54.接待と誘拐
先日のコリス司祭によるオレの魔法への推理は、オレにとっては半分納得出来るものだった。
そう、半分は未だに疑っている。
押し切られてしまったが、オレの今までの経験から感じてきたこととまだズレがあった。
だが彼女自身も確信とまでは至っていないそうだ。
王都に戻って学者に調べてもらおう、という結論になったのである。
「まあ…魔法が使用禁止なのは変わらないんだよね…」
そう呟いてオレはそっと首元にある南京錠のような魔法具を掴む。
「ところで姫さま、髪を強く引かれると痛いのですけど」
「今良いところなのじゃ、話しかけるでない」
「そうは言われても…痛たっ」
今のオレはムリホ王女に髪を弄られていた。
もちろん普段の彼女はこちらが嫌がると無理には弄ってこない。
オレが魔王候補と疑われていた時の暴走する彼女はもういないのだ。
あれはエレヌさんの髪が魅力的だったかららしい。
つまりオレは今、自分から彼女に髪を弄らせているのである。
何故かというと、彼女のストレス解消のためである。
ムリホ王女達はケラク賢王国へ急行するために行きの旅程ではほとんどの都や町で領主や町長達と会うのを避けてきたそうだ。
しかし王家の馬車は目立つ。
使わなければよいと簡単には言えない。長距離の移動による疲労を減らすには、震動が抑えられる高級な馬車を使うのが一番だからである。
これでも控えめなデザインの馬車を選んだらしい。
さらに馬車だけの問題でもなく、王族だけあって騎馬で護衛する騎士が数人随行している。
もう一台、魔法メイド…もとい魔法師であるメイド達の馬車も随行している。
どうやっても目立つのは避けられなかった。
当然のことだが、道中で宿屋に押しかけてくる領主や町長が現れた。
行きの旅程では急ぐためという理由で彼らを退けたのだが、帰りの旅程では寄って欲しいと懇願する彼らを断り切れなかった。否、断れなかった。
何しろ遠方への任務である。
ムリホ王女も帰りの旅程では外交をしてこいと国の指示を受けているそうだ。
おかげで来る日も来る日も町に到着する度に彼女は接待を受けていたのである。
いくら王族として接待に慣れているとはいえ、彼女はそういったことが好きではない。煩わしいことは嫌いなのである。
一方でコリス司祭もムリホ王女が失言しないようにと、サポートに神経を尖らせている。
他方でオレは首輪のこともあり、メイド達と共に客室で待機していることが多かった。
元村娘なオレとしては貴族の接待に出なくてよいのは一安心だった。
だから仕方がない。ただ飯食いのオレが一肌脱ぐしかない。
ムリホ王女のストレス解消のため、オレの髪は犠牲となったのだ。
「…つまらん」
ムリホ王女がオレの髪にクシを突き立てながら不満を述べる。
「どうしたんです?」
彼女に髪を掴まれているために振り返ることは出来ない。
オレは彼女を視界に収めず問いかけた。
「短すぎるぞ、アレラよ」
「これでも、伸びたほうですよ?」
孤児院時代はヘレン院長の方針によりオレは髪を伸ばすことが出来なかった。
だから孤児院を出た後はずっと伸ばしてきたのである。
それでもオレの後ろ髪は肩に腕を回して毛先に触れられる程度の長さだった。
一方でムリホ王女の髪の長さは腰の下辺りまである。
彼女が他人の髪を弄るのは、彼女自身の髪を結いたいがための練習である。
なのでオレの髪は短いと言いたいのだろう。
「アレラよ、今すぐ伸ばすのじゃ」
「無理です!」
王女様は無理な要求がお好きなようです。
「それでしたら、わたくしが伸ばしましょうか?」
「コリス様?」
コリス司祭がムリホ王女を諫めるかと思いきや、謎の提案をしてきた。
「回復魔法の応用で髪の再生を促す魔法がありまして…」
「!?」
「頼むぞ、コリス!」
コリス司祭の回答にオレは顔を強張らせる。
ムリホ王女はと言うと、その声から喜色満面なのだろう。
髪を掴まれているので振り返れないが。
「心得ました」
「ひいいいいい」
ムリホ王女の斬新なクシ捌きでオレの髪は今も酷いことになっている。
髪を伸ばされたらもっと酷いことになってしまう。
だがこの馬車の中で一番立場が弱いオレに逆らうという選択肢はなかった。
