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50.王女の天敵

 領主さま曰く船は馬車に比べると危険である。


「揺れる!揺れるぞ!」

「姫様おやめください!」


 護衛騎士では対処出来ない魔物に襲われる危険までもある。


「あははははは!」

「ううっ…う゛!」

「ああ!アレラさんしっかり!」


 船員は戦闘出来るとは言え、貴族の護衛を務めるのは酷な話だ。


「静かにしてろ!ひっくり返す気か!」

「あだっ!何をするのじゃ!」


 コリス司祭の静止も聞かず船を揺らして遊んでいたムリホ王女は、げんこつを落としてきた船頭を涙目で見上げた。


「まったく。王女の癖に躾がなっとらんのか。転覆したらどうする」

「…すまんかった」


 流石に彼女自身が悪いと分かっているのだろう。彼女は船頭へ素直に謝った。

 一方、オレは船酔いに対応した救治魔法を覚えた。


「うう…キュア…」

「大丈夫ですか?アレラさん」

「大丈夫です、コリス様。幸い元凶は静かになりましたし」


 オレも大分言うようになったものだ。

 どうせオレの命はムリホ王女に握られている。それが変わらないなら少しくらい反抗しても良いと思う、うん。

 自分から寿命を縮めるのはバカだと思うが、それでも一言くらい苦言を呈してもいいだろう。


「元凶は静かにすることにしたぞ」


 頬を膨らましたムリホ王女にそう言われたので、オレは自分がバカだと自覚したのだった。後が怖いです。




…この船には今、ムリホ王女とコリス司祭、銀色の鎧を着た護衛騎士とオレ。そして船頭の五人が乗っていた。

 随行する船は一切ない。人が乗れる船は元々少ないらしい。

 それにムリホ王女は護衛すら凌駕する戦闘能力の持ち主である。

 むしろ護衛が邪魔な彼女にとってこの川下りは待望の自由時間なのだ。

 どうやらこの国で川下りが出来ると知って最初から希望していたらしかった。


 今は騎士達も魔法師のメイドもケラム王子と共に陸路を移動している。

 もちろんこの船を操る船頭は領主が信頼を置いている人物である。だが口が悪いし手が出るような荒くれ者だった。

 まあおかげで王女様も静かになって万々歳であるが。


「対岸は街道がないんじゃの」

「人の手が入った形跡すらありませんね」


 ムリホ王女とコリス司祭は街道とは対岸に当たるうっそうとした森を眺めていた。

 一方、オレはというと周りの景色を気にする余裕などなかった。

 不機嫌になったムリホ王女の八つ当たりで座布団にされているのだ。今のオレは増幅魔法で彼女の重みに耐えることで必死だ。

 オレというドレス姿の少女は、ムリホ王女に言わせると座布団として座り心地が良いらしい。王女様の鬼!悪魔!魔王!


「あの森は精霊の森だ。誰も手を着けようとしない」

「ほう、行ってみたいの」


 船頭から精霊の森と聞いてムリホ王女が興味を示した。


「やめたほうがいい。特にお前等みたいな女共はな」

「何故じゃ?」

「ユニコーンが出る」

「分かった、行かぬ」


 ムリホ王女がここまで素直に言うことを聞くとは思わなかった。


「ユニコーンって?」


 なのでオレはいつも通り疑問を垂れ流した。座布団になったままで。


「霊獣ユニコーン。外見は額に角を生やした白色の馬です。普段は温厚な性格だそうですが、人族の女性を見ると見境なく襲いかかるとされています」


 コリス司祭がオレの為に説明してくれる。


 霊獣とは精霊から派生した生き物とされている。

 魔王には従わないため魔物とは分類されないのだ。もちろん動物とも違う。


 そして説明によるとユニコーンは恐ろしい霊獣だった。

 オレのイメージしていた清らかな少女を守る存在ではなかった。むしろ見境なく襲うって何だ。


「生娘を見分ける能力があるとされていての。かつてはユニコーン裁判が行われたという逸話まであるぞ」

「姫様、清らかな女性です」


 身も蓋もない言い方をするムリホ王女をコリス司祭がたしなめる。


「何ですか、そのユニコーン裁判って」

「婚前にあらぬ疑いを掛けられた令嬢にユニコーンをけしかける蛮行の逸話です」


 やはり疑問を垂れ流すオレにコリス司祭はちゃんと答えてくれた。

 しかし彼女ですら蛮行と表現する裁判とは、どういうものなのだろうか。


「蛮行って…どういうことですか?」

「それは、えっと」

「奴らは生娘なら(けが)し、そうでなければ蹴り殺してしまうのじゃ」

「ええっ!?」


 口をつぐんだコリス司祭と違いやっぱり身も蓋もないムリホ王女である。

 しかし語られるユニコーンの所業は恐ろしかった。


「ユニコーンは温厚故に捕まえやすい。そのため裁判は容易に行えたそうじゃ。じゃが奴らはもの凄く強い。裁判の際には助けが間に合わず(けが)されたり殺されたりする令嬢が後を絶たなかったと伝えられておる」


