53.首輪の意味
「のう、アレラ」
馬車の中、ムリホ王女がオレに問いかけた。
「はい、王女様」
オレが彼女に答えると、そっぽを向かれた。
実に分かりやすい。
「なんでしょう、姫さま」
「んむ、実はの」
オレが言い直すとムリホ王女はこちらに向き直った。
実に分かりやすい。実に。
「おぬしに支配系魔法を禁止すると言ったことじゃがな」
「はい」
「自分で解除も出来ぬアホが発動を抑制出来るとは思えなくての」
「…はい」
取りあえずオレは彼女の言葉に頷くしかない。
正論だからだ。認めたくはないがオレはアホなのだ。
で、でも支配系魔法に関してだけだから!
「そこでな」
「なんでしょう」
「ケラハ王に頼んだら快く譲ってくれた品があってな」
「どんなのでしょう」
「これじゃ」
とっても嫌な予感がする。
やたら勿体振るムリホ王女が差し出してきたのはベルトだった。
その黒色のベルトは腰回りの半分ほどの長さしかない。
今見ているベルトの裏面には銀色の線で何かの文様が描かれていた。
バックル付近で何やら大きなモノが手に触れて、オレはそのベルトを表に返す。
ベルト通しを挟んでバックルと、ベルト穴と同じサイズのピンがあった。
そしてそのピンについているのは…南京錠にそっくりだった。
違うのは鍵穴が見当たらず魔石と思われる宝石が付いていることだった。
「これは?」
「…チョーカーですね」
覗き込んでいたコリス司祭がオレに答えてくれる。
だが、オレが彼女を見るとそっと目を逸らされた。あやしい。
「罪人の魔法封じに使う首枷じゃ。安心せい、貴族の罪人向けじゃ」
「…」
一方ムリホ王女は正直者である。
コリス司祭のように隠さずにズバリと答えてくれた。
あまりにも正直すぎて反応に困ったオレは口を閉ざした。
「わらわとしては心苦しいんじゃ、凄く心苦しいんじゃが」
「…」
「付けてくれぬか?」
ムリホ王女は正直者である。
だから彼女が嗤っているのは本当に楽しんでいるからだろう。
「…姫さま」
「何じゃ」
「絶対楽しんでますよね?」
「当然じゃ」
「…ソウデスカ」
事実彼女は本当に楽しんでいた。
当然、オレは首枷の受け取りを頑なに拒否した。
「そうか、分かったぞ」
「姫さま?」
しばらく考えていたムリホ王女がぽんっと手を叩いた。
疑問に思ったオレは声を掛けてみる。
「アレラはアホだから頭の中で魔法を解除するイメージが湧かないんじゃな」
「酷いです!」
流石に自覚はしているが、こうもアホ呼ばわりされるのは敵わない。
「分かっておる。支配系魔法がどういうものか分からないんじゃろ」
この王女様はオレに首枷を付けたいだけなのでしょう。
だからオレは彼女に抵抗するしかない。話を少し逸らしてみよう。
「どちらにしても、解除の練習をしない限り使えないってことですね」
「諦めよ。考えるまでもなく練習が危険じゃ。だからこの首枷をじゃな?」
「そうなのですか?あとそれはお断りします」
無慈悲なムリホ王女にオレは食らいつく。
オレとしてはここで練習の権利を確保しなければ首枷をはめられてしまう。
「むう…説得を頼むぞ、コリス」
「はい、姫様」
ムリホ王女はオレに強要することを諦めたみたいだ。
彼女に説得を依頼されたコリス司祭がオレの方を向いた。
「アレラさん」
「はい」
「普通、術者自身の意思で解除出来ない魔法はありません」
コリス司祭がトドメを刺してきた…じゃなくてえっと。
「ないんですか?」
オレの必殺技、疑問の垂れ流しである。
「例外はあります」
コリス司祭が希望に満ちた答えを返してくれた。
「魔法陣を使用した場合です」
コリス司祭が絶望に満ちた答えを返してくれた。
そのまま彼女は魔法陣について説明してくれた。
魔法陣には予め魔法の発動内容が記述されている。
その発動内容に沿ったイメージを術者が思い描けない場合は、魔法の発動を制御出来ずにそのまま魔法が失敗してしまう。
魔法を発動出来ないだけなら問題はないのだが、術者から魔力を吸い出し続けることがあるそうだ。
その状態を『暴走した』や『呑まれた』と表現するらしい。
そして、一度魔法陣が暴走してしまうと術者自身が魔法を解除するのは困難になるとのことだった。
その場合、暴走を止めるには外部から干渉する必要がある。
一番簡単な干渉方法は、術者を魔法陣から引き離すことだった。
もっとも、魔石や聖玉で魔法陣に魔力の供給が続いている場合は別らしいが。
そして、オレが『場の支配』を暴走させた場合も、当然外部からの干渉で止める必要がある。
しかし魔法陣を介して魔法を発動させているわけではないので、オレの暴走を止めるにはオレ自身を止めることが必要になってくる。
つまりオレの意識を一時的にでも乱す必要があるのだ。
だがここで問題なのは『場の支配』が術者に近づく者の動きを制限してしまうことだ。
オレの場合だと勇者候補でもなければ直接干渉出来る者は居ない。
「そこで魔法を打ち込んで昏倒させるのが一番確実なのですが、アレラさんに届く前に魔法の威力が減衰してしまい十分な効果が得られないと考えられます」
