45.狙撃手との戦闘
「わらわ達の動きが筒抜けじゃの」
ムリホ王女が忌々しげに空を見上げる。
鳥型の魔物が数体、先程からオレ達の上空を舞い続けていた。
「全く。魔力を温存しなくてよいのならば、わらわが銃で撃ち落としてやりたいところじゃ」
そう続けて彼女は腰に差した銃を見やった。
「まあ、偵察ならば奴らも襲っては来ないでしょう。それに奴らは何度も町に行き来しています。ですから魔王候補が町に居るのは確実かと」
「そうじゃな。作戦を無事に開始出来そうじゃな」
ケラム王子の言葉を聞いたムリホ王女は、心を落ち着かせるためかゆっくりと息を吐き出した。そして彼に同意した後、不敵に笑った。
現在位置は魔王候補が占拠している町と街道の視界をさえぎる森の中。
街道が森を抜ける一歩手前で百余名からなる騎士達の先頭にオレ達はいた。
木々の隙間から見える町に防衛するための外壁はなく、家々の並びから察するにオレが思っていたよりも小さな町だった。
しかしここからが進軍の正念場となる。
町まではあと一キロメートル半。草原と畑ばかりでさえぎるものがないこの距離を移動するのは狙撃してくれと言っているに等しい。
騎士達の足がいくら速かろうが千五百メートル走と同じ距離なのだ。走って移動したところで、数分間も狙撃の的にされては無事で済むわけがない。
だからケラム王子とムリホ王女が先頭に立ち狙撃手の注意を引く作戦なわけであるが、敵が騎士達に狙いを付ける可能性は十分考えられる。大丈夫かこの作戦。
「報告します。目標の狙撃手が物見台に現れました」
「では手はず通りに」
「はっ。ご武運を」
ケラム王子と本隊の指揮官が言葉を交わしている。
出撃直前ということでオレは不安になり後ろを見やる。少し離れた位置に立つエレヌさんがオレの視線に気づき小さく手を振ってくれた。
猫の手も借りたい、とムリホ王女に言われたエレヌさんのパーティは今回の作戦に参加していた。だが王族に挟まれたオレとは行軍中に一度も会話出来ていない。
そこに一頭の騎馬を連れたコリス司祭が現れた。
「姫様…ご武運をお祈りいたします」
「んむ。コリスもな」
コリス司祭とムリホ王女は挨拶を交わした。あれ?
「コリス司祭、乗馬出来たのですね…じゃなくて。別動隊が何でここに?」
「ええ、乗馬は少しだけ嗜んでおりましたので」
オレが垂れ流した疑問にコリス司祭は微笑んで答えてくれた。
流石公爵令嬢である。いや問題はそこではない。
彼女は本隊とは町の反対側から攻め入る別動隊に同行するはずである。何故今此処にいるのだろうか。
「別動隊は騎兵のみで構成されておりますので、本隊と同時に飛び出しても配置に就けるのですよ」
「そうなんですね」
コリス司祭の代わりに本隊の指揮官がオレの疑問に答えてくれた。
何だかオレの理解した作戦内容とは少し細部が違うようだった。
そしてオレは銀色の騎士に抱え上げられて馬車に乗せられた。
この馬車は幌のない荷馬車であり、今回の作戦をするにあたって座席が打ち付けられている。ケラム王子とムリホ王女と共に、オレはこの座席に座るのだ。
座席の後ろには荷台のスペースがまだ残っていて、そこにはメイド服を着た五人の女性が詰めることになっていた。
だが、何故メイドが一緒に乗るのか分からない。きっと王女直属の戦闘メイドって奴なのだろう。なにその異世界ファンタジー。あ、ここがその世界か。
オレは座席へ座り、腰にシートベルトを装着した。
そう、この座席はオレを固定するために革のベルトが取り付けられていたのだ。
オレが両手で防御魔法を展開中に馬車から転がり落ちると、今回の作戦は大失敗になる。如何にも転がり落ちそうなオレの為に用意されたのがこのシートベルトなのだ。
もちろんこの世界にシートベルトという単語はない。
だからこの革のベルトも普通に服用のベルトを改造したものだ。むしろ拷問用の拘束具を改造したものかもしれない。