 ムリホ王女の語る内容は裁判ですらない。完全に処刑である。


「…どちらに転んでも貴族令嬢として生きていけなくなります」

「身分に関係なく普通に生きていけなくなりません?」

「じゃからユニコーン裁判はなくなったと言われておる。じゃが今も隠れて行われているとも言われておる」


 冷静に言うコリス司祭にオレは一応同意してみた。

 一方ムリホ王女は自身の身体を両腕で抱きしめるようにして震えている。

 王女様でも怖いものがあったのですね。というか『今も』って?


「大丈夫なんですか!?」

「問題ありません。ユニコーン裁判とは幼い子供に言い聞かせることで淑女として育てるための逸話とされています」

「良かったです…じゃあ酷い目にあわされた令嬢はいなかったのですね」


 コリス司祭が言うにはあくまで創作らしい。一安心である。


「とはいえ、ユニコーンの性質は本物じゃぞ」

「ひっ」

「まあ、ユニコーンは自ら見定めた相手とは良い伴侶になると言われておる。そこは安心せい」


 ムリホ王女の言うことは…一安心なのか?

 まあ食われても死ぬことはないようだ。誘拐婚に近いということだろう。

 でもこれをゴブリンに例えたら?嫌すぎる…やっぱりなしでお願いします。


「…ユニコーンと婚姻した逸話は数多くあります」

「そう、ですか」

「もっとも、人とは違う大きさに股を裂かれて死ぬ結末らしいがの」

「…姫様、下世話なお話は止めにしましょう」


 コリス司祭により会話は打ち切られた。

 まあ、うら若き乙女達が続ける会話ではないだろう。特に王女様の暴言とか。

 現に貼り付けた笑顔をしている銀色の騎士が怖い。


「そうじゃな…じゃが」


 そう言ってムリホ王女は辺りを見回した。


「何なら試してみるかえ?」

「やめてください!」


 ムリホ王女はそう言ってオレをからかってくる。

 当然オレは声を張り上げて拒否した。


「ほら、丁度あそこにおる」

「えええええ!?」


 オレを座布団役から解放してムリホ王女が森の一角を指差す。

 そこには、水を飲もうと首を下げたユニコーンがいたのである。




「あの」

「どうしたのじゃアレラ」


 オレが言うまでもなく全員分かっている。

 だがムリホ王女が聞いてくるので、敢えてオレは指摘する。


「…付いてきてません?」

「…付いてきてますね」

「…付いてきておるな」


 オレの認識は間違っていないらしい。

 コリス司祭とムリホ王女が肯定してくれた。

 先程のユニコーンが森の端で水に浸かる木の根を身軽に伝いながら、この船を追いかけてきているのだ。


「…ユニコーンは、ある程度の距離なら水上を走れるそうです」

「…走ってますね」


 コリス司祭の言う通り、ユニコーンが木の根の途切れたところでは水の上を跳ねつつ追いかけてきた。


「…そういえば、船員も冒険者も男性だけを選んでいると聞きました」

「コリス!その情報はもっと早よ言わんかい!」


 コリス司祭の発言に思わずムリホ王女が立ち上がった所為で、船が揺れる。


「わわっ」

「危なかったの、アレラ」

「今落ちたら…」

「確実に死にます。死ぬ前に死にます」

「ですよ、ね」


 思わず落ちかけたオレが踏ん張ったのを見てムリホ王女が安堵の息を吐いた。

 というかコリス司祭の言うことは、女の子として考えたくはないことである。

 男ですら駄目なのに獣が相手など、少年たる空太の精神でも考えたくはない。


 あのユニコーンははっきり言って馬だ。馬に組み伏せられるのだ。どことは言いたくないが間違いなく馬並みに違いない。


「それよりも姫様。支配は使われていないのですか?」

「わらわの魔法効果範囲に入ってきておらん。もっとも効くとは限らんがな」

「…え?」


 コリス司祭の質問にまさかのムリホ王女の発言である。

 だからオレは疑問に思い声を上げていた。

 問答無用で人を跪かせる支配系魔法が効かないとは、どういうことだろう。


「霊獣は精霊寄りの生き物です。精霊も霊獣も支配系魔法は効きにくいとされています」

「精霊に命令する魔法ってありますよね?召喚魔法とか」