「つまりどうすれば?」
「遠距離での直接攻撃ですね」
「痛そうです」
「はい。投石とか弓とか銃とか」
「銃で吹き飛ばすのが一番じゃが、防御魔法を張っていないおぬしを撃てば文字通り吹き飛んでしまうじゃろう」
「だから禁止するのです。もちろん練習すら出来ません。不意に発動しても困るので、発動そのものを抑制するしかないのです」
流石に練習をする度に殺され掛けるのは困る。
オレの気持ちは首枷を受け取っても良い方に少し傾いた。
「そこでチョーカーですか」
「そう、そこで首枷じゃ」
「そこで、チョーカーですか?」
「そこで、首枷じゃ」
「…」
でも首枷と呼ばれ続けるのはいただけない。
しかし正直者のムリホ王女は首枷という呼び名を変える気がないらしかった。
「姫様、アレラさんのためにチョーカーと呼んであげましょう」
「事実を曲げるのは気に食わぬが仕方ないか。首輪じゃ」
コリス司祭の進言で彼女は少しだけ妥協してくれた。ほんの少しだけ。
「アレラさん」
「はい」
「ちょっとこれを持ってみてください。この部分です」
コリス司祭が腰に差していたステッキのようなものをオレに手渡した。
そのステッキは握りの上に青色の魔石がついていて、その先にはガラス管のような棒がついている。棒には目盛が書かれていた。
彼女はそのステッキの握りに描いてある印を触れるように言ってきたのだ。
「持ちました、けど…?」
コリス司祭はオレの持ったステッキをしばらく見つめていた。
そして何か思う事があったのか一つ頷く。
「やはりそうでしたか」
「はい?」
コリス司祭の意味深な呟きにオレは首を傾げる。
「アレラさんがどれだけ魔法を使っていても魔力切れを起こしていないように感じていましたが、理由が分かりました」
「どんな理由だったんです?」
勿体振ったコリス司祭にオレは先を促した。
「あなたには魔力がありません」
そして奇妙なことを言ってきた。
「はい?でもワタシ、魔法が使えていますよ?」
「ええ、使っています。生命力で」
「…え?」
彼女の言ったことにオレのぽんこつなおつむは理解が追いつかなかった。
「アレラさん。魔法を使うと疲れませんか?倒れませんか?」
「…疲れるし倒れます…」
質問を始めたコリス司祭にオレは少し考えて答える。
「あなたの見てきた魔法使いが、魔力切れと言っていた時はどのような状態でしたか?」
「…疲れていたような?」
「運動は出来ていましたか?走ったりとか」
「…普通にしていましたね」
更に質問を重ねるコリス司祭にオレは少し考えて答える。
「そうです。普通は魔力切れの状態でも運動に問題はありません」
「でも、ワタシが見た魔法使いでも倒れる人は居ましたよ?」
確かに彼女の言う通りではあるが、オレはその例に当てはまらない人を見たことがある。
怪我を負った人に不慣れな回復魔法を掛け続けて倒れた人とか。
「魔力を消費しすぎると生命力そのものを消費します。その人は魔力切れのまま魔法を使っていたのでしょう」
「そうかもしれません。でもワタシも魔力切れと意識出来ますよ?」
「それは息切れにすぎません」
オレの反論をあっさりと潰してコリス司祭は持論を押しつけてきた。
ムリホ王女をちらりと見ると彼女はひたすら頷いていた。理解しているのか?
「えっと、つまりワタシは体力を消費して魔法を使っていると…?」
「体力は概念上の言葉であって数値化出来るものではありませんが、そういうことですね」
コリス司祭がオレの回答に肯定したところで、新たな疑問が湧いてくる。
「…数値化?」
「はい。魔力は測定出来ます。測定量は指標を設けて数値化出来ます」
「え…そうなんですか?じゃあワタシも測定すれば分かると?」
そういえば何となく習ったような気がする。
貴族では魔力量を調べて子供の優劣を付けると。
「はい。今測定しました」
「え…じゃあこれは」
「はい。魔力量の測定具です」
何とオレの手の中にあるステッキがその魔力量を調べる魔法具だったのだ。
「じゃあ、表示された数値は?」
「全く動かなかったので、ゼロです」
コリス司祭はそう言って、測定具をオレの手から取り上げる。
彼女がおそらく測定部分と思われる印に触れると、測定具についていた青色の魔石が光を放った。
そしてガラス管の中に水が流れ、少し溜まると止まった。
青色の魔石が魔力に反応して水の魔法を発動したのだ。
「この水量を目盛で測って魔力量を数値化しています」
「わらわにも貸してみい」
「ちなみに姫様はこの測定具を使えません」
「大丈夫じゃ、今は使える」
コリス司祭は説明を続けながら、ムリホ王女の手をはね除けた。
「勇者候補ともなれば、力を込められると携帯型の測定具では魔石の許容量を超えてしまいますから」
「そうなのですね」
「かなり高い魔法具じゃ。何度母上に怒られたことか」
コリス司祭とオレの会話にムリホ王女が混ざり始めた。
王女様、もしかして暇になってきたのですか?
