46.魔王候補との邂逅
「アレラ!」
ケラム王子が名前を呼ぶ声に、オレは手放しかけた意識を保つ。
衝撃によりオレの防御魔法は霧散していた。
早く展開しなおさないと次の狙撃を防げない。そう思いオレは焦るも、息が詰まって発動のキーワードを唱える事が出来なかった。
崩れそうになる足を踏ん張り防御魔法を無詠唱で展開しなおした。誰もが無詠唱で魔法を発動出来る世界でよかったと思った。
もっとも、発動のキーワードを唱えるよりは発動成功率も威力も下がるのだが。
しかし後から魔力を注ぎ込めば防御力を上げられる防御魔法については、発動さえしてしまえばその点の問題は無かった。
幸い銃弾自体が防御魔法を突き抜けたわけではなかったようだ。服が破れていないのでそれだけは分かった。
それでも、衝撃波がオレの腹を殴るように直撃したのだろう。
しかし今のは怖かった。死ぬかと思った。
そして呼吸が出来ない。身体が傾く。あれ?
「しっかりするんだ!」
ケラム王子の声が聞こえて、誰かがオレを横から抱えるように支えてくれた。
高価そうな籠手が倒れかけたオレの目に映る。これはケラム王子の籠手だ。
どうやら声を掛けただけではなく彼自身が助けにきたのだ。
このままお姫様抱っこで運ばれて身分違いの恋とか始まりそうな勢いだ。
だが空太という少年の心はその誘惑をはね返せるのだ。残念だったなイケメン。
オレが変なことを考えている間に防御魔法が揺らいでいた。
彼の方を向いてお礼を言うべきなのだが、防御魔法の維持が先である。
下を向いたままのオレは彼の籠手の向こうで揺らぐ防御魔法を見据える。
そしてお礼を言おうと口を開き…。
「ごぼっ」
吐いた。
一旦吐き出せばあとは止まらない。
オレは落ち着くまで嘔吐いた。
おかげでケラム王子の高価そうな籠手は吐瀉物でキラキラと光っていた。
ようやくまともに呼吸が出来るようになり、自力で立てるようになった。
それと同時に防御魔法の展開も安定してきた。
謝罪とお礼をすべく、オレは横に立つケラム王子を見上げた。
「すみません…。支えてくれてありがとうございます」
「今のは流石に死んだかと思いました。無理はしないで下さいね」
そう言ってケラム王子はオレの肩に手を置いた。オレが向いている彼の方と反対側の肩を。オレの髪が掛かった肩を。吐瀉物にまみれた手で。
あああああ…。声にならない悲鳴を上げているオレに対して和やかな笑顔でぽんぽんと肩を叩いてくれたイケメン王子は配置に戻っていく。
オレの髪は彼の手により一部がキラキラと光っていた。
「今此処に顕現せしめんことを。聖霊召喚!来たれ!火の聖霊カラロム!!」
ムリホ王女が発動のキーワードらしき言葉を叫んだ。
魔法陣の赤い光が渦を巻くように中心へと集まり、人の大きさほどはある赤い炎の玉が出来上がった。
そしてその炎の玉が一瞬太陽のように光り輝く。光が消えたその場所には、赤く光る金属鎧をまとった騎士が跪いていた。
ゆっくりと立ち上がる赤色の騎士を一瞥した王女は、オレの方に向き直った。
「よくやったぞアレラ。後はわらわに任せて休むがよい」
胸を張るムリホ王女はオレに労いの言葉を掛けてきた。
ようやく休めると言いたいところだが、赤色の騎士はただムリホ王女の側に立っているだけだ。
うかつに防御魔法を解除して狙撃されてしまうわけにもいかない。
その時家々の向こうに人影が現れた。
その人影は手に持った銃をこちらに向ける。
狙撃手が真正面に立ったのだ。オレは同じく真正面に立って防御魔法を構えた。
先程のゼロ距離射撃に耐えられたオレはもう何も怖くない。
銃声が響き銃弾がオレの防御魔法に…。
当たらなかった。
オレの二十メートル先で一瞬ロウソクの火のような炎が出たかと思うと消えた。
後ろを振り返るとムリホ王女が不敵に笑っていた。
カラロムさえ召喚出来れば休んでよい、という言葉の意味が分かってしまった。
オレの防御魔法よりも遠くで銃弾を消し去れるのだ。
間違いなくオレの役目は終わったのだ。
「やれ!カラロム!」
前方では狙撃手が次の銃弾を装填しているのが見える。
だがムリホ王女が命令を発した瞬間、遠くにいるその狙撃手の腕が燃えた。
それは飛んでいくところが不可視ともいえる炎の攻撃だった。
「ぐっ」
狙撃手が呻き声を発して銃を取り落とした。
