49.さようならヘレア
「私気づいたの。アレラちゃんと出会ったのは運命だったんだって。やっと見つけた運命の人。一生面倒見るから」
「だから、おむつ穿いて」と彼女は呟いた。
ヘレアサン、そのネタまだ引きずっていたんですね。
全く以てヘレアの愛が重い。
そして孤児院時代に散々学習させられたオレは今も彼女には抵抗出来ない。
彼女の膝に乗せられたオレに逃げ道はない。むしろ逃げられるわけがない。
「でも、どうしてヘレアがここに?」
取りあえずこのままでは埒が明かないのでオレは質問をした。
何しろ目の前で放心しているコリス司祭を何とかしないといけないのだ。
それからいい加減ムリホ王女を捕まえないと、この冒険者ギルド内は息苦しい。
むしろピンク色の髪をしたゆるふわ女性ギルド職員が放つ殺気の中で平然としているヘレアの胆力も怖い。早く逃げないと。
「アレラちゃんと会うために来たの」
「あ、はい」
ヘレアとして至極真っ当な答えが返ってきた。
だがこれでは堂堂巡りである。
「ヘレアがここに来られるのがおかしいなって」
「どうして?」
首を傾げるヘレアは可愛い。
この青色の瞳をした少女はオレに病的な関心を寄せること以外は天使なのだ。
「孤児院から出られるのが不思議だから」
「そうなの?」
「そうだよ。未成年でしょ?」
「へ?」
ここでヘレアの目が点になった。
彼女は俺を捕まえてからずっと恍惚としていたのだが、初めて表情が変わった。
「私成人したから、孤児院を出てきたのだけど?」
「え?ヘレア…十五歳?」
「そうだけど?」
知らなかった。彼女は当然オレよりは背が高いのだが、周りにいた少女達とは左程変わらない背だったからだ。
その周りにいた少女達とは、十一歳から十三歳ほどである。つまり…。
「ヘレア…小さかったんだね」
「小さい…小さいアレラちゃんに小さいって言われた…」
愕然とした顔になったヘレアは可愛かった。でも。
「罰として小さい子には自覚のためおむつ穿いてもらいます…」
って怖いよヘレアサン!
「はっ」
ここでコリス司祭が正気に返った。
彼女はオレ達、というよりもヘレアの膝に乗せられたオレを見てくる。
「アレラさん、人の愛は千差万別。聖王様は全ての愛を受け入れよと仰いました」
「あ、はい」
そして突然説法を始めた。
「しかし同時に仰ったお言葉があります」
「…子を慈しみ育てよ、ですね」
「そうです、アレラさん。ですので早まらないでください」
シスターの教育で身に着けた知識でオレは即答した。
しかし一体何を早まるというのだろうか。わけが分からない。
「…コリス様、一ついいですか?」
「なんでしょう?」
「どうして、ヘレアではなくワタシに?むしろワタシだけに?」
取りあえずいつもの癖でオレは疑問を垂れ流していた。
今まで放心していた彼女がヘレアの名前を知らないというのは十分考えられた。
だが明らかに拘束されているオレを名指しするのはどういうことだろうか。
ヘレアに言うか、オレとヘレアの二人に言うのが筋な気がした。
ちなみにオレがコリス司祭を呼び捨てではなく様付けで呼ぶことは渋々と承諾されていたが、敬語を使うことは禁止されたので会話の際は丁寧語に留めている。
まあそんなことはおいて置いて。
「…それは…」
「それは?」
「…」
コリス司祭、何でそこで赤面するの?
「大丈夫です、司祭様」
「はい?」
全然大丈夫とは思えないヘレアが会話に割り込んできた。
「私、アレラちゃんのために元気な子を産みますから」
「…はあ」
「アレラちゃんの子を!」
「待って!」
怪訝な顔をしたコリス司祭はヘレアの爆弾発言に再び赤面した。
当然オレは思わず突っ込みを入れた。
やっぱりヘレアは全然大丈夫ではなかった。オレ今女の子!女の子だから!