ともかく、補助魔法ではなく魔法を発動する魔石はかなり高価な魔石である。
「…壊しまくったんですね」
「姫様が保管庫を荒らしまくった時は大変でした」
「力を入れると魔石が割れるのでな。楽しかったぞ」
「ひっ」
オレの推理をコリス司祭が肯定した。
そしてムリホ王女の感想が『楽しかった』である。オレは思わず息を漏らした。
全く以て恐ろしい逸話である。これは確かにケリカ王女の教育に悪い。
「力を入れないでください」
「もうしないのじゃ。だからそれをちょっと貸してみい」
「嫌です。姫様は壊す気です」
「ばれたか」
「当然です」
ムリホ王女とコリス司祭のこういった掛け合いは平常運転なのだろう。
それは身分の枠を超えた友情というか、姉妹のじゃれ合いに見えた。
「でもどうしてそんなものを持ち歩いているのです?」
「わたくしの魔力残量を調べるのに持ち歩いています」
「そういう使い方も出来るのですね」
オレが垂れ流した疑問に、コリス司祭はしっかりと答えてくれた。
この世界ではステータス表示とかいうゲーム要素はない。
確かに、魔力残量が数値化出来るのなら便利な魔法具であった。
「アレラさん、あなたの支配は凄く強いものでした」
「あ、はい」
少し黙っていたコリス司祭が話を続け始めた。
どうやら考えがまとまったようだ。
「おそらくあなたは生命力を全て魔力として使っているのでしょう」
「つまり?」
コリス司祭の推理が始まった。
「普通の人は魔力量の最大値までしか魔法の威力を上げられません。ですが、生命力を全て魔力として使えるとしたらどうなるでしょう?」
「…魔力量として見ると多いのですか?」
「当然です、命そのものですから普通の人の魔力よりは遙かに多いです」
コリス司祭の授業が始まった。
「つまり、命を削っていると?」
「はい」
「…じゃあ、制御出来ないと…」
オレという生徒は少し考えて回答を出す。
そして当然ともいえる疑問を垂れ流した。
元々この会話の発端はオレに首輪を付けるための説得である。
人としての尊厳を保つために何としても阻止しなくてはならない、のだが…。
「普通の人は魔力切れで魔法が止まります。ですがあなたの場合はそのまま止まらず…死にますね」
「…死ぬ…」
「はい。死にます」
何ということだ。練習以前の問題である。
『場の支配』の練習をすれば銃で撃ち殺されるか自滅するかの二択なのだ。
「つまり自惚れるでないぞ、アレラ。むしろ気を付けるべきじゃ」
ここでムリホ王女が突っ込みを入れた。
言われなくても分かっている。
オレは強いとか思っている場合ではない。
生きるためには魔法の全面的な使用禁止を考えなければならないくらいだ。
「姫様」
「何じゃコリス」
「せっかく締めの言葉を考えていたのに、突然締めないでください」
コリス司祭がムリホ王女に苦言を呈していた。
「今言えばいいじゃろ」
「いいえ。大体同じ意味でした」
「よかったの」
「よくありません」
相変わらず仲の良い二人である。
「ということで、素直に首輪を付けるがよい」
「はい…」
オレは素直に首輪を受け取った。
「首輪を付けた感想を是非聞いてみたいものじゃの」
「犬になった気分です」
どう考えても犬です。王女様の犬です。
「わんっと鳴いてみい」
「…わん」
「思ったより面白くないの」
「…」
王女様、せっかく鳴いてみたのに感想はそれですか。
「アレラさん、魔法の方はどうですか?」
「えーと…身体が重くて腕を動かすのもおっくうです」
コリス司祭の指摘を受けてオレは自分の状態をみた。
うん、増幅魔法が発動しているか分からない。
「魔法を封じているだけじゃぞ?」
「普段身体を動かすのにも増幅魔法を使っているので…」
「おぬし、本当にアホじゃったか」
「…酷いです」
しまった。ムリホ王女に言われるまでも無くオレはアホだった。
漏らし姫の称号が復活する危険を考えていなかったのだから。
こんばんは。
主人公の最強伝説はたった一話で終わりを告げました。
そして作者は、ついうっかり主人公にチョーカーを付けてしまいました。
チョーカーです。チョーカーなのです。




