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55.誘拐犯と男爵

 馬車が揺れて軽く浮いたオレは身体を荷台に打ち付けた。

 もう何度目か分からない痛みに、オレは顔をしかめる。

 それだけではない。袋にすっぽりと入れられたオレは息苦しくて敵わない。


「この袋、何とかなりませんか?」


 だからオレは思わず男達に問いかけた。

 もっとも、この誘拐犯達はオレを覆う袋を外そうとしないだろうが。


「嬢ちゃんに見せたくないもんがあるからさあ」

「それに、俺達の顔を見られるわけにはいかねえ」


 やはり彼らは袋を外す気がないようだ。

 見てはダメと言うことだが、どうしても顔だけは出させて欲しい。


「…目隠しをしてもいいので」

「そう言われてもな…嬢ちゃんの格好は目の保養、いや目に毒でな」

「縛られて目隠しされた女の子とかそそるよなあ」

「ひっ」


 オレは目隠しを提案したが、男二人に拒否されてしまった。

 だが拒否の理由がオレに欲情するからというのはどう受け取るべきか。

 思わず短く悲鳴を上げてしまったが、彼らの口調からオレを襲わないようにとは自制する様子を感じ取れた。


「…本当に、そんな性癖はないのですよ…ね?」

「目覚めさせないでくれよ?」

「あ、はい…ごめんなさい」


 それなのに、ついうっかりオレは確認してしまった。

 しかし返ってきた答えはオレに対するお願いだったのでやはり彼らは自制しているようだった。

 男達がそんな性癖に目覚めて欲しくないオレはすぐに謝ったのだった。


 そう、オレ自身の貞操と彼らの心の安寧を考えるとオレの息苦しいというわがままなど些細なことだった。




…オレが目を覚ましてから少し走って馬車は一度止まり、男達は何かを捨てた。

 馬車の上で引きずられる音は布袋のようであり、落ちる音からもそれなりに重いモノのように感じた。


「ここからちいっとばかし揺れるが我慢してくれよ」


 未だ全身丸ごと袋に入ったままのオレに、男達がそう声を掛ける。

 再び動き出した馬車の揺れは彼らの言う通り先程よりも大きかった。


「あいつを捨てて足が付かないか?」

「なあに、誰も付けてきちゃ居ないだろうしなあ。それにここから先は出来るだけ馬車を軽くしなきゃいけないしなあ」

「確かにそうだな。魔物から逃げるには軽い方がいいからな」


 彼らの会話から察するに、捨てたのはこの馬車を追う手掛かりとなるようなモノらしい。

 そして彼らにとっては追っ手、つまりオレにとっての救助は追いかけてきていないようだった。

 あと魔物とか不穏な言葉が聞こえたのだが、街道から逸れる気なのだろうか。


 その考えは正解だった。

 馬車の揺れが急に酷くなる。

 明らかに整地されていないところを走り始めたのだ。

 身体と頭を荷台へ不規則に打ち付けられ、オレはすぐに限界を迎えてしまった。


「あの…すみません…やっぱり袋を…」


 オレは言葉を絞り出して懇願した。

 一言を発する度にオレの喉が限界を知らせてくる。

 そして理由となる続きの言葉も出せずオレは一旦それを抑えこんだ。


「そうは言ってもな。もう少し我慢してくれよ」

「う゛…は…ぎ…ぞ」

「やべ!嬢ちゃんちょっと待て!」

「止めろお!馬車を止めろお!」


 オレがそれを抑えこみながら何とか訴えると、流石に気づいたのか男達は慌てて制止してきた。

 すぐにオレの入った袋が引きずられた。

 馬車が止まると同時に袋の口が開いてオレの視界が開けた。

 地面が見える。馬車から身を乗り出していると分かった。

 そしてオレの頭が袋から出されたと同時にオレの髪も袋から地面に向かってこぼれ落ちていく。だがもう間に合わない。


「う゛えええええ…ごぼ!?」


 頭の奥はどこか冷静で、どうやって髪を洗おうかなどと考えていた。

 だが意外にも吐瀉物は地面に落ちず、代わりに鼻へ何かが入ってくる感触を覚える。頬も何かで濡れた感触を覚えてオレは理解した。

 口を覆っていた布は外されていなかったのだ。


「あ!嬢ちゃん(わり)い」

「待て、外す前に髪をまとめてあげた方がいいぜえ?」

「おお、そうか。ちょっと待ってな」


 オレの髪が掬われて何かの紐で一括りにされたと分かる。

 口を覆っていた布を外してもらったのでオレは心置きなく残りを吐き出した。


「ごほっごほっ…うう゛えええええ」


 馬車から漏れる光に照らされたそれはキラキラと輝き、オレの口から伝う一筋の糸が地面へと産み落とされたそれと名残惜しそうに別れを告げた。