もしかしたらヘレアは空太という精神に気づいたおそれがあるのかとも思ったが、それでもアレラという身体は女の子である。
どうやって子供を作るのだ。子供を…。
一般的な男女による子供の作り方を想像して思わずオレも赤面した。
「…ヘレアさん、でしたよね」
「はい、司祭様」
「…アレラさんは女の子ですよ?」
「はい、知ってます」
「…あなたも女の子ですよね?」
「そうです」
すぐに立ち直ったコリス司祭が今度はしっかりヘレアを見つめて話している。
コリス司祭はまだヘレアに名乗っていないが、彼女は司祭服なので司祭であることは一目瞭然だ。
そしてコリス司祭が質問したことに淡々とヘレアは答えていく。
コリス司祭も口調は淡々としているが未だに顔は赤い。だからどうして。
「では…どうやって子供を?」
「愛があれば可能です!」
「アレラさん」
「あ、はい」
「この子、大丈夫ですか?」
「…ダメだと思います」
意見を求められたので至極真っ当な答えを返しておく。
もしかしてヘレアは赤ん坊をコウノトリが運んでくるとかその年齢で信じているのだろうか。成人しているのだからそんなはずはない、と思いたい。
「そうですか…女の子同士でそんなこと…ああっいけません」
突然もじもじとし始めたコリス司祭を見てオレは気づいた。
もしかして彼女の放心理由って、妄想の爆発か?
それなら顔が赤いのも頷ける。オレがヘレアに弄ばれているのを見てずっとそんなことを思っていたのだろう。
つまり彼女の中ではヘレアが攻めでオレが受けの薄い本を厚くしていく展開が進んでいるのだろう。多分。恐らく。
「わたくしも、したい…?」
そしてコリス司祭は目覚めようとしていた。
ちょっと彼女の友達を止めた方がいい気がしてきた。
「おお、王子。戻ってきたか」
ムリホ王女の声が聞こえてくる。
この場を救ってくれたのはケラム王子だった。
流石に自国の王子様へ殺気をぶつけるわけにはいかなかったのだろう。ピンクゆるふわ悪魔の殺気はようやく収まったのである。
当然、殺気に抑え付けられていた冒険者達も動き始めた。
その中にいた一人の青年が果敢にもオレ達の方に近づいてくる。
「ヘレアちゃん!結婚してくれ!」
「ごめんなさい。私はみんなを平等に愛したいの」
場の空気を読まない青年だった。
当然ヘレアが即答している。いや平等なの?
「あ、でもアレラちゃんなら結婚してもいいかな。一生面倒見るし」
ヘレアサン、愛が重いです。
「つまり、御姫ちゃんと結婚すればヘレアちゃんも付いてくるのか」
その謎理論やめてください。
あとオレを御姫ちゃん呼びするということは彼はこの冒険者ギルドの常連ということだろう。ごめんなさい顔見ても分かりません、誰?
一方、ヘレアはオレをそっと降ろした。
次の瞬間、目の前に青年はいなかった。
そして壁がドンッという音を鳴らした。違う、青年が壁に突き飛ばされていた。
「私のアレラちゃんをそんな目で見ないでくれる?」
掌を前に突き出して身体を沈めていたヘレアが立ち上がる。
青年のみぞおちに掌底を撃ち込んだらしい。
ヘレアサンいつの間にそんな格闘術覚えたんですか?というか目にも留まらない速さでしたよね?
