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6.おむつと回復魔法

 アレラになってしまったオレの異世界生活は今日で半月を迎えた。


 今朝からオレは上機嫌だった。

 そう、遂に、遂におむつを卒業したのだ!

 もうこれでオルカを筆頭とした町の少年達に漏らし姫なんて呼ばせない!

 一方、オレとは対照的にヘレアが悲嘆に暮れている。


「私の生きがいが…アレラちゃんのおむつ替えが…」


 うん、随分はた迷惑な生きがいだね。お兄さんとしては他の生きがいを見つけて欲しいな。あっ、今は妹分だったなオレは。


「アレラちゃん、おむつ穿いて!一生面倒見るから!」


 俯いていたヘレアが顔を上げたかと思うと突然オレに掴み掛かってきた。

 青色の目が狂気をはらみ明らかに錯乱している。


「どぅどぅ!ヘレア、落ち着いて!」

「メレイ、止めないで!」


 メレイさんが彼女をオレから引きはがす。

 私の半年の楽園が~、などとのたまうヘレアを、メレイさんが引きずって去って行った。

 ヘレアの成仏を願いつつ、オレはここ十日ほどの苦労を思い返す。


 お漏らし対策にまず思いついたのが、あのうごめく感触を念じる順番だ。

 尿意を感じたら最初に股間から念じ始める。

 たったそれだけだったが、少しはお漏らしの回数が減った。


 そして次は、うごめく感触の正体について考えることだ。

 疲れている時はどんなに念じても感触が得られない。

 正体が分かれば疲れていても何とかなるのでは。

 これはメレイさんが知っていた。

 あの感触の正体は、魔法の発動時の感触だったのだ。


 そして彼女は驚いていた。

 オレがやっていることは身体を強化する、増幅魔法そのものだと。

 衰弱しきったオレの身体は、普段から増幅魔法を維持しなければまともに動かなかったのだ。

 そして人並みすら動けないにも関わらず、魔法の使い方がなっていなくて魔力があっという間に尽きてしまう。

 その後は魔力が自然回復するまで全く動けない。

 これが疲れについての実態だったのだ。


 彼女は魔法を使いこなすには練習あるのみと言った。

 彼女が知っている練習方法はとにかく発動することだけだった。

 そこでオレは、増幅魔法がないと動けないことを逆手に取った練習方法を思いついた。


 衰弱した身体にはリハビリが必要だが、増幅魔法を常に最大出力で掛けているとリハビリにならない。

 まずは動ける程度に増幅魔法の発動や出力を制御しながら、スクワットを中心に覚えている限りの筋力トレーニングをした。

 さらには庭を散歩をした。

 これはリハビリを兼ねつつも増幅魔法の良い特訓となった。


 庭で何度も行き倒れた。

 回収に来るメレイさんを少年達が手伝った。

 何度かお漏らしもばれた。

 漏らし姫の称号は周知されていった。


 屈辱にまみれながらもオレは特訓を続けた。

 そして遂に、増幅魔法の局所的な発動と自動制御に成功した!

 全てはお漏らしをなくすための努力というのが、情けない話であるが。

 お漏らしがなくなって数日。

 遂に昨夜、ヘレン院長からおむつを卒業するお許しが出たのであった。




…苦労は報われたのだ。


「残念だねえ。替えのパンツが足りないんじゃよ」


 朝食の為に食堂に着いた途端、いきなりヘレン院長がとんでもないことを言い出した。


「ほんとに!?」


 ヘレアの顔が輝いた!


「冗談じゃよ。ちゃんと準備しとるわい」


 ヘレン院長、ヘレアが床に突っ伏しているんですが。それを見てからからと笑わないでください。

 大分孤児院の人達の性格が分かってきたが、ヘレン院長はというとお茶目な人だった。


「ヘレア、エルケを起こしてきて」


 見かねたメレイさんが声を掛けた途端、ヘレアが飛び起きてうれしそうに駆け出していった。

 どうやらヘレアの獲物はオレだけではなかったようだ。一安心である。


「よう!漏らし姫!」


 一安心ではなかった。この無情な少年をなんとかしなければ。


「もう大丈夫だから。おむつは卒業したから」


 いやオレ、自分で思うが自慢することじゃないよね?胸張って言うことじゃないよね?


「な、なんだって!?バカな…」


 いや少年、ショック受けすぎだろ。


「まあ、今度もらしたら大惨事だからなー。そんときは掃除手伝ってやるからな」


 そして立ち直った途端に不吉なことを言うんじゃありません。お兄さん怒るよ?あっ、今はお姉さんだったなオレは。


 その後はヘレアが上機嫌でエルケくんを連れてきて世話をしまくり、朝食は無事に終わった。一安心である。




…朝食の後。

 オレはヘレン院長に院長室へと来るように言われる。

 食堂で話を済ませれば良いものを、わざわざ院長室に行くのは何かあるということだろう。


 取りあえずヘレン院長と一緒にハレアさんが来るのを待った。

 毎朝ハレアさんは教会で朝の勤めを終えてから、孤児院へと手伝いに来ている。

 そしてハレアさんが来てメレイさんと仕事の話をし始めた。

 オレは二人を横目で見つつヘレン院長に連れられて院長室へと向かった。


 椅子を勧められて座った後、遅れてメレイさんが入ってきた。

 そして彼女は椅子に座るなり話し始めた。


「アレラに回復魔法を教えることにしたわ」


 オレは困惑した。

 増幅魔法を使えることが分かった後、彼女に回復魔法を教えて欲しいと頼んだことがあった。

 しかしその時、彼女にははっきりと断られていた。覚える必要はない、と。


「え?でも覚える必要はないって…」


 オレの言葉に彼女は苦笑した。


「私は反対したんだけど、ヘレン院長が折角ある能力を伸ばさないのは良くないことだって言うから…」

「…そうなのですか?」


 歯切れの悪い彼女の答えにオレがヘレン院長を見ると、ヘレン院長は頷いて肯定した。


「私に上手く教えれるか分からないけどね」


 そう言ってメレイさんは困ったように微笑んだ。


「でも、回復魔法ってどう覚えるんですか?」


 オレの問いに彼女は縫い針を取り出してきた。まさか…刺すのか?