 表現を変えようとも吐瀉物(ゲロ)であることに変わりないが、気分の問題だ。


「危なかったぜえ…ゲロまみれで引き渡したら俺達が殺されちまうぜえ」

「ほら、拭いてやるよ。あと鼻もかみな」

「う゛う…あ、ありがとうございます」


 二人の男達に介抱されたオレは彼らに振り向いて素直にお礼を言った。


「ん?」


 だが、オレが見つめると彼らは硬直してしまった。

 どうしたというのだろうか。


「あ、いや…なんだ、その」

「あ!ごめんなさい、見ちゃいけなかったですね」


 言葉を濁して困惑する男の表情を見て、オレは慌てて彼らから目を逸らす。

 そうだった。顔を見られたくはない、とこの男達は言っていたではないか。


「いや、そうだけどよ。そういう事じゃなくてな」

「…さらってこいって言うわけだぜえ」

「あの、どうしたんです?」


 男達の納得したような声を聞き、彼らから顔を背けたままオレは質問した。


「いや、な?目の色が…。金色とは聞いてたが、な?」

「貴族好みの色だよなあ」

「あー…」


 そして彼らの言葉で理解した。だからオレは思わず声を漏らした。


 オレの瞳は淡い金色である。高貴な瞳の色とも言われるほどの色なのだ。

 この瞳の色が欲しい貴族など、ごまんといるのだ。


「罪人の首枷付けてるから家族とかが何かやっちまったのかと思ったらよ」

「本人が魔法使って逃げないようにするためだったんだなあ」

「…そういうわけでも…そういうわけかも?」


 確かにオレは罪など犯してはいないし、この首輪だってオレの魔法を封じるためだけの品である。

 しかしオレを逃げないように拘束しているのはむしろムリホ王女が押し売りした品の借金というか何というか、である。

 それと王族からの庇護という意味もあったか?


 ともかく、男達に敢えて真実を教える必要はないだろう。

 だからオレはこれ以上のことは言わないようにしよう、と思ったのだった。




…オレは荷台の端に荷物で支えられるように座らされた。

 もちろん首から上だけを袋から出した状態である。

 何かの布で髪を一括りにされているので、うなじに当たる風が心地よい。

 酔い止めの意味もあって目隠しはされていない。

 オレは今、男達をなるべく見ないように馬車の外を見続けていた。


 再び走り出した馬車はかなり揺れているが、寝転がっていた先程とは違い吐き気を感じることはなくなった。

 時折魔物が馬車に近づいてくるのだが、何故かすぐに離れていってしまった。

 そのため男達が心配するような魔物との交戦は一つも起きていなかった。


 顔は見られたくないと言いつつ、男達は身の上話をしてくれた。

 彼らは村で暮らしていくのに飽きて都会に飛び出したものの、十分なお金を稼げず生活が出来なくなり盗賊団に入ったらしい。


「…盗賊、いたのですね」

「え?」


 思わず零したオレの言葉に対し、男が聞き返した。

 オレはこの世界で盗賊にはまだ一度も出会ったことがなかった。

 まあ元の世界でも出会ったことはないのだが、ここはファンタジーな世界だ。

 盗賊くらい何処にでもいるだろうと期待していたのに、今まで一度も出会ったことがなかったのだった。


「あ、いえ。道中襲われたりしなかったので」

「魔物がいる街道で護衛が付いている相手を誰が襲うと思ってんだ」

「俺達は町を渡り歩いてるからなあ。日中の俺達は冒険者を名乗っているぜえ」


 慌てて言い繕うオレに対して男達が理由を説明してくれた。

 盗賊団は、普通の盗人集団でした。


「俺達はもうこんな生活なんてしたくないんだ」

「一旗揚げるつもりだぜえ」


 それでさらう相手が王族の同行者なのだから、彼らは馬鹿なのかもしれない。

 きっと人としての生活が終わって汚い花火が揚がるでしょうね…。




…男達は首枷を付けた女の子、つまりオレをさらうようにと指示されていた。


「そういえばワタシをどうやってさらったんですか?」


 オレはふと思った疑問を垂れ流してみた。


「料理人見習いをちょっとだまして薬を混ぜさせたのさあ」

「料理人見習い?」

「ああ。自分の扱いに不満だったらしいぜ?」


 男達の甘言により料理人見習いが晩餐に薬を一服盛ったということか。


「まあもう不満は言えないだろうなあ」

「どうしてですか?」

「顔を見られているからな。口封じしたまでさ」


 じゃあ先程捨てたモノって…。

 思わず男達の方を振り向いたオレの顔色は青ざめていたことだろう。


「あ…ごめんなさい」


 そう言ってオレは慌てて顔を逸らす。

 顔を覚えたらオレも口封じされてしまう!