…オレ達にヘレアのことを説明をしてくれたのはバーのマスターだった。
ヘレアはオレがセレサ達と遠征へ出た翌日、この冒険者ギルドに現れたらしい。
何とも間が悪いことである。
孤児院で剣の指導を行っていたという冒険者に連れられた彼女は、明らかにオレを探していた。
そしてマスターに色々聞いてきたそうだ。
だが冒険者の個人情報に関わるのでマスターは口を割らなかったらしい。
そこで彼女はこの冒険者ギルドで張り込むことにしたようだ。
そして、バーが飲食物の受け渡しをセルフサービスで行っていることに目を付けたらしい。
ごく自然にテーブルへ飲食物を運び始めた彼女はわずか数時間で冒険者達に受け入れられた。
マスターが静止をかけたところで運ぶのを素直に止めたヘレアだったが、彼女の容姿に惚れた冒険者達がこれに反発した。
仕方なくマスターは彼女をウェイトレスとして雇うことにしたのだという。
「全くもって腹黒いというか何というか。このギルドに居る女性陣は魑魅魍魎としか言えないな」
その魑魅魍魎に堂々と文句を言うマスターも相当な猛者である。
ギルドのカウンターでピンク髪の悪魔が右手をにぎにぎとしているのがちょっと怖い。彼女の機嫌を損ねて装備をむしり取られた犠牲者は数多くいるのだ。
あとヘレアに限っては他意がないと思う。彼女はただ単にいつも通りのお世話好きを発揮しただけなのだろう。
「おかげでアレラちゃんに無事会えたのだし、マスターには感謝しています」
ヘレアは魑魅魍魎扱いに関してはスルーしてマスターに感謝を述べている。
「ところで、彼は?」
まだ床に転がっている青年のことをオレは質問した。
「毎日懲りずにヘレアちゃんに求婚している馬鹿だ。放っておけ」
そう言ってマスターはバーのカウンターに戻っていった。
「まあ…仕方なくヘレアちゃんに護身術は教えておいたがな。筋は良いぞその子」
振り返らずにそう言うマスターだった。貴方でしたか…。
「そろそろいこうかの、アレラよ」
マスターと入れ違いでムリホ王女がやってきた。
だがオレは未だにヘレアに拘束されて…と思ったが彼女はオレを解放した。
「お仕事なのよね?アレラちゃん」
「あ、うん」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
「う、うん」
どうやらここにいれば何時でもオレに会えると思ったらしい。
そうなるとオレを拘束したままは下策であるとヘレアは考えたのだろう。
しかし彼女にとって残酷な話だがオレは今から遠い国へ旅立つのだ。
そして多分この領都へは帰って来られない。
更にもっと残酷な話だけどそれを言わずに旅立ちます。愛が重いので。
「ところでおぬし、魔法剣とかいうのはどうするのじゃ?」
「あっ」
ムリホ王女の指摘でオレは冒険者ギルドに来た当初の目的を思い出した。
…船着き場にはニレバ司祭が見送りに来ていた。
「わざわざありがとうございます」
「何。弟子を見送るのも師匠の務めじゃ」
オレのお礼に対して彼女はそう言って微笑んでくれた。
ムリホ王女はオレを急かさずにこの別れの挨拶を見守ってくれていた。
「そういえばアレラ。少し教えておくことがある」
「何でしょう?」
「防御魔法の真実についてじゃ」
真面目な顔付きになったニレバ司祭は恐ろしいアドバイスをくれた。
防御魔法を極めれば展開時に物質の中だろうと生成出来ると。
つまりそれ障害物どころか生物の中に作れるってことですよね?
最強の攻撃魔法じゃないですか。チート魔法じゃないですか。
でもうまい話には裏があるわけで、生物が持っている魔力に打ち勝てないと相手の体内には生成できないらしい。
「まあ、外からぶち当てればいいんじゃがな」
「それで、シールドパンチを編み出したのですね」
「うむ。当て方によっては切り刻むことも出来るぞ。アレラも精進すると良いぞ」
「あ、はい」
「何しろ聖王様が使っておられた鉄壁の防御にして最強の攻撃だからの」
「えっ」
防御魔法の真実とは、聖王様のお墨付きという攻防一体のチート魔法だった。
何それ怖い。
「そろそろ行くぞ」
「あ、はい。それではニレバ司祭。お元気で」
「うむ。聖王様の御加護があらんことを」
「はい。ニレバ司祭も」
ムリホ王女の督促に今度こそオレはニレバ司祭と別れを告げた。
それにしても防御魔法という名称は何だったのか。
まあ魔法っていい加減だし。
だが極めればオレにとって唯一ともいえる攻撃魔法になるのだ。
思いつきの一発芸だったシールドカッターを練習しようと、オレは決意したのだった。
こんばんは。
ヘレアさんが居ると話が進みません。退場してもらいましょう。