「指先を出して」


 刺す気だ!

 オレは咄嗟に利き手の右手を庇うかのように左手で包み自分の胸元に寄せて椅子の上で下がれる限り逃げる。


「…そんなに逃げなくても」


 苦笑したメレイさんは「仕方ないわね」と呟きながら自身の指に戸惑いなく縫い針を刺した。

 針を抜くと血が出て玉を作り始めた。


 恐ろしいことに回復魔法を覚えるには、ドMにならないといけないようだ。

 彼女はオレの手を血が出ている指にかざすように言い、彼女自身のもう一方の掌をオレの掌の横に並べるようにかざした。


「あまねく世界を統べる聖王よ、我が祈りを聞き届け、彼の者を癒やしたまえ。

 その慈愛なる手を我が手に重ね、彼の者に祝福在らんことを…ヒール!」


 彼女が呪文を唱えるとオレは何となく魔力の流れを感じた。

 彼女の掌から光があふれ、膨れだした血の玉が成長を止める。

 それを手拭いで拭い、オレの前に指を差し出して傷口を見せてきた。

 血は完全に止まっていて傷痕もなかった。


「さあ復唱して」


 彼女は再び自身の指に戸惑いなく縫い針を刺す。

 間違いない、回復魔法の道はドMの道だ。


 何度か回復魔法の手本を彼女が見せた後、オレが回復魔法を使う番になった。


「あまねく世界を統べる聖王よ、我が祈りを聞き届け、彼の者を癒やしたまえ。

 その慈愛なる手を我が手に重ね、彼の者に祝福在らんことを…ヒール!」


 オレは両手で彼女の指を包むようにして、呪文を唱えた。

 だが何も起きない。血の玉は止まらず、そのまま流血へと変わった。

 回復魔法は、発動しなかった。


「…発動しないわね。もう一度」


 しかし回復魔法は、発動しなかった。


 メレイさんはそれから何度も何度もオレに呪文の詠唱を強いる。

 なんだか彼女がドSにも見えてきた。

 その筋の業界によるとご褒美らしいが、オレ自身はドMの道を歩みたくないのに歩かされそうな現状は全くもって嬉しくない。


 呪文を完全に覚えてしまうほど唱えさせられたが、それでもオレの回復魔法は発動しなかった。


「きっと、アレラは信心が足りないんだろうねえ」


 今まで黙っていたヘレン院長が爆弾発言をぶち込んできた。しかし目元が笑っているので間違いなく冗談だ。


「それは困ったわ」


 一方メレイさんは真面目な顔で、オレを責めるかのように見つめてきた。


 この国の国教である聖王教は、日常にまで溶け込んでいる。

 食事の時には「聖王様、我らが命を繋ぐ為、この者達を糧とすることをお許しください」と唱えているくらいだ。

 それは、自らの行いを悔いて邪と成らないことを誓う意味があるそうだ。


 記憶の中のアレラを思い返すと、決して献身的とは言えなかったが聖王様を主神として一応崇めていた。

 しかしオレはピンと来ない。

 この国の人達にとっては主神でも、オレはまだ主神と思えていないのだから。


「ご、ごめんなさい…」


 だから思わず謝ってしまった。

 オレの謝罪に二人は笑い出した。

 メレイさんも冗談だったらしい。やっぱりドM改めドSなんじゃないか?


「試しに呪文なしでやってごらん。その方がアレラは出来る気がするのじゃよ」


 改めてヘレン院長が真面目に言い、メレイさんも笑うのを止めて頷く。


「本当を言うと呪文は要らないの。けどイメージが出来なければ回復魔法は発動しないわ。だから私は聖王様に祈っているのよ」


 そう言ってオレに向かって指を差し出した。

 ちなみにこの会話中、彼女の指の刺し傷は放置されていた。

 時間が経って血が止まりそうになっていたので、彼女は再び指に縫い針を刺した。

 やっぱり回復魔法の道はドMの道なのか…いや、今は回復魔法を唱えることに集中しよう。

 オレは傷が治るようにと無傷の指の状態を強くイメージしつつ、両掌をかざした。


「…ヒール!」


 オレの念を込めた発動のキーワードと共に両掌が光り、彼女の指の血が止まった。


「あら、一発で成功したわ。アレラは回復魔法の天才ね」


 メレイさんが感心したように言う。

 褒めても何も出ないし、マグレかもしれないのでここでは図に乗らない。


「メレイや、次は腕を折って練習じゃな」


 ヘレン院長が恐ろしいことを言った。冗談だよね?


「そうね。ちょっと金槌を持ってくるから待ってて」

「やめて!」


 メレイさんの言葉にオレは思わず叫んでしまった。

 二人はオレの反応を見て笑い出した。

 いくら冗談でも、頼むから怖い冗談はやめて欲しい…。

主人公はお漏らしから脱しました。

そして魔法を覚えます。ようやくファンタジーらしくなってきました。

十二話まで毎日三話投稿、あとは不定期になる予定です。ご了承願います。


2019年10月22日、追記

改行位置を変更致しました。誤字訂正以外に本文の変更はございません。

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