47.王城へご招待
「聞け!我らは遂に魔王候補の討伐を成した!」
ケラム王子が剣を掲げ、騎士達と冒険者達に向かって宣言した。
途端に大歓声があがり、やがてそれはケラム王子とムリホ王女の名をコールする声へと変わっていった。
二人はその声に両手を挙げて応えていた。
のは良いのだけど…何か”アレラ様”ってコールが混ざってませんか?
「ほれ、おぬしも呼ばれておるぞ。応えんかい」
ムリホ王女に言われてしまった。やっぱり空耳じゃなかったんですね。
仕方なくオレは腕を挙げようとする。
「アレラ、駄目よ!」
そこにオレ達から離れて控えていたエレヌさんの待ったがかかった。
「何じゃおぬし」
「王女様、申し訳ありません。ですがアレラの服は、焼け落ちているのです」
「なるほど。そうじゃったか」
そしてムリホ王女の刺すような視線に耐えて進言してくれた。
それでオレも思い出した。
今腕を挙げたら外套がはだけて色々丸見えである。
焼け落ちたシスター服はもはやスポーツタオル程度にしか残っていないのだ。
当然下着も焼け落ちている。エレヌさんが貸してくれた外套がなければ今のオレは素っ裸と変わらないのである。
「残念じゃ」
そう言ってムリホ王女は嗤った。
この王女様知っててオレに手を挙げさせようとしていた!鬼!悪魔!魔王!
「でもどうしてワタシの名前まで呼ばれているんですか?」
片手で外套を押さえながら小さく手を振り、オレは王女に聞いてみた。
「先陣を切って狙撃を防ぎ、カラロム召喚まで持ちこたえる。その者を褒め称えずに誰の名を呼ぶんじゃ」
「あの伸びてくる銃口からの銃撃を完全に防ぐさまに、罠だったとは言え見知らぬ他人を守ろうとゴブリンキングの前に飛び込む勇気。誰が見ても今回の英雄はあなたですよ」
確かにムリホ王女とケラム王子が指摘したことは事実である。でも…。
「騎士様にまで様付けされるのはちょっと…」
「問題無い。そのために作戦会議でおぬしをあの席に着かせたのじゃ」
遠慮するオレの言葉にムリホ王女は答えてくれた。
オレはぽんこつなおつむで推理をしてみた。
つまり、作戦会議でムリホ王女より上座に着いていたオレは相当高貴な身分と見られていたと言うことだ。その証拠に…。
「聖女様!聖女様!」
何かマズいコールが混ざり始めていた。
違いますと否定する声をあげることも出来ず、オレは強張った笑みを顔に貼り付けることしか出来なかった。
しかし直後に視界が霞み、オレの身体はふらついた。
「おっと」
ムリホ王女がそう声を上げてオレを支えてくれた。
そしてケラム王子がオレを抱え上げた。お姫様抱っこで。
その途端、女性冒険者を中心に黄色い声があがった。
「羨望の的じゃの」
ムリホ王女が冷やかしてくるも、オレはもう答える程の気力がなくなっていた。
しかしこの衆目に晒されて王子様からのお姫様抱っこという羞恥プレイには顔が真っ赤になっているのを感じた。
「まあ潮時じゃの。王子」
「ええ、移動しましょうか」
ムリホ王女とケラム王子は頷き合い、歩き始めた。
歓声は段々と小さくなり、オレ達は静かに見送られたのである。
…いつの間に呼んだのか、町の外にムリホ王女の豪華な馬車が待機していた。
そして五人の魔法師なメイドと、コリス司祭が出迎えてくれる。
オレ達の後ろには護衛騎士と、付いてくるように命令されたエレヌさんのパーティが立っていた。
「さて、エレヌ」
「はい、王女様」
エレヌさんが呼ばれてムリホ王女の前に跪く。
「わらわはこのまま王子と共に王都へと戻る。その際にアレラも連れて行く。そしてそのままアラルア神聖王国に帰るつもりじゃ」
「はい」
