60.村の教会
何処かの街の情景が見える…。
立ち並ぶ露店から呼び込む商人達…。雑談をする女性達…。歩く冒険者達…。走る子供達…。
そしてオレ、高校の男子学生服の…。明るい空の下…。
降りだした雨…。血のような色の雨…。雨に打たれ倒れる人達…。こちらを向く驚愕の顔…。崩れ落ちる体…。
そしてオレ、女子用の旅装の…。暗い空の下…。
誰かがオレを揺さぶる…。血だらけで…。生首を抱え…。目が合った…。
「君!君!」
「うあああああ!!」
掛けられる声に気付かず、叫び声を上げながらオレは飛び起きた。
一拍置いて頬に髪の毛が当たる。
視界に入ってきたのは腰まで届く長い灰色の髪だった。オレは…アレラだった。
髪と同時に布団が目に入った。どうやら夢を見ていたらしい。
「随分とうなされていたけど、大丈夫かい?」
話しかけられた方に目を向けると、ベッド脇に司祭服を着た青年が座っていた。
おかっぱにした茶色の髪を揺らす彼は、オレンジ色の目を細めていた。
「あ、えっと…?」
彼に答えようとしながらオレは気づいた。
オレことアレラの肉付きがない細い腕が見える。
視線を下に向けると首からさげた太陽紋章がキラリと光った。そしてタンクトップの下着が目に入った。
布団の中にある脚を動かすと直接布団に当たっている感触がある。
「き…」
「き?」
オレの頬が熱くなる中、男性司祭は首を傾げた。
「きゃあああああ!!」
「うわっ。違うんだこれは!」
「イヤ!来ないで!変態!ロリコン!」
彼に弁解の隙を与えずオレは布団を胸に抱き寄せてベッドの上を後ずさる。
すると体が後ろに傾いた。あっ…。
ドサッと音を立てて落ち、ゴンッと頭を打った。
「あいたたた…」
「大丈夫かい!?」
床に落ちたオレをベッド越しに身を乗り出した男性司祭が見下ろしてきた。
「いやあああああ!犯されるううううう!!」
「だから違うんだ!!」
「…ごめんなさい」
叫ぶだけ叫んで落ち着いたオレは男性司祭に謝った。
というか、まさかオレ自身が黄色い悲鳴を上げるとは思わなかった。
仕方がない。見た目は十歳とはいえオレの心は十六歳なのだ。あれ?
うん、叫んだのはオレじゃない。空太じゃない、十二歳のアレラなのだ。
いや、それはそれで空太の精神が迷子でよろしくない。
「いいんだ。落ち着いたかい?」
水の入ったコップをオレに差し出しながら、彼は微笑んだ。
「あ、はい。ここは?」
改めてオレは周りを見回す。
今のオレは彼のシャツを借りてベッドの端に腰掛けている。
それ程広くない部屋には、このベッドと机と椅子に引き出し付きの小さなクローゼットだけが置かれていた。
「ここはハラロケ村の聖王教会、僕の部屋だよ」
「僕の…?」
「うん。この部屋しか君を寝かせられるベッドがなくてね」
「部屋…?」
「ああいや、他の部屋は掃除をしてなくて!」
うろんな目をして男性司祭の発言から一部だけを拾うオレに、彼は事情を説明してくれた。
昨夜遅くに教会の扉が叩かれる音で彼は目を覚ましたそうだ。
扉を開けると地面に倒れているオレがいたので慌てて運び込んだらしい。
そしてオレが着ていた血塗れの旅装を脱がし、唯一布団が敷いてあるこのベッドに寝かせたとのことだった。
タンクトップの下着に関しては、血で汚れているものの流石に脱がすことは出来なかったとのことである。
あと体と髪は拭いてくれたらしいが…まあ汚れていたし仕方がないよね。
「僕はミルロ。ここの司祭をしているんだ。君の名前は?」
「ワタシは…アレラです」
「うん。アレラさん、君はどうやって此処に来たか覚えているかい?」
「…どうやって?えっと…」
お互い名乗った後、当然のことながら此処に来た経緯を聞かれた。
とはいえ、魔族に運んでもらった、などと正直に言えるわけもなくオレは黙り込むしかなかった。
「…うん。今は無理に答えなくてもいいからね」
「あ、はい…」
どうやら何らかの事情があって話せないと思ったのだろう。彼はそれ以上追求してこなかった。
いや、そもそも真夜中に血塗れの少女が倒れていたとか事情ありまくりだ。
おまけに罪人に対して使う魔法封じの首輪を付けているのだ。事情を聞いてこない彼はお人好しとしか言いようがない。
「あっ…」
オレは思い出して小さな声を上げた。
首輪に付いている南京錠のかたちをした魔法具をそっと引っ張ってみると、カチリと音を立てて鍵が外れた。
続けてオレは首輪自体も外した。無意味になった首輪を付け続けるほどオレはドMではないのだ。
「それは…」
「趣味です」
「…」
しまった!ムリホ王女に言われ続けた冗談をついうっかり口にしてしまった!