だが自分で拘束具を装着するなんて想像すらしたくない。だからこれはシートベルトなのだ。決してオレはドMではないのだ。
ケラム王子とムリホ王女も馬車に乗り込んできた。踏み台を用意されて乗り込んでくる彼らを見て、オレは自分の扱いとの違いに身分の差を感じてしまった。
馬車は御者台に座った彼らの護衛騎士が操る。
そしてオレ達の座席の後ろではメイド達が膝を抱えて座っていた。
思わず自分達が人さらいになってしまったかのような錯覚に陥ったオレは、その背徳的な考えを振り払うべく頭を振った。
「では行くぞ」
「あれ?本隊と一緒に行くのでは?」
ケラム王子とムリホ王女に挟まれたオレは、出撃を告げる彼女に問いかけた。
「おぬしは会議をちゃんと聞いておらんかったのか?わらわ達が銃撃戦に入るまで全軍ここで待機じゃろ」
「え?え?」
「まずは狙撃手の足止めをせねば、騎士達の安全を確保出来ぬではないか」
彼女の言葉にオレは作戦内容の理解が足りないことに気づかされた。
確かにオレ達は本隊の先頭に立ち、おとりとして接近する。だがあくまでオレ達は先行するだけで、本隊の一部に過ぎない。
本隊で銃を持っているのはこの馬車にいる王族と護衛騎士の四人のみだ。つまり銃撃戦を行うのはこの馬車にいる人員だけだ。
そして本隊の騎士達は銃撃戦が開始されてから徒歩で駆け寄ってくると言う。
つまり、騎士達が駆け寄るまでの数分間、この馬車のメンバーだけが町の側で戦うということになるのだ。
狙撃手以外の魔物が来たらどうするの?オレが全部守るの?責任重大!?
「アレラ、しっかり前を見んか。奴が銃を見せつけてきておるぞ」
ムリホ王女の言葉に思考を打ち切り、オレは顔を上げた。
町の物見台からは、空に定規で引いたかのような緑色の直線が伸びていた。
あー、あれ風の銃身ですね。二百メートルはありますよね…二百メートル!?
「あ、あんなの聞いてません!」
「よいからさっさと防御魔法を展開せい。構えてきたぞ」
「は、はい…シールド!」
それ以上抗議する時間もなく、オレは慌てて防御魔法を展開した。
オレが散々特訓で撃たれた五十メートルに及ぶムリホ王女の銃身ですら長く感じたのだ。その四倍はある銃身から撃ち出される弾とか計り知れない威力だろう。
これは魔力を惜しんでいる場合ではない。
今オレが展開している防御魔法は、馬車から少し離れたところに浮いている。
その形状は横幅五メートルに高さ二メートルほどの長方形である。ただし形状というだけで横方向の左右一メートルには防御力があまりない。実質横幅三メートルの盾なのである。
オレの防御魔法は地面に接触したところが勝手に消えるような便利なものではない。地面は障害物と判定されるのだ。
そのため展開中の防御魔法を地面に打ち付ければ、そのまま地面を掘るか耐えきれず霧散するかのどちらかだ。
だから馬車全体を守るためには円形の防御魔法を展開して引きずるわけにもいかず、オレは四角い防御魔法を展開しければならなかった。
しかし防御魔法のシールドという発動のキーワードから連想してしまうため、オレは盾として思い浮かべられない形状に防御魔法を展開することが出来ない。
色々防御魔法の展開を試した結果オレがまともに展開出来た形状は、警察がデモ隊に対して使うあの透明な防護盾だったのだ。
その盾のイメージを横倒しにした結果、自分で防御力を維持出来る範囲よりも横方向に間延びしてしまった。
特訓に参加した全員から魔力の無駄と散々言われたのだが、結局この不完全な部分を持つ防御魔法が一番大きな形状として展開出来たので、今回の作戦で使う形状となったのである。
そんな経緯を思い浮かべていたら防御魔法に衝撃が走った。
霧散しそうになる防御魔法をオレは慌てて維持し続ける。
今の何?狙撃されたよね。まだ一キロメートル以上あってこの威力ですか?