そして総指揮官たるケラム王子はそれを見逃さなかった。
「全軍突撃!」
ケラム王子の号令と共にオレの後ろで待機していた本隊の騎士達が町の中へと駆け出していく。
魔法騎士が何発かのファイアボールを頭上に打ち出した。それが別動隊への合図だったのだろう。町の向こうでも人の声が上がっていた。
狙撃手は銃を拾うことも出来ず逃げ出していた。
これで後はあの狙撃手を捕まえれば終わりなどとオレは楽観的に考えていたのだが、今までの作戦で何かを忘れていないだろうか。
何かの答えはすぐに分かった。
本隊の騎士達は今まで待機していた。そう待機していたのである。一度も魔物に襲われていなかったのだ。
魔物は何処にいったなどと考える必要はなかった。今この瞬間に家々から飛び出してきたからだ。
「アレラ!」
エレヌさんがオレの名前を呼びながら駆け寄ってきた。
突撃の号令を受けて、最前線で防御魔法を構えていたオレにようやく駆け寄ることが出来たのだ。
「大丈夫?」
「何とか、生きてます」
地面にへたりこんだオレをエレヌさんが覗き込む。
オレは彼女を安心させるように微笑んでみせたが、正直かなり疲れていた。いやもう眠りたい勢いで疲れていた。
「丁度良い。おぬしらそのまま此処に待機せよ。アレラの護衛を頼んだぞ」
ムリホ王女がオレの真横まで歩み寄ってきていた。
彼女はエレヌさんのパーティにそう一声掛けると、カラロムを従え町の中に入っていった。
町の随所から剣戟と魔法による爆発音が聞こえる。
魔物達は町から出ないで徹底抗戦をするように命令されていたようだ。オレとエレヌさんのパーティに魔物は一度も寄ってこなかった。
何とか立ち上がったオレは町の中を眺めていた。
そのうち爆発音が増えてきた。むしろ向こうで派手に家々が吹き飛び始めた。
何かの様子がおかしい。
「全軍、町から撤退せよ!」
向こうから指揮官らしい声が上がる。下士官らしい声が複数その言葉を伝達していった。
そして本隊だけではなく騎兵も駆けてくるのが見えた。言葉通り別動隊も含む全軍がこちらに向かって駆け戻ってきている。
更に向こうには町に潜伏していた冒険者達も駆けてくるのが見えた。
「どうしたんですか?」
オレの声は彼らの足音でかき消された。
聞こえていたとしても誰も取り合わなかった。
それほど必死に町から飛び出してきていた。オレ達にぶつかってこなかったのは奇跡と言っていいかもしれないくらいに。
「あー、あれだ。王女様から逃げろ、っていう作戦案だ」
「え?」
「そう言えばそんな作戦内容も出てたわね」
理由を知っていたソルフさんが教えてくれた。
思わずオレは疑問の声を上げたが、エレヌさんも肯定してくれたしどうやら元からあった作戦の一つらしい。
どんな作戦かは聞こえてくる音で何となく分かった。
「あははははは!どうした魔王候補とはそんなものか!何時までも逃げられると思うでない!」
まるで魔王もといムリホ王女の嗤い声が爆発音の合間に聞こえてくる。
うん、王女様ってば無差別攻撃を始めたみたいだね。暴走しているね。
随分奥に隠れていたのだろう逃げ遅れた冒険者達が悲鳴を上げて転がっていた。
「姫様!落ち着いて下さい!きゃあああああ!!」
コリス司祭のたしなめる声と爆発音と悲鳴が聞こえる。ご愁傷様です。
大分逃げ出してくる冒険者達もまばらになった。
爆発音も間隔が長くなりムリホ王女の魔王候補を探す声が時々聞こえるようになっただけだ。どうやら魔王候補は姿を隠したらしい。
騎士達も冒険者達も町の入口に立ち尽くすオレ達の後ろで様子を見守っていた。
その時、一人の青年が前方の家から転がりだした。
彼の後ろには巨大なゴブリン。ゴブリンキングなのだろうか。
よろめいて立ち上がる青年に、その仮称ゴブリンキングはゆっくりと歩み寄る。
そして剣を振り上げていた。
守らなきゃ!気づいたらオレは限界まで増幅魔法を掛けて走り出していた。
「シールド!」
間一髪青年と仮称ゴブリンキングの間に走り込んだオレは展開した防御魔法で剣を受け止めていた。
「大丈夫ですか!?」
オレは自分が庇った青年に声を掛ける。
エレヌさん達がオレの名前を呼びながら近寄ってくるのが分かったので、この仮称ゴブリンキングは彼女達に任せれば良いだろう。
「ああ、助かった」
青年はそう言って立ち上がった。彼は両腕にやけどを負っているようだ。ん?