「おぬし達はアレラの保護者と言っておったな」
「そうでございます」
「ならば渡すものがある。準備を」
ムリホ王女の言葉にエレヌさんは淡々と答えていく。
準備と言われてメイド達が動き始めた。
一人が土魔法で演説台のような台を作り、その上にもう一人が布を被せた。
更にもう一人がその布の上に紙を置き、そしてムリホ王女にペンを持たせた。
ムリホ王女は何かをその紙に書き始めた。
文字が軽く光っているところを見ると、あの紙とペンはどうやらギルドの冒険者登録用紙と同じく魔法具の書類であるようだ。
「よし書けた。エレヌよ、これにサインせよ」
そう言ってムリホ王女はエレヌさんを手招きして、彼女にペンを持たせた。
書いてある内容が気になったのかケラム王子も近づいた。未だに彼にお姫様抱っこをされているオレもその書類の中身を読むことが出来た。
そこには『この者と同行者に王城へ入る事を認める』と簡潔に書かれていて、ムリホ王女のサインがされていた。
「あの、王女様、これは…」
書いてある内容の意味を読み取ったのか、怖じ気づいたエレヌさんが王女に向き直って問いかけた。
オレも何となく分かった。この書類は考えようによってはアラルア神聖王国への召喚状だ。王城へ来いと言っているに等しいのである。
「うむ。アレラはわらわが連れて行くのでな。保護者というおぬしたちがアレラに会えるようにこの書面を渡しておくのじゃ」
「お心遣いありがとうございます」
ムリホ王女の計らいにお礼を言って、エレヌさんは書類にサインをした。
この書類なら魔法具で魔力パターンを調べて本人証明が出来る。
奪ったところで誰もエレヌさんと偽ることが出来ない。ムリホ王女のサインがある以上、王城へ入る許可証としてこれほど効力を持つものはないだろう。
というかオレが王城に連れて行かれることは決定事項のようだ。タスケテ。
「さて王子、待たせたな。ひとまず領都に戻るとするか」
「そうですね。ところでこの者達は如何されるのですか?」
ケラム王子はエレヌさんのパーティを見やり、ムリホ王女に同意した後で問いかけた。
「徒歩は遅くて敵わん。その者達は後から勝手に追ってくるじゃろう。ああそうじゃった。エレヌに外套を返す必要があるのじゃろ?」
ムリホ王女はオレを見てそう言い、メイドに合図を送る。
彼女は意外と気が利くようである。流石は王女様なのか?
ケラム王子にオレを下ろさせた後、オレはメイド達の手により男性陣の目から隠されるように布を被された。
そして布の中で外套を脱がされた後、布はそのままオレに巻かれた。
凄く高価そうな布にオレは巻かれていた。
「お計らいありがとうございます」
「エレヌさん、ありがとうございました」
エレヌさんがそう言って外套を受け取った。
同時にオレもエレヌさんにお礼を言っておいた。
そしてオレは馬車に乗せられた。
馬車の中はケラム王子にムリホ王女、彼らの護衛騎士二人とコリス司祭、そしてオレの六人である。
この馬車に随行するのはメイド達の馬車と騎兵達である。
完全にアウェイだった。
「あの…本当に倒せたんですか?」
走り出した馬車の中、何かが腑に落ちなくてオレは質問してみた。
魔王候補の最後が凄く気になっていたのである。
「実はガレキを燃やし尽くす前にわらわの魔力が切れての」
「えっ」
「じゃが炭化した腕が落ちておったし、何より魔物への命令がなくなっておった」
「じゃあ」
「倒したと見るしかなかろう。まあ無力化は出来ておる。心配することは無いじゃろう」
ムリホ王女はそう言って苦笑した。オレは少し残念に思いつつ俯いた。
いや何故残念なんだオレ。自分の思考が謎である。アレラの嗜好が謎だからか?