「だあああ!嬢ちゃん、やっぱ袋被っててくれ!」

「ええ!?ワタシ大人しくしてるじゃないですか!」


 だが突然叫ぶ男の言葉が理解出来なくてオレは思わず反論してしまった。

 今もオレの身体を包んでいるこの袋を再び頭まですっぽりと被せられたら、また口からキラキラとした何かを出してしまいかねない。


「確かに俺達を見ようとしないのとか、協力的なのは嬉しいけどよ!」

「そそるんだよお!そのいじらしさがあ!」

「ひゃい!?」


 男達のアブナイ発言にオレは思わず身を竦めてしまった。

 それから男達の性癖を目覚めさせないよう、オレは仕方なく頭まで袋を被ることに了承した。


「…なんかこう、袋に髪を入れるところとか、そそるなあ…」

「あの、勘弁してください」

「嬢ちゃん、しゃべるのも禁止な?」

「えええええ…」


 男の一人はもう幼い少女へ欲情する性癖に目覚めているのかもしれない。

 だからか、喋ることさえも禁止されてしまった。


「後で娼館に行かないかあ?」

「ああ。俺も自分が正気を保てているか確認したい」


 オレという女の子の前で堂々といかがわしい場所の名前を出さないで欲しい。

 だがその言い分だと、まさか二人とも性癖に目覚めてしまったのか?


「…目覚めてないですよね?」

「…目覚めてたら嬢ちゃんの所為だからな」

「ひっ」


 ついうっかりオレは疑問を垂れ流してしまった。

 男は不穏な言葉を述べた後、オレに命じてきた。


「しゃべるのは禁止だ!」

「ひゃい!」




「到着したぞ。持ち上げるからな」

 馬車が停止した後、男の一人がそう言ってオレの入った袋を持ち上げた。

 思わず返事をしそうになったオレだったが、喋るのを禁止されていたことを思い出して何とか黙った。


「出してあげなさい」

「へい」


 馬車の中より明るい場所に連れ出されたかと思うと、新たな男の声が聞こえた。

 オレを連れてきた男の一人が、オレを立たせて袋を脱ぎ去った。

 そしてオレは一脚だけある丸椅子に座らされ、男達はそのまま両脇に立った。

 森の中の広場といった風情の此処には馬車で来たオレ達と新たな男だけがいた。


 かがり火が焚かれた中、オレはさらってきた男達の服装を改めて確認した。

 男達は思った以上に身綺麗だった。というより町長の館にいた執事達の格好だ。

 どうりでオレをすんなり館から運び出せたわけである。


「男爵様、これで俺達を取り立ててくださるのですよね!」


 茶色の髪の、男爵と呼ばれたその男は少し高価そうな旅装を身にまとっていた。


「ええもちろんですとも。跪きなさい」


 そして男達に返事をした男爵は彼らを手招きする。

 彼らはそれに従い、オレの両脇から数歩進んだところで跪いた。


 男達の前に立った男爵は剣を抜くと、跪いた二人の首を刎ねた。

 そしてその勢いのまま剣を投げた。

 投げた先を振り向けば、剣に貫かれて驚愕した顔のまま絶命した御者がオレの目に映った。

 この場にいるのはオレと男爵の二人だけとなった。


「味方じゃなかったんですか!?」


 その所業にオレは男爵の方を向いて声を張り上げた。


「いいえ。盗賊の下っ端に味方などおりません」

「…どういうことですか?」

「貴族と名乗って前金を渡しただけであっさり言うことを聞いてくれましたよ」


 彼にとって男達は使い捨ての駒だったと言うことか。

 そしてオレに向き直ると彼は恭しくお辞儀をして名乗った。


「クラルク共和国=ゼラロデ県=ヘリログ市=一代男爵・トルク、と申します」


 オレの全く知らない国名の出自を名乗る彼の目は、妖しく光っていた。


「我が国にお越しいただきたくお迎えにあがりました。アレラ様」

こんばんは。

誘拐犯の狙いは主人公自身でした。

危険な男爵の登場です。

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