その直後、仮称ゴブリンキングが燃えた。
「そこのアホラ!早くその男から離れんか!」
「王女様?」
またしてもオレはムリホ王女に名前の一部を変えられアホ呼ばわりされた。
オレは彼女の方を向いて、首を傾げる…間も無かった。
後ろから羽交い締めにされたのだ。
羽交い締めにされたオレは足が宙に浮いていた。
「アレラ!」
「ふん。動くなよ虫けら共」
エレヌさんが叫び、青年が静止の言葉を放つ。
足が宙に浮いたオレの顔と青年の顔はもの凄く近い。顔が近い近い近い。
野心の炎が揺らめく金色の瞳に白銀の短髪。細い筋肉質の身体。やけどを負った両腕からにじみ出た血はオレのシスター服を汚す。
うん、あれだ。両腕焼けてる人って一人しかいなかったんだ。オレ人質。
「さて、王女…だったかな。どうする?」
「みんな!くっ!この!」
青年は不敵に笑う。オレは逃げようともがくが彼の力は強い。
全力で増幅魔法を掛けてもがくオレを意に介さないその力は正にイケメン。違う違う違う!ここで現実逃避ついでに色ボケしている場合じゃないぞアレラの精神!
「はな…して!」
思わず、放せって叫ぶところだった。乙女としてよろしくないところだった。
いやだから体面を気にしている場合じゃないぞ、この状況。
ムリホ王女は攻めあぐねているらしい。
エレヌさん達は…動けないどころか膝を付いていた。
「これはこれは…まさか俺の支配すら効かない程とはな」
青年がオレを見てにやりと嗤った。
うん、イケメンじゃなかった。悪魔だ。いや違った、魔王候補だ。
「えっと…そのっ…!?シールド!」
思わず愛想笑いを浮かべたオレは次の瞬間、殺気を感じて防御魔法を展開した。
殺気の方向は青年ではなくオレの防御魔法には炎の槍がぶつかっていた。
「わらわのことも忘れるでないぞ」
「なるほど。人質もろとも殺すつもりか」
「そうじゃ」
流石ムリホ王女、正直者である。
オレに構わずこの青年を殺すことに決めたようだ。勘弁して。
「これ程の逸材、惜しいとは思わないのか?」
「まあ正直に言うと惜しいとは思っておる」
青年の問いにムリホ王女はやれやればかりに両腕を振っておどけてみせた。
「じゃがな…魔王候補の手に落ちるとなると話は別じゃ」
そして顔を引き締めると腰に手を当ててこちらを指差す。だから何でわざわざ指差す腕を一旦真上まで振り上げるの?
「覚悟しろ、アレラ!」
「ワタシを名指し!?」
無慈悲なムリホ王女はよりによって青年ではなくオレを名指してきた。
そしてカラロムから殺意が湧いた気がした。
思わずオレは未だ展開中の防御魔法にありったけの魔力を流し込んだ。
オレの代わりに防御魔法が焼け落ちる。怖っ。
「ほう…あの精霊の攻撃すら防ぐ魔法か。これは良い拾い物をした」
「落ちてません!」
感心する青年に思わずオレは突っ込みを入れた。
あとあの赤色の騎士、精霊じゃなくて聖霊様!