「はい。精霊は召喚魔法で契約しない限り命令を聞かないとされています」


 オレの疑問にコリス司祭が淡々と答えてくれる。

 こんな時に彼女の博識ぶりはありがたい。ありがたいのだが…。


「ユニコーンがもの凄く強い最大の理由じゃ。王族だろうとユニコーン裁判の犠牲になるのじゃぞ。支配系魔法が効きにくいというのはとっくに分かっておる」


 どうりで先程ムリホ王女がユニコーン裁判の逸話に怯えていたわけだ。

 この王女様にも勝てない相手がいることに少し驚いた。

 だからといってオレはユニコーンとムリホ王女を勝負させる気はもちろんない。

 アレラという女の子としてそれはしてはいけない。とはいえ…。


「増えてません?」

「増えておるな」

「増えていますね」

「船頭!」

「大丈夫だ。奴らは縄張りから離れない。川を渡ったって話も聞かない」


 オレ達の慌てた口ぶりにも関わらず船頭は落ち着いていた。

 まあ、襲ってこないのなら付いてくるくらい問題はないのだろう。

 三頭に増えているので追いつかれたら丁度乙女が一人につき一頭の相手となるのだが、その心配はないのだろう。ないのだ。


「あ!」

「チッ。こんな時に魔物か」


 オレは船の横方向に、何かが居ることに気づいた。

 それを見て船頭が舌打ちをする。

 それは魚にしては少し長くウナギなどに比べたら少し短い。

 いや違う、水面から見えていたのは背中の一部だ。かなり大きな魚だ。

 それはこの船へ急速に近づいてきていた。


「あんな奴わらわの魔法で」

「いけません姫様!支配系魔法をお使い下さ」


 コリス司祭の言葉は間に合わなかった。

 ムリホ王女は既に無詠唱で炎の槍を撃ち出していた。

 炎の槍は魔物の魚に直撃し水面で爆発する。

 いうまでもなく、船は大きく揺れた。


「いかん!掴まれ!」


 船頭が叫ぶ。


「あ」


 オレがバランスを崩す。


「アレラさん!」


 コリス司祭がオレに手を伸ばすも届かない。


 いうまでもなく、オレは船から落ちた。




…着ているドレスがまとわりついて泳げない。

 そもそもアレラが泳げたという記憶はない。むしろ泳いだことがない。

 いくら空太が水泳の授業で泳いだ記憶があろうとも、アレラという身体が泳ぎ方を知らなければどうにもならない。


 水を飲まないようにするのが精一杯だった。

 オレが水面でもがいていると、誰かがドレスの襟首を掴んで持ち上げてくれた。

 襟首を掴まれているのだから視界に入らないと思いつつも、オレは助けてくれた誰かを見ようと周りを見回した。


 視界に入ったのは一本の角だった。




「女性を見ても襲わないユニコーンもいるとは言われていますけど…」


 コリス司祭がオレの側に立つユニコーンを見つめていた。

 あの後、オレを掲げたまま水面を走って近づいてくるユニコーンを迎え撃つことは出来なかったらしい。


 船に接近したユニコーンはオレを助けたユニコーンの一頭だけである。

 そのユニコーンによりオレは無事船に戻ることとなった。

 そしてユニコーンはオレの襟首を口から放した後、そのまま船の縁に足を掛けて水上で佇んでいるのである。

 水上に立っているとはいえ、ユニコーンは船と同じ速度で川に流されていた。


 また船から落ちたくはないので、取りあえずオレは座席に腰掛けた。


「アレラ」

「はい」

「元の場所に返してきなさい」

「あ、はい」


 ムリホ王女はオレに捨て猫を拾ってきた子供に対するお母さんのような物言いをしてきた。

 そうはいっても勝手に付いてきたのだ。いや違う、オレを連れてきたのだ。

 とにかく、オレには返すことなど出来ない。


「見ていて精神衛生上よろしくないのじゃ」

「…そうですね」


 まあ、彼女の言うことはよく分かる。

 ユニコーンはその長くて太い己の剣を抜き放っているのだ。

 だが、オレにとって命の恩人であるユニコーンを攻撃するのは恩を仇で返す思いなのだろう。ムリホ王女も船頭も攻撃を仕掛けようとはしなかった。


「しかし何故でしょう…船に近づくまでは…ああではなかったのですが」


 何がということに言及出来ないまま、コリス司祭が疑問を口にした。


