果の高い薬草を採りに森に入っていくのだ。


 しかし帰ってくるはずの時間を大幅に超えてお昼過ぎになっても彼らは戻ってこなかった。


「ということで、森を見に行くから司祭様、付いてきてくれないか?」

「いいよ。僕も気になっていたし」


 狩人のおじさんとミルロ司祭の会話が聞こえてきた。

 ミルロ司祭の得意な魔法は森の中で効果が発揮される類いだそうだ。だから狩人のおじさんは彼に同行を頼んだのだろう。

 当然冒険者であるオレも行くべきだ。そう思ってオレは二人に駆け寄る。


「ワタシも行きます」

「危険だ。状況を考えると子供は連れて行けない」

「だめだよ。アレラさんは大人しく待っていて欲しい」

「…これでも冒険者ですよワタシ」

「え?」


 揃って反対されたのでオレは二人へ見えるように冒険者のタグを取り出した。


「確かに…だがどう見てもなあ…」

「それに、もし怪我をしているなら治療師を連れて行った方がいいですよね?」

「まあ…そうだが…」


 狩人のおじさんはもう一押しといったところである。


「じゃあアレラさんは僕から離れないように」

「司祭様、あんたって人は…」


 オレの冒険者宣言にあっさり手のひら返しをするミルロ司祭に狩人のおじさんは呆れていた。


 とはいえオレがいれば怪我への対処は万全だし、魔物が出ても問題はない。

 何故かというと魔除けの魔法具の出番である。今までオレの部屋で置物となっていたこの魔法具があれば森の中でも安全をある程度は確保出来るはずなのだ。

 それにいざという時は『場の支配』を発動すればいいのである。


 チート魔王もとい勇者の卵がいれば大丈夫だとオレは脳天気にも考えていた。

おはようございます。

おかしい進まない…ネタだしに時間が掛かって申し訳ありません。

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