だが状況は悪化するばかりだ。ムリホ王女の攻撃はともかくカラロムの攻撃は予測出来ない。このままでは一撃死する自信がある。
おまけにこの青年こと魔王候補はオレを持ち去る気満々である。
何故ならオレのあごに手をやっているからだ。興味津々で見てきているのだ。
この距離だとキスだって出来てしまう。どうするアレラ。落ち着けアレラ。
「やれ!カラロム!」
ムリホ王女がカラロムに命令すると青年とオレの周りに炎の玉が四つ一組で四方向に出現した。
どうやら真正面からの攻撃だとオレに防がれると読んで全方位攻撃に切り換えたようだ。
四つ一組の火の玉は各組が垂直回転をしながら一気に迫る。その大きさと速さははっきりいって逃げ場などない。
青年は周りを見回し、オレはせめてもの抵抗でムリホ王女の方向に防御魔法を展開する。
「わひゃあ!」
次の瞬間オレは青年によりムリホ王女から見て真横に突き飛ばされた。
更にオレは後ろから押された。青年はオレの後ろに張り付くように駆け出したのだ。オレを盾に使う気だ。あ、死んだ。
カラロムの炎に巻かれる瞬間、オレを更に真横から何かが突き飛ばした。
オレという盾を失った青年はそのままカラロムの炎に突っ込んでしまった。
「ぐあああああ!」
「あああああつううううう!」
青年は断末魔のような叫び声を上げつつも、そのまま駆け抜けて逃げていった。
そしてオレは身体を襲った熱さに地面を転がった。シスター服が燃えていた。
「待たんか!」
オレに目もくれずムリホ王女が青年を追いかけていった。
一人置いていかれたオレは地面を転げ回る。
しばらく転がると燃えていたシスター服の火がようやく消えた。
誰かオレに何が起きたか説明して。あと痛い。
「アレラ!大丈夫!?」
身体の自由を取り戻したエレヌさん達がオレに駆け寄ってきた。
説明してくれそうな人が来てくれた。
「何が…」
息も絶え絶えにオレはエレヌさんに質問する。
エレヌさんは服として意味を成さなくなったオレのシスター服の上に、自身の外套を被せてくれた。
しかしオレは生きているのが自分でも不思議なくらいである。
どうやら自己回復が発動しているようだった。
「火の聖霊様が攻撃を準備されていた時、王女様が青白い玉を準備されていて…」
エレヌさんが顔を強張らせてオレに説明をしてくれた。
オレはカラロムの炎に巻かれる直前、ムリホ王女が放った高温の玉に突き飛ばされたのだ。
単純にカラロムの炎を青年に直撃させたかったのだろう。
高温の玉だってムリホ王女が放てる最速の魔法だったからなんだろう。
そこにオレの生死は関係なかったはずだ。酷い。
オレが一息吐いた時、轟音と共に遠くに見える館が崩れ去っていた。
そして魔王もといムリホ王女が帰ってきた。
彼女の側にカラロムはもういなかった。
「何じゃアレラ、無事じゃったのか。安心したぞ」
この王女様、絶対オレのこと気に掛けてませんでしたよね?
「まあ、倒してきたぞ」
そう言うムリホ王女は何かを手に提げていた。
それは真っ黒に炭化した人の片腕だった。
「王女」
今まで静観していたらしいケラム王子がオレ達の側に歩み寄ってきた。
「うむ。魔物共はどうなったのじゃ」
「一部は種族同士で戦いだし、あとはちりぢりに散っていきました。魔王候補の命令が無くなったとみてよいでしょう」
「では無事倒せたということじゃな」
「はい、我々の勝利です」
ムリホ王女とケラム王子は、固い握手を交わした。
実に良い場面なんだけど…オレの目の前に炭化した腕を転がさないで。
こんばんは。
大分悪運度が上がってきた主人公です。
しかしこれで魔王候補は倒せました。