「そうじゃな。アレラを襲わなかったから穏やかな奴だとは思うが…単にアレラには欲情しなかったということかえ?」

「もしかしてアレラさんは…いえ、それだと今頃蹴り殺されているはずです」


 ムリホ王女の疑問は女の子として少し屈辱であるが、コリス司祭の推理は乙女にとって失礼である。


「ワタシは清らかな乙女です!」

「自分で言うでない、自分で」


 オレの否定に対してムリホ王女が冷静に突っ込みを入れた。

 一方ユニコーンはオレの側でブルブルと言いながら首を振っている。

 何とも気楽な動作だが、それに合わせて奴の剣が左右に揺れているのはいただけない。


「もしかして…子供は襲わないのでしょうか」

「いや、逸話ではアレラくらいの年齢は普通に襲われておったぞ?」


 取りあえずユニコーンが攻撃してこないのでコリス司祭もムリホ王女も平常運転に戻りつつ会話を始めた。

 一方、船頭は今も銛を手に握って様子をうかがっている。銀色の騎士も腰掛けたままだが剣の柄を握ったままである。


「…彼女が幼いからではないでしょうか?」


 銀色の騎士が何かに気づいたのか、ぽつりと呟いた。


「ワタシ十二歳何ですけど…」


 流石に幼いと言われてオレは黙っていられない。


「もしかして…アレラさん、半年間意識がない間に衰弱していたのですよね?」


 何かに気づいたらしいコリス司祭が声を上げた。


「はい、そうですけど…」

「つまり…えっと。アレラさんがまだ子供を産めないから襲わないとか…ではないでしょうか」

「ああ!」


 言葉を濁したコリス司祭の推理にオレは思い当たって声を上げた。


「何じゃおぬし。まだ生理がきておらんのか」


 しかし明け透けに言うムリホ王女にオレは赤面するしかない。この船、男性も乗っているんですよ?


「いえ…一応、きていたはずなんですけど…今は止まっています」


 オレはなるべく小さな声で反論しておく。

 アレラの記憶では生理はきていた。

 だがオレが目覚めてからは一度もきていない。孤児院時代にシスター達へ相談したことがあるのだが、衰弱による一時的なものだろうと言われていた。


「単にこいつは伴侶が居るからじゃないのか?」


 船頭の発言が一番しっくりきた。オレの暴露は何だったのか。


「アレラさん」

「あ、はい」

「元の場所に返してきなさい」


 今度はコリス司祭がお母さん発言である。

 実際はどうであろうとも、ユニコーンが欲情してきているのは彼女自身だとはっきり分かっているからだろう。

 彼女は、いい笑顔だった。




 そうこうしている間にうっそうとした森の切れ目が見えてきた。

 ユニコーンは名残惜しそうにオレをひと舐めすると、帰って行ってしまった。


「縄張りがあってよかったの」

「連れて行かれるかと思いました」


 ムリホ王女の言葉に、オレも軽口を叩く余裕が生まれた。


 オレは濡れた上に舐められていたこともあり、全身に救治魔法の応用を掛けた。

 船上に多少のヨダレと水の混じった液体が流れ落ちる。

 しっかり掛けたのでオレの髪はキューティクルがつやつやでさらさらである。


「アレラさん、その素敵な魔法は何ですか?」

「あ、救治魔法の応用です。こう、全身を綺麗にするように…」

「えーと、キュア…キュア。キュア!」


 オレはコリス司祭にこの救治魔法の応用を教えることとなった。


「ところで未だに街道がないのはどういうことじゃ」


 そういえばムリホ王女の言う通りである。

 この辺りの対岸は草原が広がっている。街道や町があってもおかしくはない。


「ああ、此処は沼地なんだ。無理に開拓する必要もないから冒険者しか近づかないと聞いている」


 船頭が答えてくれた。

 どうやら草原に見えるのは沼地に生える草ということらしい。


「この国にまともな土地はないのか」


 ムリホ王女の言葉に、オレは苦笑するしかなかった。

こんばんは。

不思議です。普通に川下りを書くはずだったのです。どうしてこうなった。

全てはゆーちゃんが悪いのです。

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