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61.司祭候補のうっかり

「い、いえ!ワタシはシスターです!」


 オレは慌てて否定した。

 ミルロ司祭からオレのことを司祭と呼ばれてしまったのだが、何処をどうやって司祭と判断されてしまったのだろうか。


「そうかい?付けている太陽紋章は明らかに司祭の階位を示していたよ?」

「えっ」


 オレは今も太陽紋章は服の下に入れているし、何時見たというのだろうか。

 いや待て。オレの旅装を脱がしたのは彼だ。オレが太陽紋章を付けているのは知っていても不思議ではない。


「何処を見てそれを…?」

「いやほら、太陽紋章に鎖が二本掛かっているから司祭だよね?」


 彼はオレの質問に対し、彼自身の首からさげた太陽紋章を指した。

 確かに彼の太陽紋章には二本の鎖が後ろを渡るように付けられていた。オレも自分の太陽紋章を取り出してみるが、鎖の数は同じである。


 そういえば司教様から鎖を付ける際に『司祭と同等の扱いを受けられる』と言われたのだが…司祭そのものじゃないか!教えてくれないとか司教様のいけず!


「…アレラさんが自分でシスターを名乗るということは、シスターの教育は受けているということだよね?」

「はい、そうですけど…」

「普通真っ先に階位の見分け方は習うはずだけど…」

「あっ」


 彼はオレの様子がおかしいことに気付いて質問を投げかけてきた。

 そしてその質問にオレは孤児院時代のこと思い出した。

 シスターとしての詰め込み勉強を開始する前、オレに対してヘレン院長が『教会内では常識だから誰も聞いてこない』などと脅してきたではないか。


 何ということだ。

 オレのぽんこつなおつむは孤児院時代の猛勉強を覚え切れていなかったのだ。

 いやそうじゃない。

 そもそも空太はテストが終われば授業内容を忘れるくらいの学力だった。アレラに至っては勉強が出来ないと自負するくらいなのだ。


 そう、教わった直後は覚えていたというのに速攻で忘れてしまったのだ。

 どうやらオレはシスター教育の基本的なところから勉強し直さないとならないようであった。


「はあ…ヘレン院長…司教様…ぽんこつなおつむでごめんなさい…」


 オレは自分のおつむのぽんこつ具合に頭を抱えた。


「アレラさん…話せることだけで良いから、教えてもらえないかな?」

「あっ…はい」


 こうなったらオレは観念してミルロ司祭に全てを話そうと思った。

 いや待て。司教様の一計も秘密事項になるだろうし、ムリホ王女から聞いたことは王家の機密情報が混ざっている。何処まで説明したものか…。


「えーと、取りあえず…ワタシの村は滅亡して、気付いたら知らない場所にいて、領都に行って司祭候補になったので冒険者になって、王女様を手伝っていたら、さらわれたんです」


 かいつまんで説明したつもりはないが、オレの語彙力は仕事をしていなかった。


「あ、あと司祭候補になれたのは回復魔法が使えるからで…王女様を手伝ったのは防御魔法を使えるからです」


 オレの説明に今度はミルロ司祭が頭を抱えていた。


「取りあえず何だかよく分からないけど…。アレラさんは司祭ではなく特別な司祭候補ということでいいんだね?」

「あ、はい。そう…です」


 顔を上げたミルロ司祭の言葉に、オレは少し迷ったが同意しておいた。

 『特別』というのかは分からないが…”特殊”ではあるだろう。


「あ、あと…このことは内密にお願いします」

「…そうだね。王族とか関わっている様だし秘密にすると誓うよ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、改めて昼食にしようか」


 取りあえず彼が黙っていると誓ったので事なきを得たのだった。




…昼食後、ミルロ司祭からこの村についていくつかの説明を受けた。

 まず此処は街道から外れた山あいの村である。

 元々はここから奥地にあった修道院への中継地だったらしい。ただし随分昔にその修道院はなくなったとのことだ。


 幸いにもこの辺りは強い魔物も出ないため、彼らの先祖はそのまま村を作り住み続けたとのことだ。

 とはいえ森に囲まれた地である故、夜中は決して出歩いてはいけないとのことだった。


 さて、オレが教会から出ないことについてミルロ司祭は同意してくれた。

 そもそもオレが夜中に血塗れで教会前に倒れていたことから、人前に出られない事情があると判断してくれていた。

 事情の中身は聞かない、とのことなので非常にありがたかった。


 ということで与えられた自室に籠もったオレは早速『場の支配』の練習をすることにした。

 このまま引きこもりを続けるつもりもない以上、何時までも暴走の危険を抱えたままではいられないのだ。何としてでも制御出来るようにならなければならない。


「…うーん」


 しかし早速行き詰まったオレは首を捻っていた。

 『場の支配』の発動を試みているのだが一度も成功しないのだ。

 むしろ成功も失敗も分からないのだ。


 そこでオレは気付いた。

 この室内にはオレしかいないのだが、他者に掛ける増幅魔法を試しにイメージしてみる。

 うん、発動しているかなど全く分からない。

 つまり『場の支配』が発動しているか知りたければ練習相手という犠牲者が必要だったのだ。


 オレは頭を抱えた。

 ある程度『場の支配』に耐えられる人がいれば練習出来るというのに。

 どうせならオレが『場の支配』で練習しても心が痛まないような…ついでにお手本にもなる魔族(トルク)とか…。あっ。


 そういえばオレが『場の支配』に成功したのは、二回とも誰かが発動している効果範囲内にいた時である。

 それならば誰かが『場の支配』を使っていなければオレが暴走することはないのでは?