接近したときにはどれくらいの威力があるんですか?勘弁して下さい。
…六回目の狙撃を防いだところで護衛騎士は馬車を止めた。
今のは痛かった。腕がしびれるかと思った。
もちろん防御魔法は宙に浮いているし維持には魔力を使っている。
つまり物理的な衝撃は感じないのだが、盾を持っているイメージや攻撃で削られた部分の再生に魔力が一瞬で減る感覚から、そのような知覚をするようだった。
馬車に乗ったまま護衛騎士二人が銃を構えた。ケラム王子も銃を構える。
だがオレに防御魔法の透過をなかなか指示してくれない。
彼が視線で物見台の上を見るように促すので狙撃手の方を見ると、銃口がこちらを向いていた。
オレ達の現在位置だと、狙撃手の風の銃身は三十メートル手前まで伸びてくる。
狙いを付けられているのがはっきりと分かるので、正直もの凄く怖い。
七回目の狙撃を防いだ瞬間に、ケラム王子が頷く。
どうやら防御魔法を透過状態にしている際の防御力が不安だったようだ。
だから狙撃手の再装填時間を考えて反撃の瞬間を狙っていたようである。
オレが防御魔法を透過状態に変えて頷くと、三人は風の銃身を展開した。
その銃身の長さは各々三メートル前後。オレの防御魔法の外側に突き出た三つの銃口は、物見台に向かって一斉に銃弾を撃ち出した。
だが狙撃手には当たらなかった。
そして狙撃手は八回目の射撃を行ってきた。
「でえい!見ておられん!」
再びケラム王子が防御魔法の透過を指示した瞬間、ムリホ王女が銃を抜いた。
オレは急いで防御魔法を透過状態に変え、ムリホ王女の五十メートルに及ぶ風の銃身が展開した。
狙撃手が身を翻し物見台から飛び降りたのと、ムリホ王女が引き金を引いたのは同時だった。
ムリホ王女の狙いは逸れて物見台の支柱に銃弾が当たった。正確には支柱の丸太に人の頭が通るほど大きな穴が開いた。
オレあんな破壊力があるのを特訓で防いでたの?防御魔法で受けずに撃ち抜かれていたら間違いなく即死だよね。今までよく生きていたね!?
「逃げおったか。まあよい。魔法陣の準備じゃ!」
ムリホ王女の命令と同時にメイド達が馬車から飛び降り、土魔法で地面を均し始めた。メイド達は魔法師だったとオレは知った。
戦闘メイドじゃなかったら魔法メイド?
何か違う気がするとオレが考えている間に魔法陣が完成していた。
「何をしておるそこのアホラ。さっさと降りてこちらを守らぬか」
ムリホ王女がオレの名前の一部を変えてアホを混ぜてきた。
抗議している場合でもない。拘束具もといシートベルトを外し、馬車から降りたオレは慌てて防御魔法の位置を調整した。
後ろからは騎士達の駆けてくる足音が聞こえる。
これで火の聖霊様であるカラロムさえ召喚すれば、オレ達の勝利は間違いないだろう。
「破邪を司る火の聖霊カラロムよ、我が呼びかけに応えよ」
詠唱を始めたムリホ王女の髪が根元から光り、赤色から淡い金色に変わった。
赤く光り始めた魔法陣から風が吹き出し、女性陣のスカートがはためく。
「天は慈愛に満ち大地は実りに溢れし時。災厄を討ち滅ぼし楽園を守護しめすは火の聖霊カラロム。其の力は地を貫き天を焦がし敵を燃やし尽くさん」
どうやら召喚呪文は神話の一節をなぞるように構成されているみたいである。
ふと、魔法陣からだけではなく町からも風が吹いて来ているような気がした。
嫌な予感がしてオレは町の方に向き直る。そして直感を信じて気になる方向に防御魔法を構えた。
その瞬間目の前に立つ家の壁が吹き飛び防御魔法に衝撃が走った。
そう、狙撃手が家越しに撃ってきたのだ。
「我らの祈りが至らず邪に飲み込まれし時。楽園を追われし我らの前にある障害を討ち払い、後ろにある邪を抑えんとすその力」
ムリホ王女の詠唱は止まらない。止められない。
オレ達に追いついた本隊の騎士達は周囲を警戒している。
しかしあの狙撃から彼らを守れるのはオレだけである。
気を引き締め直した時に先程の家から緑の光が漏れ出した。
それは螺旋を描きながら一直線に伸びてオレの防御魔法にぶつかった。
「へ?」
思わず間抜けな声を上げてしまうもオレはそれが何なのか分かった。
狙撃手が風の銃身をぶつけてきたのだ。
銃身は更に伸びようとしているらしくオレは防御魔法の維持で魔力を急激に消耗していくのを感じる。マズい。
次の瞬間、今までの比ではない衝撃がオレを襲った。
こんばんは。
戦闘回です。前話の作戦内容をいきなり反故にしてるような気がしますが気のせいです。
2019年10月20日、記
今回より改行位置を変更致します。
投稿分に関しましても順次変更致します。
尚、誤字訂正以外に本文の変更は行わない予定です。