オレの髪は、腰の下まで伸ばされてしまった。
…ムリホ王女の手に掛かれば馬車から降りる作法など全く関係がない。
相変わらず馬車から降りる順番が護衛騎士の次となるオレは、銀色のきらびやかな鎧をまとう彼に手を引かれて降りた。
「これはこれはムリホ王女、ようこ…そ?」
オレが出てきたところで声を掛けてきた町長が固まってしまった。
この町では行きの旅程も町長にすがり付かれて接待を断り切れなかったそうだ。
当然帰りは立ち寄らないように計画していたそうだ。
しかし今日は街道上で魔物に襲われたために進みが遅くなり、この町に泊まらざるを得なくなったのである。
「…シスター?罪人??」
「趣味じゃ」
オレを見れば誰しも首輪に目が行くだろう。
町長がオレを見て首を傾げたところで、ムリホ王女が馬車の扉から身体を乗り出して宣言していた。
はい、趣味ですね。王女様の趣味ですね。
表向き、オレはコリス司祭の従者となっていた。
見る人がオレを見れば首に掛けた太陽紋章から司祭候補と分かってしまう。
しかしシスター服を着ている限り、オレは何処に行ってもコリス司祭の従者として受け入れられていたのだ。
とはいえオレは時々、ムリホ王女のおもちゃとなっていた。
そしてムリホ王女のおもちゃになった場合、オレは接待の場に連れ出されるのである。
尚、常におもちゃであるとか言ってはいけない。言ってはいけないのだ。
「それで是非我が町の特産品であるこちらの」
「まだ旅程は長いのじゃ。荷物になるので断る」
町長の言葉を遮って断るムリホ王女は不機嫌な様子を隠そうとしない。
「そう仰らずに。では司祭様に是非この杖を」
「回復魔法で両手を使う必要がありますので、必要ありませんわ」
コリス司祭も笑顔を貼り付けて断る。
「では、シスター様…えーと」
「…」
「…」
行きに同行していなかったオレについては何も考えていなかったのだろう。
町長はオレに対する賄賂が思いつかなかったようだ。
オレと無言で見つめ合った町長は、オレの首元まで視線を落とした。
「そちらの首枷…いえ。チョーカーは、本物ですか?」
「…えっと」
町長はオレの首輪が気になって仕方がないらしい。
彼はこの首輪が罪人の魔法封じに使う首枷であると知っていたからだろう。
しかしオレは答えることが出来なかった。
ムリホ王女のおもちゃであると自分から公言したくはないのだ。
「だから趣味じゃ。其奴のな」
「姫さま!?」
彼女が馬車を降りる時の発言はそんな意味だったのか。
よりにもよってオレの趣味だと言い出した。ドM姫の称号復活は勘弁願いたい。
「ほう…せっかく綺麗な瞳をされているのに、そのように残念な…」
「…」
残念な趣味はありませんので!
しかし王女様の犬は黙して語らず。
結局オレは接待中一切しゃべらないことに決めたのだった。
…深夜、奇妙な感触がしてオレは目を覚ました。
決してトイレに行きたいわけではない。
何かが頬に当たっていたのだ。
「布?」
一言呟いたオレは状況を確認しようとするも、辺りは真っ暗である。
首輪により魔法を封じられているオレは、当然増幅魔法もほとんど使えない。
だから今のオレは夜目があまり効かないのである。
それにしても真っ暗だ。
腕で周りを探ろうとして、オレは気づいた。
後ろ手に縛られている。ついでに足も縛られている。
さらに猿ぐつわではないがマスクのようなものが付けられている。
そしてどうやら、袋に突っ込まれているようだった。
「お、眠り姫が起きたみたいだぞ」
袋越しに明かりが差して、聞き覚えのない男の声がする。
「思ったよりも早く起きたじゃねえか。薬の量が足りなかったのか?」
「あんまり食わなかったからじゃねえか?」
「ああ、あり得るな」
どうやら食事に一服盛られたようだ。
「えーと、これは一体?」
そしてオレは考えるよりも早く疑問を垂れ流していた。
「答えれないなあ」
「まあ、安心しな。俺達に子供をいたぶる趣味は無いからな」
「そうだな、行き先ではどうなるか分からんがなあ」
男達の会話によると、オレは捕まっているらしい。
しかもこの男達に何かをされるわけではないが、行き先では何かをされるということは…。
まさか人買いに売られるということ?