「何じゃ奴に一目惚れでもしたのか?それとも、魔王候補同士惹かれ合ったのかの?」
そう言ってムリホ王女は嗤った。
その可能性ははっきり言って考えたくない。絶対に否定したいのでオレは首を横に振っておいた。
「それにしてもアレラは本当に大丈夫なのですか?火の聖霊様の攻撃をまともに受けたように見えたのですが」
ケラム王子がそう言ってオレを見下ろしてきた。
そう、オレはケラム王子とムリホ王女に挟まれて進行方向を向いて座っているのである。オレの向かいには公爵令嬢たるコリス司祭と護衛騎士が座っている。
つまりあれだ。平民が王族に挟まれて公爵令嬢より上座に座っているのだ。
今までムリホ王女に弄り倒されていなかったら、元村娘の心臓は緊張と申し訳なさでとっくに破裂していただろう。
などと考えている場合ではなかった。早くケラム王子に返答しなくては。
「はい、もう大丈夫です。服は燃えてしまいましたけど、幸いに。それにムリホ王女が助け…助けてくれたので聖霊様の攻撃は直撃していません」
どもってしまったオレをムリホ王女が笑顔を貼り付けて見てきている。怖い。
でもはっきり言ってオレを燃やしたのはムリホ王女の攻撃である。
命が助かったのは間違いないのだが、かなり酷い助けられ方だ。
オレは愛想笑いを浮かべながら手元を見て…そのまま凍り付いた。
「どうしたのじゃ?」
完全に固まったオレを訝しんだムリホ王女がオレの視線を辿る。そして彼女も凍り付いた。
オレとムリホ王女が凍り付いたのを見て全員がオレの視線を辿った。
オレの手首に視線が注がれた。そして全員が凍り付いた。
視線の先、オレの片腕のブレスレットはほとんどが焼け落ち、辛うじて手首にぶら下がっていた。二つあった聖玉の片方は半分溶けており、もう片方は完全に無くなっていたのである。
幸いにももう片方のブレスレットは無事なようだ。だがこれ一つで一般的な兵士の年俸三年分である。それだけ高価なブレスレットが完全に壊れていたのだ。
「…取りあえず、じゃ。残ったブレスレットは返してもらう、ぞ」
「あ、はい…」
何とか再起動したムリホ王女が言葉を絞り出した。
オレも何とか動き出して彼女に無事な方のブレスレットを渡す。
ちなみに残骸の方は留め金が溶けてくっついてしまったので外すことが出来なくなっていた。
「そっちは…あとで切断しようぞ。いや、そのまま着けておくのも面白いの」
「外してください!」
平常運転に戻った無慈悲なムリホ王女に対しオレは思わず叫んだ。
「両腕とも同じブレスレットだったのでしょう?聖玉が溶けるなどと普通は考えられません。やはり相当な威力の攻撃を受けていたのですね。よく生きていたものです」
再起動したケラム王子が感心したように言う。
「わらわの魔法にそこまでの力は無いと思うがの。おそらくカラロムの炎がかすったのじゃろう」
ムリホ王女はそう言いながらオレから受け取ったブレスレットに傷が付いていないか眺めていた。
「まあ、この手枷は返してもらうぞ。むしろカラロムの炎すら防ぐおぬしにこれを持たせておく方が怖いのでな」
「あの、片方燃え尽きたんですけど…」
「決まっておろう。体で返してもらうぞ」
「ひっ」
オレに対しムリホ王女の奴隷宣告がなされた。
だがムリホ王女は普通に笑っている。もしかしたら冗談なのだろうか。
「安心せい」
「ひゃい」
「本気じゃ」
「あう…」
冗談ではなかった。演技だったのだ。
ムリホ王女は極悪人の顔に変わって嗤っていた。
オレは上擦った声を上げて口をぱくぱくとすることしか出来なかった。
そして彼女の顔を見てしまったケラム王子の顔は引きつっていた。
まあ、どのみち手枷分はただ働きさせられる覚悟だったのだ。
深呼吸して気分を落ち着けたオレは、一言も発しなくなったコリス司祭が何やらぷるぷると震えていることにようやく気づいた。
「アレラさん!」
「ひゃい!」
「お友達になってください!」
「ひゃ!?」
コリス司祭の唐突な申し出である。
その勢いに返事をするオレの声は思わず上擦っていた。
何が彼女の琴線に触れたのだろうか。
いや考えるまでもない。彼女はオレを同類認定したのだ。
そして公爵令嬢たる彼女の申し出を断ることなど出来なかった。
オレはコリス司祭に対して首を縦に振り続けるしかなかったのである。
こんばんは。
周りに勘違いを重ねさせてムリホ王女はアレラをどこに導こうというのでしょうか。
戦闘回が終わって日常回にしばらく入っていきます。