質問してきたミルロ司祭は完全に硬直している。
「あは…あははははは」
とはいえ弁解するなら首輪を付けられた事情と壊れてしまった経緯を説明することになるだろう。
オレは愛想笑いをして誤魔化すしかなかったのである。
…村の女性を連れてくる、と言ってミルロ司祭は出て行ってしまった。
誰もいなくなった部屋の中でオレは状況の整理をしていた。
まず、直接ミルロ司祭にオレを手渡しとはいかなかったようだが、トルクはオレとの約束を守ってくれたようだ。
次に、オレの着ていた旅装を探そう。流石に彼シャツ状態の少女が人に会うのはマズい。部屋に閉じこもり続けるわけにもいかないだろう。
さて、ここにはオレのブーツもなければ、室内履きもない。素足で移動するしかないのか…。トイレはどうしようか。
まあ、まずは旅装を探そう。
腰のポーチには室内着とスリッパが入っていたはずだ。
ミルロ司祭の部屋を出てみると食卓が置かれた部屋に出た。
床にタライが置かれている。水が張られたその中にオレの旅装が浮いていた。
これ…ただの水だ。服に染み込んだ血など落ちるわけがない。
とはいえ今すぐ救治魔法の応用を掛けて旅装の汚れを落とすわけにもいかない。
あの魔法は美の追究で女性を狂わせる。村の奥様方にバレたら大騒ぎになる。
取りあえず、ポーチは何処に…。
タライの中に沈んでいた。
ミルロ司祭いいいいい!!
がくりとオレが膝をついた時、戸口の扉が開いた。
どうやらミルロ司祭が帰ってきたようだ。
そう思って立ち上がったオレの目に入ったのは、見知らぬおじさんだった。
「お?嬢ちゃん誰だ?」
「あ…」
おじさんに問いかけられたが咄嗟のことにオレは声を出せなかった。
そして人見知りの発動したオレはミルロ司祭の部屋に駆け戻ろうとして…。
足を滑らせて転んだ。
「おい!大丈夫か!」
駆け込んできたおじさんにオレは抱き起こされる。
見つめ合うオレとおじさん。気まずい。
どうしようかと考えていると戸口に人の気配がした。
「あんた!何やってんだい!?」
そこには憤怒の形相をしたおばさんと、苦笑するミルロ司祭がいたのであった。
…おじさんは村の狩人で、朝の日課である村の見回りと声掛けをしていたそうだ。
一方でおばさんは彼の奥さんだった。
狩人の妻ということで旅装に付いた血の染み抜きをミルロ司祭が頼んだらしい。
ついでにオレが着れそうな服を持っていないか、村の女性達に声を掛けてきたそうだ。
村の規模にもよるが、これは多分村の女性全員が押しかけてくる。
オレは着せ替え人形にされるという身の危険をひしひしと感じていた。
オレが戦いていると、戸口の扉がノックされてゆっくりと開いた。
顔を覗かせたのは小さな女の子だった。
さらにその子のお母さんと思われる女性が後ろに立っていた。
オレを見た小さな女の子の目が見開いた。そして顔に喜色を浮かべる。
一方オレはその子に、国境の町で倒れ伏した子供の姿を重ねてしまった。
その子がオレの方に駆け出してきた。
オレは慌ててミルロ司祭の部屋に飛び込み扉を閉める。
「なんでにげるの!あけて!」
小さな女の子の声にオレはドアノブを掴んで開けられないように抵抗する。
開けられないと分かるとその子は扉をドンドンと叩いてきた。
「やめとけ。どうやら人見知りするみたいだぞ」
おじさんの声が聞こえたところで、扉を叩く音が止む。