 そう思った途端に気を抜いたのがよくなかった。

 ノックの音が聞こえたので思わずオレは返事をしてしまったのだ。

 ミルロ司祭が部屋の扉を開いたその瞬間。


「ぐっ…」


 崩れ落ちた。


「ミルロ司祭!?」


 オレが慌てて声を掛けるも、彼は部屋に入る手前で倒れ伏している。


 まさか発動が成功していたとは!

 オレはすぐに部屋の扉を閉めた。


「部屋に入らないように!扉から離れて!」


 焦って声を掛けるも、扉の向こうからは彼の呻き声が聞こえてくる。

 どうやら扉程度の障害物では『場の支配』の魔法効果を防ぎ切れていないのだ。


 オレは慌てて『場の支配』を止めようと試みるが、呻き声は聞こえ続けている。

 流石にミルロ司祭を犠牲者もとい練習相手とするわけにもいかない。

 何とかして一旦発動を止めなければ。


 しかし此処には蹴り飛ばす人(ムリホ王女)も、ナイフを投げる奴(トルク)もいない。

 いや…別に他人でなくても自傷すれば良いのでは?

 だがこの部屋の中には金槌やナイフという自傷出来そうな道具はなかった。


 思いっきり壁に腕を打ち付けてみたが、呻き声は聞こえ続けている。

 というより少し壁が凹んだので、無意識に増幅魔法が発動したらしい。自傷を許さないとか困ったチートである。


 他にオレ自身を痛めつけられるようなものは…と考えたところで思い出した。

 そうだ、オレの唯一攻撃手段になりそうな魔法。シールドカッター!


 いや…自分に撃ち込むとか危険すぎる。

 普通の防御魔法をゆっくり動かせば良いだけだ。


「シールド!」


 直径一メートル程の防御魔法を展開しても正確に動かせられるとは思えなかったし、出来るだけ小さくしようと思ったら発動に失敗した。

 何度か試した結果発動出来た最小径は直径四十センチメートル程だった。


 部屋の扉の向こうからは相変わらずミルロ司祭の呻き声が聞こえ続けている。

 とはいえ直径四十センチメートルの円盤を腕に宛がうのは怖い。

 机の上に左腕を置き、オレはそっと防御魔法の円盤を下ろした。

 決して好んでリストカットするわけではない。オレはドMではないのだ。


 しかし、防御魔法の縁を手首に押し当ててみたものの、皮膚が押されて凹んだだけで切れなかった。

 もう少し押し込んでみたが、切れない。どうやら押し当てるだけではなくて水平に引かなければならないようだ。

 その時、ミルロ司祭が一際大きな呻き声をあげた。


「ミルロ司祭!!」


 オレは思わず扉の方を振り向いた。


 スパッ!


 うん?何だか軽快な音がした。あと身体から力が抜けていくような…。

 何気なく左腕を持ち上げてみると。


 わお、手首から先がないよ。


「あああああ!!う゛っ!?」


 手を切り落としたことを自覚した途端、寒気が走り全身が震えた。

 痛いというか熱い?でも身体は急速に冷えていく?痛い!!熱い!!寒い!!


「アレラさん!?何てことを!!」


 知らない間にミルロ司祭が側にいた。しかもどうやらオレはいつの間にか床に倒れてうずくまっているらしい。

 そしてオレは歯を食いしばって声になっていない音を口からこぼし続けていた。


 ミルロ司祭がオレを引き起こしてくれた。

 だがオレの左腕を取った彼はそこで硬直してしまった。

 その時点で少し寒気がなくなってきたオレはうっすらと目を開ける。


 左手首の切断面は淡い金色に発光していて、噴き出していた血は止まっていた。

 どうやら回復魔法の応用である自己回復が自動的に発動したようだ。


 うん、我ながら人外。

 ムリホ王女による死ぬ気のスパルタで体得した自己回復は凄い魔法であった。

 しかし左手首から先が再生する様子もなく意識が遠のきかけていた。

 このまま意識がなくなれば再び出血してしまうだろう。


「…ミルロ司祭、ワタシの…手を…」


 何とか声を絞り出したオレの言いたいことを察したのか、ミルロ司祭は机の上からオレの左手を持ってきてくれた。

 しかし彼はオレの左手を抱えたまま震えているので次の指示を出すことにする。


「傷口に…宛がって、ください…」


 オレの指示に従い彼はオレの左手首に左手を当ててくれた。うん、逆さま。

 すぐ間違いに気付いた彼は今度はしっかりと方向を合わせて宛がってくれる。

 そのままオレは自分の右手で左手と左手首をしっかりと掴んだ。


「…ヒール!」


 一際強い淡い金色の光がオレの左手首を包み込む。

 遠のきそうな意識の中、オレは骨から順に繋がるように思い浮かべるも上手くイメージが出来ない。


「アレラさん…君は一体…」


 ミルロ司祭の呟きは辛うじてオレの耳に届いていた。

 しかしこれ以上は意識が保たない。

 仕方がない。一旦全快は諦めて外出血が止まるように主要な血管だけ繋いでおこう。予後が悪くても後から回復魔法をかけ直せば良いのである。


 とはいえ、ミルロ司祭がオレの真横で話しかけてくれていたので『場の支配』の発動は無事に止まったということである。

 方法はもっと検討しないといけないが自傷すれば取りあえず発動を止められる。

 オレは安心して意識を手放したのであった。


 まあ、意識が回復したときに『命を大事にしなさい』とミルロ司祭から説教をもらったのであるが。

 そして村の女性に着替えさせてもらっていたオレは、不覚にも彼女に漏らし姫だとバレてしまったのである。


 更に、左手に回復魔法を何度も掛けたのでオレは翌日もすぐに倒れた。

 そうそう、外から聞こえる子供達の声にオレは異を唱えたい。


 オレはドM姫ではない。決してドM姫ではないのだ。

おはようございます。

ついうっかりやっちゃいました。

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