「どこに行くのですか?あと姫さまは?」
行き先というのも気になるし、食事に薬を混ぜた可能性が高いことからオレだけに一服盛ったわけではないだろう。
つまりムリホ王女やコリス司祭も一服盛られているに違いない。
「さあてな。俺達は運ぶように言われただけだしなあ」
「安心しな、ここに居るのは嬢ちゃんだけだぜ」
「というか王女様みたいな危険物を俺達が運べるわけないだろ」
「…同意します」
男達の会話にオレは思わず同意した。
いやだってムリホ王女とか危険物そのものだろう。
取りあえず今ここで暴れるのは得策ではない。
オレは冒険者として培った冷静な思考を心がけて状況を分析してみる。
もっとも、オレのぽんこつなおつむは当てにならないだろうから格好を付けてみただけである。
オレには町長の館で客室のベッドに入るところまで記憶がある。
即効性の睡眠薬ではなく眠りを深くする薬だったということか?
そして彼らは食事に一服盛っているのを知っている。
さらにオレがムリホ王女の同行者と知って犯行に及んでいる。
もしかすると町長が手引きしていた可能性がある。
次に、この揺れ方は馬車の中だろう。
会話に参加している男の数は二人。
気配を察するとかいう能力をオレは持っていないので、この二人以外に誰かいるのかは分からない。とはいえ何となく他には居ない気がする。
問題は、首輪を自力で外せないのでオレは魔法が使えない。
だからたとえ縛られていなくても病弱少女並みの運動能力だ。
逃げても簡単に捕まるだろう。
そして服装は…寝間着に素足。
取りあえず、逃げ出せたとしても素足で地面を走るとか痛そうである。
さらに寝間着は薄手のネグリジェである。
「ひゃっ」
思わず羞恥心から声が漏れた。
流石に空太という少年の精神により女の子めいた悲鳴を上げるのは防いだが、それでも可愛らしい声を出してしまった。
「おうおう、可愛らしい声あげちゃってよお」
「ようやっと状況を理解したのか、嬢ちゃん」
男達の言う通り、状況は最悪だ。
寝ている間に縛られて何処に行くかも分からない馬車に乗せられている。
ムリホ王女やコリス司祭の安否も分からない。
「ワタシ、美味しくないですよ?」
流石オレ食いしん坊。交渉を試みる第一声がこれですか。
「嬢ちゃんが美味しいかどうか決めるのは俺達じゃないぜ」
「そうだな、全てはだんしゃ…おっと」
「おい、雇い主のことは黙ってろよ」
この男、男爵と言いかけたな?
つまりいきなり人買いに売られて味見をされるとかいうことは無さそうだ。
先程言われたことだが今すぐ貞操の危機はないのである。
もっとも男爵が何をしてくるかは分からないのだが。
というより、王族の同行者を誘拐してどうするんだ?
ムリホ王女が怒り狂うとか考えないのだろうか。
オレを人質にして彼女に無理な要求をしよう、などと出来るわけがない。
むしろオレごと吹き飛ばされる。間違いない。
だが、今はオレが人質として使えないことを言うわけにはいかない。
そんなことを言えば即、人買いに売られるだろう。
そうなれば行き先は少女大好きな…。
「悪魔の王女様じゃなくて、白馬の王子様でも来ないかな…」
思わずオレは助けを求めて呟いた。
いや待て。
空太という少年の精神が迷子だ。
このままだとダンディ好きの発育不良少女に成り下がってしまう!
こんばんは。
主人公は髪の毛が伸びて美少女力がアップです。
そして王女一行で誰を誘拐するかは消去法により分かりきっています。