オレが息を吐いてドアノブから手を離した瞬間。
扉が薄く開いて小さな女の子がするりと滑り込んできた。
「つかまえた!」
「ひゃあ!」
その子は喜色満面で飛びついてきた。
捕まってしまったオレは情けない声を上げたのだった。
「きれいなめ!」
「あ、うん」
オレの淡い金色の瞳は平民にとっては珍しいのだ。
「えろい!」
「えっ」
彼シャツ状態は、基本的にスカートが長いこの世界ではあり得ない露出だけど。
何処でそんな言葉覚えたのかな。
さらに、その子が引っ張るのでボタンが外れて色々と大変なことになっている。
「司祭さまー。隠し子がいるって聞いたんだけどー」
食卓のある部屋から男の子の声が聞こえてきた。
着々と村人が集まってきているようだ。
だが、男の子はマズい。この格好はマズい。
「こっち!えろいきれいなめ!」
「なんだそりゃ」
小さな女の子の言葉に答える声と、男の子らしい足音が近づいてくる。
オレが小さな女の子を引き剥がすのに戸惑っている間に、薄く開いていた扉が男の子により完全に開け放たれてしまった。
「き…」
「き?」
「きゃあああああ!!」
はい、アレラによる本日二度目の悲鳴です。
オレじゃない、空太という少年の精神じゃない。あくまでアレラという少女の精神によるものだからね!
…どうやら教会の外には村人全員が集まったらしい。
しかし布団に立てこもったオレに配慮したのか、部屋に入ってきたのは小さな女の子のお母さんだけだった。
その直後に食卓の部屋の方からざわめきが聞こえてきた。
一旦退出した彼女が持ってきたのは魔物避けの魔法具だった。どうやら旅装のポケットから出てきたらしい。
そういえばトルクから預かったままだった。
しかし彼が持ち帰らなかったということはこのままオレが預かっておいて問題ないということである。とはいえ無くさないようにしないと。
旅装もそれなりにしっかりしたものだし魔法具を持っているしで、オレは何処かの貴族令嬢であり止ん事無き事情により逃げてきた、と村人達には思われてしまったようである。
尚、子爵であるセラエ司教様の養女にされているオレは貴族令嬢で間違いはないのだが、未だに実感は湧かないし取りあえず黙秘しておこうと思ったのである。
さて、着れる服も無事見つかったのでオレという村娘は完成した。
着替えも済ませたということで村長の家に呼ばれたのだが、オレは教会から外に出ることを拒否した。
何しろ今のオレは『場の支配』という爆弾が何時爆発するか分からない生物兵器なのである。
魔法の効果は障害物を挟むと激減する。室内にいれば完全ではなくとも『場の支配』による被害は少なくなるのだ。
だから着替えが済んでもオレはミルロ司祭の部屋に立てこもったままだった。
そして教会から外に出ないということで、オレが泊まるために隣の部屋で大掃除が行われたのだった。
干した布団を後で取り込めば終わりという状態になったため、村人は全員帰っていってしまった。
「さて、少し遅くなったけど昼食にしようか」
「あ、はい」
そう言ってミルロ司祭が食卓にパンを並べてくれた。
「それから、少しくらいは事情を話してくれると嬉しいかな…アレラ司祭」
「ひゃい!?」
そして彼は爆弾を投下したのであった。
こんばんは。
新天地です。新しい登場人物です。
そして下着姿です。アレラさんです。